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File.36 ストイックな鍛錬の先に輝く「生」 油布直輝さん(サーカス・アーティスト)

日本の現代サーカスに関わる人たちのなかで、「シルホイール」といえばまず油布さんの名前が挙がる。そもそもシルホイールとは何か? 昨今、現代サーカスの世界では国際的に人気のある器具のひとつで、使い手の身長より大きな直径をもつ円形の輪で、重さ15~16kgにもなる。演者がこの輪に乗って回ったりさまざまな動きを繰り出すわけだが、その重みゆえに、ぶゎん!と回転させ手を放すと、まるで惑星のように、驚くほど長い時間、自転し続けている。器具でありながら、まるで意志をもっている存在のようだ。
油布さんはホイールの回転に完全にシンクロし、鉄の重みと油布さんの重み、異なる形、すべてが円の動きに調和していく。観るものはひととき、宇宙空間に身を置いている感覚にとらわれる。
驚くことに、油布さんは最近、クラウドスウィングという空中種目に取り組み始めた。床の演技であるシルホイールとは完全に異なる、しかもハードルの高い大技だ。
彼の静かで謙虚なたたずまいの中にはどんな熱量が隠されているのだろう?
オンラインインタビューではどうしても引き出せない「何か」を知りたくて、香川の瀬戸内サーカスファクトリーの練習場に来ていただき、シルホイールとクラウドスウィングの両方を実践してもらった。
取材・文=田中未知子(瀬戸内サーカスファクトリー代表)

——油布さんのキャリアはユニークですね。サーカス学校に行く前は飛行機の整備士をされていたとか!

はい、工業高専で5年間学んだあと、JALに就職して4年間、成田空港で整備士として働いていました。整備士はやりがいのある仕事でしたが、サーカスに強く惹かれ、そちらに向かいました。

——群馬の沢入国際サーカス学校に入られたのには、どんなきっかけがあったのですか。

自分は大分出身で、サーカスとの出逢いは木下サーカスや中国雑技団などを鑑賞したことですね。マッスルミュージカルが一世を風靡したときは、大分からわざわざ観に行ったくらい、こうしたショーが好きでした。
21〜22歳の頃、海外のサーカス学校を探してみましたが、敷居が高く、資金も必要だなと思いました。そんな時、群馬の沢入国際サーカス学校のことを知りました。
24歳で仕事をやめて、沢入を目指しましたが、東北の震災がおこり、学校は休校に。仕方なく、契約社員をしながらお金を貯めて、学校再開を待っていました。そして、晴れて26歳で、沢入のサーカス学校に入学できたのです。
最初どの種目に取り組むか決めていませんでしたが、シルク・ドゥ・ソレイユの『コルテオ』公演で見たシルホイールの印象が強く残っていました。最初は、学校にあったジャーマン・ホイールというシルホイールに近い種目に取り組みました。

——シルク・ドゥ・ソレイユ『コルテオ』に出演されていた奥澤秀人さんの影響も大きかったとか。

はい。コルテオの大きな舞台で日本人アーティストの奥澤さんが活躍されているのを見て大きな刺激を受けました。コロナ禍の影響もあり、奥澤さんが出身地の群馬に帰ってきてサーカス学校にも来られることがあるので、尊敬する人とこうして一緒にシルホイールを練習できていることに、とても不思議な感慨があります。

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——2016年に沢入国際サーカス学校を卒業され、その後は海外ツアーに出演されていますね。

最初は2015年、国際サーカス村協会の紹介でモンゴルのサーカスフェスに出演しないかと声をかけていただきました。翌々年の2017年、モンゴルのナショナルサーカス「エンジェルズ」の座長・オリゴさんに、ショウに誘われました。その流れで、2018年と2019年はエンジェルズのトルコツアー、2019年には『Nomade』という作品で大規模なフランスツアーに参加させていただきました。

