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91に成ったら


真夜中の1時、寝室のドアが開けられ、たたき起こされた。

かのじょの寝ている部屋の電気が煌々とついている。

わたしは、なにが起きたのか分からない。

かのじょが、大きな声で電話に話しながらわたしの方に来る。

「彼はここにいるわ。ここにいるのっ。」

かのじょがわたしの枕元まで来た。


入院中のお義母さんが娘に必死の電話を掛けて来たのでした。91歳です。

九州から、甥っ子に連れられた次男のYがここに来ているという。

そして、その二人をわたしが案内していると。

で、病室の外に雨に濡れて3人が立っているとお義母さんは訴える。

わたしゃ、立って窓を開けれないから、お前(娘のかのじょ)から、窓の外のわたしに電話してくれと。

かのじょが外のわたしに電話して、そこからは中へは入れないと伝えて欲しいと。

山の中腹に立つ病院の3階の窓の外に3人が立っている??

かのじょが、何度も、「彼はここにいるわ。ここにいるの」というのだけれど、

お義母さんはかのじょにわたしに電話してくれと訴えた。

お母さん、そこは3階だから、外には立てないわというと、きっと梯子をつかってるんだと母は言う。


しばらくすると、電話に部屋に入って来た看護師さんの声が聞こえた。

「さあ、もう夜だから寝ましょうね」。

外に3人が濡れて立っているとお義母さんは訴えた。

手慣れた看護師さんは、「外には誰もいませんね、さあ、寝ましょう」とカーテンを閉め行ってしまった。

お義母さんはそこから10分ほど、もごもご、がさがさしていた・・。

わたしたちも、電話を切るに切れない。


で、一晩明けてみると、お義母さんはあちこちに電話していたのが判明した。

実家にも孫にも片っ端から電話を掛けて、「電話してくれ」と懇願していた。

話としてはつじつまが一応あっているのです。

雨の中、病院まで見舞いに来てくれた次男のY(いつもお義母さんの心配のタネ)。

それが、窓の外に立っていた。

自分は足腰悪くベッドから起きれない。

起きても、リューマチで手や肩が動かせないから、窓も開けれない。

外の3人に電話できれば、窓から病室に入ることは出来ないと納得してくれるだろう。

早くしないと、3人は雨に濡れてしまう・・・。

外の3人の誰かは携帯を持っているはずだから、

娘(かのじょ)や実家の兄嫁、孫に連絡してもらおうと考えたでしょう。

でも、お義母さん、今は夜中の1時なのですよ。

面会時間では無いし、3階の窓の外には誰も立てないんですよ・・。


いわゆる譫妄(せんもう)が起こっていた。

お義母さんは認知症ではないけれど、脳の機能が低下している。

それに、個室にいると刺激が無い。

ずっと、体からも、耳からも、目からも脳に入力されていない。

すると、脳が漂って行く。。。

慌てた本人は、見えたと思った事象を信じ、前後のつじつまを合わせて行く。


わたしが思ったのは、出て来る3人がみな、男だということでした。

しかも、そのどの登場人物もそれぞれにイマイチ、心配だとお義母さんが思っている。

揃いも揃って、男どもは、お義母さんの心配のネタだったでしょう。

なるほど、、わたしとしては登場人物たちに納得がいった。

世話をしてきた女性たちは、窓の外には誰一人立たなかった。


脳から体に行く情報(指令)は全体の3割。

目や耳、内臓、筋肉から脳に上がる情報が7割。

脳は司令塔なんていうカッコイイ役割ではないのです。

脳は、内外からの刺激によってアクティブになるシステムなのです。

ひとり、入力刺激が激減する病院の個室でじっとしていると脳は正常を保てないでしょう。

で、勝手に気になることを繋げてストーリーを作って行く。

ああ、、3人が雨に濡れるっ!


実は、去年も入退院を繰り返していて、入院中にお義母さんはひどく妄想に怖がった。

ベッドの四周を囲むカーテンが深夜、揺れるというのです。

そして、死神が風とともに顔をぬっと近づけて来るんだ、すごく怖いんだと。

去年は腸ねん転で、ひどく苦しんだので死神まで友情出演した。

今年は、腸からの淡々とした出血だけ。

去年ほど苦しんでいないので、手近かな身内の3人で済ませている。なるほど。


今朝、電話すると、本人はまったく正常に返っていて、電話をかけまくったことを覚えていなかった。

なんのはなしですか。


おお、、#なんのはなしですかの実写版を体験させてもらえるとは思ってもみなかった。

実写版では、分からない部分をinterpolate(内挿)して矛盾無きよう埋め、合理化するわたしたちだ。

脳は、矛盾を矛盾として放置もしてくれない。

ちょっとつまらない。

いや、深夜劇場なので、なかなか眠い。



P.S.


これから、病院まで面会に行きます。

お義母さんには、「一日中、テレビをがんがんに付けておいてくださいね」とお願いしようとおもっている。

人の気配、話し声、林や風の揺らぎ、虫の音・・・

いや、星の瞬きさえ、何十万年も供にしてきたのですから。

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