13.『同日 谷田遥香②』



 寂しい横顔に突き刺さるジョークの一つでも。わたしが今できることは笑わせること。佐伯がわたしにやってくれたように。
「目が細くてね。細いやろ?」
 慧くんの顔にまだ車内の面影が残ってる。
「見て細いやろ?」
「さっきより細くしたよね」
 試食コーナーで二人分もらったベーコンとヨーグルトで両手が塞がってる。わたしはベーコンを口のなかに放り込みヨーグルトで流し込んだ。笑えてくるほど食べ合わせが悪くちょっと吐きそうになった。
「体育の佐々木おるやん?」
「おるね」
「わたし的にはいたって真剣に話聞いてたんだけど佐々木が話の途中、急におらぁ! って叫んで、何事っ!? ってなって佐々木の怒りの対象者キョロキョロ探してたんやけどあきらか佐々木わたしの方向いてて。あ~なるほど。わたしの前の人がなんかしたんやってホッとしたんやけどお前じゃお前ぇ! っておもっきし竹刀で顔さされて今お前寝てただろ! って、そっから職員室呼ばれてさぁ。あんときゃ半ベソかいちまったよ」
「細かったから勘違いされた?」
「それもあるけど寝てたのもある」
「いや寝てたんかい」
「あとナメクジに似とるねって言われたことある」
「佐々木に?」
「親友やと思ってた子に。塩かけられたら消えちゃうね~ってしか言えんかったよ。あ、あとね」
「谷田。もう、平気だから」
 やっぱり、しっくりくる。この不安にも似た幸福そうに笑う顔。
「そんな自虐的にならなくても人は案外簡単に笑うよ。それにさ、辛いだろそういうの」
 辛くないよ。あなたが笑ってくれるのなら辛くない。
「谷田は、服好きか?」
「え? 好きだよ。似合うかどうかは別として」
「やめろってそれ。好きならさ、一着選んでくれないか? 俺あんまセンスないから」
「そうなの?」
「アラケンとかおしゃれだろ? 俺はあんまりなんだよ。だから、あ、でもお金はそんな無いからできるだけリーズナブルでお願いします」
 緊張する。でもなんだろ。嬉しい。
 わたしはちょこっと距離をとり慧くんを見る。はにかむ感じでデニーロポーズで笑っている。
 慧くんは、まず、細身だ。
 全体のバランスがとても整ってる。背は165センチかそんくらい。身長を活かしたコーデに、いや、まって。逆に、逆に身長と合っていないサイズの服でアンバランスというかアシンメトリーというか、いやアシンメトリーはそもそも意味が違う。だからようするにピチピチのシャツを着てヘソなんか出しちゃって、まって、それはダメ。セクシー過ぎる。セクシー過ぎてごめんなさい状態になっちゃう。え、誰が? わたし? そのセクシー過ぎる慧くんを見て興奮したわたしがセクシー過ぎてごめんなさい状態ってこと? それともピチピチの慧くんが服を着た時点でセクシー過ぎてごめんなさい状態ってこと? それともなにか? こんなこと考えてるわたし自身がセクシー過ぎてごめんなさいってこと? そもそもセクシー過ぎてごめんなさいってなに言ってんのわたし。
 選ばなきゃ。選ばなきゃ一着、たかが一着されど一着。責任重大だ。そうだサイズよりまずは色だ。慧くんの顔や体が引き立つ色はなに?
 問題です。デデン!
【北沢慧に最も似合う服の色はなんでしょう】
 シンキングタイムは10秒! よーいスタート! おっと福岡県在住谷田遥香さん速かった! それでは答えをどうぞ!
 青!
 青? どんな?
 どんな?
 青にも色々ありまして、それを答えてください!
 えー水色、も似合うし、スカイブルーはちょっと違うしアクアマリン、もちょっと微妙、あさぎ色は緑っぽい? あれ、あさぎってどんな色だっけ? うーん悩む、ターコイズもシアンも明る過ぎるし慧くんはもっと水面と海底のちょうど真ん中あたりのブルーなんだよなぁ、コバルト、あ、うんうん近いかも、瑠璃色、は濃いか。あ、でも近いな、群青、紫っぽいかな、あれ、まって、なんでわたし気づかなかったんだろ、慧くんに似合うのは青じゃない。青よりも紫だ。青よりの紫、つまり群青色だ!
 さあそれでは谷田遥香さん、答えをどうぞ!
 群青!
 せえええええいかい!
 やったぁ!
 正解した谷田さんには30ポイントプレゼント!
 よしとりあえず30ポイントはゲットした。あと10ポイントで現在1位の谷田遥香と並ぶ、次だ。次とらなきゃ。
 さ! 次で最終問題! この問題に正解するとなななんと100ポイントさしあげちゃいます!
 え、ちょっとまって嘘でしょ? それだと3位と4位にも1位になれる可能性があるってことじゃない! 絶対とらないと、よし、負けないぞ。負けるなわたし。
 続いての問題にまいります! クイズ北沢慧!
【北沢慧に似合うネックはなにネックでしょう】
 
