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File.11 「いい顔」のプロとして。若い世代にも技術を伝えたい 地丸彰さん(顔師)

「顔師(かおし)」という言葉を、ご存じだろうか。日本舞踊で舞台に立つ人の顔に、和の化粧をほどこす職業の名称だ。
「人をきれいにしてあげて、喜ばれて、お金がもらえるなんて、こんな幸せな仕事はない」と、ベテラン顔師である地丸彰(じまる・あきら)さんは、人なつっこい笑顔で語る。顔師とは、いったいどんな仕事なのか。仕事の様子と今後の展望をうかがった。

取材・文=田村民子(「伝統芸能の道具ラボ」主宰)

——顔師というお仕事は、どのようなことをするのか教えてください。

まず、「日本舞踊」という芸能について、お話ししますね。日本舞踊は、劇場やホールなどの舞台で上演することを目的とした舞台芸術をさします。着物を着て、日本の音楽に合わせて踊るものには、郷土芸能や盆踊りもありますが、そういうものは含まれません。歌舞伎舞踊がその中心で、長唄(ながうた)や清元(きよもと)、常磐津(ときわず)といった日本の音楽の曲に合わせて踊ります。

踊る人は、たとえば「藤娘」という曲を踊るなら、それに合わせた衣裳(着物)を着て舞台に立つわけですが、そうした扮装や役柄にふさわしい、特殊なお化粧をします。みなさんがぱっと思いつくのは、歌舞伎の舞踊かもしれませんね。歌舞伎俳優さんは、顔を真っ白に塗り、独特の化粧をしていますよね。あれが「舞踊のための和の化粧」です。

歌舞伎俳優さんは、自分自身で化粧をされますが、決まり事も多く、特殊な化粧品や道具もそろえなければなりませんから、日本舞踊を習っている人たちは、自分ではできません。そこで、私たち顔師が代わりにお化粧をするのです。

——現代でいうと、プロのヘアメイクさんのような感じですね。

日本舞踊の場合は、髪は「かつら」をつけます。髪型も、演目や扮装に合わせて、決まり事がありますし、もちろん化粧にも決まりがあります。私たちは、お一人おひとりの顔立ちもみながら、その役にふさわしいように、化粧を仕上げていきます。

化粧の道具も、日常生活で使われてものとは全く異なります。ファンデーションにあたるのは「おしろい」ですが、これも一般市販品とは違いますし、専用の刷毛や筆を使い分けながら、化粧を施していきます。

仕事をする場所は、劇場の楽屋です。お化粧をさせてもらった後、ご本人が「うん、いい顔になった」と、満足されたときは、ぱっと表情が輝くのがわかります。いきいきしながら楽屋を出ていき、踊り終わった後に満ち足りた顔で、楽屋に戻ってこられると、本当にうれしいものです。
そうした瞬間に立ち合えることが、なによりのやりがいです。

——どのようなきっかけで、顔師になられたのでしょうか。

実はもともとは、舞台用の化粧品メーカーの営業職だったんです。肌にやさしい成分の商品を売っていて、それを使ってもらおうとお客さんのところへ通っていたら、「ちょっと、やってよ」と言われるようになりました。自分で勉強したり研究したりして、やっていたのですが、そうこうしているうちに、顔師のほうに軸足が移っていきました。

顔師というものは、ふつうは師匠(親方)に弟子入りして、付き人として10年近く下働きをしながら、その技術を学んで独立するものです。私はちょっと変わった経歴の顔師です。

画像1地丸さん愛用の道具

——お仕事は、どんなスケジュールで動かれるのでしょうか。

日本舞踊の舞台は、だいたい土日祝にあります。踊りの会のことを私たちは「おさらい(会)」と言うのですが、開催場所は東京をはじめ、大阪、名古屋など、いろんなところへ出かけます。

お一人の化粧にかかる時間は、だいたい20分で、1日に20人くらい担当することが多いですね。顔師は、だいたい2人1組で仕事をするんです。後輩のほうが、「下塗り」を担当します。そして先輩のほうは、眉や目元、口元などを描く「仕上げ」を受け持ちます。新米のころは、下塗りをしながら、先輩を見て仕事を覚えていきます。

——日本舞踊のお化粧は、どのように仕上げていくのでしょうか。

まず、眉毛に固めの油を塗って毛をねかせ、肌色に塗って、眉をつぶします。そして専用の油を顔全体と首まで塗り込んで、下地を整えます。そして、おしろいをお皿に入れて水で溶き、板刷毛というもので、顔や首に塗っていきます。つまり、最初に白いキャンバスをつくるんです。

そのキャンバスに、役に合わせた化粧をしていきます。目元も、人によって一重、奥二重、二重といろいろですし、どうやったら一番きれいになるか、毎回工夫しながら化粧をします。

——仕上げをするときに、一番むずかしいのはどの部分ですか。

神経を使うのは、やっぱり眉の形ですね。眉がいい形に描ければ、だいたいいい顔に仕上がります。

——いい化粧をしてもらうと、踊る人も役に入れるでしょうね。
ところで、日本舞踊の舞台も、コロナの影響を大きく受けていますね。

そうですね。舞台は、まだまだ再開できない状況で、本当に困っています。同じ伝統芸能でも、能や歌舞伎、文楽などは、秋ごろから再開しはじめましたが、そういうものと比べてみると、日本舞踊はかなり遅れをとっているように感じます(2020年11月現在)。

——地丸さんたちも、おさらい会が開催されないと、仕事ができませんよね。厳しい状況ですが、これからどんなことをやっていきたいですか。

今、顔師として働く人は、私も含めて年配者ばかりです。日本舞踊の世界は、ちょっと入りにくいところがあると思うので、無理はないと思いますが、私自身は、この顔師という仕事がおもしろくてたまりません。長い伝統のなかで練り上げられ、洗練されたすごい技術もたくさん詰まっています。
ですから、これから若い顔師を育てて、その技を次の世代に伝えていきたいと思っています。

実は、そういう思いは、昔から抱いていて、顔師の学校をやろうと思ったこともあったんです。でも、いろんな事情でやらなかった。それをとても後悔しています。あのときやっていれば、きっと今、もっと顔師として働く若い人が増えていたと思います。

日本舞踊の世界は、習う人が減ってきて、だんだん縮小しつつあります。でも、顔師は足りていなくて、顔師としての仕事は、まだまだたくさんあります。顔師は、人をきれいにしてあげて、喜ばれて、お金がもらえる。こんなにいい仕事はありません。

——職人の仕事では、やりがいはあるけどお金にならない、というものも多くあるなかで、きちんと収入が得られるというのは、すばらしいですね。
もし、顔師になりたいと思ったら、どうすればいいのでしょうか。

私に電話をしてください!

日本舞踊の舞台は、顔師がいないと成り立たない。若い人が顔師の世界に飛び込み、少しずつでも裾野が広がらないと、腕のいい顔師も、生まれてこないだろう。地丸さんが望んでいる後継者育成の取り組みが、発展することに期待したい。

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地丸 彰(じまる・あきら)
1983年、舞台用化粧品メーカーにて、営業部門に従事。商品販路拡大のため、メイクの技術を取得。1985年、メイクの魅力に惹かれ、顔師(舞踊界の化粧)として独立・起業。数年間は仕事の数も少なく、先輩方の技術を見学したり、専門書・写真集等をテキストとして独学。その後、口コミのみで少しずつ業界に名前が浸透し、現在は主に、合同舞踊会(数々の流派が参加する舞踊会)にて顔師として従事。依頼、問合せは、地丸企画(03-5453-1187)へ。

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