バブル奮戦記
バブルに踊った日本社会
浅田信介
目次
第一部 不動産バブルの教訓 5
開業 5
成約第一号 9
キャリア公務員 11
マンション管理人夫婦の不動産狂い 12
リゾートか、投資か 13
私の初対面の態度で即決 15
北海道で34% 16
弁当屋 18
エステ帰りにアパートを1棟 19
サラリーマンがマンションの1棟買い 21
企業舎弟 23
半年後に売却してくれ 25
数十年ぶりの洪水 25
九州支店 26
裸のチンピラ 28
名門高校教師がマンション転がし 28
立ち退き交渉 30
バブル崩壊 31
第二部 中古マンションはなぜ不況に強いのか 35
ベンツは4年落ち、マンションは7年落ち 35
不動産投資の狙い目 35
営業マンは客のここを見ている 36
営業マンの使い方 37
不動産の探し方 38
チラシの見方 39
ヒモ付きセミナーにご注意 40
不動産会社の種類 41
不動産投資の知識 45
木造は新築か築浅、ワンルームは中古 48
ワンルームかファミリータイプか 49
1棟買い 49
なぜ不動産か 50
地方への投資 53
減価償却と損益通算 54
国内の金融商品にはご用心 61
建物構造について 61
金融について 64
サブプライムローンの問題点 66
不動産の今後 68
今こそ中古マンションを買おう 70
不動産は循環する 71
人口は急減しない 71
下げ局面で儲ける絶好のチャンス 71
不動産経営にCSを 72
バブル奮戦記 バブルに踊った日本社会
浅
第一部 不動産バブルの教訓
開業
私が不動産仲介業を始めたのは、1987年のことだ。
実は不動産業を始める気持ちは無かった。もう商売はこりごりと思っていたからである。
建築業を閉じた後、数社の面接を受けたが残念ながら廃業した会社経営者を雇うところはない。バブルの中期で世の中が浮き足だっていて、後にバブル入社組と言われる売り手市場の就職戦線のさなかである。
それでも中途採用者には厳しいものだった。
少ない給料なら仕事もあるが、会社を廃業したばかりで借金返済もあるのでそこそこ高い給料を払ってくれる会社を狙うしかない。するとそれなりの企業の課長部長経験者との勝負となり零細企業の元社長はとても敵わない。
パチンコ屋の企画部長という変わった職種の募集があった。私はこれまでに5回しかパチンコをやったことが無い。色々なアイデアをひねり出す性格を自負しているので面白いことをやりますと売り込んだが、やはりと言うか駄目だった。
パチンコについては余りに無知であった。なんといっても給料が高く、お蔭で応募者は次から次に来ていた。もう少し倍率が低ければなんとかなっただろうと、勝手に思っている。うぬぼれていたほうが世の中は楽しく生きられる。
業務用の給食サービス会社もやはり企画の人間を募集していた。ここはいい線まで行ったが給与は「弊社規定により優遇」と募集広告にあったので、最終的な場面ではっきりと欲しい金額を言ってみた。
すると同年代の面接担当者がうつむいて、
「私もそこまで貰っておりません」
と、言うではないか。それもかなり下がる水準である様子。お返事は考えて後ほどいたしますと退出した。無論行くのは止めた。と、格好をつけたが採用通知も来なかった。
そこでとうとう勝負に出てしまった。借用した資金で事務所を借りて不動産業を始めた。学生時代に取っていた宅地建物取引主任者の資格があったからだ。
もちろんやるならこれだと確信があり自信もあった。学生時代に休学して不動産仲介業に勤務して厳しい試練をくぐった経験がその気にさせたのだ。
不動産業の免許が下りるのを待ちながら、来る日も来る日も事務所に閉じこもり、アットホーム社から配布される販売図面を見ていた。アットホーム社とは業者の販売や賃貸用の物件図面を集配して業界に流通させる会社である。
なにか商売はないか儲かるネタは無いか、と念じつつ。
10階の事務所の窓からたまに目を外に向けると、立ち並ぶビル群の中にひたすら机に向かっているだけの男たちが見える。
まるでそうやって座っているだけで良いのだ、そして月末には給料がもらえる幸せな連中だと嫉妬に似た趣に囚われる。私には許されない安逸な立場である。
たった一人の不動産屋にできることは限られている。資本が無くて仲介業しかできない。さらなる資金の当てはもはや無い。そんな絶望とすら言える状態の中でも楽しかったのはなぜだろう、一国一城の主としての自由さが楽しかったのだと思う。
冷静に考えるととんでもない起業である。目的がはっきりしない、目処も立たないスタートである。
やはり人の弱点をつかないと儲からんだろう。人の弱点は金儲けの話に弱いところだ、今は土地の値段、マンションの値段が高騰しているから投資ブームに乗っている人が多い、これをターゲットにしよう。そう確信した。
そして売りアパートやマンションの利回りを計算してばかりの日々が続く。当時の利回りは東京では1%未満、近郊でも2%ない時代である。近郊とは埼玉県、神奈川県、千葉県も含む広いものだ。今現在の、都心で10%の利回りなんて夢の様なことだ。
宅建主任者を学生時代に取得するくらいだから収益還元法は理解していた。これが本来の不動産価値を示す指標であるとの信念はあったが世間は違っていた、価格高騰に酔っていた。
当時は乱暴な表現でよかった。年間家賃収入÷物件価格×100=利回り、だけ。でもその利回りなどは低くても無視されていた。
相場は斯く斯くである。それだけで売買は価格を上乗せしては繰り返され転売されていた。しっかりと銀行は全額を用立てていた。
収益を無視した銀行融資には大きな疑問を感じていた。建築業から不動産業に転じたばかりの30歳半ばの私にすらわかっていたこの疑問を、なぜ日本を代表する頭脳とまで自称他称する旧大蔵省のキャリアや銀行の幹部達はわからなかったのだろう。
スーパーコンピューターを使ってスマートシステムに計算させて将来を予測しているから大丈夫・・・なんて言葉も世の中を歩いていた。インプットするデータが恣意的では役に立たない。
私の事務所の近くに小さな不動産会社があった。私とほとんど同じ時期に建築に見切りを付けて始めた。細君が不動産屋に勤めていてその会社が大変儲けていたので夫婦で始めたらしい。
ひたすらマンション転がしが業務だった。リソグラフ(謄写版式の印刷機)を買って、仕入れたマンションのチラシを毎日印刷しては周辺に投げ込みをしていた。それで毎月幾つかのマンションを買っては売り買っては売って結構な儲けを出していた。
手付金で買ったらすぐ利益を乗せて転売して登記は飛ばす。つまり自分達名義での登記はしないで次の買い手名義での登記とすることで種々の税金を逃れるのだ。
買ったとたんに売れるので可能だった。1つのマンションに200万円ほど乗せて売るが、すぐ次にやはりマンションを買うのだ。
次に買うマンションも既に利益の乗せられたマンションであった。自分の今手元にあるマンションを別の誰かに売るのであればその誰かは自分でも良い、という理屈も成り立つ。
ならば転がしなどせずにじっと持っていれば良いのだが、やはり買って売る際に現金が手元に出現する瞬間がある。これで多少の贅沢ができる理屈だった。でも所詮は蛸が己の足を食らうごときものである。
私はこれを横目で見ながら、こんな商売はすぐに行き詰まると思い手を出さなかった。
やったのは地方の収益用物件を東京の投資家に売ることである。転売ではなく仲介である。商売としてはかなり難しい。買主や売主としての立場に較べて仲介の立場は弱いものである。
図面の山を毎日めくって1ヶ月過ぎる頃になるとさすがに焦りが出てきたが、1枚のアパートの販売図面を眼にした。
それを利回り計算すると9%という途方も無い高利回りだった。
当時の土地付きのアパート1棟は東京では0、5%程度の利回りしかないのである。それは仙台市のアパートだった。都内の物件の利回りの悪さに絶望して海外の物件をやるしかないかと思っていた矢先だったが、この地方と東京の利回りの格差は絶対に商売になると確信した。
あとは一気に取り掛かるだけだ。
あらゆる方法を考えた、すでに当時のアットホーム社は地方でも営業していたので現地のアットホーム社の営業所に郵送で送って貰えるように手配した。
毎週2回も便があってかなり費用がかかったが躊躇しなかった。
さらにリクルート社の住宅情報では地方版があったのでこれも札幌、仙台、関西、福岡の版を毎月取り寄せ、そして別に地方の不動産業者に物件を送ってくれるように宣伝をした。アットホーム社の各地の営業所に情報を求むの広告チラシを配布させた。
遠方の業者が図面を送り易いように受信者負担になるフリーダイヤルにしたFAXまでも用意した。こんなことをやったのは私くらいのものであろう。
ところがこのフリーダイヤルのFAXは役には立つものの副産物があった。仙台のある業者が大量に送ってくるのである。無料で送れるのをいいことに次から次である。
後日訪問してみれば八百屋の店先を区切って片手間にやっている業者で、自ら売主と媒介契約なんか一件も取っていないのである。すべて先物といわれる他の業者の物件である。
それはすべて私が取り寄せしているアットホームの配布図面の情報に過ぎない。
もしも私が元付けの本来の業者を介して仲介を成立させると、それはワシが提供した情報だから仲介料の分け前を寄越せとねじ込まれる危険すらある。
売主と買主の間に元付けの業者とその八百屋兼業者と私の3者が入ることになる。
元付けの業者は自分の受け取る手数料を出さない「分かれ」という媒介方法を前提に図面を公開しているから、私の手数料だけを折半して支払わねばならない。これではFAXを送りつけただけで分け前に預かろうとしているだけだ。
止めてくれと言っても収まる気配はない。仕方なくフリーダイヤルの契約を打ち切ってしまった。有料になるとぴたりとその業者は送ってこなくなったのである。
インターネットは無い時代だった。それどころか通信の自由化が漸く始まったばかりで目の飛び出るような電話代である。遠方への電話ばかりなので私一人で毎月の電話代が20万円近く払っていた。
2年後には半分以下まで下がったのには驚いた、通信の自由化で新規参入があって劇的に電話代が下がった。
こうして地方の物件情報をヤスヤスとは入手できない時代に、私は手に入れた。
そしてもう一つのつてがあった。
学生時代の同窓に仙台市内で小さな不動産屋を開いている男がいた。田中である。年賀状で消息だけはわかっていたので連絡を取った。
渡りに船と、喜んで情報を送ってきた。仙台市内に投資用にアパートやマンションを買う客は少ない。東京の人口とはまるで違う。当然購入客数もまるで違う。
待ちに待った不動産免許を得るとこれらの情報を元に東京で広告を打った、と言っても住宅情報に掲載するだけである。今では一般の方でもインターネットで手軽に情報を手に入れることが可能だ。つまり今はあの時代の商売は難しいだろう。
商売とは情報の格差で利益を得ること、とはまさに至言である。その結果は驚くものだった、毎日多くの電話が鳴り続けた。
リクルート社の今は無き(有るのか不明)「住宅情報」の関東版に事業用物件として広告を打ち続けた。顧客からの電話を受けて来社を待つのは当然だが、リクルート社のあちこちの部署からも頻繁に訪問を受けるようになった。
不思議には思っていたが、色々な質問にも正直に答えていた。後でわかったが、実は「住宅情報」に事業用不動産の専用ページを作るべきかどうかのために市場調査に来ていた。
実に姑息と言うべきかもしれない。何故堂々と言わないのか。と、言うことで私は事業用のページの生みの親の一人であった訳だ。
しかし、今や「住宅情報」は無料で駅などに置いてある。当時はお金を出して買うものだった。そして不動産業界では相場を知るための重要な指標だった。現在はその役割はインターネットにほとんどが移ってしまった。
お蔭でリクルート社の人間には多く知り合いができたが、この会社の社員には独特の意識があったように思う。
独立心が強いこと、そして何らかの交渉するときには自分がペーペーの社員であり、相手が例え上場企業の大手の会社であっても社長に面会を求める。
社長は極端だがとにかく決定権のある地位の者に会おうとすることだった。そして課長の年齢の若いことも驚きであった。若い社員が多くの権限を持っているようだった。
だから、話の内容が濃くてこちらもいい加減な対応はできない。彼らの真剣さは艱難辛苦にも立ち向かう生き方にも繋がる。
それが後日彼らの中から多くの成功者を排出する理由なのだが、同時に破産者も多く生み出している。想像でしか述べることはできない。データを持っているのではないからだ。成功者よりも失敗者が圧倒的に多いのが世の常である。
リクルートの出身者だけが例外たり得ない。
いくら頑張っても現実社会は甘くない。リクルート社の出身者が多くの経営者を生み出していると紹介する書籍がある。失敗例は紹介しているだろうか。
具体的には3人の独立起業者を知っているが、少なくとも2人は1年も経たずに廃業していた。
私の事務所は新橋駅から5分の大通りに面するビルの10階だ。30㎡でなんと30万円の家賃は、当時では高層タワービル並みの高額家賃である。バブルの時代は家賃もバブリーだった。
とにかく都心の駅の近くに構えようと地の利だけにはこだわった。無収入なら3ヶ月しか資金が続かない薄氷を踏む思いの船出である。スモール&バブルビジネスだ。
成約第一号
なんと東京の同業者さんだった。年配で経歴の長い不動産業者Y氏である。この方に信用して貰えたが、流石に購入する前に同行してご自分の眼で確認された。
私の役割は先に乗り込んでめぼしい物件を探しておくことだった。
仙台市の都心の利回り8%で1億円の1棟売り中古マンションを購入された。まったく仲介料を値切らずに払って頂けた。約600万円である。田中と分けて各300万円ずつである。
この方には本当に感謝している。この契約は大きな自信となった。不動産を扱う者としての誠意と力量を認めてもらえたと思う。
このお客様はご自分の店を立ち退きして売却益を得た高額な予算のある方だった。地上げに遭われたのである。地上げには悪いイメージばかりがあるが決してそんなことばかりではない。大変得をされた方が多い。
買い換えの特例で税金の先送りができるためと、追い出し特例と言って地方へ買い換える場合は税金を払わなくてもよい優遇策もあった。売っただけでいると不動産所得税を取られるが買い換えることで無税となる。ただし後年、買い換えた不動産を売るとその時点で課税される。これを課税の繰り延べという。
元々渋谷で不動産業を営んでおられた。所有する土地に2階建ての木造で1階を店舗として主として賃貸の仲介をされておられた。
バブルの再開発の波はご多分に漏れずやってきた。一帯をビルにする計画で地上げが始まったのだ。そこはY氏のさすがの商才である。反対するなどの無理はせず専ら幾らで買ってくれるかの交渉をした。
そして買い替えの特例などを研究し、売却して得たお金をとにかく税金で持って行かれないようにされたのである。事業をされていたので「事業用資産の買い替えの特例」をフルに活用すべく新宿区に新しい事務所を購入し、さらに仙台にマンション1棟を購入された。
完全な無借金でこれだけの資産があることは相当な力となる。渋谷で自らビル建築をしても建築資金が借金となり余剰資金はさして作れないものだ。キャッシュフローにおいて最大の効果をあげたのだ。
とかく地上げ反対だとばかり頭に血を上らせているとこのような知恵をめぐらせることはできない。最後まで反対し、デベロッパーを倒産にまで追い込んでも何の得があるだろう。
虫食いで残った自分の地所の周りには昔からのご近所さんもなく、バブル時に売っておけば快適なマンションにでも移れたが、今や当時の値段ではだれも買ってくれない。その実例には事欠かない。地上げが途中で止まった虫食い状態の空き地は10数年残っている。
さあてやっていけるだろうかと不安の中でなけなしの旅費をかけての勝負の営業である。
契約できれば第一号のお客様である。
結果は上々、とんとん拍子に決まりその日のうちに手付金を入れてもらい、仲介料をいただけた。これで私の資金繰りは一気に楽になり、その後の順調なビジネス展開となっていく。
決して私の力ではない、不動産は物件次第である。ただし信用の置けない相手から買わないのは当然である。
ところがこの第一号の契約には面白くない事件があった。それは田中の噴飯な言い分だった。300万円ずつの手数料を得たのだが、ひとまずホテルに戻ったところ田中が電話を寄越して、
「いや困った実はもう1社仲介業者がいたので3等分しなくてはならない」
と、ねじ込んできたのだ。
ありえない言い分であり普通は言われても相手にする必要はない。でも開業初めての契約でもあり不慣れな私をサポートしてくれた、今後も何かと遠方のこの地で頼りになるだろうと判断して、
「わかったその分は渡すよ」
と、返事した。
いそいそと喜んで彼は100万円を取りに来た。3社で600万円を等分に分けると200万ほどになる。彼は400万円をせしめた。
後で別に業者がいたからとの言い分を認めて分け前を渡したことは、今思い起こせばずいぶんと私は馬鹿か間抜けである。でも私は今からその何十倍も稼げると信じきっており、些細なことで友情を壊したくなかった。
でもこれはまったく彼のためにならないことだった。その後の私の盛業ぶりを嫉妬してつまらぬことばかりを言う男に成り下がった。
仙台が田中の地盤であってもわざわざ仲介の中に入れて商売する義務はない。まして彼がすべての物件の所有者と売却媒介の委任を受けているはずもない。
当然多くの業者との直接の取引となる。これが田中には面白くない、いわれのない嫉妬である。
「俺たち仙台人は純朴で正直で東京の奴らみたいにずるくないんだ」
と、口癖のように言っていたので仙台の市民には申し訳ないが、どこが純朴だ、ずるい土地柄だと一時は真剣に思い込んでいた。
その後本当に純朴な仙台出身者と交流し、どこの人情とも同じと知る。
キャリア公務員
次のお客様は転送電話を自宅で受けた公務員だった。東大卒のいわゆるキャリアである。夕刻の8時頃自宅で、無人となった事務所からの転送電話を受けたのである。
家に帰り着いた直後だった。妻が電話に出て慌てて身振り手振りで「お客さんよ」と目を丸くしながら受話器を渡した。まだ開業後間もなくで、妻は不動産のお客さんからの電話は初めてで慣れていなかったからだ。
今でも当時住んでいたアパートのどの部屋で、どのようにして電話を受けたかのシーンを思い出せる。私は背広のままで畳に座り込み、一言一句を聞き漏らすまいとまさに真剣勝負であった。
一本一本の電話が食べていけるか否かを決める運命の電話だった。
翌日事務所を訪れて頂いて2時間の説明で、なんと手付金を置いていかれた。わずか30㎡の事務所に私がたった一人がいるだけの会社であり、会社と呼べないほどのものである。
よくぞ信用してくれたものだと今でも驚く。でも、嘘を言わない、不利な情報を隠さず提供する方針だったので信用してくれたのだろう。
実はその方がお店を訪れた時は、こっそり覗いてしばらく入って来なかった。
後で聞いた話では、こんな小さな事務所で胡散臭いな、入ろうか帰ろうかと、迷ったらしい。私は変な男がチラチラ覗いているな、どうもお客様らしいがいきなり声を掛けるとすっ飛んで逃げそうだなと気がつかない振りをしていた。
そしていよいよその人物は意を決して入ってきた。
いや、熱弁を振るったものだ。ありったけの知識をぶちまけた。如何に不動産は収益還元法が大事なのか、損益通算すれば所得税の還付がある、減価償却を使うためには残存価額が大事・・・
今の東京の不動産価格では利回りが悪すぎる、銀行ローンは付くけれど購入後に返済で苦しむ・・・
マンション転がしは手数料を払うし税金を取られるので意外に儲からない、天井を打ったら下がるのみ・・・
2時間の説明でお客を虜にする熱意があった私だった。なんと初対面の私に100万円の資金を預けて帰られた。
翌日には私一人が仙台への新幹線の乗客となった。お客の代わりに仙台へ乗り込んで、物件を確認して私の判断でアパートを1棟買うのだ。
10年経った今でもそのアパートの特徴をしっかりと覚えている。9%の利回りの中古アパートだった。地下鉄駅から徒歩8分の静かな環境で申し分ない。
いわゆる南東の方角の角地で日当たりが良い。道路幅も6メートルあり非の打ち所がなかった。築年数は古い部類であるが見た目は綺麗な木造で8室中1室のみが空室であった。
代理で手付金をうち正式な契約は後日として帰京した。その日はぎりぎりまで物件を見て歩き次の商売の種を仕込んだのは言うまでも無い。
あっという間に100万円の手数料である。私は又も信じられなかった。毎年赤字を重ねていた私がいきなり高額な収入を続けて得たのである。
商売は選ぶべきだ。我慢しても駄目なものは駄目。石の上に3年以上座っては駄目、3年座っても暖かくならない石の上からは去るべき。
「石の上にも三年」の言葉で我慢するのは良くない。逆だ、それ以上は頑張ってはいけないと考えるべきだ。
ことわざに縛られて選択を間違えてはならない、と実感したのである。
マンション管理人夫婦の不動産狂い
事務所に60歳過ぎのおばあさんが一人でやってきた。
60歳を超えたマンション管理人の老夫婦が次々とマンションの購入をしている。広告を見て是非欲しいと奥さんだけが来たのだ。電話での聞き取りから購入は無理ではないかと諭していたが強引に押しかけてきた。その夫婦の5つ目の購入であった。
老年を目前にしてのバブルで目覚めた不動産狂いであった。地方の高利回り専門なので賃料収入でローンを返しても手元にもお金は残るらしい。
年収が200万円しかないので購入は難しいし危険だから止めなさい、しかも融資が無理だからと諭すのに
「絶対欲しい、だから融資を付けてくれ」
の、一点張りだった。
物の怪に取り付かれたように不動産が好きなのである。
700万円程度の2DKの中古マンション一戸である。場所は仙台市の都心で好立地である。賃貸で貸せば6万円にはなるので10%のグロス利回りになった。
しかし、荒れ放題でお風呂のドアすらも朽ち果てた酷い状態だった。所有者は原因不明の重い腰痛で失業したために住宅ローンを払えず、破産前提の任意売却で自宅を手放す状況になった40歳過ぎの気の毒な方であった。
気の滅入る取引だった。所有者とも現地でお会いすることになり、片や不動産大好きなお婆さんが眼をランランとしておりなんとも言いようの無い雰囲気である。
救われたのは意外にも売主がサバサバしていることで、腰が伸ばせない状態だがなんとか冷や汗をかきながらも歩いておられた。自宅を手放すことで負債からも解き放されて一からの出直しとなり気が晴れているのかもしれない。
お婆さんは一も二も無く気に入って50万円ほどを手付けに入れた。白紙条項付きなので、ローンが付かなければ契約は反故となり手付金は戻る。
ある意味卑怯な取引である。住居として必死で買うのならともかく利益を得るために購入するに過ぎないのに、売主に多少ともリスクを負わせて迷惑をかけるかもしれない。
