2.『7月18日 〈1〉』
7月18日
画面に映るふたりのリズムを聴くとフワり緊張が解け、体のどこかが開いた感じがした。
このふたりの会話、瀬下さんと佐伯さんの会話に似てる。
互いでつくりだすリズムや言葉を放つタイミング。ただ、違うのは画面のふたりは関西弁で、瀬下さんと佐伯さんはこの町の地元訛り。だからやっぱり、このふたりはあのふたりに似てないような気がする。
保健室を出てすぐ志乃ちゃんに話しかけた。
なにから言おうか迷ったけどわたしは「土曜か日曜遊ぼ」と、多分そんなことを言った。
志乃ちゃんは無言で驚いたような顔をしたから、自分の声がちょっとだけ大きすぎるのだと内心そう思って「無理だったらいいけど」となぜか拗ねたような表情をつくり、そうすると志乃ちゃんは笑って「いいよ」とだけ答えてくれた。
嬉しかった。
素直に嬉しかったのはきっと、自分をどこか志乃ちゃんとは別の、違う場所に住んでいる人間だと自身を卑下していたからで、そんな自分をたった三文字で肯定してくれたことがとても嬉しかった。でもその後の「彩花とカトエマも誘っていい?」という言葉に、それだけの言葉に、胸が苦しくなった。二人ぼっちだとやっぱり気まずくなるからか、それはでも、今じゃ当然に思える。だってわたしと志乃ちゃんは、あの日以外全く話したことがないから。
パソコンを閉じて、洋服ダンスを開くと薄荷みたいな匂いがして扉を閉めそうになった、がどうしても服は着なきゃダメだ。
いつもはタオルで済ます髪も、今日はドライヤーと櫛を使って梳かした。
なにをそんなに力む必要がある?
なんか急に、バカバカしくなってきた。
漫画読んでゲームして、散歩に繰り出すいつもの休日でも。
いや、でも。
志乃ちゃんに話しかけたあの日の自分を想うと。
だいぶ前に、お母さんに買ってもらった薄ピンクの服を着た。
出かけるときはジャージみたいな服を着て、そのジャージみたいな服にはポッケがあるから財布とか鍵とかしまえるが、この服にはそれが無いからどうしたものか。
わたしはソファーに寝そべりまぶたを閉じる。
志乃ちゃんが話しかけているのを見て、はじめてあそこの二人が彩花とカトエマだと認識できた。
この感覚は二人にもあったようで、向こうも志乃ちゃんがわたしに話しかけてくれるまで認識できていなかった。
「"その服"かわいいね。どこに売ってたん?」
「どこだっけ」と返すと彩花が鼻で笑った。
あ、こいつ思い出した。1組の両野彩花。
小学生の頃、荻さんの悪口を言いふらしていじめてた奴だ。
「それこの前と違うやつ?」
「リカと写真あげとったの見たばい。博多の駅前んとこやろ?」
「上はね。下が天神でサンダルは大名の古着」
「それ古着? むっちゃいいね!」
「てか志乃なんでも似合うのマジで羨ましんやけど」
「ねー、スタイルも良いし」
「そんなことないよ。カトエマだってスタイル良いやん」
「まあねえ~」
「否定せんのかい!」
「彩花だって全然良いやん」
「良んやけどウチ細すぎるやろ、この前悠馬に言われたわ」
「なんて?」
「綿棒みたいって」
「えっ酷っ」
「やろ?」
「酷い酷い!」
「バドしかできんくせにいっちょまえにさあ!」
わたしは現在、ATMから出て来そうなおじいさんを見ることしかできてない。
「んで谷田さんは結局”その服”どこで買ったん?」彩花はヤな笑い方をする。
「びっくり市」
盛り上がっていた音が、静かになってから、彩花が「びっくり市?」とわたしの顔を覗いてきた。カトエマはそうしないけどそうしそうな体勢になりかけている。
どうしよう。
もう、帰りたい。
「あたしもちっちゃなころ買ったことあるよ。でね、買った服はすぐ着たいけんすぐ着たらビビンバの赤いタレこぼしてママに怒られてね。でもパパがそれなんか柄みたいでかわいいやんって言ってくれて服見たら本当に蝶の柄みたいになってて、あ、これ嘘やないけん? 信じてね!」
志乃ちゃんは自分のことを『あたし』と言い、お母さんのことを『ママ』と呼ぶ。お父さんのことは『パパ』と呼ぶ。それはなんか意外で、でもそれを知れたことが嬉しくて、こんなにコロコロ表情を変えて早口でしゃべる志乃ちゃんも意外ではじめてで、わたしはすぐに生まれたばかりの喜びを抱きしめ頬をすり寄せた。
「まあ、あたしの話は置いといて! 今日はなにをしますかねえ~」
志乃ちゃんはそう言って上を見、空に向かって微笑んだ。
そんな志乃ちゃんにさっきのおじいさんが道を尋ねた。
志乃ちゃんの綺麗な指先がモールを示している。
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