悪魔的〇〇

「悪魔的」と形容することはないだろうか。
蔑むときではなくて、何かの技術が信じられないくらい高いときなどにだ。
あまり使わないだろうか。
悪魔的に美味い、ならどうだろう。
俺は食べたことがないが、悪魔的うまさの悪魔のおにぎり、なんてのがコンビニで発売されて話題になったことがあった。まだ売っているのだろうか。
悪魔がどうしたかというと、俺も悪魔的〇〇がほしいという話しだ。

俺は至って平凡な人間である。
小学生の時からずっと背の順では真ん中か、それより少し前。
徒競走でも持久走でも平均的タイム。
野球部では強豪中学でも弱小高校でも万年補欠だった。
勉強も可もなく不可もなく、といっても数学は絶望的に出来なかったので文系の三流大学に入った。
容姿も並みだと自負しているが、果たしてどうだろう。
とにかくすべて、THE平均て感じで、人より得意だなぁ、とか、これは自分に向いているぞ、ということに出会ったことがまずない。

なので、俺にも何か悪魔的〇〇があればいいのに、と妄想するのだ。
そういう事情であれば、悪魔とか天使とか関係なく、単純に〇〇の才能があればなぁ、で良いではないか、と思うかもしれない。
そうと言えばそうなのだが、才能は生まれた瞬間から決まっているのに対し、悪魔的〇〇ならば今からでも手に入れられるかもしれないではないか。
悪魔と契約すれば。

アメリカの伝説的ブルース・ミュージシャンのロバート・ジョンソンは、悪魔に魂を売り渡すのと引き換えに驚異的なギターテクニックと歌を身につけた。
ミシシッピ州クラークスデイルの49号線と61号線の交差点でのことだ。
そして、悪魔との取引が真実であったと証明するかのように27歳で毒殺されるのだ。

ということで、悪魔と契約すれば、今からでも俺も物凄い何かを身につけられるかもしれない。
しかし、とっくの昔に27歳なんて超えている俺に、ロバート・ジョンソンばりの契約は無理だ。
というか寿命を差し出すなんて数年でも御免こうむりたい。
ミュージシャンというのはいつの時代も人気も需要もあるものだし、大きな力ほど代償も大きいのだろう。

なるべく欲張らずにいかないといけない。
どんなものなら良いだろう。
仕事で役立ちそうなものを考えてみる。
・悪魔的営業力
・悪魔的事務処理能力
これだったら、どんな会社でも重宝されるだろうし、給料だって思いのままだ。
何せ悪魔的なんだから、日本一くらいの売り上げは軽いだろう。
しかし実績がないところからのスタートなので、恩恵を受けるまで時間がかかりそうだ。頑張って実績を作って超高給の外資系企業に転職しようと思った矢先に代償として殺されてしまいそうだ。というか悪魔的営業力はあっても英語力はないので外資系には入れないかもしれない。まぁ日本企業をターゲットにしても殺されるのは避けられなさそうだ。

代償が小さく、かつ他に会社で役立ちそうな能力はないか。
・悪魔的太鼓持ち
これならすぐ殺されることはなさそうだ。
めちゃくちゃに太鼓持ちが上手いので、めちゃくちゃに上司、役員、社長に気に入られる。給料もアップする。
一番のメリットは悪魔的に太鼓持ちが上手いので、太鼓持ちされている本人は勿論のこと、他の社員も太鼓持ちに気付かないということだ。
だから、妬みも軽蔑も受けない。
役職は上がらないようにしてもらい、給料もバレないようにする。
問題は自分の能力、職務は変わらないのに、待遇だけが異常に良くなることに精神的に耐えられるかだ。
もともと自己肯定感の低い俺には無理だろう。

もう少し、日々のさりげない悩みに目を向けた方が良いかもしれない。
・悪魔的に蚊をとるのがうまい
・悪魔的に目薬を差すのがうまい
これくらいなら下手でも我慢した方がよい。

・悪魔的寝つきの良さ
・悪魔的寝起きの良さ
これはいい。病気になってからというもの、人間、健康が一番の宝物だと感じている。ところが、健康そのものを願ってしまうと悪魔的健康などというワケわからんパワーワードが誕生するだけでなく代償がとてつもなくデカくて実際にはすぐ死ぬという本末転倒な結果が目に見える。
その点、健康に大事な食事・睡眠・運動の三大要素の中で一番即効性のある睡眠に寄与する力は良い目の付け所だ。
俺は寝つきも寝起きも悪い。どちらかを選ぶなら、朝はとにかく気合で頑張るとして、寝つきを良くした方が体調には良いかもしれない。
寝る直前までスマホを見ていても、昼寝しようとした時に選挙カーが大音量で走っても、すぐに眠りの中だ。
ただ、この程度だと何だか自分で努力した方が良いのではないかという気もする。

父親を悪魔と契約させるという手もある。
・悪魔的に寝言が面白い父親
これなら、寝言がうるさく感じないどころか、早く寝言を言ってほしいと心待ちにするかもしれない。深夜ラジオのごとく。
いかん、それではやはり寝不足になってしまう。
録音しておいて、通勤時間に聞くことにしよう。

しかしやはり本命は自分だ。
料理がまったくできないので、そちら方面の可能性も検討の価値ありだ。
しかし、悪魔的に料理がうまい、だとこれまた代償が計り知れない。
いかに限定的にするかが肝だ。
・悪魔的に焼き物だけうまい
日本料理なら焼き物だけ担当する焼き場があるので、焼き物限定でも相当な評価を得られるだろう。ということは代償もデカい。煮物でもスープでも同じ。デザートならパティシエがある。フランス料理だってたいがい分業制だ。

もっと絞り込まねばなるまい。
・悪魔的千切り
これならどうだ。千切りだけが悪魔的にうまい。
ふつうであれば、千切りだけで雇ってくれる店などないだろう。
しかし何せ悪魔的なので何とかなるだろう。
トンカツ屋を渡り歩きながら、全国を放浪して気ままに暮らすのだ。

ガラッ
「こちらで働かせてくれないかい?」
「何だい、やぶからぼうに。何ができるんだい?」
「千切りでしたら」
「なにぃ?そんなので雇えるわけないだろ?」
「そう言わずに一口でいいから食べてみてくださいよ旦那」
タタタタタッタタッタタッタン タタタトントトトトッ
「なんだ?!この流れるような包丁さばきは・・・しかも・・・」
「包丁の音がメロディを奏でている・・・??」
「こ、これは亡くなったお袋がよく歌ってくれた・・・」
「何でか知りませんが、あっしの千切りは食べる前から心に響くらしいんでさぁ」
トトトトトッ タン
「ま、食べてみてくださいよ」
パク、シャクシャク・・・
フラッ・・・・・
「・・・は??いかん、あまりの美味さに気を失いかけてしまったようだ・・・」
「なんだこの千切りは・・・たった今収穫されたかのような瑞々しさと気持ちよいシャキシャキ感、それでいてキャベツの甘味とともに口の中でとけるように消えていく滑らかさ・・・」
「今晩から頼むよ!」

ってな感じで寅さんよろしく、夏は暑いから北へ、冬は南国へと気ままに旅をして、飽きたら東京へ戻り、稼いだ金で千切り専門店を開くのだ。

うん、とりあえず千切りの練習をしてみよう。
ミシシッピへの渡航準備をしている間に、千切りこそ俺に与えられた唯一の才能だったのだと判明するかもしれないし。


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