売れなければそれだけ余計な時間と労力を取られるのだ。
仕方なく私は契約を進め融資を申し込んだ。断られると思っていたがノンバンクがすんなりと融資してくれたのである。
しかし驚いた、諦めなければなんとかなるもんだということ。もちろん当時のバブル景気のなすワザが大きい。今ならあの老夫婦に融資する銀行はあるだろうか。
今は収益還元法で融資がなされる時代であり。そして不動産価格の下落で高利回りの物件が沢山ある。相続人がいて連帯保証をするならば収入の少ない老夫婦でも融資するかもしれない。
リゾートか、投資か
奥様は東京きっての高級住宅地、田園調布の奥様である。
正真正銘のセレブとはいかない。田園調布駅の東側だったからだ。地名が田園調布でも高級住宅地とそうでもない地域もある。線路の西側が高級住宅街であり東側は普通の街である。しかしバブルのまっただ中のお金持ちである。自宅の価格は相当に膨れ上がっていただろう。
上品な言葉遣いの電話を受けて、これは成約になるお客様だと思った。私はまだ開業して半年たたぬが契約件数は10を超え慢心も持ち上がってきた頃だ。
事務所に来られて話を伺ったが、旦那様は東大卒で外資系の会社の社長である。
給与も相当なものでまさにエリートそのもの。奥様はふっくらとしていたが着物姿が良く似合う。
どこから見てもお金持ちである。予算は通常のサラリーマン投資家が3千万円から5千万円に対し、一億を超えても良いとのこと、これはいい客だと喜んだのである。
ところが都合4回も仙台市内を案内したが、とにかく物件を見るのに粗探しをするばかり。悪い条件ばかりをあげつらって決めることがない。いつも二十歳過ぎのお嬢さんを同行されたが二人の意見は一致していた。
仙台駅から徒歩7分に鉄筋コンクリート造りの1棟売り中古マンションがあった。3階建てでエレベーターはなかった。
樹木にも囲まれていたので環境はいいのだが樹木が迫っているので少々日陰も多かった。剪定すればいいだけの話である。しかし暗いとの理由で見送りである。
次は地下鉄駅近くではあるが、都心ではないと見送りである。次々と案内を重ねるが買わない理由探しの天才である。
このようなタイプの人は予算以上のものを欲しがるので、買いたい物件には到達できない。条件が良い物件ほど人気も高いので価格は高い。すると利回りは悪くて当然なのだ。
利回りが良くて都心で静かで日当たりもよく築年数も浅い・・・
それは世の中には存在しない。
4回目の案内を言いつかった時には、決めるお気持ちがなければ案内はできないので誠意を見せてくださいと言うと、これを手付金とするから預かって頂戴と100万円を私に預けられた。そして案内した。やはり駄目であった。
欲しい気持ちは充分にあるのだが最後の決断ができない。
現金を持ち歩きたくない、100万円は帰京してから返して欲しいと言われたのでその日は預かったままお別れした。
後日、奥様はお金を取りに事務所に来られた。
私は20万円ほど経費でいただけないかと頼むと、意外にもすんなり了解を得て私の経費の一部は回収できたのであった。
なんと仙台から帰った後に越後湯沢のリゾートマンションを4500万円で購入したとの事、以前より別荘を欲しがっていることは知っていた。
私は反対していたのだ。
「新築の建物は心地よくてつい欲しくなるでしょうが、もしも別荘を買われたら奥様は ご家族とご一緒されるでしょうから、家族の食事の世話をし洗濯もしなければなりませんよ。
今現在の生活を持っていくだけですよ。
まず到着したら大掃除から始めることになりかねません。
数千万円も払うなら、そのお金で全国あるいは海外の一流ホテルに泊まって、上げ膳据え膳で本当にリッチなひと時を奥様も過ごせます。
それを50年間続けても使い果たせない額です。
しかも別荘を買ったらいつでも行き先はそこだけですよ。
ホテルならあちこちに行けます。買うならば収益用の不動産です。その収入でリゾート ホテルに行けば良いでしょう。
たとえ私から買わなくてもそれをお勧めします」
と、アドバイスしていた。
後の祭りである。
リゾートマンションは新築でぴかぴかである。誰しも欲しくなる演出のなされた調度や設備の物件を見学すればいちころである。
奥様とお嬢様は、私の案内した中古マンションに較べて立派で豪華なリゾートマンションの落差を実感してますます欲しくなったのだろう。リゾートマンション業者のために4回も仙台へ案内したようなものだ。
なお現在、この越後湯沢のリゾートマンションは10分の1くらいに下がって、多くが売りに出されている。余りに安いのでリタイアした都会のサラリーマンが購入し、終の棲家にして悠々自適の暮らしをしていると報道されている。隣国の方が多く買い、管理費や積立金を払わずエレベータが止まっている建物がある情報もある。
私の初対面の態度で即決
ある日電話での予約もなく、汚い衣服で来られた初老の方があった。
「いらっしゃいませ」
私は千客万来とばかりにその衣服に気付かない振りをしてご用件を伺った。
お茶もお出しした。
すると「あんたに決めた」と言われるのである。
事情を聞けば、
「幾つかの業者を回ったがこのような汚い身なりなのでバカにしたり見下す態度での応対ばかりだった。あんたはまったく身なりでは判断をせずにわしを接待してくれた。買うならあんたからだ」
これで決まりだった。翌日私が仙台に行き、
「物件を確認しました。これなら大丈夫と思います」
と、連絡をしたら即日手付金を振り込まれた。
これも最速の契約のひとつだった。仙台市の地下鉄南北線の駅に近い利回り8%の木造アパートだった。
そもそも汚い衣服には理由があった。職業が画家なのだ。油絵の具に囲まれているので安い作業服で暮らしておられたのである。そのまま街を歩き回る生活で、頓着しない性格なのだ。
いきなり豪華な調度の不動産業者の店に来られると、ペンキ塗りの職人さんが仕事中に そのままの身なりで入ってきたように見えてミスマッチな感じがするだろう。それまでに訪れた不動産屋ではホームレスが入ってきたと思ったのかもしれない。
アパート購入の理由は年も取ったので娘のために高収入のアパートを買いたいとのこと。
なんとすべて現金での購入であった。住んでいるのは港区の一等地で、しかも小さいけれども所有するビルの最上階に暮らしていて賃貸料の上がりで悠悠自適の方なのだ。将来の財産分けを見込んだ購入である。
人を身なりで判断してはいけない。ちなみに私の事務所はまるで飾りのない質素極まりないものだった。前の住人が残していった枯れかけたみすぼらしいベンジャミンの鉢に、懸命に水をやり命を永らえさせようと置いていた。それくらいしかなかった。
始めてから1年も経過したころには新しいお客さんは探す必要はなくなっていた。
購入が1棟だけの客は少数で2棟3棟は普通だった。もっとも多いお客さんは7棟も買って頂いている。
良いのが無いのかもっと物件を持って来いなんてお客様が数人いるので、これはと思える物件は電話で知らせるだけで売れる状態だった。しかし良い物件が無いのが悩みの状況だ。
こんな濡れ手に粟のビジネスが永久に続くはずはない。
北海道で34%
太陽がキラキラと輝く見渡す限りの雪原の中に私は立っていた。
幸い吹雪は止み、見通しもよいその地は観光地ではない。
私は仙台の次に北海道に乗り込んだ。まさか数ヶ月前には飛行機に乗ってビジネスをするとは思ってもみなかった。
札幌から車で道央自動車道を通り小一時間の道のりをレンタカーを運転してやってきたのである。
岩見沢市、それがこの大雪原の地名である。雪原の下が畑なのか原野なのかもわからない。ひたすら地平線まで雪が続いている。大地の果てに来てしまったと後悔していた。
レンタカーを借りたところは千歳空港。昨夜の宿は札幌の京王ホテルである。
車は4輪ともスパイクタイヤを履いておりその威力は素晴らしく、凍結した道路を軽々と踏破できた。チェーンを巻いて少し雪道を走った経験はあるが、雪とアイスバーンの道路は初めての体験である。
そんな不慣れな私でも横滑りもなくすいすいと走れるのは驚きであった。その代わりスパイクが削り取るアスファルトが酷い粉塵となっている。
札幌などの市街地では通りの脇に寄せられて幅の広い塀のようになった残雪の壁があるが、その粉塵で真っ黒い汚い壁となっていた。道に真っ黒な小鳥がいたので良く見ると雀と判って驚いたものだ。人間の肺にも入るだろう、後年禁止されるのは当然だった。
しかしまだスパイクタイヤは禁止されておらず快適なドライブでここまでやって来たのだった。
振り返るとそこに古いアパートが少し傾いで建っている。
3DKが4世帯、築年数は15年で、価格は700万円、満室時家賃収入は月額20万円で年間利回りは34%。2室が空いているので実質17%。さすがに土地は広くて車は6台以上留められる余裕があった。
私はその頃携帯電話を使っていた。まだ手には余る大きさと重さなので専用のショルダーバッグに入れて肩から掛けるほどだった。それで現地から実況で東京の顧客に伝えたのである。もっともその現場では電波が届かず高速道路近くまで戻ってやっと話せたのだが。
地盤が悪くて少し傾いていること、前面道路を乗用車が通るだけで地盤が振動すること、駅からも遠い原野の一軒家だから買うのはやめましょう。入居者募集も心配だ、そう言ってやめさせようとした。
しかし、返事は意外なものだった。
「ぜひ買ってきて欲しい」
そもそも、このお客さんは私の事務所に別の物件広告を見て来られたのである。広告よりももっと利回りの高い物件はないかと食い下がる。
「あるにはあるが、やめたほうがいいものばかりです。古すぎる建物では入居率も悪くなるし、見えない瑕疵も心配です。
たとえばこのようなものは札幌から離れているので私の懇意な業者にも管理を頼めないので、私は紹介したくないのです」
悪い物件の見本として説明して参考に図面を見せた物件だった。
私としては購入後は一切の保証も助言も出来ないと言ったが、顧客の意志は変わらなかった。仲介手数料は交通費程度にしかならないし、気の進む契約ではなかった。
しかし他のお客さんの件での出張も兼ねていてその日程の中で半日を費やしただけなので損ではない。
驚くべきことにはこの物件にもノンバンクの融資が付いた。融資したノンバンクの窓口の社員と二人で、よくも貸すもんだと頭を傾げたものだ。その後このノンバンクはギリギリながらも倒産を免れている。
契約完了後、岩見沢駅前の不動産業者に入居者の紹介と物件の管理を頼みにいきとりあえず私の任務は終了した。
今でもこの仲介はやるべきではなかったと思う。利回りは重要だが、これは失敗の投資だと思われる。今でも釈然としない取引であった。
この岩見沢市は札幌の北東20数キロ先にある北海道でも有数の豪雪地帯である。
泥炭地が広がっている。泥炭地とは石炭に成る前または成り損ねた粘土状の黒い土なのだ。数メートル掘っても同様の土地だった。
硬いコーヒーゼリーのような地盤である。
新築現場の基礎工事にも遭遇したが、建築敷地の一帯を深さ5メートルは掘り起こしており、さらに底にコンクリート杭を打ち込んでいた。
相当な費用が基礎工事だけで必要になるだろう。ここまでやっていなかったとしたら今回のアパートが傾くのは当然である。もしかするとやっていたけれども傾いたのかもしれなかった。
ブロック塀も大きく傾いているのが相当数見受けられる。ここで「傾く」と聞けばバッタリと辺の方向に横に倒れるように傾くと考えるのが普通である。
しかしそうではない、垂直なまま沈んでいくのだが門柱などは特に重いので余計に沈んでいく。だから塀を外から見て塀の上部が斜めに見える傾きである。当然傾いていながらバッタリとは倒れない。
これを初めて見たときには本当に驚くばかりであった。塀は元の半分の高さになっているのだから。
この時までそんな土地が日本にあることすら知らなかった。
現地を見ることはこのように重要である。知らないままに販売しておれば後日顧客から苦情どころか告訴すらされかねない。口頭で説明するのみならず書面でも泥炭地であって地盤が悪いことも明示しての販売なので法律的にも道義的にも私に非は無い。
でも嫌な思い出である。
このように私はレンタカーを借りきって数日間走り回っていた。これを月に3回から4回の出張でこなしている日々だったのである。
契約のできなかった出張は無く必ず1~3件の契約をしていた。
疲れ果てて貧血をおこしたことが2回ある。出張中は早朝からレンタカーで走り回り物件の調査と千歳空港へお客さんの出迎えを繰り返す。そして食事を抜かざるを得ないことも多かったからである。
必ず買う前には見て欲しいと推奨していたので契約の半分はお客さんを現地へ案内するのである。残り半分は一任されて私の判断で購入していた。
よせばいいのに夜は地元業者とすすき野のクラブでの交際もした。しかし顧客を接待することは稀であった。不動産業者はよほどのリピーター客で無ければ接待はしないものだ。
このビジネスの極意のひとつは売って仲介料を貰ったら逃げることだ。
責任逃れではない、一人が使える時間は限られている。その時間を過去の顧客との交流に費やすことは自らの売り上げのダウンに直結する。
ところがそれは住居の販売の場合であって、私のように投資家相手ではそうはいかない。
幾つも買うリピート客が多く、しかも現地ではレンタカーを借り切った私が居なければ翼をもがれた鳥のような存在の客である。いつも私の車に同乗する客が多いのである。
同行が多いと気疲れするので現地では食事だけにして、よほどの場合だけ東京で付き合うことにしていた。出張中の接待は本当に疲れるものだった。扱う金額が大きいのでミスをすれば致命的なビジネスである。嫌でも神経が高ぶるのだ。
弁当屋
子供が私の運転席の後ろを思い切り蹴飛ばす。がくがくと背中に響いてくる。
「しょうちゃん、やめなさいよ」
泣き叫び足をばたばたとさせる子供を、母親はけだるい声で慌てる風もみせず申し訳程度にたしなめる。弁当屋の女房はそれでも一張羅を着込んではいるが、服がべったり貼り付いたようで生活の疲れが服を着ている感じであった。
菓子屋の店先で欲しいとひっくり返って泣き叫ぶ幼児のような有様に、少々私も参っていた。この子供は酷すぎる。
弁当屋は何も感じない風で子供をしかるそぶりも無い。私は、
「お客さんちょっとなんとかなりませんかね」
と、言いたいのをぐっと我慢していた。
この弁当屋一家は東京からはるばるとこの札幌にやってきた。昨日千歳空港に迎えに行き、午後は既に物件の案内もした。今日は二日目の物件の案内である。
どの物件を見ても反応の無い客であった。一体どこを見ているのか判断の基準も何もわからない客で、私は懸命に説明するがどうにもならなかった。
10数件の色々なタイプの物件を見せた。
すべて前日の早朝から現地を下調べして、どの順番で案内しようか、どのように説明しようかとコースを決めて作戦を立てているのである。
元よりそれら物件は東京の事務所で図面を検討している。こうしてどの客にも案内する前の事前準備を怠らなかった。一人の客に前日には現地入りするので2日間の日程がつぶれる。この弁当屋には3日を費やしたことになる。
その晩はホテルに送ったが弁当屋にM銀行の東京のいずこかの支店長からの電話が入った。物件が決まったか、との問いであった。
銀行が融資をしたいがために北海道行きを勧め、旅費すら負担した節もあった。本人らはまるで物見遊山である。
「いつでも必要な資金は送金します」
そのように支店長が言ってる、と誇らしげに弁当屋は説明した。しかしホテルロビーでも子供のわがままと泣き叫ぶ様子は治まることがなく、商談どころではなかった。
弁当屋は15店舗ほど、ほかほか弁当の店を経営していた。フランチャイズの弁当屋には属さず小さな店から1件づつ増やしてきたのだ。自分で厨房でコロッケを揚げ店頭に立つタイプである。ビジネスライクに人を使って管理する背広を着るタイプではない。
1店舗の売り上げは馬鹿にできない額であり15店舗ともなれば都市銀行の支店長も下には置かないお得意様なのだろう。
どうやら銀行が勧めるから見に来ただけで、自分の商売での儲けで充分だ。今更アパートなど買わなくてもいいと思っている風だった。
生来ぶっきらぼうでひたすら働いてきただけの人間に見えた。人を人とも思わぬ感じもあった。迎えにいったこと、一日中案内したこと、食事も出したことなど当然のごとく受け取り謝意などどこにもない人物であった。
このような生き方が成功するのもまた現実の社会であろう。
弁当屋はついに買わず、礼も言わず、女房も何ひとつ言わず、ひたすら子供は泣き叫ぶうるさいだけの家族であった。
費用のすべては羽田札幌間の航空運賃とホテル代を除き私の負担となり、言い用の無い虚無感を残したのである。礼節って最低限必要だ。
エステ帰りにアパートを1棟
現在はエステサロンは理容店や美容院と同じように存在する。
当時は今のようにエステサロンはないものの、それらしいサロンのはしりがあったようである。と、あいまいに言うのは私がおしゃれに関心がないので知らない世界だからである。
その店の帰りに寄られる奥様がいた。
「なにか良いのない」と週に1度寄られるまゆみさんである。30代半ば、小学生の子供がいるとのことだった。
まゆみさんの投資に対する心構えが気になっていたのでそれほど真剣にはなれなかった。高利回りだけを言うからだ。利回りは重要だが立地条件はもっと大事なのだ。
旦那には内緒と、初めて来社されたときに聞いていたのでどうせ買わない冷やかしと思い込んでいたためもある。
不動産投資の特集を組んでいる女性誌すらある時代で、バブルにはマスコミも加担していた。
事務所内には成約物件の図面を掲示して真っ赤なバラの造花を貼り付けていた。それが20数個も貼ってある。来客は否が応でもその気になる。無論それこそが私の狙いでもあった。当たり前だがまゆみさんをもその気にしてしまった。
4回目に寄られたときなどは怒っていた。
「どうして私には世話をしてくれないの」
と。
まあ、そこまで言われればと物件を紹介した。ぜひこれが欲しい、と指定されたのはやはり高利回りの物件である。利回りは13%ある。
しかしこれは千歳市の物件だった。札幌市内以外はやりたくないのが私の本心である。理由は管理の問題だった。入居率も札幌ほど良くはない。札幌市内であればすでに懇意にしている業者があるのでそこにまとめて持ち込んでいた。
千歳市はその地名でわかるように空港のある街である。空港はあるが道庁があるわけでもなく地方都市に過ぎない。札幌とは較ぶべくも無くこじんまりとしている。人口が少ないのだからアパート入居者の需要も少ないのは当然で、投資には向かないのである。
現地を見ずにまゆみさんは購入してしまった。もちろん私の仲介である。無論私が現地へ足を運び確認したうえでの契約である。
嫌な予感は当たるものだ。2ヶ月もしないうちにこのアパートは軒下の天井つまり軒裏という部分が落ちてしまった。外廊下の天井にあたる。
積雪地帯で厳寒の土地だから内地東京などとはまるで違うことが起きる。溶けた雪の水が軒裏に回っていたようで腐食が早く進んで落ちたようだったが、この事故は珍しい例である。
水道管が凍結して膨張して破損し、日中暖かくなって溶けてから漏水事故で水浸しなんて事故は多くある。幸いこの事故は室内への水漏れ事故よりも被害は小さかった。水漏れでは階下の部屋への損害賠償が多額となるのである
水漏れは別の物件で実際にあって階下が理容店だった、営業補償まで請求されたが保険をかけていたので補償金額は保険でまかなえたのは幸いだった。
この例では内地から札幌の大学に進学していた学生が冬休みに帰郷した折に水道の水抜きをしなかったために凍結して破裂したのだった。
地元の人間はこのようなミスはしないが内地出身の人間がよく起こすミスである。寒冷地の住宅には水道管内の水を抜く装置が付いている。
まゆみさんは怒ること尋常ではなかった。法的には現状有姿の売買の条項もあるので突っぱねることも可能だが、なんとかなだめて費用だけは自己負担をお願いして、札幌の不動産業者に工事の段取りを頼み込んだ。
遠方でしかも一見で工事業者に依頼することは心配である。やはり普段付き合いのある工事業者を持つ不動産業者を通じるほうがよいのは火をみるより明らかなことだ。快く引き受けてもらえてほっとした。
築年数が5年ほどでもこのような瑕疵がある。外廊下の天井裏などの腐食など通常の目視点検ではわかるはずもない。現状有姿売買では元の売主には請求できるはずもない。裁判で争う場合もあるが、勝てるはずもないし、争う金額も20万円ほどで無益なことだ。
当時は携帯電話を持つ人はある筋の人か不動産屋くらいで、まゆみさんも持っていなかった。だから本人に連絡をするのは悩ましいことであった。
まゆみさんはエステに通うといっても今で言うセレブではなくパートに働きに出ているので在宅の時間は旦那さんもいる夜間となり、ばれる可能性もある。内緒での購入だから○○不動産が電話してはまずい。そんな余分な気苦労もあった。
なんでそんな気遣いまでもと考えられるが、それが細かいノウハウのひとつとも言えなくもない。
しかし家族に隠し通すことは難しい。とくに旦那さんが奥さんに隠すのは難しい。固定資産税などの納付書などが郵送で届くからだ。家にいる時間の長い細君に隠すのは難しい。
まゆみさんはいずれ経営が安定したら夫に話すのだとは言っていた。ご主人はよほど冒険が嫌いな硬い考えの持ち主なんだろう。パートをしながら貯めたお金を自己資金にしてアパートを買うくらいだから、まゆみさんはきっと成功しているだろう。
利回りが高くて返済も楽な計画だった。当初は相手にしなかったので反省しなくてはならない。
サラリーマンがマンションの1棟買い
外資系会社の課長森山氏は、私も驚く次々買いの猛者だった。
バブル崩壊がなければ大金持ちになれただろう。
と、いうことは大金持ちになってはいない。破綻するだろうと思った頃には音信不通となったので実際にはその後どうなったか知ることはできない。
3年前テレビ画面にその顔を見つけたときには驚いた。
街頭インタビューを受けることも珍しいが取材に応じても放映されるのは一部に過ぎず、ある日のニュースに1度か2度使われてお蔵入りの扱いが普通である。
つまりそれを見ることも珍しいが、あの森山氏だと気づくのも滅多に無い偶然であろう。10秒程度のシーンで、気づいたのは残り3秒ほどだったので、ああ森山氏だ、と思ったのと画面が切り替わって消えたのとほとんど同じくらいだった。
街頭インタビューに応じる姿は相変わらず饒舌で元気そうだった。ほっとした。破産しているはずだから元気だろうかと心配していたからだ。
不動産購入で10億円を超える負債を負っていた。利回りが8%以上だけの物件なら良かったのだが利回り1%未満の東京のマンションを7つ抱えていた。そのひとつの資金で 地方の9%の利回りのアパートやマンションが1棟買える。
私がお世話したのは1棟売りのマンションが5つとアパートが2つほどである。すべて地方の物件である。札幌と福岡などの1棟売りの中古マンションだが、なんと全部の物件を一度も見ないで購入された。
