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File.56 コロナ禍で一大決心し、目指すスタイルとは? 蕪木光生さん(ピアニスト/作曲家)

ピアニストで作曲家の蕪木光生さんがリーダーをつとめるコンテンポラリー・ジャズのプロジェクト「EPICH」は、EPIC(叙事詩・イカした)とECHO(響き)の出合いをイメージして名づけられたのだという。23歳で初めてピアノを弾き、現在はアルバム発表やライブ活動に邁進する蕪木さんの作り出す響きの源泉にあるのは? コロナ禍でした大きな決断、その先にある夢は——。

取材:小室敬幸 構成・文:鉢村優/鈴木理映子

——蕪木さんがピアノを始めたのは23歳で脱サラしてからなんですね。なぜそのタイミングで、まったく新しいチャレンジをしようと思い立ったんでしょうか。
 
遅く始めたので、苦労しました。実は親がミュージカル劇団をやっていて。それに反発して普通に会社員になったんですが、23歳のときにピアノに出会い、直感で「ピアノの道に進もう」と。若かったのもあって、勢いで、直感で飛び込んでしまったという感じです。
 
——このアーティストに憧れたというような、具体的な名前やアルバムはありますか。
 
ベタなんですけどビル・エヴァンスを聴いて。響きが繊細で美しいなと思ったんです。コードの美しさ。それからビートルズもコードがすごく美しくて、好きでした。だから、音楽の原点としては、ビートルズですかね。
 
——今の蕪木さんのアルバムを聴かせていただくと、コードの美しさに加えて、プログレッシブですごく凝ったところがあって特徴的だなと思いました。そうした現代的なサウンドも身につけていかれたきっかけはありますか。
 
最初は飯田ジャズスクールっていう、杉並区にある伝統的なスクールに通って松井秋彦さんに教えていただきました。松井さんはものすごいプログレッシブで、変拍子とかいろんな浮遊感のある曲をやられる方だったので、その影響が大きいですね。始めたばかりでとにかく何も分からなかったので一生懸命やっただけなんですけど。結果的にそういう楽曲の方が自分には向いてたので、よかったと思います。
 
——その後、アルバム『EPICH』の中にも入っている『Akita』がInternational songwriting competitionのセミファイルに選ばれました。プレーヤーだけじゃなくて、作曲を意識的にされるようになったのは、いつごろからでしょうか。
 
5年ぐらい前ですかね、自分は作曲の方をメインにしたいなと思って。『EPICH』も全部自分が作曲しています。EPICHっていうバンドも、私と古木佳祐君と鈴木カオルさんというトリオから出発したんですけど、今は3人+ゲストでボーカル、ギター、サックスとかいろんな方が入って、さまざまな形で僕の曲をやるプロジェクトみたいな感じになってます。
これまではジャズありきで、アドリブがあって、インプロビゼーションがあるっていう曲を書いてたんですけど、今はそのときにインスピレーション受けたことを垣根なく書こうとしてます。
 
——曲名はそのインスピレーションをもとにしていることが多いですか。
 
ほとんどそうですね。たとえばプリンスっていうアフリカ系の友達がいるんです。最近会ってないんですけど、10年以上前に知り合いになって。アフリカから出てきて、こっちで生きていくの、大変なわけなんです。でもものすごいポジティブなんですね。家族も持って、会社もおこして。日本人には持ち得ないようなポジティブさがあって。彼を身近で見てると、感動することが多々ありまして。それで書いた曲が『Mr.P』です。
 
——賞を獲った『Akita』は秋田県のAkitaなんですか。これはどういう理由なんでしょう。
 
秋田って雪が多い地域じゃないですか。雪が降ると首都は機能を停止してしまうこともよくありますけど、東北の方々は大雪が降っても、雪を下ろして、溶かして。東北は寡黙で非常に忍耐強くてものすごい生命力の強い人たちだなっていうのがあって。雪を溶かすような静かな熱い曲を書きたいなと思ってつくりました。

https://youtu.be/91DoKSk9xYs

——最近は録音やミックスも、全部自分でやろうというチャレンジをしているわけですね。
 
弦楽にしろ、歌にしろ、たくさんリハーサルをして、レコーディングスタジオ押さえて、予算をかけてやるのって、すごく大変になるので。エンジニアさんと一緒にチームを組んでやるというならいいんですが、そこまでの予算もばかにならない。自分自身、ミックスまでは自分でできるアーティストになりたいなという気持ちがあって。それでこの機会にいただいた補助金とか、そういうものを全部投じて勉強しています。
 
——ホームスタジオもコロナ禍になってから新しく作られたんですね。
 
そうなんです。前から考えてはいたんですが、この機会に、もともとあったグランドピアノを売却して、アップライトにして、機材をそろえて。
 
——結構な決断ですよね。今までもアコースティックじゃない、生じゃないものも弾かれてましたけど、グランドピアノは、ピアニストにとっては大事なものじゃないですか。それを売るっていうのは、どういうことが最終的な決断につながったんでしょう。
 
かなり迷ったんですけど、自分の作品に関しては自分でエンジニアとしての力をつけるしかないんです。私、ブラジルのアントニオ・ロウレイロって音楽家がすごく好きで。彼は基本的にLogicっていうMacのDTMを使って、全部自分で打ち込んでて、そこにゲストの人に参加してもらっているそうなんです。すべて自分で演奏・録音してて、一から作りたい世界を作っている。私も、職人としてのピアニストだけでいくんじゃなく、ロウレイロみたいに総合的なアートをつくる人間になりたいなと思ったのは大きいです。

コロナ禍は、人々の生活を変え、文化芸術、とりわけライブでの演奏、上演を前提とする表現活動に大きな打撃を与えた。蕪木さんは、その最中に、自らの表現手法をさらに追求する準備に取り組んだ。23年には2ndアルバム『Uncrownd」を発表、さまざまなアーティストと協働し、琴線に触れる「響き」を送り出している。

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蕪木光生(かぶき・みつお)
作曲家、ピアニスト。 松井秋彦にジャズピアノを師事。松井秋彦「GROOVE X、 式町水晶「流木's Ballad」に参加。現在は自身のプロジェクト「EPICH」でライブ活動を行う。2016年1stアルバム「EPICH」を発売。17年のInternational songwriting competitionにて、自身の作曲した『AKITA』で、セミファイナリストに選出。18年にモーションブルー横浜でレコ発ファイナルを行う。23年2ndアルバム『Uncrownd」を発表。

公式サイト https://kabukimitsuo.wixsite.com/piano
YouTube https://www.youtube.com/@mitsuokabuki8378


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