チャンス大城が10年ぶりに再会した幼稚園リス組リーダーに感動 一流の不良と三流の不良の違いとは
中2でTという不良が転校してきてからは、本当に辛い毎日を送ることになりました。
Tは尼崎でも不良の巣窟として名高い、N中からの転校生でした。N中は「U3兄弟」と呼ばれる有名な3人兄弟がいることでも知られていました。U3兄弟はいわば、尼崎の不良界におけるスーパースターのような存在でした。
そのN中から僕のいたJ中に転校するということは、いわば読売巨人軍から草野球のチームに入ってくるようなものです。
僕たちは、TがN中から転校してきたというだけで、Tに一目置かざるを得ませんでした。そしてTも、そのことをよく心得ていたのです。
Tは転校してくるなり、こう豪語しました。
「オレな、N中のUとは友だちや」
あの不良界のスーパースターと「知り合い」ではなく、「友だち」だというのです。
僕たちはそれを聞いて完全にビビッてしまいました。そして僕は、よりによってこのTという男に目をつけられてしまったのです。
Tが転校してきてから3カ月ほどたったときのことです。
「おい、いまからUのとこ行くぞ」
とTが言うのです。
Tはそう言うなり、僕の自転車の荷台にまたがりました。前でペダルを漕ぐのは僕。
要するに僕は、Tの運転手役というわけです。
僕は自転車をえっちらおっちら漕ぎながら、N中の目の前にある長屋に向かいました。その長屋の一室こそ、U3兄弟を頂点とするN中の不良たちのたまり場だったのです。
Tに連れられてたまり場に入っていくと、N中の幹部がせいぞろいしていました。当時、僕と同じ年のU君(U3兄弟の末っ子)が番長でしたが、まだU君は来ておらず、副番長がその場を仕切っていました。
たまり場は、おそらく幹部の中の誰かの家でした。広さは8畳ぐらいあって、隅っこに小さな流しがついていました。奥にもうひと部屋ありましたが、そこは幹部の人のお母さんの部屋のようでした。エロ本とゲーム機と灰皿。チンピラがひとり暮らしをしているような、とても殺風景な部屋でした。
幹部の中には学ランを着た人もいれば、スラックスにセーターを着込んで首にチェーンを巻いた、わかりやすいヤーさんスタイルの人もいれば、ベタに龍の刺繍の入った黒いジャンパーを着込んでいる人もいます。僕は緊張のあまり、正座を崩すことができませんでした。
Tは幹部の人たちにとても気を遣っているよう見えましたが、口では偉そうにこう言うのです。
「おまえら、オレがいなくなった後、どやった」
すかさず幹部のひとりがこう切り返しました。
「おまえ、なに生意気言うてんねん。いつもとしゃべり方が違うやんけ。このオオシロいうの連れてきて、N中の幹部と五分五分やとアピールしとんか」
さすが幹部です。鋭い指摘をされたTは、
「や、や、や、や、や、そんな……」
と焦っています。
僕はしばらくの間、幹部の中の優しそうな人が「ゲームしいや」と貸してくれたゲーム機で遊んでいました。
すると突然、たまり場にピッと緊張が走りました。番長のU君が入ってきたのです。
純白のトレーナーに、トラサルディでしょうか、ダボダボのジーンズをはいたU君には、本当に後光が差して見えました。背が高くて、ものすごい筋肉をしています。中学生には違いありませんが、大日本プロレスの練習生の若手レスラーぐらいの迫力があります。
Tが僕を紹介しました。
「こいつオオシロ言うて、クソいじめられっ子でどうしょうもないやつなんや」
僕は落語家が師匠に挨拶をする時のように正座をして、U君に挨拶をしました。
「こ、こ、この度は、お、お初にお目にかかります……」
U君がおもむろに口を開きました。
「T、なんでおまえ、そんなに偉そうやねん。おい、オオシロ、Tにいじめられたことあるか?」
「いやっ、な、な、な、ないです」
「おまえ、Tにいじめられとるやろ。ホンマのこと言わんかい」
U君がこう言うと、幹部全員が一斉に復唱しました。