1棟で3億円の物件もあった。2DKと3DKを合わせて40戸ほどの大型物件である。 物件全体の平均利回りが9%あった。これらを年収が800万円のサラリーマンが次々と買ったのである。この方から私が頂いた手数料総額はなんと約3千万円近くになる。
「次は無いのか」
不機嫌な声色で森山氏が電話をかけてくる。
そんなに利回りの良いものが地方といえども潤沢にある時代ではなくなっていた。バブルも後半になり地方の利回りが良いことが一般にも知られてきたからだ。
目ぼしいものは買い尽くされていた。
東京から多くの投資家が買いに行けば、元々人口も少ない地方では物件が枯渇するのは当然である。
しかし森山氏は大型のマンション1棟を買えた喜びもあり、もっと買おうと欲は募る一方だった。演技しているなと魂胆は見えてはいたが、かしこまった不利をして応対していた。
森山氏もそれを感じ取ってさらにきつい言い方をするのである。
「どこまで資産を増やせるかチャレンジする」
と、口癖のように言っていた。
もはや良い物件はないと言っても納得してくれない。無理に急いで高利回りの物件を探したのが失敗の原因となった。もっとも今回の失敗の損失は200万円ほどであって、その後のバブル崩壊での恐ろしい破綻からみれば微々たるものだった。この後で都内のマンションに手を出しさえせねばよかったのだ。
なんとかいい物をと物件を探していたところ、新規に建てるプランを業者が持ち込んできた。利回りは良いので森山氏に紹介した。当然のごとく飛びついてきた。
前向きに検討する旨の返事を業者にしたが、協力金の名目で200万円欲しいと言う。業法に違反しかねない話だが、森山氏に相談すると相手先に振り込んでしまった。心配になってすぐに現地へ飛び現場を見に行った。
物件は道路に面するとはいいながら4メートルも低い崖の下である。実際には造成にも費用がかかる。提示した予算でできると建設会社は請合うが、私は信用しなかった。金を返せと談判したが返さない。さらにつぎ込んで泥沼に嵌るよりも200万円を捨てた。
ワルだった。争うことも勧めたがその頃の森山氏はそれどころではなくなっていたのである。東京に買ったマンションのローン返済に苦しみ始めていた。結局は取り返すことができなかった。
これより先は時効制度がなかったら書くことはできない。
例えば1億円の地方物件を買うときには1億2千万円ほどの融資を引っ張り出した。
売買契約書は1億3千万円の売買とする。自己資金は頭金1千万円と諸経費数百万円がある事にして1億2千万円の融資を引っ張り出す。当然契約書は額面の違うものが2種類存在する。立派な文書偽造罪である。
実は1億500万円くらいが実際の支出だから、マンションを購入すると手元に1500万円が残る。これがいわゆるオーバーローンである。
こうしていくつかの取引を通じて集めた約一億円を手元の資金としたのだ。バブル崩壊の前は銀行もできるだけ多くの融資をしたいがために見て見ぬ不利をしていた。むしろ煽って勧めてもいた。
行員も少しでも多くの貸し出し競争に明け暮れていたので疑うそぶりも見せない。当時はどこでもやっていた。
いつも口を酸っぱくして、
「東京のマンションは絶対に買わないこと。キャピタルゲインは狙わないこと、マンション転がしはしないこと」
と、言っていたのに、私には内緒で東京の区分マンションを7つほど買っていた。
この資金は返済資金の予備ですよ、毎月の返済または元金の一括返済に使う以外では使ってはいけませんよと言っていたのに・・・
このお金を使って次々と東京の区分マンションを購入していたのだ。私が知るのはそのマンションを売って欲しいと依頼されてからだ。
もはやバブル崩壊が始まっていて売ることは困難になっていた。そのため購入した不動産全体の平均利回りは2%を切る事態となっていた。銀行の貸し出し金利が今のような2~3%ではない7%前後の時代だ。
しかもマンションの1室が3千万円~1億円もする。地方ではアパートまたはマンションを1棟そっくり買える価格だ。
私を通じて地方の高利回り物件を次々に買っても破綻する筈はない。1棟ずつの家賃収入が返済金を上回っていたのだから。
しかし1%を下回る物件に投資してキャピタルゲインを狙った時点で破綻への道となった。
毎月家賃収入よりも返済が大きい。その投資総額が10億円を超えている。手元資金はほぼ使い果たしている。その後の失われた10数年は乗り切れるはずがない。
あくまでも時代が狂っていたからだろうが、信じられない投資家である。
しかし本当に狂っているのは投資家よりも融資した銀行だ。銀行以外にノンバンクと呼ばれた銀行の代理貸し出し機関が酷かった。当時専業で7つくらいがあってその他にも生命保険会社などもこぞって貸し出し競争をしていた。
実は銀行は力の無い投資家には直接貸さなかった。ノンバンクを紹介してそこにリスクを押し付け、そこに貸し込んで利息を抜く。大口客以外には決して直接には貸そうとしない。まことにえぐい手法だった。ノンバンクは自行の退職者の受け皿だった。
バブル崩壊で真っ先にこれらノンバンクは消滅した。地銀生保住宅ローン、日本住宅金融、日本ハウジングローン等があり、殆ど旧大蔵省の出身者がトップを占めていた。
今でも言う天下りである。私も随分融資を引っ張り出して利用させてもらったのでおおっぴらに批判するのは恥ずかしい。
企業舎弟
購入する場合に持ち主と仲介者の素性を調査してから手付金を入れることはありえない。 それでは先を越されるのでまずは物件を押さえるのが通例なのだ。
ある物件で同様に手付金を入れてから現地札幌で決済をする、いつものような取引をした時にそれは起こった。
なんとその持ち主は東京の不動産屋だった。
きちんとしたマンションの1棟で管理状況も普通で利回りも9%はある。これならとお客に説明して購入決定はスムーズだった。東京の会社が所有者とは珍しいな、と思っただけでそれ以上の不審感は持たず、手付金を入れ物件を確保した。
決済の打ち合わせをしにその東京の会社に乗り込んだが、どうもまっとうな雰囲気ではない。どうもこれは借金のかたに取り上げた物件だなと気が付いたのはこの時である。不動産業の免許の他に金融業の免許証も壁にある。
こっちが本来の業務だなとすぐに気が付いた。妙にしんと静まり返っていて、不動産会社の雰囲気ではない。これはもしかすると舎弟企業かもしれんな、そう睨んだがいまさら後へは引けない。きちんと買えれば良いだけのことである。
出てきた担当者はひどく痩せていて目つきが鋭い。えらいのに当たったかと嫌な予感がしたとおりとんでもない要求をしてきた。
中古の賃貸物件は入居者がついたままでの売買となるが、入居者から預かった敷金が存在する。当然これは退去時には返すお金だから建物に付属するもので売買時には新しい所有者へ引き継がれる性格のものである。
しかしこの業者は、敷金は渡さない売買価格はその条件で表示したものだと主張するのである。本来は手にしたい金額に敷金を乗せた金額で販売価格を設定すべきだったのだ。 そこがこの金融会社がプロの不動産業者とは違う一種の甘さである。
承知でやっているのかも知れない。元の所有者から取り上げたときにはそのようなことには無頓着だったのかも知れない。脅かせば相手は黙る、そのような商売を行ってきたのだろう。
話は平行線であった。金額は100万円弱だが買主にとっては譲れない金額である。
すべてを一任されて代行している私は一人である。傍に買主がいればその会社の雰囲気と担当者の威嚇的態度で、もう良いよとでも譲歩してくれるだろう。
しかし、一人で来ている以上は私の責任であり買主から追及を受ける可能性もある。私は明確にはわかったなどと返事をせずに黙って打ち合わせを終了した。支店長の振り出し小切手で良いかとだけは念押しをして了解を取った。
通常私的に振り出す小切手での決済は行わない。必ず現金か振込みか銀行支店長の振り出す小切手とされている。
さて決済当日は札幌の銀行支店の応接室を借りて決済を行った。
書類のやりとりがあって司法書士に確認させてから、私は小切手を取り出した。その額面は購入額から敷金の額を引いたものだった。
わざわざ出向いてきたその業者の担当者は見る見る顔を紅潮させて怒りを顕わにした。
「てめえこれはどういうことだ」
言葉使いがいきなり変わった。
眼光の鋭さはやはり並々ならぬものがあった。今いきなりこんな怖い目で睨まれたら私は震え上がるだろう。でもその時は業者としての腹を据えた気概があったのだろう。瞬きをせずに一言も発せずひたすらその男の視線からそらさずにいた。
睨み返すことはしなかった。勤めて平常な目で視線を返したのである。目をそらしたら負けだ、そう思っていた。
その場にいた者は凍りつき、これ以上の修羅場はないだろうという最悪の空気が漂っている。5分間もそのままだったように感じた。不承不承で男は取引を継続した。
残りの作業は無言のままでたんたんと進んでいった。
相手方はそれ以上どうすることもできなかった。こちらの言い分が正しいのである。男はこの決済をせずにおめおめと東京に戻ることはできなかったのだ。敷金分を損してでも 手ぶらでは帰れなかったのだ。
私を脅かせば恐喝になるし銀行の店舗内ではどうすることもできない。まして脅したところで小切手の金額が増えるはずも無いのである。現金ではなく小切手にした私の作戦勝ちではあったが、もう2度とやりたくない。
その後手付金を入れる前に必ず敷金の譲渡を確認するようになったのは言うまでもないだろう。
金額が一桁大きかったら引き下がりはしなかっただろうか。いやそれはないだろう、しかし何らかの報復を受けたかもしれない。その会社が舎弟企業だったのか、単に柄が悪いだけの会社だったのか真相はわからない。
半年後に売却してくれ
50歳過ぎの大企業のサラリーマンだった。
折角お世話したのにそのマンションをどうしても売って欲しい、と懇願された。数ヶ月前に私がこの方に販売した九州の1棟売りの中古マンションだった。利回り9%の鉄骨造で築年数が4年程度で綺麗な物件である。手放す理由が無い。
当時返済金は賃貸収入で全額返済できていたのに売るべきではないと説得しても気が変わらない。私も粘ったがどうしても売ってくれと頑張る。
商売になるから普通の業者なら、はいよとばかりに売り出すだろう。そこが変に愚かな私である。商売そっちのけで反対した。でもこのせいで多くのリピート客が私についていた。あんたは不動産屋らしくない自分の利益ばかりを追わない、と。
そこでピンと来たので、
「あなたは株の信用取引をされただろう」
と責めたら認めた。
既に離婚も決めていた。破産する前に少しでも高く売って妻に渡したいとのことだ。私は相当に怒った。つくづく、
「あなたの言うとうりに株の信用取引はしなければ良かった」
と、述懐された。
この物件は人気の高かった物件である。別の顧客に電話したら即日購入が決まった。すでに一度売買契約をしたので管理の状態も把握しているので何ひとつ躊躇しないで契約を終了できた。
人も羨む折角順調な人生を送ってきたのに、株の取引に手を染めたばかりに一気に転落である。博打的な投資はとにかくやってはならない。
数十年ぶりの洪水
現地は私が小学生時代に過ごし泳いでいた川の上流であった。福岡市の那珂川上流である。
昭和30年代半ばまでは全国の山河はすべて美しかった。
川には清流が流れるのが当たり前だった。
ところが40年ごろまでには工場廃水と農薬の使用そして宅地の増加とダム建設、これらで川は一気に汚れたのである。高度成長の結果であった。
ダムの増加も川の水量を極端に減らし汚れを加速させた。
私が小学校3年生の時分までは橋の上から川底の砂がすっきりと見えていた。近くにアメリカ空軍が駐留する飛行場があり、アメリカ兵が川砂を取りに来ていた。田舎の子供が見たことも無い大型のショベルカーを持ち込んで大量に掬い取っていた。
コンクリートの材料にしていたのであろう。橋の欄干にしがみついてアメリカ兵が重機を操るのをうっとりと見とれていた子供の私を思い出す。
橋の下流すぐ近くに小さな堰があり、そこが子供たちの格好のプールとなっていた。母親から往復のバス賃の5円玉を2枚貰ってバスに乗り泳ぎに来ていた。
そこは今では住宅街の真ん中となっていて面影も無い。すぐ上流に製紙工場がありそこの廃水が最大の汚染源だったのだろう。子供らには知る由も無い。
6年生になっても泳ぎに通っていたが両手で掬った水が手のひらの底さえ見えにくくしていた。あっと言う間にそこまで汚れてしまった。橋の上からは川底はとっくに見えなくなっていた。
さて、その地点より数キロ上流に瀟洒なアパートがあった。川からは10メートルの距離があり狭い峡谷でもなく周りは静かな住宅街である。バス停も近くて築年数も新しい。満室の利回りは12%である。3千万円の物件だった。
案内したお客様は大変気にいりその足で売主側業者へ向かい手付金を入れた。その後順調に銀行ローンも決定して決済も済ませ登記も終了した。
ところが数ヵ月後大変な豪雨が訪れた。数十年ぶりとの事であった。私も10数年暮らした記憶の中にそのような豪雨は無い。
そのアパートは床上浸水した。
建物が流されたわけではないが復旧のための工事費は相当なものであった。私の責任は無くても、いい心地はしない。その後紹介する物件には地形にいたるまで念入りに調査するようになったのは言うまでも無い。
このお客様は東京都心に幾つかの不動産を所有する資産家であったのが救いであった。
九州支店
あろうことか、九州支店を設立してしまった。
正確に言うと別法人として立ち上げた。不動産の免許は県をまたいで支店を置く場合は建設省、今の国土交通省の管轄となり、まったく新規の免許となる。
そのためにはかなり煩雑な手続きをしなくてはならない。そしてべらぼうな時間も掛かる。行政の非効率にはまったく泣かされる。そのため東京の会社名とまったく同じ社名で独立した有限会社を立ち上げたのである。
これは私の最大の失敗であった。せっかく仲介で稼いだお金を会社の設立につぎ込んで失ってしまったのである。
これだけではなく開発事業にも乗り出して資金を失った。そもそも東京の会社は自分が一人、事務員が一人の小規模である。支店を作ることはどうしても無理があった。
そんな単純なことすら判らずに突っ走った。拡張するならまずは東京で人を募集して育てるのが先である。
飛行機で通う地に、雇ったばかりの男を所長にして宅建主任者もおいて会社を創っても、コントロールができるはずもない。
しかし当時の私は露も疑わず突っ走ってしまった。理屈は私の顧客に売った物件があり、それを管理するだけで管理費が入る。その収益で会社の基本的なコストは賄える。そう考えた。
西鉄電車のある駅の前に間口の広い貸し店舗を偶然見つけて、1階の店舗を持ちたかった私は有頂天になってしまったのであった。面積は50坪もあって広すぎるくらいで私は夢を描いてしまった。
それでも家賃は5万円ほどの安さである。東京の事務所はまさに空中に浮かぶ店であって、通行人が入って来ることは無い。
ここに私の失敗が始まる。
確かに管理費が毎月50万円は入ってきた。東京に住む投資客は喜んで管理を任せてくれて管理費を払ってくれた。しかし事はそう簡単には運ばないのである。それだけですべてを賄うことは当然できない。
賃貸の営業経験がある男を採用して、それぐらいはアパートの入居者の斡旋で稼ぎますとこの男の言葉を信じたのが最悪だった。
この男は資格を持たないので別に女性の宅建主任者を雇う無駄も生じた。まずは信用して使うしかないと男に任せたが、金が足りないと送金を求め、実は帳簿をごまかしていた。
もっともまずいことは、この支店を立ち上げたのがバブル崩壊の前夜であったことだった。
店舗の改装を終えて漸く業務が走り始めたところへバブル崩壊が起こってしまった。私自身の仲介事業がいきなりのバブル崩壊で突然売り上げを失ってしまった。私は現地に監理に行く費用すら惜しむほどの資金不足に追い込まれたのである。
毎月2回の頻度で現地に行っていたときには帳簿を監査し、すべてに目を光らせていたが電話での監視など役には立たない、無いに等しいのである。
私は危機を感じて、この会社を東京とは別に設立していたのでそっくり売却することにした。一人の人員なら管理費だけで維持費は賄えるのである。500万円で現地の不動産会社に売却することができた。開けた穴は1000万円であった。
現地に雇って所長に据えた男が誠実であったならばそっくり分割払いで譲ってやったが、裏で背いたので大きなチャンスを失ったことになる。
この現地の所長は若いくせに霊などを怖がる男だった。呪いがかかっていると怯えるのだ。何のことだと問うと、管理物件の7階に住む入居者が退去した件であった。
霊が取り付いた部屋だからとお札を玄関のドア周りに3枚も貼って退去した、呪いがあるから次には貸せないと言う。詳細は壁から水が洩れてくる、しかも上は風呂でもなければ台所でもない。だから霊の仕業だと入居者が気味悪がっていた。
管理する者がそれを鵜呑みにしてはどうにもならない。水洩れは色々な原因があるが、コンクリートは打ち込むときに次のミキサー車が来るまでに時間がかかったりすると多少硬化してしまう。
次のコンクリートが上に打ちこむとまれに微妙な隙間などができて水が数メートルにも渡って横に伝う通路を生じることがある。
これを水道(ミズミチ)などと言う。
そのような説明を聞かせて、
「管理者が妙なことを言うな、妙な評判が立つと困るぞ」
と、叱りつけた。
「俺が今から行ってお札を破ってやる、ついて来い」
と、言っても怖がるばかりだった。
わずか30歳も行かぬ若さででなんたることか、私は一人でマンションに向かった。
真っ暗な夜8時である。
その部屋の玄関には確かにお札が貼ってあった。それをはがすと丸めて外廊下からエイヤッと投げ捨てた。
私は後年その行為のおかげで祟りを蒙ることになる。実はこの後でバブルの崩壊を起こしてしまう。日本中の皆様に迷惑をかけてしまった。
この祟りの話は私が霊魂や呪いを怖がる人に聞かせる冗談として幾度も使っている。正直に言うと少々怖かったが、気合を入れたのだ。霊や呪いを信じなくても神社でいただいたお札を捨てるのは良い心地はしないものだ。
裸のチンピラ
悪党は嫌いだ。人を食っているようなものだからだ。人の不幸につけこんで金にする奴は大嫌いである。たとえ些細なことであっても人を不幸にする悪事は重く罰するべきである。
こいつはとんでもないチンピラだった。なんと九州の現地会社で管理するマンションの住人であった。
ファミリー向け7階建ての大型のマンションであり当然主婦や子供も多いのだが、なんと素っ裸で外廊下を歩くのだ。刺青もある。住人がおびえるのは当然である。放っておけば退去者が続出する破目にもなりかねない。
このように住人が住んでいる中での事件は解決が難しい。目撃者が警察に証言してくれれば逮捕もできる。通り魔的な犯行ならば証言もするけれど自宅を知るかもしれないアウトローなので報復が怖いのだ。
本人がブタ箱に入ってもすぐに出所するだろうし、仲間の報復も有りえる。
目撃者は管理者である私には苦情を寄せてもそれ以上の踏み込みはしない。だから警察にも相談できない。チンピラに止めろと言ってもどうせ聞く耳は持たない。
そもそも私は東京にいるのでそのために行くことはできない。
「お前行って注意しろ」
と、現地の所長に言ってはみたが怖がって行かない。せめて家賃の滞納をすれば追い出すこともできるが支払いはきちんとする。
これはきっと目先の金が欲しいので嫌がらせをしていると推理した。そこでマンションのオーナーに、金を払ってこのチンピラを追い出したいと相談した。了解を得て毎月集金している家賃の中からこのチンピラに金を渡して追い出すことにした。
意外にもすんなりとこの作戦は当たり、追い出しはスムーズにできた。驚いたのはこの解決金の少なさであった。100万円は覚悟していたがなんとその半額50万円であった。やはり東京とは貨幣価値が違うと納得した事件であった。
名門高校教師がマンション転がし
オーバーローン、このテクニックで手元資金はすでに3億円近い。
次々と業者がマンションを持ち込んでくる。物件図面を見るだけで次々と購入し、高値で転売を繰り返していた。
私は高利回りの地方物件だけを勧めるので結局相手にされなかった。興味があるからこそ私に電話してきたものの東京のマンションの転売で上がる利益に夢中であった。
この先生は東京の区分マンション専門の投資だった。キャピタルゲイン狙いの投資だ。俗に言われたマンション転がしである。
授業中はさすがに呼ばれないが、学校の終業時頃に来るように言われて訪問していた。それもびっくりである、普通は職場に、しかも学校にそんな業者を呼ばない。ぶっ飛んだ先生である。
専門は社会科目を担当されているのだが、実はあるスポーツで全国大会で常時優秀な成績を誇るチームを率いる監督をされておられた。その世界では有名人だ。
私が訪問すると生徒さんにとっては尊敬する先生の来客なので、
「いらっしゃい、こんにちは」
と、きびきびした立派な挨拶を私にする。
いまどきの中高生でもこんな子達がいるんだと驚いた。まさに体育会系の特徴だろう。てきぱきと先生が練習の指示をすると、「ハイ!」と返事して厳しい練習に励んでいた。
さすが全国優勝するチームは凄いなと感動した。あの子は全国大会の優勝経験者だよと先生が指差す生徒は格段の違いがあった。
この先生はマンション転がしの猛者である。
おまけに愛人はいる、とんでもない人でもあった。なんでこんなことまで知っているか?このような方はそれを自慢したいので、なんでもよく話される。
マンションを買うたびにオーバーローンを繰り返し、転売も繰り返して得た3億円強の現金を持っている。だから買うと決めたら融資が例え付かなくても買えるのだ。私の知る範囲ではすべての購入で融資は付いていた。
だから手元資金は増える一方だ。でもそのお金の元はすべて借金で作られたお金である。自宅には帰らずに遊んで、帰るところは彼女の部屋。
なんとも豪快な人生である。3億円の現金を持つとどんな人間でもこれ以上は無いほどの強気となってしまう。バブルが崩壊すると聞いても何とでもなると考えるのである。利回りが高い物件へ乗り換えましょうと進めても
「そんな田舎を買っても値上がりなんかするものか」
と、あくまでキャピタルゲイン狙いなのだ。
ところが買いすぎている。所有するマンションの利回りは1%以下。
そこへバブル崩壊がやってきた。
次々とオーバーローンで買っていたから返済資金ができていたのに購入は止まってしまい返済ができずに破綻だ。
これも都内の利回りの低いマンションを多く買いすぎた為、家賃収入よりも返済額が大き過ぎた結果だ。
在庫のマンションは安くしても売れなくなった。現金の3億円なんてすぐに返済で消えてしまう。1%もない利回りで返済額ばかりが巨大だった。
バブル崩壊後のデフレがせめて5年で終息しておれば破綻はしなかっただろう。持っている現金が大きいので乗り切れるかと思ったがこの長いデフレではどうしようもない。
