18.『花火大会前日 谷田遥香』


さとしくんのこと好きじゃないかも」
 瀬下せしたは緑のジュースを口から吹き溢してしまった。買ったばかりの山茶花さざんか柄のジャンパーにかかってないか心配そうにして店員を呼んだ。
 一夜で志乃しのちゃんが欲しそうなもの全て手に入れたのになんだかどうしてまったく嬉しくない。この一夜があれば笑えると思ってた。でも全然笑えない。
「あんなに好きやったのにどうしてなんだろ」
「キス寸前までいったんやろ!? なのにさあ! どうしてそう!」
「声でかいって」
「だって寸前までいったんだぜ!? 勿体無い勿体無い!!」
「やめてお願い」
 瀬下は笑ったがなぜかイライラしてるようにも見えた。
「あれだろ? むっちゃレベル上げてあとはラスボスだけやってときに冷めちゃうあの感じ」
「これはRPGじゃない」
「わかっとるわ。なんて言うんかなあ、ほら、テスト勉強しようと思って部屋の片付け、は、違うな。前日楽しみにしてた友達との約束、当日になったら面倒になる、も、ちょっと違うか」
「なんだかわからないのこの気持ち。志乃ちゃんには絶対負けたくないって、絶対慧くんをゲットしてやるって息巻いてたんだけど、その気持ちもなんか無くなって、でも確かにあってさ。ねえ瀬下、これがいわゆる恋ってやつなんかな?」
「お前ってホントきしょいよなあ」
「真剣なんやけど!」
「私とて真剣よ」
「鼻ほじりながらが真剣?」
「お前にこれだけはわかってほしんやけど鼻ほじってる奴は鼻ほじるのに真剣なんよ。みんながみんな惰性でくだらんことやってると思うか? 自分がくだらないと思うことも誰かは誰かなりに真剣にやってるんだ! そういう考えが谷田には足りないんだ!」
「わたしが恋の渦中だから?」
「ああうっぜ」
 瀬下は店員に用件を伝えると「まあ谷田は変態やからな」と言い残してドリンクバーコーナーに向かったが、足取りでやはりイライラしてるのが見てとれた。72冊の漫画が460円だったことまだ根に持ってるのだろうか。

 花火大会の演芸部門で、瀬下は佐伯さえきと漫才を披露するらしい。
 保健室で話したときからちょっとは気づいていたが、やっぱり瀬下は芸人を目指すらしかった。
 高校を卒業したら東京のお笑い養成所に入るらしい。でも最近、佐伯がネタ合わせをサボっているからついに口論になり口もきいていないとか。瀬下は佐伯がコンビを組んでくれなかったら上京はしないと言っていた。それはありえないのではないかと尋ねると鼻で笑って「ありえるのがあいつ」だと断言した。
 ネタを作成して、ネタ合わせして、どうせならやっぱり本格的に漫才衣装もこだわりたくなったらしく今日、その衣装を買うために瀬下は家にある漫画やゲームハード。ソフト。DVD。CD。小説。大切であろうエアガンまで持ち出してこの町のリサイクルショップをまわった。
 「beach」という店で漫画を72冊買い取ってもらったがそれは460円で酷いものだった。陽に焼けてページが痛んでいたらしい。わたしもつかのま言葉を失ったし瀬下もかなりショックを受けていた。
 店を出て、瀬下の家に次の売り出しものをとりに行くとき「終わりとはじまりはいつも切なくて慣れんよ」と遠い目をして言っていたがあれは瀬下なりのボケだったのかもしれない。なんとなくだがそういうのは佐伯が言いそうな台詞に感じた。
 漫画はダンボール2つに分けて一つずつ持ってった。漫画を持ち出すとき瀬下の部屋には何箇所かに積み上げられた物がたくさんあったから、ああ、これは瀬下の家を往復しないとなと思って実際何回か往復した。
 「プワゾン」でゲーム、それから小説とエアガンを売った。460円より高く売れた。8960円。瀬下はびっくりして喜んでいた。その喜びの勢いでアイスを奢ってもらった。想像の金額より上だったのだろう。そのあと「まんだら」でレコードを2枚、子供の頃遊んでいたというシルバニアファミリーとお人形、トレカなど。合わせて22910円。これにはびっくりし過ぎて瀬下とおもわずハイタッチせざるを得なかった。レコードを聴くのは意外だったけどそれについて尋ねると瀬下は「悪いか?」となぜか攻撃的な態度をとった。なぜそんな態度をとってきたのかは謎だが寝る前と起きた後に聴くらしかった。
 瀬下が欲しいと言っていた山茶花のジャンパーはちょうど3万円らしく、それは小倉こくらのリバーウォークに売っていて、小倉までのバス代は物を売った金額からわたしの分出してもらった。ジャンパーはとても厚手でかっこよく、瀬下の体型、とかより性格にぴったりで内側がファーみたいにふわふわなのもぽくって良いなと思った。瀬下は機嫌が良いのかファミレスの分も出すと言ってきたがさすがに悪いのでそれは自分で出すと言った。瀬下は嬉しそうに「別にいいのに」と笑った。