 A.スリットネック

 B.ラウンドネック

 C.ブイネック

 D.タートルネック

 よかった。本当によかった。志乃ちゃんに服を選んでもらったあの日から少しだけ服のことを勉強した。もちろんネックのことも本に書いてあった。まずスリットはない。慧くんはサッカー部だから暑がり。となるとタートルも俄然無い。二択だ。これは二択。ラウンドかブイ。どっちだ。ラウンドは名前が特殊だけどTシャツは大体ラウンドネック。だからそもそもこれが正解だとしたら普通過ぎる。問題にする意図がわからない。よし、決めた、答えは、
 おっとここで現在4位の谷田遥香がボタンを押した! さあ答えをどうぞ!
 え~Cのブイネック。
 本当に、Cでよろしんですね?
 はい。
 せええええええかあい! 見事優勝したのは谷田遥香さん!
 よっしゃあ! ありがとうございます!
 さあ谷田遥香さん優勝した今の気持ちはいかがですか?
 前半は1位の谷田遥香にぐんぐんポイント差をつけられて2位の谷田遥香も順調にポイント稼いでて終わりかと思いました。でも優勝しました!
 最後に今見てる全国の谷田遥香達に一言お願いします!
 え~、次に優勝する谷田遥香は君だ! なんつって!
 ありがとうございました! さあ来週は一体どんなドラマが生まれるのでしょうか!? 司会はわたくし谷田遥香がおおくりしました! それではまた来週!
「これはどう?」
「いいね。首もと涼しそう」
「試着してく?」
「いやいいよ。あんな顔してまで選んでくれたんだから買うよ」
 くだらない台詞で頭のなかを埋めた。わたしのなかではしゃぐ志乃ちゃんの声がとても怖かったから。