立ち退き交渉
地上げや立ち退き交渉は何かと世から批判を浴びる。
いかにも借りている側が弱い立場に見えて、それを苛める印象が強い。そのようなマスコミでの報道が常であるので、世間はそのように洗脳されている。
確かに大半は借りている立場が弱いかもしれない。しかし、所有者側が困り果てている例もまた多いのである。
世に言われた地上げ屋には一時的に暴力団などが介入して荒っぽい所業を繰り広げた例があった。たとえばダンプカーを突っ込ませてテレビのワイドショーに格好のネタを提供していた。
しかし、本来の地上げとは数年あるいは数十年をかけて地上げを行い、区画整理までも行う立派な社会貢献の一面もある。
赤坂のアークヒルズは狭い路地の入り組む危険でどうしようもない密集地域であったが、森ビルは20年近い歳月を経て民間による都市再開発事業として成功させた。狭い路地は廃道とし、周囲に緑を配置して遊休空間とビル群を作ったのである。
アークヒルズ以外にも森ビルは数十年をかけた六本木ヒルズなどの再開発を成功させている。これでどれほど大きな利益を東京都民が得たのか、ひいては国民も利益を得たのか、その視点での報道をあまり感じることが無い。
今の東京にこれらヒルズに限らず高層のビル群がなかったら国際都市としての面子はないだろう。木造2階建てが密集し狭い迷路のような道ばかりの町を再開発するのは、本来は国や県や市町村が行わねばならないことだ。しかし地上げ業者のお蔭だ、と報道はしないのである。コツコツと路地を歩いて訪問を繰り返す末端の地上げ担当者たちの功績を称えることはない。
森ビルは余りに大きな取り組み例である。私も地上げではないがマンションの立ち退きの交渉を依頼されたことがある。2件あって、ひとつは大変旨く運び退去者からも感謝された、もうひとつは失敗に終わった。
地方のアパートを1棟買われたお客様の依頼であった。
「田舎から年老いた両親を引き取るにあたり横浜に持つマンションに住まわせたい、ついては入居者がいるのでなんとか穏便に退去してもらいたいので交渉して貰えないか。申し入れてはみたものの断られた、入居者はガテン系の人で怖そうだ」
と、言う。
しかし両親が住むのが嘘であることは判っていた。立ち退きを有利にしようとそのような設定にしたにすぎない。真相は高く売りたいので入居者を追い出したいのである。
アパートを買ってもらって仲介費用も頂いたお客様の困り果てた様子では一肌ぬがねばなるまい、人には沿うてみよだ、なんとかなるだろう。
暢気に請けた又も迂闊な自分だなと思いつつ、とりあえずマンションを訪問した。
「所有者の言い分にも無理があるので所有者に勝手気ままな主張はさせません。あなたの立場にも必ず立って公平な立場に立ちます。まずはあなたの言い分をしっかり聞きたいのです」
まずは入居者の不安を取り除くことから始めた。そのように正面から交渉して始めた。私には立ち退き交渉の経験がなく他に方法は考え付かなかった。
入居者は40歳ほどの夫婦だった。初めは身構えていたが徐々に打ち解けてもらえて、次に訪問するときは現在の住まいよりも良い条件の賃貸マンションの案内図面を持って行った。
生活上の買い物に便利なスーパーの場所に近いなどの条件を満たす物件を選んで行った。それらが奥さんの心を掴んだと思える。
まさに将を射んとするものは馬を射よである。とんとん拍子に話しは進み引越しの日にも行って手伝った。そして引越し費用のほかに80万円を支払ったので夫婦は大層喜んだものである。
しかし所有者はおかんむりであった。費用が高いと言う。私は平気であった。曲がりなりにも人間の暮らしの場を一時的にせよ不安に陥れるのであるからして、家主側の理由がどうであれそれなりの負担をするのは当たり前ではないか。その気持ちから取り組んだので、いったんは暗礁に乗り上げた交渉が意外にもスムーズに展開したのだろうと思う。以心伝心、心の中のことは顔に出る。
失敗例はこうである。
家賃の値上げ交渉だった。
何度訪問しても反応が無い。
手紙を何度入れても返事が無い。
所有者の手紙を入れても反応が無い。
居留守は使うが家賃だけは振り込んでくるので交渉の余地が無いのである。これは余りにも非誠実な態度ではなかろうか。諦めるしかなかった。
ワンルームに住む独身女性であった。バブル崩壊後、家賃の値下げを要求してきたが、家主が相手にもしなかったのは当然である。
バブル崩壊
ある日を境に、売り物件が急激に増えた。売れなくなった兆候だと体感的に感づいた。アットホームという図面配布業者の持ってくる枚数が一気に3倍となった。
1991年の春先だったと覚えている。直後から慎重にあらゆるシグナルを感じるように努力しているとそれらしい兆候があちこちに出始めている。
もはや尋常なものではない締め付けだなと感じることができた。
色々な引き締め施策が昨年から始まっていることはわかってはいたものの、改めて本気さを感じたのである。
銀行の融資審査が厳しくなった。
そして広告に対する反響の激減だ。9月を境に激減したと覚えている。
もっとも株式の市場はとっくに崩壊を始めていた。この時は土地神話を信じてまさか不動産にまで波及するほどではあるまいと、業界ではまだまだ楽観していたと思われる。
オイルショック時の暴落はすぐに回復したのでそれを覚えている者たちが現役でしかも経済界の中枢にいる時分である。
私は決断した。きっぱりと不動産業はやめた。
世の中の大半がこれは大変だとバブル崩壊に本格的に気がついたのはいつ頃だろうか、私は1992年ではないかと思う。まだ1991年はフワフワと浮かれている世相だったと思う。
マスコミの反応はいつも半年遅れだった。
世間は一年遅れだ。株の世界の崩壊は早かったが大衆はそれほど株を持っていない。バブルのおこぼれを頂戴できなかった人にとっては株の暴落はザマミロだったのかもしれない。今はインターネットがあるのでマスコミが記事に書くよりも世間の方が早いだろう。
敗軍の将多くを語らずとの言葉があるが、随分と語ってしまった。
私は会社を自主廃業したので撤退が早かった。さあいよいよ成長軌道に乗せ人員も増やそうかとする直前の撤退だった。
仲介に飽き足らず土地を仕入れて建築して販売するいわゆるデベロッパー業務を始めていた。九州に設立した支店を拠点にして本格的な開発業者の道を歩もうとしていた。
崩壊が始まったなと気付いてからは土地をすばやく売却した。
建築費を早く実行しろ建築費も約束の融資対象だぞと富士銀行の支店長から催促されていた。しかし私は折角買った土地を売却して借りていたお金を返却した。
土地を売り開発を中止するのは辛いことだ。漸く仲介業から自社物件の開発ができるようになれたのに自らやめるのだ。
しかも古家を解体撤去し、測量士に測量させ官民境界の確認と民民境界の立会い確認もさせ、建築士に設計図面も依頼して作り、残るは確認がおりるのを待ち着工するばかりまで来ていた。マンションを建てて売却する予定だった。それをやめて金をかけた土地を売るのだから損害も大きい。
なんと支店長は金を返したのでかんかんに怒った。
とにかく支店長の剣幕が凄いので一生懸命に謝った。最敬礼で謝った。金を返す時にだ。約束の半分しか借りずにしかも借りた分を返したのだから確かに契約違反だ。
驚く話ではないか。金を返して怒られる人間は世の中でめったにいないだろう。銀行からすれば融資の実績が減ってしまうので怒るのが当然だが。
でもその行動が私を最大の窮地から救ってくれた。開発を続行していればおそらく売れなくて頭を抱え込んでいただろう。
今振り返るとなんと資金を借りた銀行支店は東京で、買った土地は九州だった。大企業なら別だが実質四人の会社ではあり得ないことだ。しかも大銀行の富士銀行だが今はその名前が消滅している。私の零細会社が吹っ飛んでしまうのは当然だ。
1986(昭和61)年頃から、約3年間で地価は約3倍に跳ね上がった。91年からの1年間で東京都の住宅地は、約15%の下落を示している。これがバブルの始まりとバブル崩壊の始まりだ。
日銀・大蔵省の総量規制はすさまじいものがあった。
ある日を境に不動産への融資が止まった。
1990年3月27日大蔵省通達「不動産関連融資の総量規制」これが致命傷であった。これで日本の将来が決まったと言ってもよい。
懲罰的税制改正(改悪)もある。買い換え特例の見直しがあった。
そして短期譲渡所得に対する課税が大幅に強化されて取引で得た利益のほとんどが徴税された。地価税も創設されて土地を持っているだけで大きな負担が課せられた。
さらに国土法の適用で一定以上の面積の土地取引は事前審査が必須となった。
これだけの施策を一気呵成に始めたのだ。ひとたまりもなく不動産取引は終息した。この制度が導入されたのはおおむね地価のピークアウトの後だ。この制度がなくても地価は自然に鎮静化したと言われている。
バブルは、宮沢大蔵大臣の頃に過剰流動性が起きた。それがバブルだ。ところが放置されたのでバブルが行きつくところまで行った。家を持たない人は持ち家を一生無理だと諦めた時代だ。
このバブルを放置したあげくいきなりつぶした責任者の追及がいまだになされないのはどうしてだろうか。
パンパンに膨らんだ風船の空気が抜けて下がり始めたところへ、いきなりの国土法や総量規制の適用だ。風船を針で突いたのである。もう少し前3年前くらいから徐々に適用して軟着陸させるべきところを散々放置していきなりのダブルパンチ・トリプルパンチいやそれ以上だ。
バブル潰しをした日銀の三重野総裁は「平成の鬼平」ともてはやされた。ヒーロー扱いされたことさえあったのは悪い冗談だろう。
失われた10年が20年にも及ぼうかと言う昨今、若者からも国民からも夢と希望が失われている。その後の日本の長い長い低迷はここから始まって今も尾を引いている。
過剰なバブルを放置してぐずぐずしておきながらある日を境に悪者扱いにしてぶっ潰した。
その一因はNHKの放送にもある。
バブルをとにかく悪とした報道を繰り返した。1987年9~11月に6回にわたり「世界のなかの日本、土地は誰のものか」を放送した。
今でも土地は地主のものだ。土地がみんなの物だと言うのは共産国家となる覚悟で言うべきことだろう。
インフレはすべてが悪ではない。給与のベースアップはインフレの世にしかあり得ない。ベースアップがあればこそ庶民は将来への夢を持つことができる。
その証拠に2022年現在までのこの30年はベースアップが無いために世の中に活力を感じられない。所詮、人類の歴史とはインフレの歴史だ。インフレだからこそやってこれたのだ。
こうして見事にバブルはまさに風船がはじけるごとく潰れた。
私は先の見通しも無いまま廃業を決意した。
バブル崩壊の真っ最中に事務所を整理して会社は休眠法人とした。九州の会社は店舗も会社ごと売却した。1991年の暮れである。
東京の事務所に設置したコピー機や電話設備などはリースで調達していたのでこの支払いはまだ残っていた。
私は妻と小学生の二人の子供を持つ無職の男となってしまった。そして1年間以上毎月50万円の支払いをしなければならない。それが終わってもバブル時の価格で購入したマンションのローンが重く圧し掛かっている。
一家離散だと、絶望して一度だけ安酒場でへべれけになったことがある。隣に座る若い男に愚痴を散々こぼして醜態をさらしたが、男は適当に相槌をうってくれる良い奴であった。顔も覚えてないので今更感謝を述べることもできない。
どうやって無職の私は乗り切ったのだろうか、今となっては不思議である。
かっての顧客には上場企業の役職者も多く人事の責任者もいた。外車のディーラーの人事部長もいた。
私の窮地を知って手を差し伸べてくれた。
他社のトップセールスマンを引き抜いたらその年収分の3割を払うとの条件を提示してくれたのだ。不動産ではなく人間の仲介である。
ヘッドハントする名簿をくれたのでターゲット探しにはこまらなかった。
片っ端から電話である。なかなか警戒心も強くすぐに会ってくれる人は少ない。
しかし最低でも毎月80万円は稼がなくてはならないので必死である。ここでも不動産営業のノウハウは生きた。嘘をつかない、それだけである。勤務条件を正直に伝えること、厳しい条件もはっきりと伝えること、そして良い面も伝えること。
現在勤める会社より楽だとか薔薇色の話はしなかった。しかし外資系であるので人事査定の厳しさもある反面、評価と報酬が明確であり、勤務時間がだらだらしている日本企業とは違い業務が終わればさっと帰るのが当たり前の社風などを売り込んだ。
これで私は年収一千万円を稼ぎとりあえずの窮地を脱することができたのであった。
第二部 中古マンションはなぜ不況に強いのか
ベンツは4年落ち、マンションは7年落ち
新築物件はお化粧をしたばかりの女性と同じである。男はそそられて結婚し、化粧を落とした顔を見て幻滅することになる。
不動産で化粧とは新築の香りである。ぴかぴかのフローリングであったり清々しい畳、近代的なキッチン回りだったりする。
これらは年月とともに徐々にその輝きを失っていく。
ところが購入直後に失われる価値がある。新築物件の広告費や業者の諸経費と利益である。女性が化粧を落とすとまたそれなりの色香もあってよろしいが(前言を翻すが)、建物は買ったとたんにその分だけ価値が落ちる。
インフレの時代なら買った値段以上で転売も可能だが、今はそんな時代ではない。
マンション7年落ちを狙えとは必ずしも7年ぴったしにこだわるわけではない。
7年もすれば新築時の香りも失せて中古らしくなり相場価格になるからだ。
もちろん築浅い2年や3年経過後でもそれなりに下がるが、綺麗なだけに人気も高く意外に高い例が多い。だから7年を目安にしている。
残った償却年数は長いほどよいのだから新築が一番良いが、それは前述のように割高であるのでお勧めしない。できるだけ新しくできるだけ安いものがベストだ。
目標は7年以上27年以内である。1981年6月以降に確認申請を得た物件である。
木造モルタルや鉄骨のアパートの場合でも償却年数がまだまだ残っているので投資にも向いている。木造は20年の耐用年数で残り13年はある。RC造マンションは47年なので40年も残っている。
ちなみにベンツは4年落ちを買うべきの理由だが。
新車の減価償却期間は6年である。6年間の均等割り償却をしたとすれば、1200万円のベンツなら毎年200万ずつの償却となる。6年も掛かる。
中古車の場合は償却計算ではかなりの節税が可能となる。
中古資産を購入した場合の耐用年数の計算式は原則、「(法定耐用年数‐経過年数)+経過年数×0.2」である。つまり今回のケースでは、(6年‐4年)+4年×0.2=2年(端数切捨て)となる。中古ベンツに限らず、中古物品は大きく償却できる。
中古で600万円のベンツなら毎年300万円ずつ償却できる。
2008年度税制改正でさらに4年落ち中古車の購入がお得になりなんと1年で償却できることになった。なお、この新しい方法は、「減価償却資産の償却方法の届出書」を税務署に行う必要がある
あくまでも儲かっている場合に限るがこのように利益の圧縮が短期間でできる。
ただし事業をしているのが前提であり、個人が自家用車を買っても償却はできない。ここが不動産と違うところだ。不動産経営はサラリーマンでも節税ができる。
不動産投資の狙い目
人口の増えている都市の、都心近くの駅の徒歩圏にあるマンションなどの住居用賃貸物件を経営することである。一棟そっくり購入するのがよいがそこまでの資力の無い人は区分所有マンション一戸でもよいだろう。
アパートでもマンションでも土地を買って建築するのが一番良い。
しかしそこまでの資金力のない方は中古を求めることだ。ただし木造のアパートは減価償却年数があまり残っていないものはお勧めできない。
中古をお勧めする理由は、新築の分譲は購入後にすぐ価格が下がること。2番目に、新築分譲は高くて利回りが低いからだ。3番目に、すでに建っているので現物を見て判断できることだ。新築するときには図面を見ても判らない。4番目に、すでに入居者が入居しているので買うと同時に家賃が入ってきて返済資金が購入直後から調達できることだ。
営業マンは客のここを見ている
営業マンの大半は常にノルマに追われている。一部の優秀な者は追われていない。腕利きの営業マンは契約は当たり前にできることだから気にもしないし苦にもならない。
ノルマに追われるものは目の前の締切日が怖い。その日までに契約できなければ上司と会社からの責めを受けるし肩身が狭い。
「お前は今月は無駄飯を食っている」、「給料泥棒」
このような責めはまことにきついものだ。歩合やリベートと称する出来高制の報酬が大部分を占める場合も多く、売れないと収入が激減する。
こうして追い込まれている営業マンはとにかく結論の早い客を最優先とする。じっくりと探す客は後回しである。どっちかと言えば不要な客である。真剣味の無い客、資金計画の無いあるいは甘い計画の客は相手にしたくない。
優秀な営業マンほど客を見極める力がある。契約が多いのだからより多く経験学習するので当然である。
一般的に営業の極意は買う客を見つけることと勘違いしている者が多い。極意は、買わない客をできるだけ早く切り捨てることにある。これを間違えている営業マンは買わない客にいつまでもすがりついて徒に時間をつぶす。
その切り捨てる技こそがトップセールスの極意なのだ。
ところが客から見るとトップセールスマンが必ずしも良い営業マンではない。会社や営業マン本人にとっては早く多く契約することが良いことだ。
しかし客にとっては時間が掛かっても希望条件をしっかりと聞いてくれて、
「もう要らない」
と、言うまでいつまでも良い物件情報を「メールで」送ってくれるのが良い営業マンである。そこを間違えないようにするべきだ。
沢山の資産を持っていると見栄を張るお客もいる。これはデメリットしかない。営業マンは客よりも貧乏であるのが普通なので、見栄を張る必要は元々無い。正直に自分の資金力を教えよう。嘘はいずればれることになるし、客が営業マンに誠意を求めるように営業マンも誠意ある客を好むのは当たり前である。誠実な客には一生懸命で応じてくれる。
だから営業マンは初めての客と接するときに、どれくらいすれっからしの客だろうかと見ている。
「どれくらい物件を見られましたか」
と、ずばり聞いてくる営業マンも居るはずだ。正直に答えるのが良い。初心を装ってもいづれ判るし、既に見た物件を紹介されてもしかたない。
営業マンの使い方
営業マンにも色々なタイプがいる。会社にも色々ある。元首相ではないが本当に色々だ。
お勧めの営業マンは、悪い条件をしっかりと教えてくれるタイプである。素早く調査できて正確に不動産の分析が出来てそれを的確に無駄の無い方法で伝えてくれることだ。
残念ながら少数派である。
そもそもインターネットの普及で、営業マンに頼らなければ情報を得られない時代ではなくなった。いたずらに電話を寄越して長時間粘るくせに、紹介する不動産の本質を捉えていない者も多い。時間泥棒である。
このタイプが一番駄目だ。多く接触して人間関係を築こうとする。会社の上司もセールスの極意を説く書物もそれを一番に掲げる。
曰く、
「商品を売るのではなく、まず自分を売れ」
と。
とんでもないことである。客は商品を買うのであって、営業マンを買うのではない。
そんなタイプは人間関係ができる前に切り捨てるべきだ。しつこさに負けて妥協して買ってしまって投資に負ける破目になる。
対抗手段が現在はある。余りにもうるさい営業マンは着信拒否もできる。
幸い、今はEメールがあるのでメールで資料をくれと要求すればよい。写真であれ登記簿謄本であれ添付ファイルであっと言う間もなく届く。
有能な営業マンはEメールを駆使して個々の客に適宜な物件を紹介するだろう。
そして短い電話で送った情報を見てくださいと案内するだろう。
営業マンには固定資産税の評価額を調査するように依頼すべきである。これが判ると購入時の諸経費が正確に計算できる。その諸経費の一覧表も書面でくれと依頼するのだ。それができない営業マンとも縁を切ってよいだろう。
そして銀行を紹介してもらうのだ。有能な営業マンは普通の営業マンよりも数倍の契約をしているので数々の事例に遭遇していて知識がより多い。当然知り合いも多くてその人脈を利用させてもらうことだ。
極論だが銀行は取りはぐれる心配が無ければ貸すのだから銀行員がその気になれば済む。多くの契約を持ち込む営業マンの案件には協力するだろう。ただし、融資交渉の部分をまったく営業マンが分担しない会社も多くなってしまったのであてには出来ない時代でもある。
今でも日本では不動産の担保価値だけでなく、さらに個人の資金力を求める傾向が残っている。リコースローンがいまだに主流なのだ。(後述)
自己居住用の中古マンションの販売において、フラット35を勧めない会社と営業マンがいる。提携した銀行のローンなら審査も融資実行も早いから、早く片付くからだ。
それどころか露骨に嫌がる会社もある。
それが大手の看板を掲げる会社でも普通にある。
同じ物件を複数の会社が仲介しているので、フラット35を使ってくれるか、協力してくれるかで会社または営業マンを選ぶべきだ。
不動産の探し方
インターネット前と後ではまるで違う世界となった。
不動産にはインターネットは大変相性がよい。情報と早さが命の世界だからだ。
これでリクルート社の住宅情報誌は業界の標準としての地位を失ったほどである。
まず、不動産を探すのはインターネットに限ってよいだろう。残念ながら全てを網羅するサイトは無いので、掲載が早く、情報量の多いサイトを紹介しよう。
お勧めサイト。
「不動産ジャパンhttp://www.fudousan.or.jp/」
ここは国営と言ってもあながち間違いではなく、財団法人不動産流通近代化センターが提供している。
国内の不動産の売却または賃貸募集情報の多くがかなり早く掲載されている。国の肝いりで作った業界情報ネットに連動している。不動産の営業マンよりもこちらで情報を探すことが優れた方法である。
投資専門では、
「ノムコムプロhttp://www.nomu.com/pro/」
を、お勧めする。
物件ごとの情報がまずまずで、資金計画のシミュレーションもできて使い勝手がよい。
補完する方法はITを駆使するタイプの営業マンとのパイプである。インターネットで物件が見られても営業マンと仲良くなることにはメリットがある。素人向けのサイトは検索能力が大変弱いのだ。
たとえば、昨日今日の新規に掲載された物件だけを見たくてもその検索機能は無い。しかるに業界の専用のサイトは検索する機能が付いている。そして必ず1~3日ほど掲載が早い。
個人が毎日ネットを見るのもしんどいことである。だから営業マンに希望条件をはっきりと伝えて、適合する物件情報をメールで教えてもらうのだ。仲介会社がいくつ入ろうが支払う仲介手数料は同じなので気にする必要は無い。
とにかく不動産は物件主義である。的確な情報をメールでくれて、欠点を見抜いてくれてそれを正直に教えてくれる営業マンと仲良くなろう。
