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File.19 タクトが奏で、つむぐドラマ 園田隆一郎さん(指揮者)

指揮者は音楽会でただ一人、音を出さない演奏家だ。一昔前には、指揮者はオーケストラの団員たちの上に立ち号令をかけて皆を思うがまま動かす、というイメージがあったが、今日私たちが望む指揮者像は、作曲家の意図を汲み、オーケストラの美点を最良の形で観客に届ける人物である。園田隆一郎さんは、そのような現代のマエストロの一人だ。演奏者の声に丁寧に耳を傾けつつ、皆を一つにする園田マエストロのタクトは、作品やオーケストラ、共演者たちによってしなやかに変化しつつ、他の誰のものでもない彼自身の音楽をつむぎだしていく。
取材・文=井内美香(音楽ライター/オペラ・キュレーター)
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(写真上)©Fabio Parenzan

——自分では演奏しない指揮者のするべき仕事とはなんでしょう。

オーケストラは通常30人から多くて100人位で演奏しますが、その一人ひとりが皆プロフェッショナルな音楽家です。実はどのような難しい曲も演奏自体は指揮者なしで成り立つことがほとんどだと思います。でも楽団員はそれぞれ自分の音楽、信じるスタイルを持っていますから、その中のどれを採用するのか、という問題があります。たとえばベートーヴェンの交響曲第5番『運命』冒頭の”ダダダダーン”を、どのような速さで、どのように演奏するか。イメージは人それぞれです。指揮者はそれを一つにして皆が進む方向を決める人、と言っていいでしょう。

—— 指揮者の仕事の難しいところは? その反対に醍醐味はどんなところにありますか。

難しいのは指揮者が信じている音楽性やスタイルに、なんらかの裏付けがある説得力がないと大勢を納得させれらないことです。指揮者が若い頃には、オーケストラのほとんどのメンバーがその曲を演奏したことがあるのに指揮者だけが初めて、というような状況が良くあるわけです。また反対に、若い時には経験がなくてもがむしゃらにやっていればベテラン楽団員の方たちが応援してくれていたところが、キャリアを重ねていくうちに皆の視線も変わってくる。自分がこうだと信じる音楽、作曲家が望んでいたであろうと信じる音楽を、ジェスチャーや説明で皆に伝えていくところが指揮者の醍醐味であり、また難しさだと思います。

9.園田隆一郎氏ローマ歌劇場アシスタント時代ダニエラ・デッシーとローマ歌劇場のアシスタント時代、名ソプラノ歌手のダニエラ・デッシーと

—— これからオーケストラを聴いてみたい方にお薦めの作品を教えてください。

私自身が最近、再発見というかよく聴いている作曲家でもあるのですが、メンデルスゾーンをお薦めしたいです。本当に美しく、聴いていて幸せな気持ちになれる音楽です。オーケストラで演奏した時にその美しさが際立つといいますか。中でも交響曲第4番『イタリア』は、まさにイタリアらしい軽やかな明るさに満ちており、第二楽章には堂々とした厳かな感じや光と影も感じられますし、第三楽章のしっとりしたメロディーも聴きごたえがあります。メンデルスゾーンはヴァイオリン協奏曲や、ピアノの「無言歌集」なども素晴らしいです。

—— 園田さんはオペラの指揮も多く、高い評価を得ています。ずばり初心者にお薦めのオペラは?

初めて聴くオペラにはプッチーニの《ラ・ボエーム》をお薦めします。プッチーニはオペラの歴史の中では現代に近い作曲家で、実際の会話のスピードに近くオーケストラが雄弁なのも魅力です。《ラ・ボエーム》は19世紀パリを舞台にしたお話で、6人いる主人公の若者たちの誰かに自分を投影できるんです。友達同士で馬鹿騒ぎをしたり、お金に困って誰かに怒られたり、一目惚れしたり(笑)。第一幕では主人公のミミとロドルフォが屋根裏部屋で出会ってから幕の終わりまでの15分ほどの二人の会話が素晴らしいですし、終幕ではミミが死ぬ間際に二人が再会しますが、そこでロドルフォがミミに「君は夜明けのように美しいよ」って言うと彼女が「違うわ、夕暮れのように美しい……でしょう?」と返事をする、そういうやり取りも面白いです。昔から知っていて何度も指揮していますが、今でもこのオペラを聴くとぐっとくるものがあります。

