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つい時間を管理したがる自分がいる


あなたは、停年したらすっごく暇になるって思ってるでしょ?

ぜんぜん、違うんです。

1日が、1か月があっという間に過ぎる。暇も無い程に猛スピードで。

だから、たいせつな記憶も零れ落ちて行く。

コロナ禍の頃のはなしですほろほろ。。長いです。



1.長い影法師が伸びて


朝から光化学スモッグ警報が出て、高温注意報が発令された日でした。

陽が沈み始めたので、夕方、ふたりでピザのチラシを配りに行った。かのじょのお仕事でした。

コロナでピザ屋の店長は大忙し。


左手がずっしり重くてつらい。

夏場はなぜかチラシは2つ折りの豪華版となる。

配り始めるとすぐに汗がぽたぽた額から流れ落ちてきた。

暑い暑いと言いながら、一軒一軒チラシをポストに入れて行った。

Tシャツはすぐにびしょ濡れに。

坂を下る。ふたりの影法師が前に長く伸びた。

並んで歩いていたわたしたちに後ろから風が吹いてきた。


「きっと、むかし、あなたとわたしは友達だったんだね」とわたしがいった。

「そうなの?」とかのじょが聞き返す。

「うん。この長い影は小さな女の子と男の子のようだ。

だから、きっと、いつかの小さな頃、ふたり仲良しだったんだよ」。

「ふーん。。。そうなんだ。」


突然、わたしは思いついたのです。

今までそんなふうにじぶんたちのことを思ったことはなかったから大発見だった。

でも、かのじょはいつもの淡々で、たいがいこんなふうに意見は一致しない。

かなりつまらない反応だな。

実は、わたしも、たまたま出会って、結婚し、子をもうけた、、だけだと思ってた。

でも、子に重荷があったと知って、そのいにしえを遡って行くうちにずーっとはるか前にまで思いが帰っていったのでしょう。

きみとわたしは幼友達だったんだよっ!



2.てつが帰って来た


わたしは、夢を見た。

知らない若い人から連絡が来た。てつ君が事故で今、救急に入りましたと。

起きてから、不吉な夢を見たとわたしが言うと、かのじょもてつの夢を見たのと言う。

ええ”-っ!

かれは何かを言おうとわたしに寄って来たの。

けど、わたしが手間取ってる姿を見て、てつは言うのを諦めたわ。

ああ、聞いて上げれたら良かったのに、、と。


同じ日にふたり揃って息子の夢を見るなんてことは一度も無かった。

これはかなりやばいお告げだと、わたしたちの意見は即、一致した。

かのじょは、リアルなてつに早速電話した。

かれは、「別に変わりないし大丈夫だよ、ちょっと胃腸がやられてるけど。

それより、お父さんもお母さんも体に気を付けてね、そのうちそっちに行くよ」と。

わたしたちはほっとした。夢の話は、それで終わったはずだった。


それから数日して、てつから連絡があった。

「今夜空いてる?ちょっとそっちに寄ろうかな」。

夢の話の続きなの?


駅まで車で迎いに行きファミレスで夕飯を食べた。

かれはネギトロ・ダブルという定食を。

小さい頃からネギロト大好きなひとです。かのじょに好みがよく似ている。

食べ終わると、昼に新宿のデパートで開催していた地方の民芸展で見つけたんだと、

出雲の和紙で作ったシオリをわたしに、バッジをかのじょにくれた。

もらったシオリの表は出雲の神話でヤマタノオロチを退治する神が2つの剣を掲げている。

裏にはなんの関係も無い後姿の少年が描かれていた。

気になる。この少年は、誰?

てつがじぶんの辛さというものをずっと話してくれた夜でした。

中学の反抗期以来、親に自分自身を語るということは無かった。

てつは苦しんでいました。



3.てつの苦悩


学校出てから10年間、放送作家を続けて来た。

サラリーマンとは違って、仕事を取るのも、収入もすべてじぶんの力量次第。

決まりきった給料も労働時間も休みも無い。有給休暇も無い。

ずっと月7万円程度の収入しかありませんでした。

出費を極限に抑え、必死にサバイバルして来たでしょう。

そして今や、同年代のサラリーマンよりはるかに稼いでいた。

でも、疲弊していた。


「ぼくは、ADHDかもしれない。

調べてみたんだけど、「多動・注意欠陥障害」かな。遺伝の要因が強いから、ふたりに聞きに来たんだ。」


たしかにきみの母はADHD族。注意の配分がヘタだ。学習障害もある。

でも、きみは違うじゃないか。

冷静でいつも自他を俯瞰しているし、工程を組んだり、他者に配慮することも出来る。

中学、高校とバレーボール部のキャプテンをやらされてきた。やれてきた。

番組をどのように構成し、どの演者を呼び、どのように進行させるかについてもまったく苦労しない。

プロデューサーや演者との間もソツがない。うっかりということの無い人。

かのじょとは、全然違う。


調べてみて、ADHDにあてはまる事項が自分に多かったのでしょう。

でも、いったい、どこが「多動・注意欠陥障害」なん?

