File.33 ライフワークとしてのアウトリーチ、コロナで立ち止まって見えた現代への問いかけ 泉真由さん(フルート奏者)
日本全国のオーケストラで活躍する若手フルート奏者の泉真由さん。音楽公演が盛んとは言えない地方出身者として、使命感を持ってアウトリーチ事業に取り組んでいる。コロナ禍でオンライン配信が主流になるなか、生音で生きるクラシック音楽家としてどう行動すべきかと悩みつつ、「不謹慎ながらほっとしてしまった」自粛期間……自身の生き方を模索した半年の軌跡について聞いた。
取材・文=鉢村 優(音楽評論)
——明日(2020年11月9日)から山形交響楽団の文化庁巡回公演(文化芸術による子供育成総合事業)に出演されるそうですね。泉さんはアウトリーチにも力を入れていらっしゃいますが、ご自身にとってどのような位置づけでしょうか。
ライフワークの一つですね。
田舎の高知県の出身なので、生の上質な音楽に飢えていたというか……中学校の吹奏楽部でフルートを始めた頃はまだインターネットも普及し始めで、今のようにYouTubeやネット通販なんてなかったし、CDを買うお店も県内に一つ二つ、車で行かないと買えないような場所で。今でこそ文化庁の学校公演や、私の登録している地域創造のアウトリーチ事業が少しずつ根付いてきていますが、高知はプロのアーティストが立ち寄りにくい立地なこともあり、本当にコンサートが少ないんです。とにかく音楽が聴きたくて、当時は地元の演奏家さんの公演はもちろん、学生やアマチュアの演奏会も行っていました。なので、大学で上京した時は文字通りのカルチャーショックでした。
徐々に自立できてきて高知でもコンサートを行うようになってから、地方(地元)の音楽文化の現状が気になり始めました。自分のように音楽に飢えている学生がいるのではと思っていたときに、地域創造の「公共ホール音楽活性化事業」のアーティスト募集が目に留まりました。知り合いもたくさんやっていたのでオーディションを受け、それからいろんな意味で恩返しできるようになって、今に至ります。
愛知県田原市でのアウトリーチにて。「訪問先の小学校の校長先生がとても面白く気のいい方で、『地引網体験やるからおいでよ!』と言ってくださり、急遽参加させてもらいました。子供たちと地元ならではの体験を共有できたことは一生の宝物です」
——土佐清水でのアウトリーチについて、ご自身のTwitterで「受け取るものが多かった」とお書きでしたね。もう少し言葉にするとどんなことでしょうか。
高知県西部にある土佐清水市は、私の出身の高知市とは比べ物にならないくらい田舎です(笑)ですが、市民文化会館の担当者が物凄く熱意のある方で、かなり前からコンサートに力を入れてやっていらして。何度かコンサートで呼んでいただき、県民性もあってとても親しくなりました。今年9月にそのご担当さんから電話をいただき「コロナ禍でこんな時だからこそ高知県人同士一緒に頑張らないか」と心強い言葉をいただいたのです。3〜8月半ばまで全ての公演がなくなり、新規依頼も減り、9月以降もどんどんキャンセルの連絡が相次ぐ中、この言葉は本当に嬉しくて。
それから急いで公演準備に入り、本番の日を迎えたのですが、「今年度初めて生音を聴けました」という声もありました。土佐清水は元々少ない公演が軒並みキャンセルになっていたため、余計にダメージがあったのです。このご時世ですが、ホールと一緒に一歩を踏み出せたことは私にとって勇気になりました。
母校の幼稚園でのアウトリーチも。「当時の園長先生も来てくださり、感無量でした」
——SNSや泉さんが書かれたものを拝見すると、「生音」「生の」というキーワードが頻出しますね。音の響きや共鳴、熱量はオンラインでは絶対に共有できない音楽の本質、と。
そうですね、このコロナ禍で私もYouTubeアカウントを作って配信したりもしたのですが、どこかもやもやした思いが消えませんでした。Twitterでは面白い(変な?)ことをやった演奏家がバズる不思議な構図ができて、それはそれで楽しいけど、あれ……?これってどうなんだろう……と思えてきました。
もちろん配信コンサートにはいい面もあります。地方にいる人や育児、仕事、介護等々、ライブで聴けない人には良い機会だし、これから共存していく形なのかなとは思いました。
でも、自粛明けから自分も少しずつ演奏したり聴きに行ったりする中で、やっぱりライブであるべきなんだと強く思いました。