——モンゴルのサーカスはどのような感じですか。

モンゴル自体はクラシックなサーカスがほとんどなのですが、オリゴのお父さんがモダンな感じのショウを作り始め、オリゴがそれを継いだ形です。

——実は自分(聞き手)は2005年に、オリゴが仏国立サーカス学校に留学しているときに出会いました。オリゴは大きな怪我をしていましたが、私が町の中心部に帰るの移動手段がないと知ると、怪我をおして、自転車で送ってくれました。よほど痛かったんでしょう、「僕はモンゴル人だ、僕は強い!」とずっとつぶやきながら。日本人にはない、モンゴル人の気概を感じました。

オリゴらしいですね(笑)!
モンゴル人は日常生活でもエネルギーに溢れていて、素のエネルギーが舞台でも発揮される感覚があります。また、種目ではコントーション(軟体)、ハンドボルテージ(複数人数で手や腕を互いに組み、人間の力だけでフライヤー(飛び手)を高く飛ばしたり受け止めたりする技術)も盛んです。

——海外で活躍するとしたら、どの国のサーカスに興味がありますか。

技術をともなった上で表現するのが好きなので、カナダの現代サーカスの動向は気になります。それから北欧のスウェーデンやフィンランド。特定のグループに入りたいわけではなく、自分たちでカンパニーを作りたいですね。メンバーは日本、海外にこだわりはありません。技だけではなく、自分の意志や問題意識を演出に組み入れた作品をつくり出していきたいです。

——今後やってみたいことは?

これまでシルホイール1本でやってきましたが、いま、「クラウドスウィング」(ブランコのように空中をスウィングするが、下辺に鉄のバーがなく、ロープのみで行う)に取り組んでいます。
シルホイールは床、クラウドスウィングは空中で、演技空間も感覚も全然違うところが面白いです。これまでは5分位の短いナンバーを作ってきたけれど、今後は、1時間くらいの舞台用の作品を作ってみたいと思っています。

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——今回、香川にも来ていたき、シルホイールに取り組むアーティスト谷口界さんと稽古したり、専門技術者を呼んで命綱システムを使った高い位置でのクラウドスウィングも行いました。同じ種目を実践する谷口界さんとの稽古はいかがでしたか。

界君とは、互いのスタイルが違うからこそ、競争ではなく刺激を受け合う部分が多く、改めて自分の芸を見つめ直すきっけになりました。界君は独自のスタイルを貫き、自分がやらないようなことに挑戦していて、尊敬しながら見ています。

——高い位置(天井高10m)でのクラウドスウィングの練習はいかがでしたか。

正直、やっぱり高くて怖さがありました。けど、あの高さで練習して慣れたらどこでもできるなと思いました(笑)。
落ちる恐怖、つまり「死」の恐怖を感じることで、逆に「生きている」ことを実感しましたし、「生きているのに死の危険があることをやる」意味は何かも自問しました。この感覚は、今後創作をする上で役立てたいと思います。

——油布さんにとってのサーカスとは何ですか。

お金をとるためにサーカスをやるわけじゃない。生きざまの延長にサーカスがあり、その先にある価値を探している、そのように感じます。

サーカスは、命と直結している。
その本質ゆえに「仕事」と割り切ることができない、特殊な生業かもしれない。
「アート」として発達した現代サーカスも、「アート」とだけ括ることもできない。
油布さんが語るように、サーカスは、まさに生き様であり、人生そのもの。
練習を積み、苦しさを乗り越えたあとに瞬く、星のような瞬間。
油布さんを見ていると、そうしたサーカスの本質を思い起こさせてくれる。
静かに、確かに、何度も殻を破っていくだろう姿を見続けていきたい。

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油布直輝(ゆふ・なおき)
2013年沢入国際サーカス学校入学。在学中に国内でのサーカスイベントやモンゴルで行われた国際サーカスフェスティバルや招待公演に参加 。2017年の卒業後は、正式にサーカスアーティストとして活動を始め、オペラ『パリアッチ』など国内のイベント等に参加。2018年より、モンゴルのサーカスカンパニーに招聘されトルコでの半年のショーを行うなど、海外での活動も開始。2019年にはフランスのCirque Phenixにて常設公演とツアーショーに参加。

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