貫井徳郎さんによる「人類ダメ小説」の集大成『ひとつの祖国』で提示した「なぜ人間はダメなのか」の答え
貫井徳郎さん(56)の新作は、第2次世界大戦後、共産主義の東日本と民主主義の西日本という二つの国に分断された日本が統一され、30年が経った頃から始まる。主人公は東日本出身の一条昇。統一後の日本は、東日本と西日本の間に根深い経済格差と出身地による差別や偏見が生じていた。
一条も仕事は非正規社員。生活は苦しく、将来の夢も描けない。しかし、東日本出身者は似た境遇と捉え、格別の不満も持たずに生きていた。
そんな一条の人生は、東日本の独立国家化を目指すテロ組織〈MASAKADO〉の事件に巻き込まれ、思いも寄らぬ方向へ引きずり出されていく。
執筆にあたり、貫井さんには二つの着想があった。
「ディストピア小説が好きなのですが、日本のディストピア小説は、東西分割がテーマのものが多い。僕が書かなくても、と思っていたのですが、分断を経て統一された後を描く小説がないことに気づいたんです。それが執筆の一つのきっかけになりました」
もう一つは、この3年ほどの間、貫井さんが執筆してきた「人類ダメ小説」の集大成になりうる答えを見つけたことだ。「人類ダメ小説」とは、貫井さんが影響を受けた作家のひとり、平井和正さんが自身の小説を評した言葉で、人間に対する絶望感に端を発するストーリーを指す。
「1月に文庫化された『悪の芽』では、なぜ人間がダメなのか、人間がダメなのは、生物としての進化が足りないからだ、という視点で書きました。執筆を終えてからも、進化が足りないとしたら、どう進化したらいいのか、ということをずっと考えていたんです。自分なりの答えにたどり着いたとき、それを小説にしようと考えました」
一条と対をなす人物に、西日本出身の辺見公佑がいる。一条より恵まれた境遇ながら、幼なじみの親友として、貫井さんが見つけた答えを支える。
「手塚治虫先生の『アドルフに告ぐ』のような、仲良く育った2人が最終的に対決する話に憧れていました。以前、『罪と祈り』で挑戦したのですが、登場人物の2人が対決せずに終わってしまったので、今回はそのリベンジです」
貫井さんはまずタイトルを決め、そのタイトルに向かって詳細なプロットは練らずに書き進める。そのため、予想を超えた行動や心情を登場人物が現すことがあるという。
「単行本化のために読み返したら、僕自身が『そうだったのか』と気づいたことがありました。それが何だったのか、一条と辺見の関係はどうなるのか、といったことも楽しみに読んでもらいたいです」
本作には一条の人生を左右する堀越聖子や辺見と行動を共にする香坂衣梨奈という魅力的な女性も登場する。貫井さんは、この2人の女性を描くのも楽しかったそうだ。
「とくに辺見と香坂の会話は、僕の小説の新しい面に気づいていただけると思います」
(ライター・角田奈穂子)