信託銀行は不動産部がありダイレクトに売主の不動産を扱うことが多くて掘り出し物件がありがちなので、行員と懇意にしておくのはよいかもしれない。お金持ちが優先されるので資金力が無い方には向いていない。
掘り出し物件は不動産業者には無い。例えあっても自社で購入してしまう。あるところは銀行や信用金庫、組合である。抵当権を実行したり、破産に絡んで任意売却などの情報が有る。
そもそも掘り出し物件ばかりを狙う場合は金持ちでなければ無意味である。たいした資金も信用力も無いのに堀出し物件ばかりを狙う人は優良物件を買うどころか詐欺に遭遇することすらあるだろう。正規免許の不動産業者以外のブローカーはそのような物件情報を持ち歩いている。
競売物件も最近はネットでも探せる時代となった。ただし、競売はすべて現金が必要である。
参考
競売物件情報http://bit.sikkou.jp/(競売は全額自己資金が必要だ。)
三菱地所http://www.sumai.mecyes.co.jp/index.php
リクルート社住宅情報ナビhttp://www.jj-navi.com/
株式会社ネクスト投資ホームズhttp://www.toushi-homes.jp/
三菱UFJ不動産販売http://www.sumai1.com/
マザーズオークションhttp://www.mothers-auction.net/
株式会社イーエムピーhttp://www.empnet.co.jp/
SBI不動産投資ガイドhttp://inv.re-guide.jp/
以上、ご利用は自己責任で願いたい。いくつかのサイトを利用すると見落としを防げる(減らせる)ので、ひとつに絞らないほうがよいだろう。
高利回りを強調するサイトおよび営業マンには用心すべきである。満室想定の利回りが高くても入居率が悪ければ実質の利回りは悪い。販売時に満室であっても退去があったら次の入居者が決まるまで日数を要する例は多い。特に店舗や事務所は要注意である。
チラシの見方
住所の全てを表示しない広告がいまだに主流である。チラシだけでは現地へ行けないので業者へ電話して案内をしてもらうことになる。これはインターネットで探した場合も同じだ。
自分の電話や住所などを知られるので後からしつこく勧誘されるのがいやな方も多いだろう。
その場合はインターネットの地図を利用して探すことが可能だ。土地の形や方角などでその周辺を探すとわかる場合が多い。
マンションなどはマンション名だけは載っていることが多いので比較的わかりやすい。
ただし時間は掛かる。そして必ず判るとは限らない。マンションにはかなり有効であるが一戸建てには厳しい。
ちなみにお勧めの地図はGoogle、YAHOO、Infoseekなどである。
Googleはすばやく検索でき地図もわかりやすくて私が一番多く使っている。マンション名もかなり出ている。話題のストリートビューを根気良く見ていると一枚の物件写真さえあれば正確に探すことも可能である。現地へ足を運ぶことに較べれば段違いに速くて楽である。
YAHOOは最近一新されたようで非常にスピードも速くなった。地図も見やすくなり快適である。航空写真が郊外や地方でも大きいサイズで見ることができる。都内の縮尺はGoogleにまだ負けている。航空写真に限れば都内はGoogle地方はYAHOOであろう。
広告の内容にまず嘘は書いてない。違反があれば即刻営業停止など厳しい処分があるので嘘はほとんど無いだろう。しかし不利な条件を積極的にも表示しない。
客が知りたいのは実はその不利な条件である。そこが広告チラシに歯がゆさを感じる理由である。
おとり物件は今でも有る。いつまでもおとり広告ばかりに興味を示す人はいずれ婆を掴みかねない。自分だけが掘り出し物件に当たるはずは無い。
そもそもおとりに使う物件は何がしか欠点があるものだ。優良物件でしかも安いものは広告を制作して配布されるまでの期間に売れてしまうはずである。
相場より安い物件は業者が買ってしまい価格を乗せてから販売する。
建築条件付の土地の販売にその例が多い。単なる転売は短期譲渡所得税が高い税率なので旨みは少ない。だから土地の値段には乗せないで建築工事で利益を取るのである。
そのために不動産屋になるわけにもいくまい。不動産屋は売るのが商売なので案外自分は資産を増やせないものである。
ヒモ付きセミナーにご注意
優秀なファイナンシャルプランナーによる不動産投資セミナーや成功者の成功談セミナーなどが多くある。
そのスポンサーが不動産販売業者や建築業者である場合は、所詮は自社物件の販売が最終目的であることは誰でも判るはずである。その甘言に乗ってしまえば失敗への道となる。
素晴らしい投資理論を展開されても業者の主催である以上は、必ずそのスポンサーに有利な結論へと誘導されてしまう。セミナーの途中までは中立的な話であったが、最後になってこの不動産を買えば間違いない!などと急に購入を勧められたら逃げるが勝ちだ。
「洗脳」にご注意されたい。本当にあなたの利益になることは無料や安いセミナーでは学ぶことはできない。
セミナーに限らず、本を出版をして有名になりその知名度を元に不動産販売をしている有名人も出現している。テレビ宣伝も行い本人の本はベストセラーになり、大成功をしている。確かにサブプライムショックの前までは、そのカリスマ作家や経営者の指導に従って資産家になった人もいる。
しかし、今その興隆を誇った素人不動産投資家がその後悲惨な結果に陥った例も増えている。空室の増加に苦しみ、11%の利回りのはずが3%などになれば全額を借金で購入した投資家はひとたまりもない。残された道は破産しかない。
「こんな田舎でも近くに○○の大型工場があって、社員さんの借り手が多くて高利回りの11%が安定して望める」
そんな講釈を聞いて購入した人は、今の派遣切りで入居者の多くの退去に遭遇している。
地方に存在するのは大企業であっても出先の工場に過ぎず、働いているのは派遣社員が大半である。もはや工場の縮小や閉鎖で退去して行った彼らの後に入居希望者なんてほとんどいないのである。
かって購入を勧めたカリスマ経営者は今こう言う。
「投資ですから自己責任ですよ」
そもそも不動産業は仲介または自社物件の販売が主となるが、どの時代であってもその時に流通している不動産の中から仲介物件や開発用の土地を仕入れるしかない。そしてそれはみんなで取り合うので優良(格安)物件は希少な数になってしまう。そこで優良物件ではなくても販売業者は色々なキャッチフレーズや工夫をして販売するのである。売ってしまえば業法に違反しない限りその罪は問われない。倫理的には問題があっても罪には問われない。
業者になった瞬間から二流の商品でも商品にせざるを得ない宿命に陥るのだ。会社であろうと個人経営であろうと業者には固定費が発生する。自転車のようにこいでいないと倒れるのである。セミナーや出版物で巧妙に宣伝する業者にはご用心あれ。
不動産会社の種類
テレビ宣伝で有名な仲介大手と思っていても、実は零細企業の集まるフランチャイズチェーンに過ぎない場合がある。
良い物件を手に入れるには会社の大小は関係ない。不動産は同じものが2つとないもので物件次第、価格次第なのだ。売買の安全性は登記制度と司法書士の存在で確保されている。
かっては4つに大別された不動産業界も今はさらに多様化している。
まず1番目は、やはり「貼り紙屋」である。駅前にガラスにべたべたと物件図面が貼ってある。大半は賃貸アパートマンションの斡旋である。
2番目は、テレビでも宣伝している仲介業者である、貼り紙屋を兼ねている店舗もある。
この仲介業者は大半がフランチャイズチェーン店であるが旧財閥などの大手の名前を掲げている例もあって大企業かと思い込む。しかし個々の店舗は社員数が10人未満の零細企業の場合も多い。
電鉄系は直営の営業所が多い傾向がある。駅前に自社所有のスペースを持っているために直営がやりやすいのだろう。
いずれにせよ本部の管理締め付けが厳しいので信頼性は高いだろう。昔の一発屋のスタイルは少ないと思われる。無いとも断定はできないが。
3番目に、建売住宅の分譲会社がある。これは昔も今も同じである。
4番目には、原野商法を入れたいが昔のスタイルは少ないだろう。しかし別荘地の販売自体がなくなったわけではない。
5番目に、ワンルームマンションの開発販売業者を入れておきたい。まだまだ全盛である。職場に平気で飛込み電話してくるので困ったものだ。先日女性の営業が電話してきたのでどのような営業をするのかと興味を持ったために迂闊にも長時間の相手をしてしまった。しつこさは流石である。これで私が引っかかったら読者に言い訳が出来ない。この分類にはアパートの建売業者も入れていいだろう。
6番目に、自己居住用のマンションの開発業者を入れておこう。これが資本や会社形態として一番大きいだろう。旧財閥系、電鉄系、新興の業者、原野商法からの転進組などさまざまである。
7番目に、アパートの建築と管理をする会社である。1990年ごろのバブル期前後から急成長を続けてきた。
8番目には、折衷型を入れておこう。たとえば仲介をしながら建築工事もやっている会社もある。新築のマンション分譲をしながら仲介も行う業者もある。大手のプレハブ施工会社も分譲地販売をしている。
9番目に、不動産の証券化をして小口にして売るREIT業者もある。
さらに10番目、信託受益権販売業者もある。土地を信託してその受益権を販売するのだ。新しい業態である。特徴は登録免許税や不動産取得税が不要であることだ。不動産販売よりも債権販売であって金融会社的である。
ワンルームマンション開発業者
新築のワンルームマンションはあまりお勧めできない。
昨年私は400万円で中古のワンルームマンションを買ったが、なんと前の持ち主は15年前の新築時に2000万円で買っていた。賃貸で運用しているが、私のグロス利回りは12%だが前の持ち主にとっては2、4%であった。グロスとは経費を計算に入れないで単純に家賃の利回りを計算したもので収支計算には使えない。物件間の比較にだけ用いればよい。
あなたにマンションの開発業者からしつこく勧誘の電話がかかってくるかも知れない。
ちょっとでも相手にしたり、そんなものは投資には不利だ!なんて反論でもしようものなら獲物にされてしまう。そこが話のとば口とばかりにターゲットにされてしまう。セールスマンがあきらめて電話が来なくなるまでにかなりの労力と時間を費やす結果となる。
セールスマンは職場で、ノルマを達成しろと日々せまられている。脈があろうとなかろうと兎に角電話しろ、電話したら長く話せと指導されている。
経営側は長時間話すことが成約率の向上になると統計的に知っている。社員はどんどん辞めていくので次から次に人を集めてはとにかく電話させている。人の入れ替わりの激しさは実は業者にとっては都合が良い。もとより退職金などは払わないので辞めても平気である。嘘八百を言って売りつけた営業マンが辞めていれば苦情などきても平チャラである。「その者は辞めました」
で、終わりとなる。
だからあなたのセールスマンへの対応は、丁寧に、
「今は時間が無いし、興味も無いので話をお聞きすることができません。失礼ではあるが、電話を切らせて頂きます」
と言って、相手が話していようがいまいが電話を切ってしまうことだ。すぐに、
「俺が話をしているのにたたき切るのは失礼だろ」
と再度かけてきても同じ内容を話して切ってしまうのがよい。
しばらくしつこいかもしれないが根競べをしよう。本気で怒ったり相手を罵倒してはいけない。
撃退方法はともかく、このタイプの商品はそのセールスマンの歩合給と諸経費と会社の利益の割合がとても大きいので高額な商品だ。
買った途端に売りに出せば3割は下がるだろう。当然だが高額なので利回りが低い。
商売として考察すると、セールスマンの入れ替わりが激しく、しかも銀行からの借り入れも大きい、リスクの高い、経営者にとってもストレスの高いビジネスである。よほどの利益に成らなければ手を出したくないビジネスである。
そのため会社自体の安定性が低いのだから、家賃保証をすると言っても会社が存続するかどうかも保証がない。客をその気にさせるために立派なビルに入居して高価な調度品で武装している。そのコストの高さも経営を圧迫しているのでますます安定性の低いビジネスとなっている。
ワンルームマンションが欲しければ中古を、高利回り前提で買うことだ。これは「不動産投資の知識」でも後述する。
ただし30年以上も継続してかなりの規模の会社になった例もある。都内の一等地に広めの25平米超のワンルームを開発販売している例もあって、入居者に事欠くこともなくて損益通算はしっかりとできる。
東京なら山手線内で中央線の南側の物件ならばいいんじゃないだろうか。もともと高額所得者で、節税だけが目的の方だけに言っておこう。ただし利回りが低いので借入金が多ければ賃貸収入だけでは返済ができない。
アパートの分譲業者
お勧めしない。前述の新築分譲型ワンルームマンションと同じ理由だ。
業者の利益や経費、広告費がたっぷりと乗っかっている。そして異常に狭い部屋を作って満室での高利回りをうたっている。満室保証も謳っている。
そもそも新築間もない頃は入居率が高いから家賃保証を受ける必要がない。
本当に家賃保証を受けたいときには手を変え品を変えて保証を打ち切られることも珍しくはない。立地が良くて入居率の高いアパートは継続されるが、業者にとっては儲かるので当たり前のことだ。
いざ家賃保証を打ち切られても業者を相手に法廷で戦う気力と体力とお金があるだろうか。もともと契約書は業者が有利な内容となっている。勝てる筈もない。買うときには業者の社員が甘い言葉を散々言っているが、彼らは数年もすれば退職している。
文句を言ったところで専門の部署や担当者から適当にあしらわれておしまいだ。
アパートは自分で土地を買い建築することで高利回り物件となる。そして駅前の不動産業者に入居者の斡旋を依頼すればよい。
少なくとも2月末までに完成しなければならない。夏の8月などに完成したら入居者の募集で苦しむ結果となる。
逆算すると土地の購入は遅くとも9月末まで、そこから着工まで1ヵ月半、工事が3ヶ月(木造の場合)予備に15日で計5ヶ月つまり2月末の完成となる。余裕をみたらもっと早い時期に土地を仕入れるのがベターだろう。
構造計算偽装事件の影響で、現在は確認申請がかなり遅延しているので事前に建築会社に相談して欲しい。
地主へアパートやビル建築を持ちかける業者
資産運用を標榜してアパート建築を勧める業者が、一流の俳優を起用してテレビで宣伝している。名の通った上場企業である。
あなたの土地の立地が悪くてもかまわずアパート建築を勧めてくる。そして「入居は当社が責任を持って保証します」と、売り込んでくる。
築年数の浅いころは確かに家賃保証するが、建物が新しい場合は入居率が良いので家賃保証費も含む高い管理費で業者は儲かる。
ところが古くなると家賃保証契約を打ち切る。
この勧誘に乗ったために財産を失う地主は少なくなかった。
立地が悪い土地は売却し、駅近くの別の土地へ買い替えをしてアパートやマンションを建てるべきだ。
決してこのような家賃保証を過度に誇張する業者に依頼してはならない。
そもそもアパートやマンションの建築を、自分で建設会社を探して発注できない人は新築を諦めるほうが良い。
銀行へ行ってお金を借りる交渉のできない人も同様だ。そんな人が悪徳業者の鴨になってしまう。
できない人は土地を売ってそのお金で中古のアパートやマンションを買うのが良い。区分所有でも1棟でも良いだろう。もちろん駅に近い物件に限る。
大手のプレハブ会社もアパートやマンション建築を銀行ローンをセットにして勧めてくる。あなたの土地をけなすことなく、利便性の悪い立地でも建築工事を勧める。現在所有する土地を売り、良い立地の土地に買い換えて建築するように勧めることは、ビジネスとして効率が悪いからだ。時間が掛かることを嫌う。
先祖伝来であろうと、あなたが購入した土地であろうと、褒められれば嬉しいものである。しかし入居者の立場に立って考えて欲しい。駅から遠いアパートに住みたいだろうか。
業者のネームバリューが大きいことをプラスに捉えてはならない。急成長した企業や大企業は顧客を泣かせて成長した場合も多い。
中古の良さはなんといっても、すでに入居者がついてることだ。建築して1戸ずつ入居者を集める作業は初心者には大きな負担だ。建築から始めて満室にするまでの日数もかなりの期間となる。
駅近くの物件で築年数の浅いものをまずインターネットで調べるのが最善だ。
ご自分でネット検索ができない人は免許を持つ不動産会社に行き、条件を伝えて探してもらえばすべてやってくれる。融資までも面倒見てくれる会社もある。
とにかく、向こうからやってきて
「遊休地にマンションを建てませんか?家賃保証します」
と、勧誘する業者だけは避けるべきだ。
もしもその勧誘を受けて、
「そうだな、なんとかしなくちゃならんな」
などと、その気になったらまず自分の土地を客観的に評価しよう。駅から徒歩10分以上なら建築はお勧めしたくない。
所有する土地の立地条件が悪ければお近くの不動産業者に駈け込もう。そして立地の良い土地へ買い換えよう。買い換えたあとで建築するのだ。
立地が良ければ建築会社へ行こう。設計事務所へまず行って充分に間取りを研究し、工事監理も任せると安心かもしれない。注意点は、奇をてらう設計事務所は敬遠することだ。「芸術的」才能を披瀝されては適わない。バストイレ一体型のユニットは使わないことも重要である。
難しいことを承知で言うとバスルームは外へ開放される窓があることが望ましい。バスルームは湿気でカビが発生しやすく退治するのが難しいからだ。RC造マンションでは無理なので衣類乾燥室を兼ねたバスルームがお勧めである。
REIT業者
不動産の商品と金融の投資商品の境界が曖昧になってきたこの頃である。
REIT(不動産投資信託)が2000年11月「投資信託及び投資法人に関する法律」の施行により認可された。不動産を債権化して金融商品としたものである。
簡単に説明するとビルなどを購入して細かく債権化してその賃貸収入を配当するものだ。
元本保証を謳っていないが、お勧め商品だった。
2004年ごろまでの利回りは5%を上回るものがあった。この制度が日本で始まったときは8%もあった。外資も含めて算入が相次いで、結果として優良かつ割安の物件が枯渇してしまった。
そのため不良な物件や割高の物件まで投資対象となり、かっての旨みは減っている。
利回りが2%程度まで下がってしまった。ところがアメリカのバブル崩壊でREITが値下がりして再び8%の利回りが出現している。チャンス到来だ。小口の投資が可能なので気軽に購入できる。
ただし破綻しないと思われていたが破綻した例が出て、信頼性が大きく損なわれた。(2008年十月九日、ニューシティレジデンス投資法人の破綻)
運営母体の信用度の高いものを選べば大丈夫である。年率40%を超える配当予想のREITすらあるが運営母体を精査しなければならない。
不動産の売却でなく賃貸収入を配当に回す商品なので不動産価格が下落しても大きな損害を蒙らない特徴がある。
つまり元本保証はなくても安全性は高いとも言える。株と同様に市場で売ることも可能だ。自分で不動産を購入するのに較べて小額でも可能だ。不動産管理の心配もない。各銘柄により所有不動産は違う。運用方針も違う。投資方針と投資対象の不動産を選んで購入すべきだ。
危ない橋を渡るファンドもあるので注意が必要となる。投資が商売なので投資をやめることができない。つまり優良な不動産が枯渇しても物件を購入せざるを得ない宿命がある。
そこが慎重な選別をすべき理由である。
不動産投資の知識
境界の確認
土地や一戸建て住宅の場合は肝心な要点がある。敷地の境界をはっきりと確認することである。民民境界、官民境界と呼ぶがこの確認を怠ると後々困ることがある。必ずこの境界を証拠書面で確認しなくてはならない。
売主に証拠の残る方法で説明させなくてはならない。隣地の所有者の立会いを求めるか捺印をした図面を貰うことが大事である。
土地家屋調査士に測量図を作ってもらい隣地所有者から捺印を取れば万全である。
これを嫌がる売主とは取引しないのが最善であるが、どうしても欲しい物件ならば我慢せざるを得ない。
でも境界の石すら無い物件はさすがに買うべきではない。
ただし、この境界石も動いたり動かされたりすることもあるので注意しても防ぎきれない嫌いがある。2段程度の低いものでもよいからブロック塀などを作れば安心できる。塀の場合は境界がその中心なのか端なのかの確認が必要だ。
売主と隣地所有者の間で確認をしてもらうべきである。境界石をブロック塀に取り込んでいる場合ははっきりとわかる。
充分に長いスケールと方位磁石は必ず用意して自分の手で前面道路の幅も土地の境界石の間もしっかりと計り図面に書き込むべきである。そしてその面積を計算して登記簿謄本の表題部の面積と比較するのだ。通常は実測の方が大きい、これは縄伸びと称する誤差である。
日本は測量がしっかりできていて個々の土地もきっちりと境界がしっかり決まっていると思いがちだが、実はかなりいい加減である。
公図というものが登記所にはあるが最近の分譲地などは別だが、どこにその土地が表示してあるかわからないほどひどいものもある。
完全な測量図のある物件は少ないものだ。私がおこなった開発は測量図を作り隣地所有者の署名捺印を全て取ったので、買主は大層驚き安心して購入を決めてくれた。そのようなプラスの効果は大きいものだ。しかし測量の費用は少なくなかった。
大型開発の区分マンションにはこの心配は殆ど無い。1棟のマンションやアパートを買うときは境界の確認をしなくてはならない。
地形の確認
土地にはありとあらゆる癖や特徴がある。場所が気に入っても崖崩れの心配や大雨での冠水多発地区もある。
たとえば横浜から横須賀半島にかけては崖地が多く危険地区も多い。横浜市は港の見える丘公園や山手地区など憧れの地として有名だが、それは山や台地が多く崖の街であることも示唆している。
道路から一段下がっているとか上がっているなどの土地はやめた方が良い。造成費用は馬鹿にならない。坪あたりの費用が10万円以上掛かる例が多くその分だけあらかじめ安く買わないと損である。取引前に業者から見積もりを取るべきであり、その結果が出る前に売れてしまっても縁がなかったと潔く諦めることだ。
坂に憧れる人も多い。残念ながら人間は歳を取る。
若いうちは高台に住んでも景色が良いなどのメリットで喜んでいられるが、車の運転もできなくなれば出かけることも出来なくなる。タクシーを呼んで暮らせば少ない年金がさらに減ってしまう。
平地に住むことをお勧めしたい。これは賃貸物件にも当てはまることだ。
不動産業者の車で現地へ案内されても、必ず自分の足で最寄の駅まで歩いてその所要時間を計り、環境も調べなければならない。嫌がってなんとか車で駅まで案内したがる営業マンであれば、その物件は買わないほうが良いだろう。
登記の確認
