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[創作]アメリアと3

 リリーは車に乗ろうと歩き出すシャーリーの後ろを歩きながら先ほどの出来事や思い出を頭の中でぐるぐるさせていた。自分の部屋の壁に貼っている好きなロックミュージシャン。ギターをサンタさんからプレゼントされたその日から自分の指がぱっくり割れようが、ギターの弦が買ってもらえなくて錆びてきていようが関係なく毎日弾いていた日々だった。
 途中で弦の張り替えというスキルを手に入れてからはより深くギターに愛を注いだものである。屋敷にあるギターは壊れてしまったギターに代わり卒業祝いにと仲間達のカンパで買ってもらったギターをずっと使っているが、やはりお気に入りはこの子供用の小さいギターだ。
 いつの日か自分の子供ができたらまずこれを与えて少しずつ教えてセッションしたいなと漠然と夢を見ていたものである。もう一生叶わないけれど、新たにできた夢の方がいまの自分にはお似合いで苦笑いする。

 リリーは手にしていたアタッシュケースを開けると書類、お札のようなものを確認する。それは、シールのように貼ることができた。イーサンからはそれを貼ったものを回収、処分なりしてこの家からリリー・ベイカーが生きていた痕跡をなくす。そしてもうリリーは生きていないと世間的に言うために自分らしいものに印をつけていくのだ。
 貼り付けるものはポスターとアルバムとレコード、CD、ギター。ライブでもらったバンド名が書かれたTシャツなどロックに関するもの全てに貼っていく。ロックが好きな割りにはCDやレコードは多く持っていなかった。音楽を仕入れるのはほとんどお店にて。音楽を流してきいたり、弾いているのを見たり、実際に弾いたり。生きた音楽をそうして常に浴びてロックミュージシャンのスカーレット・リリーは構成されていた。
 そうして残されたのはぬいぐるみやなんとか死守したアクセサリー類と化粧品という普通の女の子の部分である。ただ、それはいまの自分らしさにはあまり含まれていない。だからそれらはおいていくことにした。もうずいぶん帰れていなかったけれど、かつてこの家には何者でもなかった女の子が住んでいたと覚えていてもらうために。最後はあまり良い関係ではなかったけれどお礼の意味も込めた。でもきっと、この家からみんな居なくなったとたんに売られてお金に変わるだろうけど。
 そして、最後に小さなギターケースにお札を貼り付けると別れを惜しむように愛おしく撫でてあげる。

「それじゃあ行くから。」

 あまり時間を取らないようにさっと済ませたリリーは前は言えなかった挨拶をシンプルにすると奥さまと執事に行きましょうと家から去るのを促す。
 いつものように特に声もかけられずにいるのが当たり前だった静けさと共に親との今生の別れを済ませた。

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