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第三話「時間と大切なもの」

登場人物
化け猫(男)・・・・・・長く生きている妖怪。四季庭園の中にある茶屋の店主をしている。
翔平(男)・・・・・・中学2年生。学校に行かずによく茶屋で暇を潰している。

翔平  『小高い丘にそびえ立つ、大きな桜の木。この木は、とある巫女を守っていたという言い伝えがある。現在、桜の木の周りは公園になっていて、さらにその中には四季庭園といって、木々が植えられ、池と築山などで作られている庭がある。名前の通り、春には桜が咲き、夏は蛍が飛び、秋には紅葉が色づいて、冬になると雪に覆われる、そんな日本の美しい四季をぎゅっと閉じ込めたような庭園だ。
 この庭園では風景が楽しめるだけでなく、庭園の片隅に茶屋があり、美味しい抹茶と季節ごとに変わる、和菓子をいただくことができる。まあこの事実を知っている人は少なく、なかなかお客は来ないのだけど。ここの主人はとても気がいいが・・・・・・実は化け猫であるというのは俺しか知らない秘密だ。』

(庭園の茶屋。人の姿の化け猫と翔平、そしておじさんが1人。和菓子と抹茶をかき込むように飲んで食べ、ご馳走様、と一言だけ言って出て行く)

化け猫 ありがとうございました・・・・・・っと。ふう。全く人の姿に化けるのも、なかなか疲れるな。
翔平  俺以外に客が来るなんて珍しいな。というか、随分とせっかちなおじさんだったな。
化け猫 お茶と菓子をかっこむように口の中に入れていったな。あれで楽しめたのか?
翔平  こんなところよりも牛丼屋の方が似合いそうなおじさんだったな。本当に何しに来たんだ?
化け猫 はて?牛丼屋・・・・・・とは?
翔平  そうか・・・・・・あんた牛丼も知らないのか。今度一緒に行くか?
化け猫 気になるけどな。俺はここから離れられないから。
翔平  茶屋の店主をしながら、この場所を守ってるんだっけ?
化け猫 おお、よく覚えていたな。
翔平  少し離れたくらいじゃ、別にこの場所はなくならないだろう?
化け猫 そうだろうけど・・・・・・
翔平  意外と臆病なんだな。
化け猫 うるさいな。
翔平  あんた、ここにずっといて楽しいか?
化け猫 楽しい・・・・・・というか居心地は良いぞ。ここは俺の生きがいだからな。
翔平  そうか。大事な場所なんだな。
化け猫 そんなところだ。まあ気が向いたら、その牛丼屋、とやらにも連れてってくれよ。
翔平  そんな日が本当に来るのか?
化け猫 さあな。それにしても本当に嵐みたいな客だったな。お前は随分のんびり生きているように見えるが・・・・・・今の人間たちってそんなに忙しいのか?
翔平  現代社会は忙しいって言うよ。ま、今の俺には関係ないがな!
化け猫 なにか癪に触ったか?
翔平  いいや別に。でもまあ確かに、みんな忙しそうだよ。大人も子供も関係なく。
化け猫 大変だな。人間も。
翔平  どいつもこいつも時間に追われているような気がする。
化け猫 ほう?そんなに仕事やら勉学やらに明け暮れているのか。
翔平  それもあるけど。どんなことをしていても時間に追われる感覚に陥る。
化け猫  というと?
翔平  例えば娯楽。今はほら、こないだみせたろ?こうやってスマホで色々な動画が見れる。
化け猫 ああ。これか。ほんと何度見てもたまげるな。
翔平  この動画も、どんどん短いものばかりになってる。
化け猫 短いもので楽しめるのか?
翔平  まあ、それは作ってる人間が色々工夫をしているからな。面白いぞ。インパクトの強いものが多いような気はしているが。
化け猫 多くの人間に見てもらうのであればそうするだろな。
翔平  動画だけじゃなくて本とかもだな。最近だと10分程度で読めるものとか・・・・・・100、200字で完結するような話とかが流行っている。
化け猫 それは驚きだな。そんな短くて話が完結するのか?
翔平  まあちゃんと成立してるよ。
化け猫 書かないくせになんか偉そうだな。
翔平  ほっといてくれ。まあとにかく、どこを見てもサクッと見れる、読めるものが増えている。年々短くなってる気がするし、流行の移り変わりも早い。
化け猫 時代に合わせて・・・・・・ってことなんだろうな。お前は不満そうだが。
翔平  いや?不満なわけじゃないけど?実際、勉強なんかの合間にそういう動画とか見たりするしな。作ってる奴らは普通にすごいって感心する。だけど・・・・・・
化け猫 だけど?
翔平  少し疲れるんだよな。なんだか娯楽ですら俺を急かしてくるようで。
化け猫 ほんとお前は面白いことを言うな。本当に中学生か?
翔平  失礼だな。俺が真剣に語ってるって言うのに。
化け猫 悪い悪い。
翔平  あと・・・・・・
化け猫 あとなんだ?
翔平  長いものを蔑ろにされたくない気持ちもある。
化け猫 蔑ろにされてるのか?
翔平  いや、そう言うわけじゃないけど。なんだかこの先そうなったら嫌だなって。
化け猫 本、好きだもんな。お前。
翔平  短いものはサッと見れて手軽だ。だけど手軽さでは得られない感動というか・・・・・・そういうものがあると思うんだ。
化け猫 お前・・・・・・本当に中学生か?
翔平  何度も聞くなよ。中学生舐めんなよ。
化け猫 悪かったよ。まあ、さすが・・・・・・とでも言うべきか。
翔平  どう言うことだ?
化け猫 ああ、なんでもない。気にしないでくれ。
翔平  そうか?全く、たまに変なこと言うよな、あんた。
化け猫 化け猫だからな。
翔平  それ答えになってるか?まあいいや・・・・・・あんたみたいに、人間も長い時間を生きれるようになったら、時間にせかされることもないのかな。
化け猫 そういうわけでもないだろう?実際、人間の平均寿命は伸びてるのに、そうやってせかされてるんだろ?
翔平  ああ。たしかに。
化け猫 ただ長い時を生きるというのも虚しいものだぞ。
翔平  大事なもの・・・・・・あんたにとってはこの庭園と茶屋か。それがあるからこそ生きてられると。
化け猫 まあ、そんなところだ。短い人生においてもそうじゃないか?
翔平  どういうことだ?
化け猫 時間が有限であっても、大事なものは必要だ。しかも取捨選択する必要がある。そんなにたくさん持とうとしたらあっという間に人生終わってしまうからな。
翔平  たしかにな。大事なものがわかっていれば、こうして時間にせかされることもないのかね。
化け猫 おそらく、な。知らんけど。
翔平  せっかくいいこと言ってるのに最後の一言で台無しだな。
化け猫 これくらいいい加減の方が生きやすいぞ、少年。
翔平  そんなもんかね・・・・・・
(了)


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