現地での調査の他に重要な登記簿の調査がある。不動産の登記と売主の戸籍調査がある。
不動産は登記簿を登記所で見ることができるが、謄本を請求するのが便利である。
電子データ化も徐々に進んでいるのでネットでの調査も可能になりつつある。まだ全部の移行が終わるまでには年月も必要だろう。
登記簿のデータがコンピューターによって管理されている法務局(コンピューター庁という)とコンピューター庁になっていない昔ながらの法務局(ブック庁という)が混在している。
登記簿謄本はブック庁で交付されるもので、登記事項証明書はコンピューター庁で交付されるものだが実質的に謄本と同じ効力を持つとされている。
財団法人民事法務協会が「インターネット登記情報提供サービス」を行っている。
一部のコンピューター庁の登記簿データを閲覧できる。登記簿の閲覧であってインターネット経由で登記簿謄本が取得できるわけではない。
しかし将来はどこの法務局からでも全国全ての登記簿謄本が発行できるようになる。
現在は1件の閲覧あたり980円の手数料がかかる。現地への交通費や時間の浪費を考えるとネットでの調査が圧倒的にコストが安いだろう。申込が事前に必要なのでサービスを受けられるまで多少時間がかかる。
http://www1.touki.or.jp/gateway.html
謄本は郵送でならば全国どこでも取り寄せが可能だが返信用の封筒を同封して、登記印紙を貼らねばならない。
用紙はhttp://www.moj.go.jp/MINJI/MINJI79/minji79.htmlから取りこめる。
登記所の正式名称は法務局や出張所という。所在一覧は下記にて調べられる。http://www.moj.go.jp/MINJI/minji10.html
さて謄本などの中身を見るには多少とも知識は必要になる。大きく3つに分けられる。表題部と甲区と乙区であり、表題部が所在・地番・家屋番号・面積等を表している。
甲区には所有権に関する登記が記されている。
次の乙区には、抵当権など所有権以外の権利に関して記されている。乙区は、所有権以外の権利が何も付いていない場合には付いてこない。つまり乙区がないのは借金の抵当が付いていないことを意味する。
購入する場合は甲区の所有者と売主の名前が一致することが重要であり、相違がある場合は関係を証明できるもので確認しなければならない。
抵当権が過大についている場合で売買代金よりも高額ならば要注意であって、売主の抵当を外す資金計画も確認しなければならない。
売買のとき司法書士の立会いで行えば安心できる。稀なことではあるが高額な取引の場合、地面師といわれる詐欺集団はありとあらゆる登場人物を用意して騙すことがある。
取引相手の確認
司法書士に不動産の権利関係を調査してもらえるが、売主の人物調査までは行ってくれない。
資産家に浪費癖のある子息がいる例は多い。度重なる借金を作ってくるので親が子息に準禁治産宣告を受けさせている場合は、商取引を過去にさかのぼって取り消すことが可能である。
その子息が親の名前を騙って不動産の売却をもちかけて、手付金を騙し取る事件などもあった。手付金どころか全額を取られて、しかも不動産も得られないことすらある。
これを防ぐには取引の相手がその準禁治産宣告を受けているかどうかを調べることになる。以前は戸籍に記載されていた。身分証明書の請求という方法で調査が可能だった。
この制度が大きく変わっている。平成12年4月1日から成年後見制度が施行されたことにより「被保佐人」となった。
新しい成年後見制度の施行により、その公示方法が戸籍への記載から後見登記等ファイルへの登記に変更され、平成12年4月1日以降はその証明は被保佐人等に該当していないことを証明する「登記されていないことの証明書」によって行うこととなっている。http://houmukyoku.moj.go.jp/tokyo/static/i_no_02.htmlにその方法が掲載されている。
ここまで調査することはほとんど無いが、何か怪しいならば必要かもしれない。
これ以上は司法書士か弁護士に依頼することをお勧めしたい。それら士業者にすら不良な悪徳な者が大変稀にではあるが存在するので、ご自分の眼力を磨かれたい。
利回り
グロス利回り(表面利回り)とは一年分の家賃を単純に購入価格で割った計算した率である。
ネット利回り(実質利回り)は年間家賃から管理費と修繕積み立て金と固定資産税とさらに直接かかった修繕費用(エアコンを交換、入退去時の改装費用)を引いた年額を購入価格で割ったものである。
もちろんこちらが精度の高い利益率を表している。しかしどこの不動産情報もグロスでの表示ばかりなので比較の指標にするにはグロス利回りを使わざるを得ない。
木造は新築か築浅、ワンルームは中古
古い木造アパートと新築ワンルームマンションは投資対象にするべきではない。
古いアパート付きは土地値でも高すぎる、更地より安くなければならない。土地だけの価格なので安く思えても建て替えるには退去者へ支払う立ち退き費用も必要となるし、解体費用もかかる。1年以上の歳月が掛かればそのコストと心労も大きなものとなる。その間の金利も計算に入れなくてはならない。工事中は家賃は入ってこない。
なんと言っても木造アパートの長所は安い建築費と償却が早いことに尽きる。RC造に較べて入居者の人気は落ちるが安い家賃設定が可能である。所詮は家賃の安さで入居者は選択するものである。建築工事の日数が短いのも大きなメリットである。
ただし木造アパートは素人が建築業者に注文して建てたものと、アパート専門の開発業者が建てたものとではまるで違う。業者のものは極端に狭くして賃貸利回りを高くしている。15平米いやそれすらも下回る狭い部屋がある。
これは絶対にやめて欲しい。売りに出すときには破格の好条件で入居者を入れて満室にする疑いも捨てきれない。1年後には空室が多くなるが次の入居者が入らない。最低でも22平米以上で、できれば風呂とトイレが独立しているアパートを選んで欲しい。
軽量鉄骨造りも償却年数が短いので有利である。
新築と中古ではまるで別のものだ。新築を買った途端に価値は3割以上下がる。有用価値ではなくて流通価値が下がる。つまり下がった分だけ分譲で儲けた開発業者の利益とコストだったのだ。
ワンルームかファミリータイプか
中古ワンルームマンションは利回りが高い。これがワンルームタイプをお勧めする最大の理由だ。
ワンルームを勧める理由の二つ目は、狭いので改装費が安いからだ。退去の立会いとその改装工事の見積もりまでを数多く体験した立場からワンルームが有利だと言いたい。相当に汚されても退去者から費用を取れない時代だ。
そして三つ目に固定資産税が安い。
四つ目の理由は今後も徐々に持ち家率は高くなってくることだ。郊外のマンションや一戸建てなら誰でも買える時代だからである。
しかし単身者は今後も増える。東京郊外ではファミリータイプとワンルームの家賃の差が小さくなっている。ファミリータイプの中古売り物件が多くしかも安いのである。つまり郊外では借りるよりも買う人が増える。
今からはできるだけ25㎡以上のバストイレ別物件にして欲しい。今後はワンルーム同士での競争が始まるからだ。
都心で18㎡未満の狭いバストイレ一体ユニットの部屋よりも、少し都心から離れていても25㎡以上のバストイレ別物件が望ましい。さらに洗濯機置き場の無い物件も敬遠すべきだ。無い物件は必ず入居率が低い。ベランダの無い物件も同様である。
ただし東京などで山手線の内側や私鉄沿線でターミナルに近い駅の徒歩圏などの好立地ではこの限りではない。
居住を目的とする場合は違う理屈であって、価格や採算性だけが選ぶ指標ではないはずだ。ファミリータイプで賃貸経営ができないとまで申し上げるつもりはない。
まず始める事がもっとも重要なのでワンルームかファミリータイプに関わらず区分所有から始めては如何だろう。もちろん1棟買いが効率が高いのは当然だが、誰でも高額な借金を負うリスクを抱える勇気を持つわけではない。
ワンルームタイプにすべき理由をわかっていただけただろうか。
1棟買い
1棟買いは立地の悪いところで始めるのは危険も大きいから、都市圏で始めるべきだ。
1棟買いは理想だが、万が一空室が増えたときに総投資額が大きいと持ちこたえることができない。空室が多くても耐えられる範囲(借金額)の投資をするべきだ。
素人オーナーは店舗ビルの賃貸経営はやってはならない。事務所ビルも同様である。必ず個人の住宅用の賃貸経営をするべきである。理由は、商業ビルの場合は一度店子が退出すると、次に入居が決まるまでの時間が長いのだ。入らない例もある。
1階に店舗や事務所のあるタイプも敬遠すべきである。広い面積を1社で契約している会社などがある場合は危険である。空室になると収入が激減してしまう。、次の店子を入れるまでの時間も長くなりがちで負担が大きくなる。
同じ理由で一括借り上げの社宅や寮は絶対にやめることだ。よほど破格に安いならこの限りではないが、とにかくいつ契約解除になるかわからない。売るときには「借主とは長期契約で途中解約にはペナルティもある」なんて言われても信じないことだ。
会社はペナルティを払ってでも、経費節減のためには解約するものだ。大きな会社でも経営不振になる時代である。
なぜ不動産か
自宅は買わずに賃貸用住居を買う
自宅は減価償却できない。自家用車が、商売をしていなければベンツだろうと国産車だろうと減価償却できないのと同じである。
他人に貸せば減価償却ができる。固定資産税をあなたに代わって払うのは入居者だ。
だから自分は賃貸に住んで賃貸住宅経営をするのがベターなのだ。どうしても自宅に住みたい場合は余裕ができてから自宅を買おう。マンション一棟を購入した場合はその一室に住むのもひとつの方法であろう。
不動産投資が資産形成になる理屈
まずは買ってみて家賃を貰ってそのありがたみを実感することだ。そして確定申告を体験して税金の仕組みと数字に強くなることだ。
不動産は売買に諸経費がかかるしすぐに売ることはできないので流動性が低い。それを不利な条件とみなす人もいるが、私はそれが資産を増やす長所ではないかと考える。簡単に売れないから手元に残す率が高い。それがいつのまにか大きな資産となって残っている。
中古で買えば新築を買って下がる分は儲かったと言えなくもない。
これは今が資産デフレの時代だから言うことだ。かってのバブル時代では気にもしないでみんなが買っていた。当時は買うと同時に値段が高くなっていた。
今は沈静化しているが、ブームが来たら誰もが我先にと買い始める。でもその時はすでに遅い、買えないと思うべきである。なぜ静かな今買わないのだろう。実は大きな原因は銀行が貸さないからだ。値下がりの局面では貸さないのがセオリーなのだ。
あの狂乱した不動産バブルは流石にしばらくは起きないだろう。しかし、日本がアジア諸国の労働者を広く迎える時代となれば様子は激変する。出生率の高い民族が押し寄せれば住宅事情は一気に逼迫する。今は借り手が少なくて家賃相場も下がる傾向だが、強含みとなる。不動産価格は再び上昇する。その時には、あの頃買っておけば今ごろは大金持ちだったのになあと溜息をつくだろう。
決してみんなが10億円の資産作りを目指している訳ではない。年金だけでは少ないので毎月5万円か10万円の収入になれば良い方も多い筈だ。ひるまずに大きな借金をできる人ばかりではない。
賃貸用不動産を購入すれば、後述する減価償却も損益通算も利用できる。
金持ちは所得税を払わないので金持ちなのだ。損益通算はそれを実現する方法の一つである。私はここで倫理を説く気は無い。
借入金の返済資金を入居者が家賃として払ってくれる。返済していれば借入した元金も減る、つまり担保力は増える。次の不動産を買うときには担保にできるので銀行が融資してくれる金額が高まる。
2番目3番目の不動産の購入時にはあなたの与信能力はますます高まっているはずだ。
相続税対策の王道
相続税は財産の評価計算をして出た評価額に税額をかけて算出される。
評価額は概ね実勢相場の半額程度になる。しかし現金預金は当然その額そのものであるのは当然としても、株式や債券もその実勢相場価格そのものである。
つまり不動産は節税になるが、金融資産はならないのである。これも不動産が財産として優れた面である。
不動産はインカムゲインもキャピタルゲインも
バブル崩壊以降のデフレ時代の不動産価格下落は長い。
今はたまたまデフレ時代である。歴史を見ると応仁の乱など都の地価が捨て値同然になったこともある。でも今の京都は当時の何百倍の地価だ。(正確には知らない)
歴史のスパンをちょっと長く見ればすべて右肩上がりだ。と言ってもあなたの存命中には上がらないかもしれない。キャピタルゲインでの果実を得るのはあなたの子供たち孫たちかもしれない。
しかし下がるだけ下がったので今後はキャピタルゲインも可能だろう。
だからこそ利回りの高い物件を選びたいものだ。買った不動産で少しでも収入を得れば価値がある。インカムゲインで薔薇色の人生を送ろう。
金銭的な自由を得ること、それは決して使い切れないお金を稼ぐことではなく普通に不自由しない暮らしだ。
賃貸料は地価や株ほど下がらない
バブル時1980年代末の株価は日経平均3万9千円まで上昇した。2008年の春は1万4千円台だ。十二月を迎えた今は8,612円である。四分の一以下である。この間の土地価格も半分以下に下がった。でも賃貸料はせいぜい30%下がった程度だ。(東京など都市圏)
このように賃貸料は物価変動に較べて下がりにくい。不動産経営は場所さえ間違えなければ大きく下がることがない優れた投資方法だ。
立地は駅の徒歩7分以内に徹する
各ターミナル駅から私鉄電車に乗って20分以内の駅に限定しよう。
東京の例で言えばターミナル駅とは東京、新橋、品川、五反田、目黒、渋谷、新宿、池袋、日暮里、上野、浅草などだ。
例外的な沿線もある。東急東横線などは東京にも横浜にも出られるのでほとんどの駅が大丈夫。完成された沿線とでも言おうか、駅近くなら大抵はOK。
会社も学校もあるので入居者には困らないだろう
その他の沿線でも大学があるとか交差する沿線があるなどの条件により立地条件の良い駅はある。
東京の東部・北部は南部・西部に較べるとやや人口が少ないようだ。日中の電車に乗ると空いている。
右の例はいずれもかなり厳しく査定している。本当は東京都・川崎市・横浜市はどの駅でも徒歩10分以内は投資対象になる。駐車場があれば徒歩圏内でなくても良い場所もある。
入居者について
差別するのではない、過去の分析の紹介に過ぎない。トラブルが少ないのは大学生や大学院生で仕送りを受けている者、そして大手企業のホワイトカラーだ。
私は入居者の退去の立会い経験も多々ある。決して独身女性は綺麗な生活をしているとは思ってはならない。男よりも部屋が綺麗とは限らない。
汚い部屋は大きな問題ではない。大きな問題は女がヤクザ者の彼を連れこむことである。やくざは部屋を貸してもらえないので女に借りさせて転がりこむ。
そんな事例は1000人の女性がいれば1人未満の低い確率だが、いったんこれに遭遇すると解決までの苦労が半端じゃない。独身女性の場合は勤務先をしっかりと調べなくてはならない。社員証などの現物を確認しなくてはならない。保証人も含めて身元をしっかりと確認することだ。
不良入居者を防ぐには立地の良い物件を持つしかない。
こちらが入居者を選べる物件である。立地が悪くて誰でも住んでくれれば良いと妥協して貸すような賃貸物件では、とんでもない入居者に遭遇する危険が大きい。
指し値
収益の利回りが低いものは手を出さないことに尽きる。売主には面子で下げない人もいるので相場より高い値段の物件は下げる交渉の手間が大変だ。
売主に資金的な余裕がある場合もある。思い切った大きい指値をしてなびかないようならすぐ止めて他の物件を探すほうが得策だ。
値引きではなくて指値(サシネ)をする。
引いてくれと言うより耳障りがいいし「負けてください」なんて具体性のない交渉は効果が少ない。
「何千何百万円なら買います」
と、きっぱり指値することだ。案外その価格まで下がることがある。
複数の不動産に同時に指値していけばどれかが買えるだろう。2つも3つも指値が通ることは稀だがもしもそうなって返事に窮すならば、
「やはりもう少し安くならないか」
と、さらに指値をすればよい。
ぐずぐずと同じ物件にこだわるのは愚策である。なかなか下げない売主に付き合うのは時間の無駄だ。
付近の家賃相場を自分で調べよう。7~80%の入居率でも家賃収入と自己の収入で持ち応えられる価格を逆算する。満室利回りは当てにはしないのが正しい態度である。
調査は必ず自分でやるべきである。今はネットで簡単だ。売主や仲介業者の言葉を鵜呑みにはしないことが重要である。
指値はほどほどにしておかないと買うチャンスを失いかねない。もとより自己資金を投入しないで全額融資を受けるのは難しいが、全額融資でも破綻しない条件の物件を目指そう。
それは指し値を成功させれば実現に近づく。
地方への投資
狭い部屋は駄目
地方とくに札幌などで気を付けるべきは、ワンルームは避けたほうがよいことである。ワンルームであっても広さが40㎡以上の広さが必要である。
そもそもワンルームには手を出さないことだ。狭いワンルームや1DKなどの部屋を多く作り満室時の利回りを高く見せかける開発物件に注意しなくてはならない。狭い部屋のマンションは築年数が少しでも古くなるとガラガラとなるだろう。田舎ではとにかく広い部屋が普通なのだ。
入居率が低い地方物件
地方の賃貸用の不動産は入居率が70%程度も普通にあること、50%の低い入居率もあることをまず受け入れなければならない。
管理の問題は重要だ。遠方はやはりオーナーの目が届かないので自宅から3時間の距離にある物件にすべきであろうと思う。
かって随分と売った私が言うのは恥ずかしいが小規模の賃貸経営者は遠方の不動産の購入は思いとどまるほうがよいとアドバイスする。言い方を変えよう。現地への旅費を負担に感ずる人はやめるべきだ。
たくさんの物件を持つオーナーでは自分で管理などできないのでこの限りではなく、他人に管理させることを前提にすることになる。
どんなに気を使っても完璧な管理者を求めることは難しいものだ。あまりに田舎では業者を替える場合に肝心の業者が少ないので困る。
利回りがいくら高くても入居率は低ければ無意味となる。
だから高利回りであっても「田舎の田舎」はやめるべきだ。あくまでも目安に過ぎないが。
田舎とは北海道ならば札幌市で、田舎の田舎とはそれ以外の空港があっても東京から直行便の無い田舎都市である。
北海道の中でも札幌市への一極集中が進んでいる。九州の中でも福岡市への一極集中が進んでいる。人口が減りつつある街は避けるべきだ。
しかしその地方都市に住んでいる方の場合は、私の理屈に従う必要はないだろう。
その場合でもとにかく駅前に近い一等地に限定しよう。しかも駐車場を敷地内に備えるなどすれば万全となる。
北海道ならば札幌市、地下鉄の徒歩5分以内。積雪地帯は徒歩1分が東京の3分以上に匹敵する。ドカ雪の降る日に歩けばその意味はよく分かる。積雪地帯は建物の傷みは早いと思ってよい。
東北ならば仙台市、やはり地下鉄駅の徒歩圏内が良い。駐車場が完備していて都心に近ければ駅に歩けない距離でも良いが、自分が現地に行くときに後悔するだろう。
地方によって賃貸の習慣が様々
礼金敷金の制度は慣習的なもので、きちんと法律で決まっているのではない、だから地域ごとのローカルルールが多く存在する。
一例を挙げるとまず東京と大阪でまるで違う。東京では入居の際に礼金と敷金を2ヶ月ずつ家主に渡すが、部屋を解約するときに敷金を返さない家主もまだまだ多くトラブルの基となっている。
大阪では礼金と言う言葉そのものが無い。だから安心してはいけない。敷き引きというみょうちくりんな慣習がある。敷金の中からたとえば2か月分は返しませんよと、はなから決めているのである。これは礼金と表現が違うだけで家主の懐に入る点で同じ意味である。
そもそも大阪では敷金が8ヶ月とか10ヶ月とかとんでもなく多額であった。あったというのは既に大阪の地盤沈下は大きくて東京に大きく引き離されているからだ。表向きはともかく入居者の減少で敷金の額は下がっていると聞き及ぶ。もちろん東京でも下がっている。
かっては商業都市として東京に勝った時代もあった大阪は、今や地方都市の一つとしての位置付けに甘んじている。批判を恐れず言えば、東京に勝るのはお笑い芸能人くらいだろうか。そのお笑い芸人も上京して在京のテレビ局に出演して初めて全国レベルのタレントになれるのである。
関西には奮起してもらいたいものである。
減価償却と損益通算
減価償却の考え方を身に付ける
建物は減価償却で毎年文字通り減価していく。ただし会計上のことに過ぎない。残存価格は減っていく。すると減価償却の旨味が減っていく。建て替えをする方法もあるが、事業用資産の買い換え特例を使う方法もある。
利回りの高い中古のアパートが売りに出るのはこのような理由もある。新築のアパートに乗り換えていくのもプロの大家さんの1つのパターンである。
仲介料や税金を多く払う結果になるので小規模の大家さんにはお勧めできない。
しかし大掛かりな大家さんならばすべて会社経営としての視点となりコストは利益圧縮にもなる。より大きい経営へなればなるほど大型の1棟マンションへの買い替えをすべきである。
ワンルームマンションは処分して1棟ごとのマンション経営へと進むのだ。
このようにお金持ちにはありがたい制度がある。税金をまけてくれる。
ただしこのような法律も旨みが減ることもある。
いつのまにか租税特別措置法などで解釈が変わったりする。通達なんて訳のわからない行政指導もある。国会が決めたことを運用方針で恣意的に変えることが可能である。
国会は立法府とされているが、実態は官僚による立法なので国民の意思ではなく官僚の意志に左右されている。
しかし減価償却は基本的な会計原理であって無くなることはありえない。
参考資料
事業用資産の買い換え特例
①所定の買換え・交換により生じた譲渡資産の譲渡益については、買換資産の帳簿価額を圧縮することにより、原則として、その80%相当額までの損金算入が認められる。
②譲渡事業年度に買換資産の取得ができない場合には、特別勘定を設定することにより1年間(特定の場合は、税務署長の承認を得ることを条件に更に2年間)繰り越すことができる。(課税の繰延べ)
③1年前に先行取得した資産(特定の場合は、3年前の取得資産も可)についても圧縮記帳の対象とすることができる。
これらはくるくると良く変わるので注意が必要だ。
減価償却
近代会計の基本に、減価償却がある。一定期間内での損益を導き出すために考え出されたのが減価償却だ。
取得原価―残存価額の差額を耐用年数で割った金額を、その年の資産の減価(価値が減ること)とみなして費用に計上することが減価償却である。
経費計上して利益から差し引きできるのに現金が手元から出ていかない。それが減価償却である。
