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Vol.60 作曲家の使命は、聴き手のための橋を架けること 夏田昌和さん(作曲家)

「聴き手が理解できる音楽の文法をつくり出しつつ、自分らしい表現をしたい」と語る作曲家の夏田昌和さん。音楽を聴き手とのコミュニケーションと捉え、表面的なサウンドではなく、音楽の内容や相手との双方向性を重視している。一般社会と乖離し、“閉じた世界”と思われがちな現代音楽の担い手として、聴き手との関係性をどう築いていくかを聞いた。
取材=小室敬幸 構成・文=鉢村優
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(写真上)アンサンブル九条山公演より

*このインタビューは2021年8月に行われました。

——夏田さんは非常に専門的なバックグラウンドを持ち、今では後進を育成する立場です。一方で、アマチュアオーケストラやシニア・コーラスを指揮されるなど、幅広く音楽に携わられています。聴衆との関係性をどのように考えてらっしゃるのか、まずお聞きかせください。

クラシックだと作品と聴衆の間に、だいたいの共通理解があるわけですよね。現代音楽の場合にはそういう前提がないのが大変なところでもあり、面白いところでもあったりします。じゃあ、今初めて会った人とどうやってコミュニケーションするか?  実現しようとすることをどのように自然な形で聴衆に届けられるかは当然考えなければいけない。
僕の場合は何か限られた要素を最初に提示して、それらを反復したり変容させたりという原理にもとづいて作曲することが多いんです。でもそれは、伝統的なクラシックにもしばしば見られる昔ながらのやり方でもあります。今の若い世代の音楽を聴くと、音の風景を提示するような作品が多いですね。すごく繊細で、特殊奏法もたくさん使って聞いたことのないような音世界をつくって。そのクオリティには感心するんだけども、しかしそうした響きが、どこへ向かうでもなくいつまでも音響のままに終始してる感じにちょっと不満もあって。
昔、留学中のパリ音楽院で師匠のジェラール・グリゼイのグループレッスンを受けている時に、外部からのお客さんが来たんです。で、その人がやっぱり当時盛んになりつつあった、特殊奏法を用いてカサカサ、コソコソ、シャシャシャっていう、サウンドスケープ風の音楽を先生に聴かせた。そうしたらグリゼイ先生が「面白いね。だけど音楽に一番本質的なところをやってない気がする」と言って。音楽の本質は、音高が定まった音で何を構築するかじゃないの?というような批判をしてたんですね。それがすごく自分の心の中に残っていて。ですから、当時から変わらず心掛けているのは、あんまり特殊な響きのテクスチャーに頼らずに、普通の音を使うことです。現代音楽では極端に高い音とか低い音が多用されたり、すごく速いとか、すごくゆっくりとか、クラシックでは活用されてこなかった領域を用いて新しいものを自由に書きやすい。でも、それだけではちょっと表層的だなという気もしています。人間同士のコミュニケーションの場合、例えば話し声など、われわれの耳に自然に感じられる音域や速度は当然決まっているわけで、そこが音楽にとっても本来の主戦場というか、表現領域の中心なんじゃないかなとは思うんです。ですから聞き取りやすい音域で、聞き取りやすい普通のテンポで、何ができるのかなということを追求したいという思いがありますね。
聴衆との間に橋を架けるっていうのは作曲家の大きな使命だと思います。聴き手が理解できる音楽の文法をつくり出しつつ、自分独自の表現をしたい。自分がこうやりたいからそれいいでしょっていうふうには思っていないです。自分が音楽を聴いていて、いいなと思うのは、結局心をゆり動かされて感動するからなんですね。そこは現代音楽でも捨てちゃいけないというか。どんなに現代的なスタイルであっても、耳を傾けてくれる人にはちゃんと伝わるんではないかということは、希望として持ちたいなとは思います。
同時代の音楽への親近感というところでは、聴衆が時に自分で弾いたり歌ったりして楽しめるかどうかというのも結構、問題になる気がします。昔の人だったらたとえばベートーヴェンとかブラームスの曲にも素人が歌って弾ける簡単なものがあって、今度その作曲家の新作のシンフォニーをやるらしいから、コンサートに行って聴いて見ようかなっていう……。そういう感じの作曲家との出会い方が、現代ではとても難しいでしょう? 音楽って客席に座って静かに聴くだけではなくて、一緒に手をたたいてみたり、口ずさんでみたり、そういうところで身近に感じられる面もあるじゃないですか。それが20世紀後半以降の音楽だとなかなかないですよね。技術的にもあまりにも専門的になっちゃって。絵だったらまだ素人でもピカソ風に描いて遊んでみるとか、クレーっていいなと思ってそういう感じで色を塗ってみるとかってできるけど。

