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高校生が卒業式を終えてアニメ「けいおん!」を見た感想

  この春に高校を卒業しました。そこで感じた青春、卒業、日常のことをアニメ「けいおん!」の感想、あと、さよならポニーテールというユニットのことと併せて残しておきます。

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 京都アニメーションの作品のうち、テレビで放映されたアニメを見るのは初めてで、映画は「聲の形」と「リズと青い鳥」を見たことがありました。
 今回は「けいおん!Shuffle」という「けいおん!」シリーズのコミックが新しく出たことや、アニメ「けいおん!」が10周年ということで、自分の高校生活を重ねて振り返る意味も込め、1期、2期、番外編と劇場版を見ました。


描写について

 まず、スマホではなく携帯を使っているところ、カセットテープでの録音等の描写です。アニメが放映された2010~2011年というと小学3,4年生の頃で僕は最近のことのように思うのですが、あの頃はまだスマホはなかったのか……と描写に時代を感じました。

 対照的に親しみを感じたのは、高校生活独特のあの雰囲気でした。それを作り上げているのがまさに描写の妙。これは京都アニメーションの特徴として言われることですが、1期最終回で楽しそうに歌う唯の姿(下の図)や、幕が上がる前のみんなの緊張した素振り、卒業を控えた唯たちに対して複雑な気持ちを抱く梓など、感情の滲んだ描写は挙げればキリがありません。

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けいおん!公式ホームページより
https://www.tbs.co.jp/anime/k-on/k-on_tv/story/story112.html

 冒頭で「リズと青い鳥」という「けいおん!」と同じ山田尚子監督の作品を見たことがあると述べましたが、あの作品も髪の毛一本をとっても登場人物の心情が伝わるような繊細な描写に息を呑みました。


青春について

 突拍子もない発言ですが、青春というものが何なのか、はっきりとは分からないけど、例えるならば惑星のような存在なのかな、という話です。

 青春というものに対しての実感があまりなく、僕はそういう感情が死んでいるのではないかと考えることもあったのですが、アニメを見て感じたのは「過ぎるほど形になっていくもの」なのかな、ということでした。

 地球に住んでいて「地球ってすごい、地球に生まれてよかった!」と常に感じることは難しいと思います。でも、有名な言葉にもあるように宇宙に出て地球を眺め、初めて「地球は青くて美しい星だ。」と感じる人がいます。その感覚に似ていると思うのです。

 考えてみれば、初めて「春」に名前を付けた人も、春の過ぎた夏や秋、冬を経験して「春」と名付けたのではないでしょうか。そう考えると「青い春」というのも春を通り過ぎて初めて意味が分かる気ようながします。

 その中にいるのに全然分からなくて、でもそこから遠ざかっていくほどに輝いて見えるもの。自分自身、中学の卒業式をそそくさと帰ったりしたにもかかわらず、大学の受験勉強をしているときに中学生活が懐かしく思い出されてアルバムを開いたりしたので、そんな風に思いました。

 けいおん!の2期20話「またまた学園祭!」において披露される「U&I」は部室が使えなくなったことや、妹の憂が熱を出したことをきっかけに唯が「いなくなって初めて知るものの大切さ」について書いた歌です。

 しかし、そのあとの部室で二度と学園祭でライブしたりすることもないのだ、と話して泣き出すシーンを見てからだと、僕は、唯が意図してないにしても、人に限らない「今」への思いを象徴している曲のようにも感じられるのです。あの五人で学園祭の舞台に立つことは二度とない。みんなと共に、同じ季節を過ごすことはない。その事実に気づいて初めて泣いた。それも「いなくなって初めて知るものの大切さ」だと思います。

 椎名林檎さんが栗山千明さんに提供した「青春の瞬き」という曲には次のような歌詞があります。

いつも何故か 気付いた時にはもう跡形も無い
伸ばす手の先で消え失せる物程欲しくなるんだ

 瞬間の輝きに心を奪われて、消えた後により愛しくなる。そういうものなのだと思いました。



日常について

 けいおん!では、楽しいティータイムや帰り道などのふとした瞬間に、この時間が終わることや大人になることを感じてしまうシーンがありました。

 先に述べた地球の話に例えると、一面の氷河や大自然を見て「ああ、地球ってすごいんだな。」と感じること。あるいは夜明けの空や月、星座を見て宇宙の大きさを感じ、地球の小ささを感じること。そんな風に、友達と話したり、先生の話を聞いたり、そんな何気ない毎日の中でこれが青春なのかもしれない、とふとよぎること、あるいはこの日常にいつか終わりが訪れてしまうことをふいに感じていたことを、このアニメを通して思い出しました。

 また、2期23話「放課後!」では、唯たちがバンドとしての記録を残そうと曲の録音を試みる話があります。そこで、お茶を囲んだ会話も録音することになるのですが、梓はそれを拒否しようとします。ここには「今」を必死に形として残そうとする唯たちの姿と、形に残すことで古くなることを拒否する梓の姿が見えます。

 先ほどの「青春の瞬き」という曲には次のような歌詞もあります。

時よ止まれ 何ひとつ変わってはならないのさ

 この曲を椎名林檎さんが歌ったMVには”le moment”という言葉が表示されます。これはフランス語で「瞬間」という意味だそうで、この曲にフランス語のタイトルをつけるとしたらこれなのでしょう。青春は「今という瞬間」そのもので、それ以外の何でもないのではないでしょうか。

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 先に述べたけいおん!2期20話で「U&I」を歌う際、唯が学園祭のステージでこんなことを叫ぶシーンがあります。

放課後ティータイムは、いつまでも、いつまでも、放課後です!

