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File.38 身体をとらえる映画/表現 三宅流さん(映画監督)

能楽師に密着した『躍る旅人 能楽師・津村禮次郎の肖像』(2015年)や、がん治療を題材とした『がんになる前に知っておくこと』(2018年)など、数々のドキュメンタリー映画を発表している三宅流監督。その表現の源と現在、そしてこれからの活動について話をきいた。
取材・文=佐野 亨(編集者・ライター)
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(写真上)『躍る旅人 能楽師・津村禮次郎の肖像』(2015)

——三宅監督は、作品をつくられるうえで「身体」を一貫したキーワードにされていると思うのですが、その原体験についてお聞かせください。

いちばん最初のきっかけは、おそらくNHKの「芸術劇場」で放送された勅使川原三郎の舞台などを観て、衝撃を受けたことですね。一方で、ストーリーのある「お話」があまり好きじゃなかったんです。TVドラマは苦手だったし、映画もストーリーラインがかっちりしているものはあまり好みじゃなかった。
生まれは長野で、高校は愛知でしたが、将来に迷っているとき、先に東京へ出て人形劇団ひとみ座に入っていた友人に誘われ、聴覚障害をもった方たちのチーム(デフパペットシアター・ひとみ)による舞台を観たんです。人形と人間のコラボレーションによって、音声言語に頼らず、「動き」そのものでなにかを表現しようとする舞台で、感銘を受けました。同じ頃、(アンドレイ・)タルコスキーの作品を観る機会があり、初めて映画というものに惹かれたんです。それで、「こういう言葉に頼らない表現、言葉以前の原始的な感覚を作品にできないだろうか」と考え始めました。

——大学は多摩美(多摩美術大学)ですね。

ええ、多摩美の芸術学科です。身体表現への興味から、在学中には舞踏やダンスパフォーマンスの要素を取り入れた実験映画を白黒の16ミリフィルムで撮影していました。大学を卒業してまもない1999年にイメージフォーラムフェスティバルに作品が入賞し、その縁で海外を回らせてもらったりしました。同時に、フリージャズのミュージシャンやダンサーと知り合い、彼らとコラボレーションするなど、いろいろなことに挑戦するようになりました。

——「身体表現の実験映画」から「ドキュメンタリー映画」へ、という表現の変化についてはなにかきっかけがあったのでしょうか?

カメラの向こう側を作り込んで撮影していく、という作業をずっとやっているうちに、すでに現実に存在しているものに対して、こちら側が自由にアプローチしていくような表現の自由さもあるんじゃないか、と考えたんですね。それで若い能面師の新井達矢さんのドキュメンタリー(『面打/men-uchi』2006年)を撮ったときに、ナレーションや音楽を一切排して、本当に面を削っていく音だけが聞こえてくる、というやり方で1時間の作品を構成しました。

画像2『面打/men-uchi』(2006)

——何かをつくりだそうとしている身体をじっくり見つめて、そこから浮かび上がってくるものをすくい上げる、と。

自分としては「ドキュメンタリーをやろう」という意識すらなかったのかもしれません。僕は「被写体」という言葉にもどこか違和感があって、撮影対象となる人物の身体感覚を捉えることに興味があり、在学中から一貫してそういう撮り方をしているつもりなんです。
もともとドキュメンタリー界隈の方々との付き合いもあまりなかったのですが、2009年に『究竟の地 岩崎鬼剣舞の一年』という岩手の集落でおこなわれている郷土芸能を題材にした作品を撮ることになり、あらためて小川紳介や佐藤真の作品を観直しました。完成した作品は、山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されることになり、そこでは土本典昭の特集もやっていた。それでようやく日本のドキュメンタリーの系譜を意識し始めた感じですね。

画像3『究竟の地 岩崎鬼剣舞の一年』(2008)

——しばしばドキュメンタリー映画は、ジャーナリズムそのものであるといわれることがありますが、あくまで「映画」であることが重要で、なにより映像表現として優れたものでなければならない。

そういう意味では近年、ルックを意識したドキュメンタリーはすごく増えてきましたね。「クリエイティブ・ドキュメンタリー」なんて言い方も海外ではされますが、映画的なルックで映画的な作り方をしていかなければドキュメンタリー映画としてはなかなか評価されない。

