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【第4回】再生医療における視力障害の報告と注意喚起 ~後編 凍結細胞のまま提供するのは大丈夫?~

前回は細胞凍結保存液としてのDMSOについて説明しましたが、今回はこのような有害事象に対していくつかの問題点についてお話していきます。


なぜ大手企業であるロート製薬が製造した幹細胞製品にDMSOが残っていますか?

ロート製薬のような大手企業が製造する幹細胞製品にDMSOが残っていることは驚くべき事実です。
上場企業として、株主利益の最大化を目指す必要があります。このため、製造コストの削減と効率化が常に求められます。
DMSOを使用した細胞保存は、比較的コスト効果が高く、保存効果も高いことから広く採用されています。そして、新しい再生医療製品を迅速に市場に投入することは、企業の競争力を維持するために重要です。
市場投入のスピードを優先するあまり、安全性確認や洗浄プロセスの徹底が疎かになることではないかと思います。洗浄プロセスが不十分であると、DMSOが残留するリスクが高まりますし、患者さんに重篤な副作用を起こすことに繋がります。
洗浄プロセスの徹底には追加のコストと時間がかかるため、利益を優先するあまり、凍結細胞のまま提供することになると考えております。

凍結細胞のまま提供するのは本当に大丈夫?

凍結保存について

細胞凍結保存は、生物材料を非常に低温で保存することでその生存性を維持する技術であり、幹細胞移植を含むほとんどの実験的および臨床的プロトコルにおいて不可欠な技術となっています。
この技術は、生物材料を−130°C以下の超低温にさらすことで分子運動を著しく低下させ、化学反応および生物学的反応の速度を減少させます。これにより、代謝、輸送、酵素反応、拡散などの基本的な細胞プロセスが遅くなり、生物材料は温度が再び上昇するまで保留状態を維持することができます。

凍結保存の手順は以下の通りです:

  1. 細胞の回収: 目的の細胞を収集します。

  2. 洗浄と懸濁: 細胞を慎重に洗浄し、適切な培地に再懸濁します。

  3. 凍結保存溶液の添加: 凍結保存溶液に一つ以上の凍結保護剤を含めて添加します。現在、最も一般的に使用されるのはDMSOです。

  4. 凍結: 細胞を含むバイアルを最適な冷却速度(−1〜−3°C/分)で−80°Cまで凍結します。

  5. 長期保存: 凍結されたサンプルを液体窒素タンク(−196°C)に移し、長期保存します。

  6. 解凍: 必要に応じて、細胞を37°Cの水浴で急速に解凍し、患者への投与前に凍結保護剤を除去する必要があります。

凍結障害について

超低温そのものは直接的に物理的損傷を引き起こしませんが、細胞が凍結または解凍の過程で水が低温で相変化を起こす際に、細胞内外の環境で生じる不可逆的な細胞の損傷を指しますが、主に浸透圧損傷、機械的損傷、酸化損傷の3つに分類されます。

  • 浸透圧損傷
    細胞外液が凍結する際に、細胞内外で溶質の濃縮が起こり、これが細胞膜を越える浸透圧勾配が生じ、浸透圧脱水によって、浸透圧ショックや細胞膜が破裂する可能性があります。

  • 機械的損傷
    細胞が急速に冷却される際に、細胞内外の溶質から氷結晶が形成されることにより、細胞膜や小器官が不可逆的に損傷されることを指します

  • 酸化損傷
    凍結保存の過程で生成される活性酸素種(ROS)によって引き起こされます。これにより、脂質、タンパク質、および核酸の酸化が進み、細胞に損傷を与えます。

細胞の生存率を最大化するために、適切な冷却速度やガラス化技術、凍結保護剤の活用を行うことで、より効果的な凍結保存が可能となります。

凍結細胞の問題点

再生医療の分野では、現時点で凍結保存された細胞を使用することが一般的ですが、そのまま提供することには下記のような多くのリスクが伴います。

  • 生存率と細胞機能の低下
    解凍後の生存率は、細胞属性の中で最も多く評価されている項目であり、解凍直後の生存率は約50%から100%と幅広く報告されています。多くの研究では解凍後の生存率が有意に低下したと報告されています。
    解凍後の細胞は、生存率が低下するだけでなく、その機能も損なわれることがあります。例えば、幹細胞の増殖能力や分化能力が低下することが報告されています。これにより、治療の効果が期待通りに得られない可能性があります。

  • DMSOの残存などにより副作用
    幹細胞移植手術後の薬剤有害反応監視では、腹部痙攣、下痢、吐き気、紅潮といった症状や、急性腎不全、呼吸抑制、心不整脈などの生命を脅かす事象を含むいくつかの望ましくない反応が記録されています。観察された有害作用の一部は、注入された製剤に残存するDMSOによる毒性に関連しています。

  • 解凍操作と洗浄操作の手間
    凍結細胞を使用するためには、適切な解凍プロセスが必要です。解凍は迅速かつ均一に行わなければならず、温度管理が重要です。解凍が不十分な場合、細胞が損傷し、その後の生存率や機能に悪影響を及ぼします。適切な解凍を行うためには、特殊な設備や訓練を受けたスタッフが必要です。これにより、解凍プロセスが複雑になり、時間とコストが増加します。
    DMSOを完全に除去するためには、複雑で手間のかかる洗浄プロセスが必要です。このプロセスには、細胞損失のリスクや追加のコストが伴います。特に、迅速に提供する必要がある場合、適切な洗浄が行われないリスクが高まります。

凍結細胞のまま提供することには、多くのデメリットが存在し、患者の安全と治療効果を大きく損なう可能性があります。これらの問題を考慮すると、凍結細胞をそのまま提供することは推奨できません。

なぜこのようなリスクがある再生医療提供計画が受理されましたか?

再生医療提供計画が受理される際には、治療の有効性と安全性が慎重に評価されるべきです。しかし、今回の事例は、評価プロセスにおいてリスクが十分に認識されていなかった可能性を示唆しています。
DMSOの使用に伴うリスクについての十分な情報提供や、その除去プロセスの厳格な評価が欠如していたことが原因と考えられます。また、規制当局の審査プロセスにおいて、DMSOの残留リスクに対する対策が不十分であった可能性があります。

なぜ危険な提供計画がまだ停止されていませんか?

去年11月以降、すでに4症例の有害事象が発生しているにもかかわらず、提供計画が停止されていないことは重大な問題です。
通常、このような有害事象が報告された場合、治療の安全性を確保するために速やかに調査が行われ、必要に応じて提供計画が一時停止されるべきですが、今回の事例では、適切な対策が取られなかった可能性があります。
この背景には、企業と規制当局の間での情報共有やコミュニケーションの不足、もしくはリスクの過小評価があるかもしれません。

最後に

ロート製薬製造の幹細胞製品に関する最近の有害事象は、再生医療提供計画におけるDMSOの使用とそのリスクについて重大な警鐘を鳴らしています。
DMSOの残留によるリスクを軽視せず、適切な洗浄プロセスとリスク評価を徹底することが必要です。また、有害事象が発生した場合には、速やかに提供計画を見直し、必要に応じて一時停止するなどの対策を講じることが求められます。
再生医療の安全性と有効性を確保するためには、企業、規制当局、医療機関が一丸となって取り組むことが不可欠です。

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