 このセリフを発すると周りのメンバーは苦笑いするのですが、部室でお茶を飲んでおしゃべりする「放課後」という時間がバンドのすべてであり、唯たちの青春であるということを簡潔に表現していると思います。


「終わり」と「天使にふれたよ!」

 これは部活動を引退するときにも考えたことなのですが、何かが終わる時に「終わること」について真摯に向き合うことは難しいのだと思います。

 究極的な話をすると、死というのは一つの「終わり」なわけですが、昔の人々は得体の知れない死と真剣に向き合うことを恐れ、「極楽浄土」や「天国」などの概念を生み出しました。常に終わった先のことを考えてしまうのが自然な思考なのだと思います。

 けいおん!の2期最終話と、劇場版で作曲の過程が詳しく描かれる「天使にふれたよ!」は「卒業」という終わりを受け入れる歌だと思います。

 歌詞には

明日の入り口に置いてかなくちゃいけないのかな

という卒業への不安や、

卒業は終わりじゃない

という気づき、

このままでいれたらいいのにな

という心からの切実な願い、

駅のホーム 河原の道 離れてても 同じ空見上げてユニゾンで歌おう!

という「終わり」を受け入れて前に進もうとする姿があります。

 全てがそうではないけれど、卒業ソングというのは大人目線で未来に目を向けて希望を歌うような歌が多い印象があります。この歌は後輩の梓への愛を歌いながらも、卒業を目の当たりにした女子高生たちの等身大の戸惑い、それを受け入れる決意が投影されている点で素晴らしい曲だと思います。


「さよならポニーテール」について

 もう一つ、実は僕が最初に聞いたけいおん!の曲は「天使にふれたよ!」なのですが、それは「さよならポニーテール」というグループによってカバーされたものでした。

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 その「さよならポニーテール」についてもここに書いておこうと思います。少しファンレターじみたものですが、自分の高校時代の要素の一つだと思うので。

 「さよならポニーテール」とは、簡単に説明すると5人の女性ボーカルと作曲やイラストなどを手掛けるその他の7人による12人のグループです。

 僕はまだすべてのアルバムを聴いたわけではないのですが、気が付いたころには好きになり、次のテストで目標を達成したらアルバムを買うと決めたり、昼休みにお弁当を食べながら、模試から帰るバスに揺られながら、眠りにつきながら聞いたりしていた高校時代の一部のような存在です。

 そんな彼女たちの曲に、僕はいつも「過ぎ去ってしまった側」の匂いを感じていました。恋心とかファンタジーな世界観を歌っていても、どこかにこの物語はもう戻ってこないんだという影がちらつくような。うまくは説明できないけれど歌詞だけではなく、音や声にそれを感じることがありました。

 例えるなら、彼女たちの曲は「地球」という惑星に住んでいる僕にとっての「宇宙」のようなものでした。地学の授業を受けていて思っていたことですが、宇宙の構造、始まりと終わり、銀河の形、星の一生、そんな物語を机に座って聞いていても全然ピンとこなくて、教科書の写真を見てもおとぎ話のようにしか感じられない。だって眼前にあるのは地球の景色だから。

 けいおん!の最終話が近づくにつれて、画面の彼女たちはいつも通り笑っているのに、卒業した後の自分から見ると胸が苦しくてしょうがない。あの感じも、さよならポニーテールの曲を聴いている感覚も、宇宙の物語を聞く感覚に似ていました。イヤホンから、僕の過ごしている日常がいつかは終わることを囁かれる。でも、目の前には見慣れた風景しかなくてそのズレに少し困惑する。こんな体験ができたのは今だけなので、凄く嬉しく思います。


最後に

 30話を超えるエピソードで世界を揺るがす大事件を起こすわけでもなく、彼女たちの生きる世界を丁寧に描く。けいおん!は単なる日常系アニメの代表だけでなく、5人の女子高生が生きた日々を閉じ込めた結晶のような作品だと思います。

 この作品を作った京都アニメーションの方々は本当にすごいと思います。しかし、このアニメを作った方々の中にはすでに亡くなっている方がいるのも事実です。この作品は製作者の方々の生きた証でもあると思います。

 ご冥福をお祈りします。

 そして今、京都アニメーションは作品の製作が困難な状態です。また再び放課後ティータイムの皆の姿が見られることを願います。また、今後も僕は京アニの作品をどんどん見ていきたいです。

 以上、卒業とアニメ「けいおん!」の感想でした。

 ここまでお読み下さりありがとうございました。

 そして、自分も含めて。

 この春、卒業を迎えた皆さんおめでとうございます。

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