「ホンマのこと言わんかい!」
僕はもう、半泣き状態で答えました。
「は、はいっ、じ、じ、じ、じつはパシリにされたり、な、殴られたりしています。すみません」
なぜか、U君がじーっと僕の顔を見つめています。
「おまえ、オオシロ言うたな。おまえ……クサクサオオシロちゃうんか」
「えっ、あのっ」
「おまえ、クサクサオオシロちゃうんかい!」
「あの、ええっ?」
突如、幼稚園時代のことが走馬灯のようによみがえってきました。
僕は、N中の近くにある幼稚園にバスで通っていたのです。そして、当時から風呂に入るのが嫌いだったのでいつも体が臭かったらしく、S先生という美人の担任の先生から、
「フミ君、お風呂入ってる?」
と毎日のように尋問されていたのです。そして、幼稚園時代のあだ名が、クサクサオオシロだったのです。
しかし、なぜ、U君がそのことを知っているのでしょうか。
「リス組や。おまえ、リス組やったやろ」
「はい、リス組でした」
「リス組で一番強かったんは、誰や?」
「リス組で一番強かったのは……それは、タカシ君です。タカシ……えっ、ま、まさか……」
「オレや、リス組のタカシや」
U君はなんと、リス組のリーダー、Uタカシ君だったのです。
実に10年ぶりの再会でした。
すでに幼稚園時代からリーダーとしての才能を開花させていたU君は、いまや尼崎不良界のスーパースターとしてその名を轟かせていたのでした。
「おまえ、幼稚園の遠足の時、親から菓子パン一袋だけ渡されたオレに、おかんが握ったおにぎりひとつくれたの覚えてるか。オレは覚えてるんや。おまえのおかんのおにぎり、しょっぱくておいしかったで……」
「オレ、帰るわ」
Tが急に腰を浮かしました。すると、僕にゲーム機を貸してくれた、あの優しそうな幹部の人が、いきなりTの腹をボンと殴ったのです。太鼓を叩いたような、見事な音がしました。
「ゔ」
Tがうめき声をあげながら床に倒れました。それを合図に、幹部連中が猛烈な蹴りを入れ始め、Tはあっという間にボコボコにされてしまいました。
床を這いながらうめいているTを見下ろしながら、U君が静かに言いました。
「おまえ、J中でおれらの名前使ってこんな子いじめて、調子に乗ったらあかんぞ。これからはN中の名前を使うな。自分の力でのし上がれや」
自分の力でのし上がれ……。
僕は、U君の言葉を聞きながら、半ば感動していました。
こういう男気というか、侠気というか、そういうものは不良漫画の世界だけのことだと思っていたのです。でも、本当にこの世にあるんだなと、感心してしまったのです。そして、尼崎の不良界のトップが、元クサクサの僕をかばってくれたことにも感動していました。
U君が、自転車に乗って帰ろうとする僕らに向かって言いました。
「Tが前で漕げ。オオシロは後ろに座っとけ」
Tは、命からがら自転車を漕ぎ始めました。僕はU君に言われた通り、後ろの荷台に乗りました。
気まずい時間が流れていきます。
でも、心配する必要はありませんでした。Tは筋金入りの“小物”だったのです。
U君たちの姿が見えないところまで漕ぐと、Tは自転車を止めてこう言いました。
「オオシロ、おまえ、前乗れ」
僕は、
「かっこ悪いところ見せてもうたな」
ぐらい言うのかと思っていたのですが、このひと言には心底失望しました。
しかも、翌日登校すると、Tはわざわざ僕のところへやってくるとこう言うのです。
「昨日、あれからUがオレの家に謝りに来たでぇ。さっきは悪かったな言うて」
(だっさーーーーーーーーーーー、ウソつけやーーーーーーーーーーーーーーー!)
心の中で、僕は思い切りこう叫びました。
U君がそんなことをするはずがありません。Tがウソ八百で生きてきた人間なのが、よくわかりました。一見同じように見える不良でも、Tのようなやつは三流の不良です。そしてU君のような一流の不良には、筋の通った人が多いのです。しかも、厄介なのはいつも三流の不良と決まっているのでした。