にわかには信じられませんでした。でも、本人がそう言う。


「4、5月、コロナ禍で仕事も減ったけど、リモート打ち合わせばかりになったんだ。

最初は、からだが楽になって喜んでいたよ。

でもね、だんだんとすることが無くなって行ったんだ。

何しようか・・。そればかり気にするようになった。

横になって(ワンルームの)天井をじっとみていたら、猛烈に吐き気がしてきた。

うぉーっというほどに叫びたいようなどうしようも無さが来た。たまらなかったよ。」


「僕はね、ToDoListをつけていて、かたっぱしから片づけるんだ。

でも、コロナとなってどんどんリストが片付いてしまう。

たとえば、ある番組の企画の締め切りが1か月後でも、僕はすぐさま始める。

やっつけてしまいたい、Listから無くそうとする。

やるのはしんどいんだけど、仕事に対する恐怖みたいなのがあるのかもしれない。

だから、闇雲にやっつけるんだ、猛烈に。

でも、やっつけてしまうとすることが無くて途方に暮れてしまうんだ」。


「お父さん、今夜は何をするの?明日は何をするの?」と聞く。

かれは「したいこと」ではなく、「しなければならないこと」のリストを手放せない。

まるで強迫神経症のよう。時間を有意義に埋めていく。

「ぼくはね、することが無いと、たとえばゲームをしてしまうんだ。そこは、衝動的かな。

すべてゲームを完了するまで結構な時間がかかるロールプレイングでも、寝ずに2日で終わる。

寝ることも食べることも忘れて、すべて集中してしまう。

そして終わると、無駄にそんなゲームをしていた自分にうんざりする。

でも、ゲームをしたいと思ったら、もう止めれないんだ。ぜったいしようとする。」


ひどく過集中する人でした。

たしかに、「注意欠陥障害」なのです。注意配分をうまくコントロールできない。

そわそわ多動なのか、ずーっと集中をはずせなくなるのかは注意配分の欠陥という文脈で見たら、同じなのでした。



4.エステの店


前の年、エステの店を譲り受け、経営というものをしたかれです。

あるビジネス番組で知ったことを自分でもしたくなった。

もう夢中になるのです。

面白いとなると、数字が苦手な人なのに、事業譲渡の候補会社をすべて調べた。

バランスシートを徹底的に分析した。

自分の貯蓄と、失敗した場合のリスク額を見積る。

オフィスの賃貸契約やエステテシャンたちとの雇用契約も結ぶ。

いろんな手続きをこなす。

放送作家業と並行して、さらに月に150万ほどの売り上げとそこそこの利益を手に入れたのでした。

でも、実際の店舗運営となり、様々な人間関係がかれを消耗させたといいます。

あれほど労力を投入したことなのに、かれは3か月で経営をすっぱり断念し売り払った。

おお、、、なんとコロナ禍直前に店を売却した。運のいい人です。


したいとおもったら、過剰に集中してしまう。

でも、社長業なんてつまらないと分かったら、さっさと捨て去った。

いつも、処理し集中することがらを求め続けていた、32歳でした。



5.楽しめない


「いいな、お父さんは。

楽しみにする本があって、毎日すこしづつ読んで行けるなんて。

僕は一挙に処理しないと満足しないから、たとえば本を読むとなるとあっという間に読み切ろうとしてしまう。」


楽しむということではなくて、自他すべてを処理すべき対象と捉えていた。

どんどん確実に処理すれば、契約先に文句言われることもないでしょう。

せっせとListを処理することで、仕事の量と質を担保してきたのだと思います。

そうやって10年してきて、でも、それが息苦しくてならないのです。

「吐きそう」になった。で、青年は親に共有してみた。


異常にのめり込むとは確かに衝動的です。

過剰に集中してしまうというのは、注意の配分を適切にできていません。

すべてを有意義にしたいというのは、実はきみの父もそうです。


食べ終わり、車で街のスポーツセンターに近づいた時でした。

中学や高校の時、かれは友達とここをよく利用していた。

施設の2階に明りが灯り、運動している人たちのシルエットが浮かんだ。

「ああ、いいなぁ。。僕もあんなふうにみんなと体を動かしたいなぁ・・・。

でも、実際するとなったらみんなのスケジュールを調整し、施設予約をして・・・なんてことを考えただけで、もう面倒くさくなる。

ああ、あんなふうにふらりみんなと体動かせれたらいいのに。。」


そう。この子は合理主義の一辺倒で処理ばかりをしたいわけではない。

でも、つい時間を管理したがる。

それはおそらく遺伝的な面を背負っているんだと気が付いたのでしょう。