——今後のご予定やスケジュールを教えていただけますか。
コロナ禍で見えた自分のやりたいこととして、2021年半ばから年2回くらい、リサイタルシリーズを始めてみようと考えています。近い距離で生音を届けることを大切にしたいと思い、小さめのホールを予定しています。仕事ではなく純粋に自分が好きでやりたい曲がたくさんあるのです。最近は大学3校で教えているのですが、レッスンで言葉にするうちに自分でやりたくなるんですよね……それを消化したいというか、エラソーに指導してるだけじゃだめだぞ、と自分にハッパかけるのもあるというか(笑)
実はこのコロナ禍で、訳あって半年ほど高知の実家で生活していたんです。その頃の仕事といえばオンラインレッスン(大学からの指定で)などリモート可だったので、運よく高知にいられました。正直、仕事も忙しすぎて目が回っていて、初めのうちは本当に不謹慎なのですが、ほっとしてしまいました。わがまま放題育ててくれた親と一緒に静かに暮らせて……親孝行できた本当にありがたく幸せな時間でした。
ある意味、少し「仕事としてのフルート」から離れることにもなりました。高知で純粋に音楽が好きな気持ちで過ごした高校までの自分といろんなことが変わったなぁと感じます。この期間は都会で疲れて枯渇していた音楽への情熱を復活させる充電期間だったんだなと……大事な家族のことや、自分の体のこと、音楽のこと、体制を整えなさいと言われた気がしてなりません。
——実のところこうした「ほっとした」面がみんなかなりあるのではないかと……。
本当にそう思います。友人たちも疲れていたからほっとしたと言っていました。みんな働きすぎだし、そんなに働くことばかりしてちゃだめだよって。音楽家には仕事人間が多くて、私も仕事はたくさんしたいと思っていたけれど……色々考えさせられました。本当にしたいこと、大事に思っていること、もの、人、好きなこと、そんな気持ちを大事に生きていくべきなんですよね、みんなが。
——12月9日に新しいCDがリリースされました。共演のギタリスト松田弦さんは高知のご出身。泉さんはフルートとギターの組み合わせでの活動も多いようですが、どんなところに魅力があると思われますか。
魅力は、まず音色の相性の良さ。透明感のある美しい音色から、激しいスペイン、アルゼンチン系、武満徹など現代音楽も。このデュオで発表した1枚目のCDにも収録していますが、いろんな面白さがあります。今回は、尊敬する音楽家のひとりである日本を代表するギタリスト鈴木大介さんの作品や、同世代のギタリストでジャンルレスに活動されている前田智洋さんに新曲を委嘱し収録しました。挑戦の一枚になりました。あと、この編成ならどこででも演奏できるんですよ! 楽器は持ち運べるし、スペースもあまりとらない。教室でも海でも山でもどこへでも伺えます(笑)
現代生活は立ち止まることを許さない。「本当にしたいこと」であったはずの好きな気持ちさえ変質させてしまう。心身をすり減らし続ける社会が、本当に健全なのか。これは音楽界だけの問題ではなく、現代に生きる皆が考えるべき問いであろう。それは楽を望む怠慢ではなく、仕事の質と意味を再考すること。ひときわ打撃を受けて、以前とは様変わりしてしまった舞台芸術こそ世の中に広く問いかけることができると思う。
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泉 真由(いずみ・まゆ)
桐朋学園大学を首席で卒業。第13回日本フルートコンヴェンションコンクールソロ部門第1位、吉田雅夫賞。第21回日本木管コンクール第2位。これまでにCDを2枚リリース。記念リサイタルを、東京、大阪、高知、パリの各地で開催。レコード芸術特選盤。日本コロムビア"月に憑かれたピエロ"に参加。(一財)地域創造公共ホール音楽活性化事業(おんかつ)登録アーティスト。琉球フィルハーモニックオーケストラ客演首席フルート奏者。東邦音楽大学、桐朋学園大学、洗足学園音楽大学非常勤講師。第9回かわさき産業親善大使。ギタリスト松田弦とのデュオによるセカンドアルバム「Liberté」が2020年12月9日に発売。最新情報はTwitterにて発信中。
Twitter https://twitter.com/mayu_izumi
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