「ホテルと卵」

あるすぱ短編集4
「ホテルの卵」

世の中には主婦という生き方がある。人の為に家事をしながら過ごす、わからない。たった一度の人生、自分の為だけに生きたいと思う。私は、人に尽くされたいタイプなのだ。
だから、私はホテルが好きだ。嫌いな人はいるだろうか。普段と違う匂い。出かけている間に清掃される部屋。まるで女王様のような気分を味わえる。老後はホテル暮らしをしたい、なんていうのが私の夢だ。

そんな私が手に入れた、この卵。いつも通り、つまらない仕事を終えての帰り道。気分を変えて、ふらりと入った路地で見つけたお店の看板にはこう書いてあった。
『ホテルの卵』

中には一人年齢のわかりづらい男性が立っていた。
「すみません、このお店は。」
「いらっしゃいませ、初めての方ですね。看板の通り、ホテルが孵る卵を売っています。お客様はどのようなホテルをお求めでしょうか。」
なるほど。そういうジョークグッズのお店なのだろうか。ちょっと楽しい気分になりながら、自分の理想のホテルを答えてみる。
「それでしたら、こちらの卵などお勧めでございます」
目の前に出されたのは奇麗に青白く光る不思議な卵だった。
「こちらは三日で孵ります。ただし、生き物ですからね。人間と同じですよ。産まれてから途中で返品なんて事にはいきませんよ。」

信じたわけじゃない。信じたわけじゃないけれど、手元に置いておくだけで少し、人生が楽しくなるというものだ。
ただ、それだけのはずだったのに、三日目、実際に卵が割れてホテルが産まれた。比喩でも何でもなくホテルだ。急に産まれたものだから、会社に連絡をして有給をとる羽目になってしまった。なんて説明をすればいいのかわからず、あやうく自分が子供を産んだと誤解されてしまいそうになったのは困った。

「おぎゃあおぎゃあ」
ホテルが泣き出したが、初めてのホテル育てでどうしたものかわからない。何とかお店に連れていくと
「はは、それはお腹が空いてるんでしょう。最初に言ったでしょう。人間と同じですよ。人肌のミルクを飲ませてあげてください。」
 それからは大変だった。ホテルが泣いてはミルクを飲ませ、おむつを替え、抱っこして揺らしてあげる。自分の時間など無くなり、起きている間の殆どはホテルの為に尽くす時間となった。ただ、大変ではあったが、幸せでもあった。自分がこの子を育てれば、将来が安泰なのだ。自分の為の苦労と変わりない。
 
……ただ、気がかりなことが一つあった。この子は一体どのぐらいで大人になるのだろう。店主はなんて言ってただろうか。
「人間と同じですよ。」……二十年で大人になるならいいけれど、人間の大きさになるまで二十年だとしたら。私はどのぐらいの大きさのホテルって答えたんだっけ……。

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