6.てつが聞いていた話


ToDoListが気になって仕方ない、やることが無いとすごく困るとてつは言いました。

強迫神経症あるいは不安神経症かもしれないから一度カウンセリングを受けるようにとわたしは言いました。

そして、重要度の話をした。


世の中には「重要度リスト」と「緊急度リスト」があるんだけれども、みんな緊急度のことしか気にしない。

きみも、クライアントやプロデューサーが要求して来たことはすべて緊急処理すると思う。

でも、急ぎだからといって、それがほんとうに重要なリクエストだとは限らない。

たとえ、相手の不興を買ってでも、もっと別な本質的なことをすべきときもある。

きみは、ToDoListに書かれたことをとにかく処理しようとするし、

リスト項目が無くなると途方に暮れというけど、

そのToDoListにはじつは「重要度リスト」が抜けているかもしれない。


たとえば、笑ってリラックスすること、健康であること、友達とこころ通わせること。

そういうことってすごく「重要事項」のはずなんだ。

きみは短期的な視野で見ているだけかもしれない。

自分にとって重要なことって何だろうか?

仕事だって急がないがとても重要なやるべきことってある。

いや、「緊急度リスト」のたいはんは、実は「重要」じゃない。


きみは、ADHDの気質をうまく利用しサバイバルしてきた。

過集中は放送作家の腕をあげ、年収も伸ばしてくれたけど、

「吐き気がする」ようになったのは、非情な警報だと思う。その生き方でいいの?って。

だから、きみのリストには、もっと書かれるべき項目が抜けてしまっているかもしれない。

そして、「吐き気」がするような警報が鳴り始めた。

最重要事項ってなにかを見直したらいいとおもうよ、と忠告した。

わたしは3度繰り返し、かれは3度ともじっと聞いた。



7.かのじょとわたしの会話


「ああ、可愛そうだわ。。

衝動性と自他俯瞰のふたつが同居しているなんて。

それでは自分を責めてばかりいることになるわ。わたしが産まなければ良かったのね。。」

「じゃあ、辞めとく?」

「いまさら、そうはできないんだけど、てつの気持ちを思うと、そんなに苦しい世界に居たのね、知らなかったわ。。」

「そうだね。。でもね、自己を俯瞰する力はだれもがもらえるものじゃない。

異常な集中力、配慮する力、行動力。。それらは皆に授けられてるものじゃない。

そして、それを持った者は、その重荷も背負うことになる。

だから、それを背負って超えて行かねばならない人なんだと思う。」

「。。。でも、可愛そう。。わたしはそんなてつを知らなかったの。。」

「良いことばっかりも無い代わりに、悪いことばっかりでもないさ。

人はみんなそれぞれの重荷を背負うしかないよ。

誰にも選択権がない。かれは未だ若い。

きっと超えて行けるだろう。かれは自分を胡麻化さないし、他者のせいにもしない。

そうやって精いっぱい生きて行くんだ。

たとえ、短い命となっても、本望だろう。いつかは逝くんだもの。」


ふたりの頭の中には、先日自殺した俳優のミウラさんのことがありました。

すべてに恵まれたように見えた人。。

しあわせって他者と比較するものではないです。

生きた年数の長短でもない。

だれだって、何かを背負って行く。

むしろ、てつの場合は恵まれた悩みなのです。

そして、かれ自身も、くよくよするな、これが特性だと障害を受け入れようとしているとも思う。

だから、わたしたちの元を訪れ話をしてくれたのでしょう。


夫婦であろうと親子であろうと、人との出会いはもちろん偶然なのですが、すべては定めのような気もする。

良いも悪いもなくて、勝手に仕組まれていて、なぜかその河を泳ぐ。

その河はいつも必死になって泳ぐしかない。

泳がなければ、生はもう無い。

その河から出ることは許されなくて、ふと横を見るとあなたも必死に泳いでいる。

供に泳ぐしかない仲間なのでしょう。

後姿の少年は、今までずっと自分を明かさなかった。

でも、夢を通じてようやく教えてくれたかれの内界はひどく不自由なものでした。

これからもじぶんをバッシングするでしょう。

しかし、こうして他者に手を伸ばしながら、かれはそれを受け入れて行くでしょう。

よくぞ、話してくださいました。



P.S.


いつの日の青年も暗い絶望を背負うのだけれど、しかし、乗り越えようとする。

定めに抗し凛々しく生きようとするでしょう。

いまも、それを願ってやみません。

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