払ってないのに経費にできるから手元にキャッシュとなり出現することになる。
自宅の場合は適用されない。あくまでも賃貸にして他人に貸している場合だけである。賃貸や事業として使用する場合、減価償却資産となる。
そのルールを構成するのが償却方法であり、耐用年数であり、残存価額である。
建物は償却できるが土地は償却できない。
償却方法
減価償却には代表的な二つの方法があり、他にもあるが殆ど使わないので割愛する。
(一) 定額法 毎年均等に減価償却費を計算(償却費の金額が一定)
つまり定額法は、毎年一定の額を償却してゆく償却法。毎年の減価償却費が同じである。
計算も簡単で取得原価と残存価額との差額を耐用年数で割って求める
償却費の額が原則として毎年同額となる。
取得価額×定額法の償却率
(2) 定率法 毎年未償却残高に一定率を乗じた減価償却費を計算(償却する比率が一定)
定率法は、毎年その期首の残高に対して一定の率をかけて償却していく。
早く大きく償却することが可能である。利益を圧縮できるという特徴がある。この圧縮とは経理上の利益であって儲かることではない。キャッシュフローを生む効果があるが利益ではない。
言い換えると年間の減価償却費は、前年に償却した残りの原価つまり残存価額に償却率を乗じて求められる。なお、法人税法における建物の償却法については、新築・増築については定率法を用いることは認められなくなった。
償却費の額は初めの年ほど多く、年とともに減少していく。
ただし、定率法の償却率により計算した償却額が「償却保証額」に満たなくなった年分以後は、毎年同額となる。
未償却残高×定率法の償却率(以下「調整前償却額」という)
ただし、上記の金額が償却保証額に満たなくなった年分以後は次の算式による。
改定取得価額×改定償却率
資産を年の中途で取得又は取壊しをした場合には、上記の金額を12で除しその年において事業に使用していた月数を乗じて計算した金額になる。
いづれの方法も計算式はあるが計算式である以上とっつきにくい。
残存価格×償却率が減価償却額である。これを経費にすることができる。その結果不動産経営が赤字になった場合は、会社員であれば給料(年収)の課税価格から引くことができる。
耐用年数
償却率
耐用年数
償却率
定額法
定率法
定額法
定率法
2
0.5
0.684
26
0.039
0.085
3
0.333
0.536
27
0.037
0.082
4
0.25
0.438
28
0.036
0.079
5
0.2
0.369
29
0.035
0.076
6
0.166
0.319
30
0.034
0.074
7
0.142
0.28
31
0.033
0.072
8
0.125
0.25
32
0.032
0.069
9
0.111
0.226
33
0.031
0.067
10
0.1
0.206
34
0.03
0.066
11
0.09
0.189
35
0.029
0.064
12
0.083
0.175
36
0.028
0.062
13
0.076
0.162
37
0.027
0.06
14
0.071
0.152
38
0.027
0.059
15
0.066
0.142
39
0.026
0.057
16
0.062
0.134
40
0.025
0.056
17
0.058
0.127
41
0.025
0.055
18
0.055
0.12
42
0.024
0.053
19
0.052
0.114
43
0.024
0.052
20
0.05
0.109
44
0.023
0.051
21
0.048
0.104
45
0.023
0.05
22
0.046
0.099
47
0.022
0.048
23
0.044
0.095
50
0.02
0.045
24
0.042
0.092
25
0.04
0.088
減価償却資産の償却率表
法廷耐用年数
銀行によってはこの耐用年数を下回る評価をして融資の計算をしている。
ここに記すのは、あくまでも法定の耐用年数である。銀行による融資の基準とは違う。
木造モルタル 20年
軽量鉄骨 19年(鉄骨の厚みが3ミリ以下)
軽量鉄骨 27年(鉄骨の厚みが3ミリを超え4ミリ以下)
重量鉄骨 34年(鉄骨の厚みが4ミリを超える)
RC住宅 47年
これで償却額が算出できる。償却が早い木造と軽量鉄骨はアパート経営では有利である。ただし遮音効果が低いし、RCマンションと較べて人気が低いので家賃はやや安い。
軽量鉄骨で遮音に留意した工法を用いてマンション風に建てるのが良策だと思う。建築費もRCより安くなる。界壁にブロックを積むと防音効果が高い。しかしほとんどはプラスターボードの両面2枚張り程度の隔壁になっている。床もコンクリートを使うなどが望ましいが予算は高くなる。
残存価額
建物の評価額から償却額を引いたのがその年度の残存価額である。
平成19年度税制改正により、平成19年4月1日以降の新規取得に関しては1円まで償却が可能となった。事実上、全額が償却できる改正である。
最終的な残存価額が事実上0と同じだから10%は残存としたこれまでよりも実態には近いのだが、古い家は価額が無いとみなすのは築後100年の家でも財産とする欧米に較べて、日本人の不動産に対する感覚が違うせいかなと思う。
建物も不動産なのに税法上は償却対象だから消費財としての扱いである。と、ここまで書いて欧米の償却方法は全く知らないことに気が付いた。日本でも償却が終わったからといえども相場での価格が0とはならない。税法上の価格と相場価格とを混同したようである。
しかし日本だけが古い建物をどんどんと壊し、建て替える傾向が顕著であることは明白である。日本の街角には風情が乏しい原因である。
外国人が日本を訪れた印象の一位が、電信柱と電線である悲しい現実は動かせない。外国の美しい街角を賞賛し憧れるならば自ら古い建物を大事にして住まわねばならない。
損益通算
会社にも自宅にも電話がかかってくる。区分所有ワンルームマンションの開発業者からの電話だ。曰く税金が戻ってくるのにどうして買わないんですか。全額ローンをお付けします。今こそやるべきです。将来の年金はあてになりません、年金代わりに買うべきです。・・・
損益通算で税金が戻りますとのこれらの勧誘に引っかかって新築を買ってはいけない。
利回りが3%未満しかない。これを超える新築分譲もあるが、やはり極端に狭い部屋を作って実現している例がある。将来の入居率に不安がある。
山手線内などの超好立地は別としても、立地がさほど良くない場合はやめたほうが安心である。
所得税では、所得の種類を利子所得・配当所得・不動産所得・事業所得・給与所得・譲渡所得・一時所得・雑所得・山林所得・退職所得の10種類に区分し、それぞれのグループ毎で所得を計算する。
損益通算とは、この区分の中で2種類以上の所得があり、1つの所得が黒字、他の所得が赤字となった時、一定の順序に従って、差引計算することを言う。
A:給与等所得
B:不動産所得
C:課税価格控除
D:所得税率
E:納税額
F:損益通算したあとの納税額
不動産所得が無い時 (A‐C)×D=E
不動産所得があるときの損益通算 {(A+B)‐C}×D=F
つまりBの不動産所得が赤字の場合はその分だけを給与所得から減じるので、E‐Fの差額が還付される。
家賃収入が銀行ローンの返済額を上回っていても、ローンの建物部分の利息と減価償却額が経費に申告できるので赤字にすることができる。建物が古くなって償却額が少なくなると黒字化するので逆に納税額が大きくなるので注意が必要。
賃貸経営はキャッシュのフローが黒字でも、税金の申告上は赤字になる。
(正確には赤字になる場合がある)
新築区分マンション(ワンルームマンション)の販売業者はこの損益通算による税金還付と将来の年金代わりを売り物にしている。
それは正しいが、新築では残念ながら都市部では利回りが低すぎて毎月の家賃収入ではローンが返済できない。不動産価格が右肩上がりの時代ならキャピタルゲインを見込めたが、今は買ったとたんに売ると3割は下がるだろう。
次の所得の金額は、原則として「損益通算できない損失」を除いて、他の所得の金額と損益通算することができる。
(1)不動産所得(2)事業所得(3)譲渡所得(4)山林所得
不動産所得の赤字のうち、土地等取得のための借入金利子部分については損益通算はできない。
損益通算計算例
減価償却費、ローン支払利息、管理費、固定資産税などが家賃収入から引くことができる経費である。そのほかに修繕費や設備の交換費用なども実費を経費にできる。
家賃収入からこの経費を引くと赤字となる例がある。
まず給料の年間収入から「給与所得控除」をしたのが「課税所得」。
次に基礎控除、配偶者控除、子供の扶養控除、老人の扶養控除を引いたものが「課税価額」になる。
それに税率を掛けて、「税額控除」をすると税額が判明する。
不動産所得(赤字)と給与所得を「損益通算」すると、総所得は給与所得のみの場合より少なくなり、その結果、支払わなければならない所得税・住民税も少なくなる。
計算例(概算である。各人によって違いがあるため必ずしも合致しない)
年収800万円で妻、子供が二人(14歳と17歳)の4人家族とする。
★給与所得控除の表
800万円×10% +120万円 =200万円(給与所得控除額)
800万円 ‐200万円 =600万円(課税所得)
★各種控除の表
600万円‐177万円=423万円が課税価額(所得税計算用)
600万円‐144万円=456万円が課税価額(住民税計算用)
★所得税率表(平成19年~)
★住民税率
10%
さらに一律均等割負担4,000円を加算する
■マンションを購入する前
所得税 423万円×20% ‐427,500円 = 418,500円
住民税 456万円×10% +4 ,000 = 460,000円
合計所得税 878,500円 ・・・・A
■マンションを購入した場合
不動産所得の赤字を100万円とする。
年間家賃収入‐(減価償却費+支払利息+管理費+固定資産税)=不動産所得
所得税 323万円×10% ‐9万7,500円 = 225,500円
住民税 356万円×10% +4,000 = 360,000円
合計所得税 585,500 ・・・・B
☆節税額=A(878,500円)‐B(585,500円)= 293,000円(還付額)
サラリーマンは、所得税、住民税が給料から天引きされているので、確定申告をすることによって税金の還付を受けられる。
減価償却費は実際には出ていかないお金である。これが節税に重要な役割を果たす。
利回りが高い物件は表面上のキャッシュフローはプラスでも税法上は赤字とすることが可能となり、手元に現金が入りながら資産形成が可能となる。
国税庁のホームページhttp://www.nta.go.jp/
確定申告書作成ページhttps://www.keisan.nta.go.jp/h18/ta_top.htm
不動産だけのコスト
不動産にだけあるコストも言わなくては片手落ちなので、説明しておこう。
印紙税は契約書に貼る国税だ。取得費用として経費に算入できる。(調達コスト)
登録免許税は登記するときの国税、同じく経費に算入できる。(調達コスト)
不動産取得税これも都道府県税だ。同じく経費に算入できる。(調達コスト)
消費税は国税4%と地方税1%の計5%だ。同じく経費にできる。業者から購入する建物部分にだけ消費税が掛かる。(調達コスト)
固定資産税これは市町村税だ。同じく経費に算入できる。(維持コスト)
修繕費・保険料もコストだ。同じく経費に算入できる。(維持コスト)
如何だろう、支払いはあっても経費になるので経営上は不利とは申せない。損益通算して所得税が還付される源だ。
不動産所得とは、家賃収入から減価償却費と建物部分のローン金利部分を引いて、さらに右記の不動産調達コストまたは維持コストを引いたものである。これがマイナスの場合のみ損益通算して、所得税が還付される。
固定資産税と管理費と積み立て金は意外に高くて驚くことがあるので購入前に調べておくべきだ。
税理士について
税務署に勤務して試験を免除されて税理士資格を取った人の中には、節税を嫌ってそのノウハウを教えない者もいる。余り知らない人もいる。出身が税務署だから顔が利くなんてウリにする税理士は慎重に見極めよう。節税についてどう思うか、なんて初めに尋ねるのもよいだろう。
私は、
「一生懸命働いてお国のために沢山の納税をしよう」
なんて言いたくない。
不労所得を多く得て税金還付を受ける者がより幸せな国なのだ。不思議なことにお金持だけが節税が可能で所得税を払わずに済む。アメリカ在住の日系人ロバート・キヨサキさんがその著書で言うようにこれは日本だけではない税制だ。
国内の金融商品にはご用心
不動産投資以外の金融商品には減価償却が無い。
減価償却とは形ある物にしかないことだから株券や預貯金にあるはずがない。利息や配当は100%補足され課税されても減価償却はない。
減価償却を使わないのは人生最大の損のひとつだ。
一生を通じて減価償却を使わない。使えないどころかそれが何であるかも知らない人々も多い。もちろん土地部分には減価償却はなく建物部分のみだ。そこに住んでくれる入居者がいればこそ減価償却が可能である。
あくまでも事業用に供した建物部分に適用される税制なのだ。つまり入居者は家賃を払ってくれて減価償却にも協力してくれる。
財産を得てしかも節税ができるなんて美味しい話があるなんて、自分の資産形成に他人が協力してくれるなんて、なんて素敵な世界だろうか。
だましの多い金融商品が多い
投資信託などがあたかも元本保証されるかのごとき広告がなされている。
美しい女優や人気俳優を使ってテレビで宣伝している銀行や証券会社や保険会社がある。なぜそんな膨大な費用を使って宣伝するのだろうか。
儲かるからだ。その儲けはどこから来るのだろうか。それはその金融商品や保険を買う人の懐からいただくものだ。
その商品がフェアであればとやかく言うことはないが、まやかしの商品がまぎれているので注意が必要だ。
そもそも海外の株と日本の株は、同じ「株」という名前が付いているが違うものだと思うべきである。海外では主として配当が目的であるが、日本では株の売買で差益を抜くことと捉えがちである。
海外では利殖であり、日本では博打である。海外の配当は日本の倍以上もあるので持っている意味があるが、雀の涙しかない日本の株は株主優待なんぞでごまかしている。(でも最近は日本の配当もそこそこ高くなった。乗っ取り防止の為に配当を増やしたのだ)
1億円のキャッシュを投資すれば、株の1%を割る配当は100万円以下の配当金しかもたらさない。不動産を買えば900万円の家賃収入があり経費を多く見積もっても500万円は手元に残るだろう。
建物構造について
鉄骨構造では溶接部分の施工と監理が大変重要なのだが、過去には大学の建築科でも教えない例があった。今のカリキュラムは知らないので今の大学批判はできない。
鉄筋の強度実験やコンクリートの強度実験はするが溶接の実習と強度実験はやらないことが多い。キチンと溶接のできる教授も助手も殆どいないだろう。溶接の際に発する強力な紫外線によりひどい網膜の火傷を負うことなく技術習得はできない。
溶接加工方法には大きく分けて隅肉溶接と突合せ溶接の2種類があるが、その違いを知らない建築士がいる。知っていても外観を見ただけで見抜ける建築士は少ない。
前者は後者の半分の強度も無いだろう。後者の突合せ溶接は前者の数倍以上の手間とコストがかかるのでこれを前者の隅肉溶接で済ませる手抜き工事が過去には多かった。強度の地震ではひとたまりも無い。
恐ろしいことに一級建築士の半分以上はその監理能力は無いだろう。
溶接に限らず、手抜き工事を糾弾するテレビ番組に登場する一級建築士も間違いを平気で犯して発言している。
工事現場体験が少ないか、全く無い一級建築士が多いせいである。これはおざなりの構造問題だけで受かる試験制度にも原因がある。紙の上だけの知識で済む試験制度なのだ。構造と意匠は別の資格にするべきであり、実物を見ての実地試験を行わなければ無意味である。
軽量鉄骨は柱も梁も数が多くてボルトも多く使われる。そのため重量鉄骨のように少数の部材に大きな応力がかからない。重量鉄骨は溶接不良な部分があればそこから破壊が始まる。重量鉄骨は筋交いなどがないから溶接部の信頼性のみが生命線となる。手抜きの重量鉄骨建築は軽量鉄骨や木造よりもひ弱な建物である。
比較して軽量鉄骨は分散して応力に抵抗するので案外強い。溶接部が多いので分散して負担する。木造も柱が多いので意外に強度がある。もちろんこれらはきちんとした設計と施工が前提である。
阪神淡路大震災での木造家屋の倒壊は、古い構造に例が多かった。布基礎ではなく、壁は荒壁に漆喰で瓦の下には葺き土を敷くなどの古い工法が多かったように見受けられた。いずれも重量が大きくなる工法である。しかも筋交いではなく古くから伝わる貫き工法であって現在の強度計算上では認めがたいものである。貫き工法を批判すると異論も沸き起こるが、現代の細い部材では到底認めがたい。
人気のあるRC造つまり鉄筋コンクリート造、これは築年数が60年ごろコンクリートの強度が最大となる。その後も長く強度は保たれ100年以上は使える。
ただしメンテナンスが寿命を大きく作用するので亀裂や表面の荒れた状態はすぐに補修しなくてはならない。
寿命が長いとされるので償却年数が長くされている。それが経営上の不利な理由となる。さらに建物の固定資産税が高い。そして全国一律なので都市部に較べて家賃の低い田舎では経営的には不利となる。地方の賃貸住宅には木造が多い原因のひとつとなっている。
鉄骨造もRC造も着工年が1981年を境に前と後では違う評価になる。新耐震になる境目である。
1981年6月以降の確認申請であればOK。着工がこの付近のものは管轄の都道府県の建築指導課に行き確認すべきである。必ず教えてくれる。前か後かで強度が違う。これ以前の中古マンションは今後の価格下落が大きくなるだろう。
念のためだが、1999年5月以降2006年末までの確認申請により建築されたマンションは構造計算の再計算をしたほうが良い。確認申請業務が民営化されたからだ。業界が金を出して天下り法人をつくり業務を行った結果、偽装事件が起きた。
狼に羊の番をさせちゃったのだ。規制緩和がいけないのではなく天下りに緩和の旨みを握らせたのが悪かった。
マスコミは姉葉建築士というヒールを作って過大な報道合戦を繰り広げて、問題の本質を取材していない。規制緩和の行き過ぎとしてしまった。実態は天下りの問題である。
この間の構造計算偽装は表に出た姉葉建築士達だけの所業だと安心はできない。素人には判断ができない。
さらに建築士について
建築士には、「意匠が専門です」、なんて芸術家気取りが多い。奇抜な外観を定規やキャドで描くがフリーハンドでは描けない人すら存在する。意匠設計を掲げながら絵も描けないのである。
奇抜さを芸術と勘違いして遊ばれてしまう。建築はまず人が暮らすものだ、との基本的な認識が希薄なタイプがいる。
今を時めく建築家、安藤忠雄氏がその作品「住吉の長屋」で、「雨の日に傘を差さないとトイレに行けない」と批判されたにも関わらず世界的な建築家として評価を受けたので、その2匹目の泥鰌を狙う者が絶えない。安藤氏の精神を理解せずにうわべだけを真似するのだ。
一生涯住む家なので悲劇となる。
とくに駆け出しの場合、炊事も洗濯もしたことのないボンボンが設計して、調理台もろくすっぽ無い台所や、物干し場の無い家を作って生活には不便極まりない。
ある実在の一級建築士の例だが、延べ面積が30坪を欠く小さなRC住宅で外壁の厚さを30センチにしてしまった。
天井のスラブを1枚の層でなく階段状に2層にする特殊な外観にするわがままな設計を押し通したために、構造計算上の強度確保のためより厚い壁にするように役所の指導があったのである。
結果として厚い壁がぐるりと囲み、無駄に建築面積が増えた。コンクリートが多い分だけ余計な工事費がかかって、しかも毎年余計な固定資産税を払う破目になった。
建築面積は壁の中心線で計測され、その面積が課税される根拠となるからである。
壁式構造でなくラーメン構造に変更すればいとも簡単に回避できたのに、この建築士はあくまでもわがままを通したのである。
住人の生活よりも外観を重視した。設計段階で模型を作って眺めて喜んでいたが、建築が完成した後で誰が何の目的で上空から眺めるのだろうか。
独りよがりの意匠設計とはこんな悲惨な結果をもたらすだけだ。テレビで作品扱いされる住宅の紹介があるが、現実にはこのような悲惨が隠れていることもあるだろう。テレビに登場する建築主は絶対にその負の一面を話さない。
問題はこれだけではなかった。台所が狭く、設備もまるでワンルーム用の小さいものだった。
建築主は、
「ここでどんな料理ができるのだ」
と建築士に食ってかかった。
しかも階段1段半くらい下げた為に主婦はいつも上がったり下りたりで苦労する破目になった。上り下りで大変だが2段にすると階段のスペースが場所を食うのである。元々狭いので余裕が無いのだった。バーやスナックなどの飲食店では応接する店員が客と目線の高さを同じにするためにカウンターの内側を低くする例がある。これと同じ発想で低くしたのだった。
さらに台所の流しと後の壁までの空間が1メートルも無いのに床下収納があってその扉を開けると人が立つスペースは無かった。つまり開けるためには人間は空中に浮かぶしかない。流しの下の物入れは扉を開けるには自分が邪魔になる。
風呂場は台所の先にあって同じレベルに低く設置し、さらに浴槽の底を洗い場の床よりも低くしたので浴槽の排水孔から下水が逆流した。すぐに浴槽を高くする嵩上げ工事をしたが、当然湯船の縁は高くなってしまった。
リビングは2階の天井までの吹き抜けとした為と、天井にスポットランプを数個配置しただけであったのでリビングで新聞も読めない暗さとなった。ペンダントライトを取り付けるフックなどの設備はなかった。肝心要の電気の配線がなかった。
訴訟にまで発展しかけたが、建築主にすでに法廷で戦う資力と気力が残っていなかった。
大変な喧嘩となったが、建築士は「建築の良さを理解しない施主だからどうしようもない」と、自分の非を一切認めなかった。
建築主の奥さんは泣いていた。
そもそも庶民の小さな住宅は作品ではない。思い込みに過ぎない芸術的な外観などは不要である。住み易さから醸し出される外観こそが美しいのではないだろうか。
無責任な設計はこの建築士に限らない。商業ビルの場合、入り口を半地下と中2階にして地上階を造らない例がある。
商業ビルとしては殆ど大失敗となる。どんな商売が入居しても客が入らない。これも駆け出しの建築士がやってみたい設計の1パターンであり、オーナーが長年苦しむ例が多い。建て替えるまで苦しむのだ。
店舗の入り口は2段の階段が限界である。それ以上は上がっても下がっても客は激減する。
金融について
全額ローン?