——昨今のコロナ禍を受けて、活動に変化はありましたか。

長く続けているプロジェクトがあって、昨年の4月に文化庁の助成を受けることが決まりましたが、直後に緊急事態宣言が発令され、数ヵ月間は撮影を止めざるをえない状況になってしまいました。とはいえ、そのかんに計画を練り直たり、立ち止まって思考したりする時間ができたという意味では有難い面もありましたが。まだ地方取材がいくつか残っているので、それについては状況を見つつ判断したいと思います。
それとは別に、医療系の企画も考えていたのですが、こちらのほうがより直接的にコロナの影響を受けました。以前、プロデューサー発案の企画で『がんになる前に知っておくこと』(2018年)というドキュメンタリー映画をつくったのですが、自分としてはそれまでの作品とは違う分野へのチャレンジということもあり、いろいろ新たな発見があった。それで今度はより医療のテーマに切り込んだ作品に取り組みたいとアプローチを始めた矢先、コロナ禍が深刻化してしまった。言うまでもなく、病院は現在の状況の変化にもっとも敏感に左右されますから、外部からのアクセスが完全に不可能になってしまったんです。

画像4『がんになる前に知っておくこと』(2018)

——さきほど地方取材のお話も出ましたが、コロナ禍はまさしく首都圏と地方の差異を顕在化させたように思います。

都内では緊急事態宣言下でも、密にならないよう気を配りながら撮影を進めることができましたが、先の地方取材で残っているのが京都なんですよ。関西圏、特に京都は第3波のなかで真っ先に医療の逼迫が叫ばれていた地域だから、やはりなかなか難しくて……。コロナ禍における医療現場の状況は「NHKスペシャル」などでも取材されていますが、僕が撮ろうと考えているのは、がんの緩和ケアとかターミナルケアとか、そういう部分なんです。そうすると、結構重篤な方もいらっしゃるなかで、いまこのタイミングで取材するのはさすがに厳しい。
それと以前から時折、PVや舞台の記録の仕事を請け負うこともあったのですが、この状況を受けて、配信を意識した収録をしたいとか、字幕を付けて海外に配信したいとか、そういう依頼は少し増えましたね。

——ご自身の周囲の状況、あるいはメディアをとおして見聞きすることで気になる点はありますか。

いまの仕事の話とも関係するのかもしれませんが、配信という形式に対する観客の側のハードルが、好むと好まざるとにかかわらず下がってきていることは感じています。作り手の側も、つねに配信のことを見据えて作品をつくるようになった。でも一方では、やっぱり映画館で映画を観るという体験性にこだわりを持っている人も多くて、そのあたりのジレンマはなかなか解消されませんね。
ただ、もっと根本的な話をすると、もともとインデペンデント映画の劇場公開は、東京のミニシアターを皮切りに、いくつか地方のミニシアターを回っていくというやり方で、映画単体で諸々の費用を回収できるようになっていない。つまり、インディーズ映画の劇場公開って、ことビジネスとしては成立していないんじゃないか、という疑問は前々からあって……。厳しい状況を「映画愛」みたいなことで乗り越えていかなきゃいけない状況は正しいとは言えないし、僕自身なんとかしなきゃいけない、と思っています。
たとえば、少しまえにYahoo!のクリエイターズプログラムで、さまざまな作り手にショート・ドキュメンタリーをつくらせて、ネットで配信するという試みがあり、僕も一本撮りましたが、そういう新しいプラットフォームでドキュメンタリーを観る、という体験はなかなか新鮮だと思います。ただ、小さなタブレットで観るにはやはり短いものが限界で、1時間、2時間の長さになると結構しんどい。だからそういうプラットフォームの違いを意識したうえで、どういう作品がふさわしいかということを考えていく必要があるでしょうね。
さきほどお話しした2本の企画はいずれも長篇なので、これはもちろん劇場公開を想定したり、海外のそういうマーケットに持っていくことを想定していますが、一方でオプションというか、配信を想定したショート・ドキュメンタリーの必要性も感じています。というのも長編の場合は、製作から公開までで2年とか3年とかかかるわけで、そうなると採算の面で難しい。ショート・ドキュメンタリーはその点、もう少し幅広い作り方ができると思いますし、それを通じて自分の経験値を上げていくこともできると思う。なんなら自分でYouTubeのチャンネルをつくって、配信してもいいわけですからね。そういう可能性はこれからも模索していきたいと思っています。

現在の状況を受けて、あるいはこの状況を乗り越えた先に私たちの身体はどう変化していくのか——。そんなことを考えていたタイミングで、三宅監督に取材をおこない、表現もまた、人間の身体と呼応し、さまざまに変化を遂げていく可能性がある、という思いに駆られた。

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三宅流(みやけ・ながる)
多摩美術大学卒業。在学中より身体性を追求した実験的映像作品を制作、国内外の映画祭に参加。2005年頃からドキュメンタリー映画制作を中心に行なう。主な作品は『面打』(2006年)、『朱鷺島−創作能「トキ」の誕生』(2007年)、『究竟の地−岩崎鬼剣舞の一年』(2008年)、『躍る旅人−能楽師・津村禮次郎の肖像』(2015年)、『がんになる前に知っておくこと』(2018年)。山形国際ドキュメンタリー映画祭、毎日映画コンクールなどでノミネートされ、各地の映画館で劇場公開を行なう。

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