—— マエストロが芸術監督をしている藤沢市民オペラでは、プッチーニのような有名な作品とロッシーニの悲劇のような珍しいオペラを交互に取り上げていますね。

プッチーニでストーリーや音楽全体の美しさに「オペラっていいな」と思ってもらえたら、その後にはオペラならではの〈声の魅力〉を知っていただけたらと思うんです。それにはロッシーニやドニゼッティなどのオペラが適していると思います。中でもロッシーニのオペラには、歌の可能性を最大限に引き出す力があります。現代の我々も共感できるような喜びや怒りなどの感情を表現していますが、プッチーニのようにたくさんの楽器で鳴らすオーケストラと違って、ロッシーニの楽譜はとてもシンプルで、伴奏のパターンや形式が決まっています。でもその制限があるからこそ、その中でより強い表現をすることが許されている部分があるのです。ロッシーニの場合、一見何でもないような曲が、名歌手の技量で目を見張るような素晴らしい音楽に転換される可能性がある。楽譜に書かれた音符を機械的に再現しただけでは魅力が分かりにくいのですが、そこに人間の生の声と、生の感情を乗せることで、他の作曲家以上に輝く可能性がある。それがロッシーニの大きな魅力だと思います。

—— 指揮やピアニストとしてのコンサートなど、いつもお忙しいと思いますが、時間があるときには何をするのがお好きですか。今年の前半はコロナで自宅時間も多かったのではと思います。

コロナ禍で3月から7月頃まではすごく時間があったので、家族で散歩をしたりして過ごすことができました。ウイルスで大変な思いをした方がたくさんいる中ですが、自分にとって良かった面を見つけようとすれば家族との時間ということになります。緑が好きで、散歩をしているときに、公園などの木に果物がなっていることがありますよね。あれを見るのがすごく好きで、見つけると写真を撮ったりしています。

15.園田隆一郎氏撮影散歩写真

17.園田隆一郎氏撮影散歩写真息子さん散歩中に出会った風景 撮影:園田隆一郎

—— ところで映画がお好きなそうですが好きな監督は?

映画は実は大好きで、古典的な名画や、群像劇のような登場人物がたくさん出てくるものが好きです。物語が進むにつれて、ああ、この人とこの人はこんな関係だったんだ、というのが後からわかったりするところがいいんですよね。ロバート・アルトマン監督や、最近の世代ではウェス・アンダーソン監督が好きです。アンダーソンは絵としてもすごく個性的で。どちらもたくさんの人物をうまく組み合わせてストーリーを作っていくのが面白いなぁと。

—— 人が大勢いるのがお好きなのかもしれませんね。だからオーケストラやオペラと相性がいいのでしょうか。

確かに、たくさんの方とご一緒するのは好きな方です(笑)。オペラより先に映画を好きになったのですが、オペラもやはり音楽でストーリーを語るのが好きなんだと思います。文学やドラマを音楽で奏でられるなんて楽しい!という感じでしょうか。

—— まさにそれがオペラの一番の楽しさですね。最後に将来の夢というか、これだけはぜひ指揮してみたいという作品はありますか。

やはりロッシーニのオペラはライフワークとして大事にしていきたいと思っています。すでに指揮をしている《セビーリャの理髪師》や《ラ・チェネレントラ》などは今後も演奏していきたいですし、まだ自分が振っていない作品も一作でも多くその魅力を紹介できたらと思っています。死ぬまでに一度指揮をしたいのは、ロッシーニの書いた最後のオペラ(序曲は有名だが長大なため全曲演奏が難しい)《ウィリアム・テル(ギヨーム・テル)》です。

11.園田隆一郎氏撮影ロッシーニのオーケストラ譜ロッシーニのオーケストラ譜 撮影:園田隆一郎

共演するオーケストラやソリストたちから大きな信頼を寄せられている園田マエストロ。器楽の分野もさることながら、オペラ、特にライフワークだというロッシーニのオペラの魅力を伝えるますますの活躍を期待したい。

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園田隆一郎(そのだ・りゅういちろう)
東京藝術大学指揮科、同大学院指揮専攻修了。文化庁在外派遣研修員としてローマ歌劇場にてジャンルイジ・ジェルメッティ氏に師事。2006年シエナ夏季音楽週間『トスカ』でデビュー、翌07年藤原歌劇団『ラ・ボエーム』で日本デビュー。オペラと交響曲の両分野で活動。05年第16回五島記念文化賞オペラ新人賞、17年第16回齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞。
公式サイト https://www.amati-tokyo.com/artist/conductor/post_5.php

5.園田隆一郎氏ポートレート (c)Fabio Parenzan©Fabio Parenzan


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