 サッカー部OBの山条さんじょうが働いているというボーリングフロアにこっそり入れてもらい、シューズ代だけ払ってボールを投げ合いっこした。わたしはスペアを一回、慧くんはストライクを二回出した。ハイタッチできた。手のひらがジンジンしたけど痛いと感じなかった。英語禁止ゲームをして慧くんがすぐ負けた。もう一度しきりなおしたけどまた負けて次も負けていたがボーリングはわたしが負けた。
 山条は「また来いよ」と言っていて慧くんはやっぱり人付き合いがうまいんだなと感心した。「すごいね」と伝えると意地悪な顔で「タダになるからだよ」と笑った。慧くんのニヤケ顔で笑みに不安と幸福が混在している理由がわかった気がした。
 映画館にも知り合いが働いているそうでタダで観れると言っていたがその知り合いはいなくて諦めた。
 こってもないのに100円入れてマッサージ機に座った。慧くんがパワーを「強」にして悶絶していた。わたしも同じに「強」に入れ替えた。なんか内蔵機械が変な動きをはじめて気持ちよくも痛くもなかったから背中で背もたれを押すと今度は変な音を立てはじめたから係員が来ないうちにさっさと立ち去った。
「腹減らない? なんか食べようよ」
「なんか食べよ」
「あ、でも、もうすぐビートルズのライブはじまっちゃうか」
「いいよ。偽物だし」
 ビートルズ好きのおじちゃんたちで結成されたコピーバンドの演奏がもうすぐはじまる。一度ここで演奏を観たことがあってそのとき良いなと思った。偽ビートルズの偽演奏を聴きたい。でも二人でなんか食べたい。
 突然慧くんが前に飛ばされ倒れた。驚いて、何かから身をかわし慧くんのもとへ行く。わたしたちの前に男二人が仁王立ちでいる。
「後ろには気をつけねえとな」
「どうだ兄ちゃんの飛び蹴り!」
 二人はまじまじこちらを睨んでいる。とくに背のちっこい方がギョンと強く睨んでる。
「慧くん立てる?」
「ああ」
「おいお前シカトこいてんじゃねーぞ」
「誰だよお前ら」
「お前は知らんかもな。でもお前は知っとるやろ?」
 背のちっこい方は更に睨みを効かせてきた。背のちっこさとジェルでガッチガチのツンツンに固めた髪型のせいであんまり怖くない。
「あんときゃ世話になったよ。てめぇんとこの苗木と荒垣に」
「知り合いか?」
「わかんない」
「とぼけんな! 俺だよ。山本だよ」
 あ、バドミントンの大会で悠馬とアラケンに負けた山本兄弟だ。あの日もこの髪型で試合をやってた。
「兄ちゃんやっちゃれ! はよやっちゃれ!」
「覚えとるやろ俺らの顔」
「顔というか髪というか、覚えてる。お母さんの方が印象強いけど」
 ちっこい方がダッシュで向かってきてわたしの服を掴み、それをどかすと慧くんのむなぐらに掴みかかりその勢いのまま頬に拳をぶち当てた。
「なんかオレさぁ。なんかおかしんだよあいつらに負けてからこの夏。気分とかじゃねえ。別にあの試合に未練があるわけでもねえ。ただ変なんだよ。お前らぶちのめしたらこのモヤモヤどっかいってくれると思ってさ。お前らにゃ恨みはねえ、けど見かけちまったもんは仕方ねーよなぁ。やっちまっていいよなぁ。ごめんなぁ。運悪かったなぁ」
 ちっこい方のそのだらしのない窪んだズボンに向かって走り効き脚を突き出す。脚は腰あたりに当たらず肩に当たってしまった。自分もそれが予測できてなかったので驚いたが近くで見るとなんだわたしより背がちっこい。だから首にと納得してそのままのスピードをちっこい方に乗せると軽く吹っ飛んだ。
「谷田! 行こう!」
「え?」
「走るぞ!」
「兄ちゃん立て! あいつら逃げる!」
「どっち?」
「こっち!」
「こっち?」
「違うこっちだ!」
 腕が慧くんの体の方に伸びて自分の体に力を入れてなかったから一瞬浮いてそのまま前へ進みはじめた。
 モールの外に出るにはこの人集りを通る必要がありその人集りに紛れるように慧くんは「すいませんすいません!」と観客をかきわけながら進む。このイントロは「I Want To Hold Your Hand」。
 慧くんが握ってくれてる手首と違う手首を握られたので両腕が違う方向ずつ伸びきった。異変に気づいてくれたのか慧くんが止まった。
 わたしは慧くんじゃない方を見る。肩くらいの長さのモジャモジャ頭の男は別にわたしを見てなくて片手で持っているノートパソコンの画面も見てない。ただ人ごみのなかで偽ビートルズのパフォーマンスを楽しんでいるように笑ってる。
「聴いてかないの? 来日してるんだぜ?」
「すんません俺ら急いでるんで!」
 一気に引っ張られ体はついてけず転けそうになったがなんとか力を入れた。男は「青春だね!」と演奏に紛れ叫び、アゴで駐車場の方をさした。さした方には一台だけタクシーがとまっていてお礼を言う暇もなく走った。
 人集りの中から特別大きな声で「おもしろい!」と聞こえたがそれは多分モジャモジャの声だ。
 慧くんがドアをノックするとトビラが開いた。「とりあえず出してください!」と連呼し運転手は全てを察したのか無言でトビラを閉めアクセルをゆっくり踏んだ。人集りから抜け出した山本兄弟が遠くなっていく。わたしは自分の手首の温度を慧くんの手で測る。よかった、まだ繋がってる。

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