17.『花火大会前日 大原志乃』



 この町であんな事件が起きたなんていまだに信じられない。

 7月31日午後18時30分頃、××貯水池の橋付近で爆破事件が起きた。何者かが爆発物を設置して発破、そのまま犯人は逃亡。橋周りの木々は煙をあげながら焼け崩れ大破。現場近くにいた中学生3人の通報により大規模な火事はまぬがれた。負傷者無し。死者も無し。警察は最近起きた小学校放火事件との関連性を調べている。

 ママの「気をつけなさいよ」という言葉が頭から離れないでいる。カトエマ達は大丈夫だろうか、事件に関わってはいないだろうか、もし中学生3人がカトエマ達だったら。

 やめよう。想像だけで不安を広げてしまうのはあまり良いことじゃない気がする。もっとポジティブなこと考えよう。そうだなあ、ポジティブ、ポジティブ、あ、学校にテレビタレント部とかあればいいのになあ。これなんてどうだ? うん、なかなかポジティブだ。そういえばあの配信番組おもしろかったな。野々子邦彦ののしくにひこが女性タレントの口の中に指をつっこんでタレントがえずくとこ。

 あのタレントは確か元アイドルで、辞めてからは女優やモデル、バライティ番組などで活躍している。他の元メンバーが芸能界を引退しても、その波に抗うようにメディアに出続け、あんな風に芸人にイジリ倒されながらそれでも倒れてたまるかと必ずなにか言動で返してみせて。本当にすごい。
 まあ、私生活はだらしないのか、浮気が浮上して、それからブログはいつも炎上気味で、でも、そんな大衆のつぶてをほっぽってネタにして、ネタにされながらも必死で笑いや涙に変換する。

 あたしもあんな風に強くて、面白くてかっこいいタレントになりたい。どんな女性よりも強くありたい。どんなにつまらなくて退屈なことでもとりあえず全力でやるようにはしてる。全力がダメならそれを踏まえ考えて行動してみる。
 勉強は嫌いだけどクラスのみんなよりかは得意だと思ってる。スポーツは好きだけどこれってものが見っけられてない。親友はいないけど友達はたくさんいる。顔だってちょっとは自信あるし、体型も細すぎず太すぎずをキープ。お金はかかるけど服は好き。オシャレだと思えないものを纏ってオシャレにするのが一番好き。あたしはこの町でかなり強い方の女性、でも、それはただの思い上がりだったと今では思うようにしている。


 夏休み直前の放課後、突然谷田やたちゃんが話しかけてきた。最後の授業が終わり下校間際の教室で。

 小学校は同じだったけどあんまり話したことが無く、プールの授業の見学のとき、日陰のベンチでちょっと話したことあるか無いかの女の子で、中学に上がってからは同じクラスが二回続いたけど、彼女とはほとんど無関係だった。だからびっくりだった。いきなり遊びに行こうだなんて。そんな仲でもないけどでもOKした。もしかしたら無意識に谷田ちゃんのことが気になっていたのかもしれないけど多分そうでもない。なにを話していいのかわからないからとりあえず彩花とカトエマを誘った。二人とも渋々だったが了解してくれた。

 駅で待ち合わせて三人と会ったとき違和感があった。別にそんなことないのに"とても恥ずかしかった"。何度も遊びに来たことある場所のはずなのに、いつもと違って恥ずかしかった。
 谷田ちゃんだ。谷田ちゃんの服装だ。今まで遊んできた女子の中でもトップクラスでダサい服を着ていた。小学校高学年生でも着ないような服。
 どんな子かあんまり知らないから傷つけないようにはしていたが、あたしはもう帰りたくなってた。が、谷田ちゃんの提案で一気にその日が楽しくなった。服を選んでくれと頼まれたからだ。とても嬉しかったしホッとした。これでちょっとはマシな服を着た谷田ちゃんとショッピングできる。それに自分をコーディネートするのも好きだけど誰かをコーディネートするのも同じくらい好きだった。
 谷田ちゃんは自分に自信が無さそうだったから思っきし派手な服で強気を纏う。後半はふざけてしまったけど、谷田ちゃんはあたしが良いと言った服をほとんど買った。なんだかやっぱり"恥ずかしかった"。

