10.『7月31日』


 谷田遥香


 
インターホンの音で目が覚めた。首をもたげた扇風機の羽は静止していた。
 着替えてスコープを覗くと昨日と同じ、体の大きな警官が立っていたのでドアを開けた。
 「頭の検査の資料が入っている」と説明していたがうまく話が入ってこず、資料は受け取り、その警官は帰って行った。

 わたしと彩花は交番に連れて行かれた。
 わたしは紫になった額のこぶと頭部を手当てしてもらい、彩花は脚の手当てを受けたが貼られたばかりの絆創膏をすぐに剥がしわたしを睨んだ。脳がピリピリして睨み返すことができず室内の電灯を見ていた。小さな虫が光めがけ体当たりを繰り返し不吉な音を立てていた。
 喧嘩についてはあまり聞かれなかったがある男について、かなり聞かれた。
 「最近この町で変質者が出る」と警官は言った。
 その男が起こしたとされている事件は二件。
 小学校に侵入しシュロの木を焼いた事件。もう一件はガラクタ公園の遊具頂上から子供を突き落とし怪我をさせた事件。
 どちらも近所で驚いた。そしてきっと犯人はベンチにいた男であの男はそんなことをしているのかとも驚いた。ただベンチの男について話す気力が無く脳はビリついたまま車で家に帰された。
 見慣れた町の光と車内窓に薄く反射する自分の顔を見流しながら、やはり話そうと顧み、しかし寸前で家の駐車場に着いた。ミラー越しに警官の両目が「なんでも言ってね」と語ってきたような気がしたが、なぜかそれが害ある敵のまなざしに見え、その意思が反映されたのかわたしは喋らず開いてるドアを強く閉めた。
 ゆっくり迂回するヘッドライトが町の一部を照らしながら、車体は道に溶け込んでいき、わたしはこの夜の短い闇になるように歩き、自宅に続く階段の13段目で、この町からあの男を隠そうとしているのではないかと、なぜかそういう考えが頭を過った。理由ははっきりとはわからない。
 あの男とわたしは、何かが似ているからだろうか。

 疲れきったまま寝てしまった。カトエマの家には辿りつけずに。
 だから今日、アドリブで、カトエマ達を食い止めるしかなかった。

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