銀行が貸すのを渋る時代であるがへこたれず頑張ることだ。収益還元法による貸し出しは健全で銀行にとっても安全な融資方法なのだ。
自己資金が3割必要だと言う営業マンもいる。1割で大丈夫と言う営業マンもいる。全額ローンでも買えますと言う営業マンすらいる。
この違いは営業マンの知識と経験の差であり、かつ利用している銀行または銀行員の融資姿勢の違いでもある。自己資金は必要なのが普通だが銀行の査定価格が高い物件では全額ローンが可能なはずである。
高額の投資はサラリーマンには無理で自営業や会社経営者のできることだと勘違いする人が多い。いまや商売のうえでの失敗や余計なことに手を出してしまう商売人よりも、手堅く会社に勤める人を信用する時代である。
大型の一棟売り案件などは個人的な収入は関係があまり無い。その物件自体の収入で返済が可能かどうかがもっとも重要なのだ。
銀行にとっては現在2千万の年収があろうとも継続できる保証の無い経営者よりも、サラリーマンの年収500万円の方が信頼できる。収入の範囲内での生活をして他所で借金を作らないほうが銀行としても安心できる。
知識と能力の高い営業マンと銀行員を見つけるまでへこたれずに頑張ることだ。先に銀行へ相談に行く事も有効な方法だ。大抵の場合は自己資金は○割は必須ですと、杓子定規な回答が返ってくるだろうから粘りが必要である。営業マン経由の方が本音での相談はし易いかもしれない。
高利回り物件はそっくり借金して買っても返済金は入居者が払ってくれる。ただし高利の借金は駄目だ。
数年後には絶対に得をするから今買える人は買いなさいと言っておこう。都心の不動産が大きく下がるはずは無い。万が一大地震による災害が起きたら一時的に下がることはあってもその時はそれこそ最大の買い時だ。東京のインフラは一朝一夕に出来たものではない。没落する都ではない。
リコースローン
アメリカのサブプライム問題は世界経済に深刻な影を落としている。
でもこのローンを借りて返済不能になった人々は、日本のバブル崩壊での債務者よりもズーと恵まれている。
日本のローンはリコースローンであり、アメリカのノンリコースローンとはまるで違うものだ。リコースとは遡及を意味する。不動産価格の下落で生じた担保割れの責任を全部借りた本人だけに負わせるのが日本の方式だ。
ノンリコースローンは金利が少し高いが、不動産価格が下がった場合でも不動産自体を手放せば残りの残債務からは開放される。
日本では逃れるためには自己破産して免責を受けるしかない。そのように日本では銀行に有利な商取引ばかりが横行して来た。
さらにアメリカのサブプライムローンでの日本との違いは、連帯保証人がいないことだ。債務者と一緒に苦しむ人はいない。日本では払えなくなった債務者の代わりに全額の返済を求められる保証人が存在するのだ。ただし債務保証会社に不当な高額の保証料を払った場合は別で、不要となる。
日本にしか存在しない連帯保証制度といい、分積み両建てといい、日本の金融行政と金融機関は余りにも庶民を犠牲にしていないか。
ビジネス上の融資でも同様だ。日本の金融機関は一切リスクを負わない商売を長く続けている。起業する率が欧米よりも低いのは当然である。
これは政治と官僚が容認してきたことだ。銀行の幹部に元大蔵省つまり今の金融庁のキャリアが天下りしているからである。しかも官僚の多くが政治家になっている。
それでもバブル期に貸し込みすぎてギブアップしたのは笑うしかない。
フラット35
新耐震でなければ利用できないので注意が必要だ。そして自己居住用に限られる。
フラット35と称する金融商品(住宅ローン)がある。住宅金融公庫が住宅支援機構に組織変更され、いままで保証会社が補ってきた保証業務を証券化手法を用いることで解消され、消費者が平均約80万円もする保証料負担をしないでローンが組めるようになったものだ。
直接融資ではなく民間金融機関への保証(証券化)の形なので窓口は民間となる。
長期固定利率ローンがあり、金利も安く途中の元本返済(一部繰上げ返済)もできてしかもそのときに事務手数料が不要など大変有利な商品だ。
マンションの場合は「長期修繕計画書」が必要だ。マンション理事会が作成していない場合は管理会社に作らせることが可能である。理事会の承諾が必要だが承諾するはずである。なぜなら自分たちの資産価値を確保することでもあるからだ。
さらに建築物自体が強度を有するかどうかを見極める検査を受ける必要がある。
区分所有の場合で過去にすでに検査済みの場合はそれを提示すれば済むだろう。検査は係員が一人でやってきて目視での検査なので外観がきちんとしていれば問題はない。建築後20年を過ぎても大規模修繕や改装を行わず外壁のモルタルが欠落したり内部の鉄筋が露出しているなどの荒れた建物では検査が通らない。
それは初めから買ってはいけない建物なのでフラット35の融資の可否以前の問題である。
参考
楽天モーゲージhttp://mortgage.rakuten.co.jp/
SBIモーゲージhttp://www.flat35.jp/index.html
サブプライムローンの問題点
まず今回のアメリカを発祥とする金融危機の原因は、サブプライムローンと言う粗悪な金融商品が、証券化という手法を通じて色々な金融商品に化けて世界中にばら撒かれてしまったことに発する。
このサブプライムローンは中国のメラミン入りの牛乳に似ている。それは乳製品メーカー(銀行)の犯罪よりもむしろ酪農家(金融ブローカー)がその直接の発生源になっている点で似ているのだ。
粗悪な飼料(低所得)で飼われた牛(借り手)は充分な質の牛乳(確実な返済のローン)を出せない。だからメラミン(虚偽の収入証明など)を混ぜてしかも水増し(全額あるいはオーバーローン)まで行った。
牛乳は集められ混ぜられたため、誰がメラミン入りの牛乳を出荷したのかもわからない。乳製品に加工(証券化)されて自国で消費され外国にも輸出された。国内では乳児が死亡して海外でも大きな被害が出ている。
国の信用は丸潰れであり、今後の輸出にもそうとうな影響がでるだろう。乳製品メーカーは公的資金では救済されない。金融会社は救済されるので、ここだけは違っている。
幅広く底辺で行われた犯罪であるので退治するのが難しかった。その為この犯罪に手を染めた者の数が多い。そして犯人を探すのも、酪農家を摘発することが難しいのと同じように難儀である。
他人の命や健康なんか気にも留めない酪農家から牛乳を仕入れてしまった。
ブローカー達が貪欲な金儲けのために偽の信用情報を捏造して上位のレンダー=貸し手を欺き、本来は貸してはいけないクレジットの延滞常習者にも不動産価格の全額のローンを貸してしまった。
当然このお陰で住宅は売れまくり価格は上昇した。価格上昇で担保に余力ができる(含み益=ホームエクイティ)とその余力を借り出して(エクイティローン)消費に回す借り手すら珍しくなかった。2年前からバブルが弾けた。
そしてリーマンブラザース他が破綻を始めたのである。返済ができず競売される住宅が半数に達するかも知れないほどのサブプライムローンの破綻インパクトは強烈である。
我々日本人は住宅ローンは銀行など金融機関で借りるものだと思い込んでいる。確かに日本では住宅ローンを借りようと美容院や八百屋に行く者はいない。
しかしサブプライムローンは美容院などの経営者が副業として行っていた、そのようなブローカーもいたのである。
ここで販売と言ったのは、サブプライムローンが借りるよりも買うと表現したほうが似合っているような感覚で普及し、次々と高利の商品として証券化され転売されたからである。大層儲かるビジネスとしておおいにもてはやされていたのである。
このような金融ビジネスさえも個人レベルで簡単に参入できるアメリカの自由さは活力の元でもあるが、恐慌を招くほどの危機をばらまく結果をもたらした。
繰り返すけれども、そもそもサブプライムローンが始まった理由は、低所得者のマイホーム熱を金融機関が利用したことにある。移民を含む低所得層に、信用度が低いとの理由で利率の高い住宅ローンを売りまくった。
実際のところ金融機関とは名ばかりで、まるで白タク業者のようなモラルの低い連中が住宅ローンを売りまくった。その親玉がリーマンブラザースだったというわけだ。
そのモラルの無い連中がクレジット払いの延滞常習者にまでローンをつけたのである。住宅ローンを証券化して様々な金融商品に混ぜて売りまくりそれが世界中にばら撒かれたので、もうなんともどうしようもない。
それが今回のバブル崩壊の底無しの大きな恐怖の理由だろう。
当然ながら銀行(金融機関の象徴としてこう言う)の融資姿勢で不動産の価格は決まる。行け行けどんどんで貸しまくったので住宅価格は上がる一方だった。買った後に上がったので担保力が増した。
低所得者向けのノンリコースゆえに高い金利で年利10%を超えるローンであってしかも徐々に返済額が増える方式だったから破綻する債務者が多いのは当然だった。
それでも価格が高くなっていれば売却しても手元に現金も残った。しかし行きつくところまで行った価格は遂に値下がりに転じてしまった。
家を失う人々は一気に増えた。しかし日本と違って家さえ手放せば債務からは解き放たれる。我々日本人が思うほどには彼らには深刻さはない。
ノンリコース(非遡及型)ゆえに簡単にギブアップできる。日本人ほどには心の歯止めがないので苦しい高額のローン返済から逃れる率は半端ではなく日本よりも高いだろう。
サブプライムローンは一個人が考え付いた金融商品ではない。
ウォール街の投資会社が住宅ローンを証券化して販売すれば高利回りなのでよく売れてよく儲かる事に気づいたのである。そして低所得層にもクレジットの支払い延滞者にも高利で貸しまくった。
こうしてサブプライムローンを組み込んだMBS=モーゲージ担保証券が誕生した。この時点で今の世界的な窮地は逃れられない運命となった。
1980年代半ばにこのスキームは完成したのである。
1998年にバブル崩壊は始まっていた。2006年には破綻が始まる。最後の引き受け手がいなくなったのだ。ローン債権の買い手がいなくなった。住宅価格の下落が本格化した。
2008年9月15日リーマンブラザースが破綻した。
同10月3日金融安定化法案を可決。
サブプライムローンの問題点は以下の四点である。
一、収入自己申告型ローンすらあり、頭金も収入証明も不要だった。
(返済能力と返済意欲の少ない者にも貸し付けた)
二、スタンダード&プアーズやムーディズなど格付け機関の収入は証券取引の売上げ額に応じたものであるという致命的な欠陥があった。仕組み債の発行元である証券会社から、その報酬をもらっているのである。しかもその格付け結果には責任を負わなくてよい。
(トリプルAが乱発された)
三、ブローカー=借り手に直接住宅ローンを販売する(貸し付ける)業者になる参入障壁が低過ぎた。
(モラルの低い資金力のない業者が多く参入し、25万社もあった)
四、自由に証券化して販売できた。
(誰がどれだけのリスクを負っているか不明であり銀行間でも信用が収縮した。婆抜きゲーム化した)
不動産の今後
中古ファミリータイプマンション価格が底を打った感がある。理由は新築のマンションに較べて安くなり過ぎたからだ。利口な人は密かに買っている。刻々と相場の動く時代である。
銀行の貸出金利が10%を超える事態になればさらに下がる局面はあるだろう。でもそんな高金利の時代がすぐに来るとは思えない。
本来、不動産の価格は銀行の金利と連動するべきものだ。株も金利と連動している。金利が高くなれば下がるのが正常な市場の反応である。
1980年代後半の平成バブル時代は、両方ともまったく金利と乖離していた。
当時の銀行金利は7%程度、すると賃貸にした時のマンション利回りは7~9%の収益があるべきだった。東京では1%を割っていた。当時の地方での8%以上の利回りは正常であったと言える。
不動産は適正な価格の3倍を超えていた。おかげで日本を売ればアメリカ合衆国が2つ買えるとの試算さえあった。
平成バブルが崩壊したのは当然だった。
サブプライムローンの破綻で日本から外資が去って行った。そのために新興の不動産デベロッパーは大型の倒産事件の主役となった。必ずしもマンション不況で倒産したのではなく資金の引き上げでの黒字倒産が多いと聞く。
マンションは初めの企画から完売して資金の回収まで時間がかかるビジネスである。2年は掛かるだろう。その間のランニングコストの資金が続かなければギブアップである。工事費の払いも焦げ付くので連鎖して倒れるゼネコンも続くだろう。
もとより外資を当てにしていない旧来の不動産デベロッパーはびくともしていない。東京都内はもとより近郊でもタワー型の高層マンションや大規模開発のマンションは抽選になるほど高人気である。
すでに株価が全世界的に下がっている。
不動産価格は、日本では銀行が2年前から徐々に不動産への融資を絞ってきたので厳しくなっている。この主な原因は金融庁の引き締めによるものだった。
しかし不動産価格の大きな下落を恐れた金融庁は引き締めから緩和へと大きく舵を取りはじめているとの観測もある。今こそ果敢に不動産購入へ乗り出しては如何だろうか、以外に大幅な融資が付く可能性がある。利回りが高くて金融も付くならば大変な大チャンスの再来である。
銀行が融資を絞れば買える人は減るので価格は下がる。賃料はさほど下がらないので不動産賃貸の利回りは上がる。
今は高額な価格で購入して採算が悪く行き詰まった所有者が手放す例が増えている。
それらの為に今後2年間くらいは高利回りの物件は出てくるだろう。東京で現在、7%の利回りが普通なので絶好のチャンスである。株が絶好の買いチャンスを迎えるように不動産も絶好の買いチャンスだろう。
絶好のチャンスであるが資金力の無い人は買えない時代だと思いがちだ。しかし実態は違う。今でも全額ローンが可能な金融機関はあるのだ。銀行は中小企業への貸し出しには慎重だが、かといって貸出先には困っているのだ。
株の場合は銘柄を探すのが難しいが、不動産は簡単だ。人気のある駅の近くを買えばいいだけだ。
年利が10%を超える有料物件はすぐに物色される。だから値下がりにも底がある。
例えば山手線の中で地下鉄や山手線の駅から歩いて10分以内、そしてグロス利回り10%。これくらいが底だろう。
実際には東京都心ではそこまで下がるとは思えないので、程々で買うべきだろう。大阪をはじめとする地方の大都市では10%はとっくに実現している利回りであるので12%から15%の間になるほどの価格低下が考えられる。
兎に角、虎視耽々と株や不動産が下がることを待っている金持ちが無数にいる日本だから、底に達する前に反転するだろう。
所有する金融資産総額が大きくしかも株や不動産ではなく預貯金が大半の国である。貯蓄好きの国民性もあるが、株も不動産も利回りが低すぎるからだった。株や不動産の利回りさえ上昇すればこれらの資金は株と不動産に向かうだろう。
今こそ中古マンションを買おう
九月二十六日毎日新聞配信のYAHOO記事に次の記述がある。
売れない新築マンションとは対照的に、中古マンションの売れ行きは好調だ。不動産調査会社の東京カンテイによると、首都圏の今年6~8月の売買件数は前年同期より16.1%増えた。
ポイントは新築との価格差。8月の首都圏の新築マンションは平均発売価格(不動産経済研究所調べ)が4799万円(平均面積71平方メートル)だったが、中古は70平方メートル当たりの売り主希望価格が3082万円。近畿圏も中古は同1866万円と新築の半額近くで「35歳前後の団塊ジュニア層では新築からのシフトが起きている」(東京カンテイの中山登志朗上席主任研究員)。
新築と中古の価格の乖離が大きすぎた結果の現象である。この差が付いた原因はいくつか考えられる。その一つでありかつ最大の原因を仮説として述べてみよう。
日本人の持つ建築に対する独特の感性に原因がないだろうか。無常観とも言うべきものが根底に流れているのではないか。形あるものは崩れ去るという無常観である。鴨長明の方丈記にある「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」である。
「うたかた」をワープロ変換すると「泡沫」となる。恥ずかしながら私も実は今知ったのである。人とすみかとを同じ泡沫ととらえている。泡であるから有限のものととらえていればこそ、建て替えるのが当然となる。
火事や台風で幾度も消失し流された歴史がそうさせるのだろうか。誰もが方丈記を読むわけでもない。私も遠い昔、原文のほうは数十行程度読んで挫折している。ところが無常観はなんとなくわかるのである。それが日本人として生まれ育った感性なのだろうか。
その結果30年もすればマンションのような鉄筋コンクリート建物ですら、古家と感じて建て替えしなくてはと感じてしてしまうのだろうか。
私が建築世界にいた人間と知る知人から、
「マンションって30年もすれば建て替えでしょう」
と、とんでもない質問を受けたことがある。
「とんでもない::」
と少し剥きになって答えた覚えがある。
コンクリートの強度は60年経過ごろが最大とも言われているのにこんな質問を受けるので剥きになるのだ。その後も長く強度は充分保たれて100年は大丈夫である。しかもタイルや吹き付け塗装されれば風化にも抵抗しさらに寿命は延びるだろう。
それでも平均37年で壊されているとのデータがある、如何に日本人は資源を無駄にしていることだろう。犯罪的ではないだろうか。
建て替えはCO2の排出を増やす結果となる。鉄筋コンクリートで建築するにはオーストラリアやブラジルから海路遥遥と鉄鉱石を運び輸入し、石炭をやはりオーストラリアや中国から輸入して鉄を作らなければならない。
コンクリートの原料こそ国内産もあったが、今はやはり輸入に頼らざるを得ない。
そして鉄筋とコンクリートがあっても、型枠を施工するにはコンパネ(コンクリートパネル)が必須である。これは南方のラワン材などで作る合板であるので森林伐採が起きている。コンパネは使い捨てなのだ。
このようにすべてCO2の排出が甚だしいので、鉄筋コンクリートの建物は少しでも長く使用しなくてはならない。100年を超えて使用する欧米に比して日本人はおおいに反省しなくてはならない。
もはや金さえ出せば何をするのも自由な時代ではない。
資源を使うことは社会資本を消費するので地球からお借りする気持ちを持たなければならない。温暖化の原因全てがCO2とは言い切れないが、大きな原因だろうと誰しも感じてはいるだろう。
このように建築工事は環境破壊を巻き起こすにも関わらず、新築信仰が強くて中古マンションの人気が低い。
おかげで新築と中古の価格の乖離が大きくなり過ぎて、中古マンションに人気が出ているのである。投資家とすればこれは由々しい現象でもある。
中古であろうと居住目的の住宅ローンはかなり融資されるので買い手が増えている。友人が先月フラット35を用いてマイホームとして中古マンションを購入したが、全額ローンだった。
不動産は循環する
新興不動産デベロッパーが開発物件を抱えたまま行き詰まる。その物件を手放す、またはどこかが会社を買い取り立て直す。不動産自体は紙切れではないので必ず残る。所有者が替わるだけである。不動産は価格下落して資金力のあるものが買う。そして高く売る。高くなったものを買った者の一部はまたも破綻する。身売り出来ない会社はあっても売れない不動産はない。
どこまでも循環していくのだ。
人口は急減しない
不動産価格が下がるときには買うチャンスであるが、なぜか住宅を購入する人がますます減少する。
一戸建てもマンションも供給が激減する。もちろんしっかりと値下げ交渉をして購入するしっかり者はいるが大勢は買わなくなる。しかし住宅を買わない人が増えることは賃貸物件を求める人の増加を意味する。つまり投資用の不動産を持つ者と買うものにとっては有利な状況が訪れる。
住宅が売れなくても人口の増減とは無関係であり、2年ごとの賃貸契約なのですぐに家賃が下がることも逆に上がることもない。
下げ局面で儲ける絶好のチャンス
不動産価格下落
↓
賃貸利回りの上昇
↓
買いのチャンス
これは株にも当てはまる。「不動産」を「株」に、「賃貸利回り」を「配当金」に置き換えてみてまったく違和感はないはずだ。利回りによる価格決定での購入は正しいのだ。
「この機を逃さず」と言うことで、今はチャンスである。
株も今が買いであると同様、不動産とくに中古マンションの価格が低い今こそ買わなくて何時買うのだろうか。
新築が下がっていると言えども中古ほどではない。新築好きの日本人は欧米の古い建物が形作る市街の美しさを褒め称えるくせに自分の国ではスクラップアンドビルドで家を50年以下のサイクルで建て替えるのだ。
だからこの国では中古のマンションが不当に低く評価されている。今こそ中古マンションを買ってリフォームして利用しようではないか。1981年6月以降の確認申請物件であることを改めて申し上げておく。
不動産経営にCSを
もは大家さんなんて言われてやに下がっている時代ではない。CSつまり顧客満足を追求するべき時代である。借りる側の要求グレードが高い時代である。
入居者がルームを選ぶ時代である。マイホームにこだわる人々がいる半面、賃貸で暮らすライフスタイルを選ぶ人々もいる。
彼らの選ぶ物件を提供することこそ不動産経営の要点だ。
それには住む側からの視点が重要だ。これまでにその要点は散々述べたつもりだが、再度記しておこう。難しいことは何もない。暮らし易さということに焦点を当てればよい。
台所が使いやすいこと。そのためにはガスレンジまたはIHレンジが必須。給湯設備は室内に瞬間湯沸かし器では駄目。最低限、湯沸かし器(ボイラー)は室外にあること。または夜間電力利用の貯湯式ボイラーを備えること。
エアコンは全室常備または壁にスリーブ穴とコンセントがあること。トイレはシャワートイレがあるべきだが最低限度、取り付けるためのスペースとコンセントは必須。
トイレとお風呂が別なのは当たり前である。ワンルームマンションでも同じである。
それと室内に洗濯機の置き場があるのは当然である。物干し場がないことは今では入居者はいないと知るべきである。
さらに付け加えれば、洗面所にはお湯も出るシャワー付きの洗面台が望ましい。
不動産投資に乗り遅れるな
バブル崩壊後の20年間
バブル崩壊のメカニズム
バブルは1987年宮澤喜一大蔵大臣の頃に過剰流動性が起きたことの結果です。
その原因はプラザ合意とされています。ドル危機を恐れた先進国により協調的ドル安の実施を図るためプラザ合意が成されました。ドル高是正のために各国が協調介入を行う合意です。対日貿易赤字の是正を狙い、円高ドル安政策をG5(先進5カ国蔵相会議)が合意したのです。ニューヨークにあるプラザ・ホテルで行われたためにこの名が付きました。
その結果急速な円高が進行しこの低金利政策が、不動産や株式への投機を加速させバブル景気加熱をもたらしました
それがバブルです。ところが宮澤大臣は放置したのでバブルが行きつくところまで行きました。家を持たない人は持ち家を一生無理だと諦めました。
バブルの崩壊は1990年3月27日大蔵省通達「不動産関連融資の総量規制」が始まりでしょう。大蔵省銀行局長、土田正顕の名で全国の金融機関に右の通達が送られました。
そもそも通達とはただの行政官に過ぎないものが政治的な判断を民間に押し付ける便利な手段として乱用されているものです。実は憲法違反の疑いすらあります。
八九年五月の公定歩合は年2・5%だったのですが、五回の連続利上げで九〇年八月には6%になりました。余りにも急激な利上げです。日銀の大失敗です。総裁は三重野康。三重野氏をマスコミは「平成の鬼平」と賞賛しました。
以上の3名は2名がすでに鬼籍に入られましたが、批判されなければならないでしょう。秀才が行った過ちです。全員東京大学卒業です。
マスコミも同時に反省しなければなりません。
その一例ですが、NHKも繰り返し「土地は誰のものか」とキャンペーン報道を行いました。資本主義、自由主義の旗印のもとでは「土地は地主のもの」です。違いますか。
そのほかにも多くの懲罰的税制・施策が始まりました。買い換え特例の見直しもその一つです。
そして短期譲渡所得に対する課税が大幅に強化されて取引で得た利益のほとんどが徴税されました。地価税も創設されて土地を持っているだけで大きな負担が課せられました。
さらに国土法で一定以上の面積の土地取引は事前審査が必須となったのです。
これだけの施策を一気始めました。ひとたまりもなく不動産取引は終息しました。これらの制度改正などは地価のピークアウトの後です。
この制度がなくても地価は自然に鎮静化したでしょう。
バブルの始まりを抑えることに失敗し、抑えるときはやり過ぎました。この拙速の悪さはまさに日本人的な行動の結果です。
「充分な議論がまだ行われていない」なんて言葉をよく耳にしませんか。愚かな意見の合意など不要でしょう。蛇足ですが、昔大本営発表の大嘘を国民は散々聞かされて300万人の死者が出ました。病死と餓死が6割を超えました。
責任を取らない、匿名で行う、この二つの役人の特徴も原因です。そう言えば軍人は官僚でした。
現在の30年を超えるデフレの連続はこのときを初めとして、いまだに本格的な回復をしていません。インフレ目標2%の実現を待ちたいものです。
隣地を買えますか
1990年のバブル崩壊後とにかく土地神話は終わった、と言われました。
はたしてそうでしょうか。
あなたの家の南側の土地が売りに出たとします。それを手に入れたいと思うでしょう。猫の額のような庭が広くなり日照もすごくよくなります。
50坪の敷地が5千万円だとしてあなたは買えますか。
庭の拡張だけにそのお金を出せますか。その意味では土地神話が終わったとしても庶民には何の有難みもありません。
やはり土地は高いし、おいそれと買えるものではありません。
土地神話って
買った値段よりも必ず上がると思い込んでいたのが土地神話でしょう。
1960年前後の岩戸景気と1970年代前半の日本列島改造計画による土地価格の暴騰はすさまじいものでした。でもそれぞれが数年で終息し、日本経済は再び成長軌道に乗りました。その経験から土地はそんなに価格下落しないと思い込んでいました。
だから購入した土地の含み資産で融資を引っ張り再投資に回す手法は当たり前のことでした。ダイエーの中内氏もそれを実行した一人です。平成のバブル崩壊がなければダイエー帝国の崩壊もありませんでした。
1990年以後は地価は下がりました。場所によっては四分の一を下回りました。
1図は地価の変遷です。
これで土地神話は崩れたと言ってもいいでしょう。でも土地デフレが終わったら再度復活するのが土地神話です。
土地神話を作ったのは
土地神話を作ったのはまごうことなく土地を担保に融資を行ってきた銀行です。その担保融資を指導してきたのは財政当局です。銀行局という機関が旧大蔵省から連綿と続いてきました。
護送船団といわれる銀行指導は、見返りに資金提供の保証もあったのです。
そして貸出金利も横並びでした。各種金融商品も似たり寄ったり、ある銀行が新しい商品を開発し当局に許認可を申請すると他の銀行にもその情報が流れ、みんな銀行がよーいどんで同じ商品を一斉に販売することになっていました。
生保や損保の商品も同様で全ての保険会社からよーいどんと同じ商品が販売されてきました。外国資本に開放されて以来自由競争となり各社でまるで違う商品、価格となって国内市場は国内資本の独擅場から解放されました。
今も担保融資が当たり前
商売をやっていて決算書を銀行に持っていきます。その業績が良いとしてはたして銀行が無担保融資してくれるでしょうか。
答えは否です。
誰でも知っています。今でも担保融資が当たり前です。銀行の体質はバブル以前とまったく変わりません。変わったことは銀行の合併で13都市銀行が七行に減ったことです。ATMの普及とともに窓口のある支店も激減したことくらいです。
あと、重要な変化があります。サラ金と呼ばれた消費者ッローンの会社を取り込みました。小口の融資はこちらにやらせて銀行はその資金提供をする役割に徹してます。消費者金融に対する資金提供自体は昔も同様ですが、身内にしてしまったのです。
担保融資が主流である限り土地神話は復活するでしょう。
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