——2021年には両国アートフェスティバル(RAF)で芸術監督をつとめ、企画を担当されたり、演奏家の方とコラボレーションもされていますね。夏田さんがこういったものを手掛ける意義、モチベーションはどのあたりにあるんでしょうか。

単に曲を聴く、知るっていうことでいえば、今簡単にYouTubeでなんでも聴けるでしょう。自分もよくしちゃうんですけど(笑)。こういう曲があるよ、この人の演奏があるよっていうのは、昔に比べて容易にアクセスできるようになったと思うんですよ。なので、個々の情報を知る意味では、もうそんなに不足はないわけですよね。しかしだからこそ、生で体験できることに意義があると思うというのが一つ。それからもう一つ、そうした楽曲をどういった順番で、どういうコンセプトのもとに聴かせるかということです。美術館のキュレーターのような役割は今後音楽においても重要な意味を持ってくるんじゃないかと思うんです。現代作品、クラシックって分けるんじゃなくて、互いをどう関連づけて聴いてもらおうかと考えたり。普段あまりないような組み合わせで聴くことによって、それぞれの魅力が一層浮き彫りになるということを体験するのは重要だと思います。ベートーヴェンだけ聴くのと、ベートーヴェンとラッヘンマンを一緒に聴くのは、質的に異なる体験だと思うんですね。

——ありがとうございます。RAFのプログラムには音楽史的なことだけでなくて、インド音楽と組み合わせたりしているものもありました。いわゆる民族音楽とかワールドミュージックと呼ばれるようなものです。

音楽って、時間軸、つまりどんな伝統の先に自分がいるかというだけではなく、横の関係も大切だと思っています。同時代にどんな音楽があり、どんな音楽家がいるか。ヨーロッパのクラシック音楽だとハーモニーに表現力があって見事ですが、たとえばインドあるいはペルシャの音楽みたいに単声の楽曲の場合、音程の微細な揺らぎにものすごく味わいがある。こうした、全く別の音楽的進化を経た曲を一緒に並べて聴いてみると、こっちはこういう強みがあるのかと、両方を理解してもらえるんじゃないかと思ってやってみました。

第6回両国アートフェスティバルにて、4人の出演ピアニスト(安田結衣子・瀬川裕美子・飯野明日香・大須賀かおり)と両国門天ホール代表の黒崎八重子さんを囲んで

——今、夏田さんはどんなことにいちばん興味があるのかをお聞かせ頂けますか。

一つは他分野、隣接的な芸術分野の、絵画とか映像、あるいは文学との間でクリエーティブな催しができればいいなとは思いますね。たとえば詩人が言葉を選び、音楽家が音を選ぶ。音と言葉がリンクする場所で何ができるかっていうのは、みんな興味あるところだと思うし。特に詩だったら、素材が言葉だから、現代音楽よりもう少し、広く一般に理解してもらえる土壌があるんじゃないかと思っています。音楽は人間の生活と切り離されたところであるわけではなくて、普通に生活をして、文化を育んで共有していく過程の中に音楽もあるので、ほかの分野に関わるのはすごく必要なことだと思います。また、単にそういうプログラムを並べるだけでなく、コラボレーションを通してより本質的なところにアプローチをしていければいいですね。

夏田さんは高度に専門的な教育や経験を経ながら、自己完結的に閉じることを望まない。従来まったく別個に扱われてきた作品やジャンルを一堂に会して聴き手に供する「キュレーション」を通じて、芸術をめぐるよりよいコミュニケーションを目指している。常に他者に対して開かれた彼の発想は、「コミュニケーション」というキーワードを軸に、現代音楽のあり方を柔軟で闊達なものに変えていく力を持っている。

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夏田昌和(なつだ・まさかず)
東京芸術大学大学院修了後、パリ国立高等音楽院にて作曲と指揮を学び、審査員全員一致の首席一等賞を得て同院作曲科を卒業。作曲を野田暉行、近藤譲、Gérard Grisey、指揮を秋山和慶、Jean-Sébastien Béreauの各氏に師事。日本音楽コンクール第3位、出光音楽賞、芥川作曲賞、Fundaçao Oriente 国際指揮者コンクール第3位など、作曲と指揮の両分野で受賞や入選多数。フランス文化省やサントリー芸術財団、アンサンブル・アンテルコンタンポランなどより作品委嘱を受けて発表。指揮者として海外現代作品の紹介・日本初演や、邦人現代作品の世界初演と再演・CD録音に数多く携わるほか、アマチュア・オーケストラや市民コーラスの指導と客演も日常的に行っている。また指揮者の阿部加奈子と共に日仏現代音楽協会を2013年に設立、初代事務局長を務め、その後もさまざまな演奏会や教育・啓蒙プログラムを企画・運営している。

公式サイト https://artandmedia.com/artists/masakazu-natsuda

YouTube https://www.youtube.com/@natsuda_composition


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