 店員がテーブルを拭き終わり厨房に戻る。それと入れ替わりで瀬下がテーブルに戻ってくる。ニヤニヤしてる。気持ち悪い。
「谷田にお客さん」
 志乃ちゃん? どうしてここに?
「ジュースついでたら偶然。谷田のこと話したら顔出したいって」
「どうしたの? 具合悪いの?」
「いや、べ、具合は平気。それよりなんでいるの?」
「いちゃ悪い?」
「悪くないんだけどただ気になって。カトエマ達と一緒?」
「一緒じゃないよ。最近会えてない」
 瀬下を見ると金曜日にやってた実写映画の死神みたいに笑っている。
「ねえ聞いて。あたしね、映画に出るの。映画だよ? すごいでしょ?」
「す、すごいね。今のうちサインとかもらっとこうかな」
「ええ~気が早いよぉ。まだ出てないんだからさ」
 言葉が出ないでいると急に店内の音が大きく感じ慌てて志乃ちゃんを見た。志乃ちゃんもわたしを見ていた。鋭い両目で獲物を今まさに狩ろうと狙ってる獣のように。
「ねえ、今、その映画について打ち合わせしてるんだけど二人も参加しない?」
「なんでだよめんどくせえ」
「する」
「マジかよ谷田ぁ」
 瀬下はだるそうな表情をしたが志乃ちゃんは別に表情を変えてない。ここを引いたって慧くんとの思い出に変化は無い。でもここで引いたらあの思い出の価値がまったくもって皆無になり下がる気がする。
「わかった。頼んでみるね」
 志乃ちゃんが席に戻ってく。わたしはすでに背筋から負けてる気がする。
「負けれんばいこれは」
「帰っていい?」
「だめだめいて! お願いだからいて! さっきから震えが止まらんのよ」
「わかったよ。わかったからそんな顔すんな」
 志乃ちゃんは三人を引き連れやってきた。あきらかに学生では無いモヒカン頭の大男と、あれ、この人、どっかで。
「あれ? 君ビートルズのライブにいた子だよね」
「知り合い?」
 荻美咲。なんで荻さんが志乃ちゃんといるんだろう。それよりこの男思い出した。偽ビートルズのライブで手首掴んできたモジャモジャ。
「知り合いっちゅーかモールで会ったんよ。そん時は男の子と走ってたよね」
 なぜモジャモジャと志乃ちゃんが? どういう状況?
「大原さんから話聞いてると思うんだけど僕達今映画を撮っててね。大原さんに手伝ってもらうことになって。んで、さっき聴いちゃったんだけど谷田ちゃんも手伝ってくれるって本当?」
「手伝うってなにをすればいんですか?」
「あのシーンやってもらう?」
「俺はいいと思うっす」
「ナベは?」
「うーん。大原ちゃんはぴったりだけど、どうだろ、ちょっと話聞きたいかも」
 この三人。妙にアイコンタクトが多い。
 志乃ちゃんを見る。笑ってない。だからわたしはせめて笑ってみせた。

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