 北沢くんと合流してからすぐにわかった。谷田ちゃんは北沢きたさわくんのことが好き。

 そこからはあたし、自棄だった。たとえ昨日今日知り合った誰であってもこの勝負、負けるわけにはいかない。あたしは得意な歌ばかりを歌った。谷田ちゃんはなんか聞いたことないロックを歌ってた。北沢くんもロックを歌いはじめたときは焦った。慌てて画面に表示されたアーティスト名を頭にインプットした。

 谷田ちゃんがマイクを口に入れたときは嫉妬した。プロとかがやる、真摯な気持ち悪いボケ。しかも自分が好きな人の前でやってのけた。まるで野々子邦彦のようなボケ。
 ここが腕の見せ所だと気張ったがワードも何もかもが出てこず、ふごんふごん言ってる谷田ちゃんを横目に、あたしはわざとらしい笑みを浮かべ、みんなの目を一人ずつ、確認するように見定めていた。
 どうか笑ってませんように。どうか気持ち悪がっていますように。悠馬とアラケンはびっくりしていた。カトエマも彩花もなにがなんだか状況を飲み込めずにしていた。ただ、北沢くんだけ、ちょっとだけ、笑っていたのだ。それもあたしとは違う種類の笑い方で。

 一人で帰った。

 北沢くんに告白するつもりだったけどすべて狂った。あんなことされた後に告白なんかしても効果なんて無い。告白は成功させたい。ダメもとなんて嫌、必殺技みたいな告白がしたい。そんな告白だけをやり続けながらあたしは大人になっていきたい。

 電車が揺れる。町は変わらず平和っぽいけどあたしは別にそうでもないように利き手を握りしめた。
「その浴衣可愛いね」
 びっくりした。いつからいたんだこの人。てかこの人、見たことある。誰だっけ?
「もうすぐ花火大会だね」
 あ、そうだ、この子、荻さんだ。荻美咲おぎみさき。同じクラスなのになんですぐわからなかったのだろう。
「そうだね。荻さんはどこかにお出かけ中?」
「うん。打ち合わせ」
「打ち合わせ? アルバイト?」
「違うよ。撮影の打ち合わせ」
「撮影?」
「ねえ大原さん。僕の作品に出てくれない?」
「え?」
「大原さんオシャレでしょ? 顔も可愛いし。ねえ、お願い」
「作品って、映画とか?」
「そう。映画だよ。それでね、演者増やそうかなって。で、今日キャスト誰にするかっていう会議やろうと思ってて、でもちょうど良かったよ」
「あたしでいいの?」
「もちろん! ギャラは渡せないけどこの作品はね、完パケしたらコンペに出そうと思ってて。優勝したら賞金10万だよ!? すごいよねこれって!」
「10万!? すごい! あ、でももうすぐ夏休み終わっちゃうよ」
「大丈夫! ほとんど撮り終わってて、あとはラストだけだから。あたしね、大原さんは芸能関係の仕事に就くって思ってるの。当たってる?」
「うん、当たってる」
「やっぱり! だってすっごく可愛いんだもん! あ、あたしね、映画監督目指してて。もしどちらかが有名になったとするじゃない? そしたら対談とかして時代とかつくっちゃって未来に語り継がれたりしちゃって! これってすごくない!?」
 なんだろう、この違和感。この人さっきから誰と話してるんだろう。なんか変な感じ。それに最初と一人称が違うのも気になる。
「ね! やろ! 一緒にビッグドリーム掴もうよ!」
 こんなに喋る人だったんだ荻さんって。なんか学校にいるときと違って明るい。たまにいるよなあこういうタイプの人。
「わかった。やる」
「やったあ! ありがとう大原さん! とっても嬉しい! 大原さんは僕の救世主だ!」
 なんかあたしの心読まれてない? あたしが今心の中で思ってる荻さんのイメージが、そのまま荻さんに投影されてるような気がするのはなんでだろう。
「ジョイで待ち合わせてるから。大原さん可愛いからナベもウコンも即決だよ! 今日から大原さんはあたし達の友達だね、よろしく!」
 あたしは利き手じゃない方で握手した。荻さんが右を出したからあたり前なんだけれど。けど、もし荻さんが左利きだったとしてもあたしはこの手を出していたと思う。そういえば、なんで紙袋の中身が浴衣だってことわかったんだろう。荻さんの位置からじゃ中身が見えないはずなのに。

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