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File.03 拡張し、変化し続ける絵画 野原万里絵さん(画家)

野原万里絵さんの作品には、古代の文字のような不思議な形や、地形をトレースしたような線の重なりなど、既視感があるけれどどこで出会ったのかわからないイメージが登場する。大阪の共同スタジオ、Super Studio Kitakagayaを拠点に画家として活動している野原さんの制作プロセスは、素材集め、素材から形や線を抽出する方法、抽出した線や形の組み立てや構成、それを表すための器具づくり、紙やパネルなどの支持体への定着方法など、さまざまに分解できる。それら一つずつのプロセスは自作の道具や協働制作者の介入によって、作品ごとに変化し、拡張していく。多くの人たちを巻き込みながら、巨大な絵画作品も制作する彼女の作品の源とは何なのだろう。青森にあるアーティスト・イン・レジデンスACACに滞在中の彼女にインタビューを行った。
取材・文=水田紗弥子(キュレーター)
 
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《拡張の方法 ~無題の形~》(写真上)
水性塗料、油性ペン、綿布、紙、寒冷紗、テープ、つっぱり棒など
168.0×168.0cm×10作品 / 2019
「飛鳥アートヴィレッジ2019 回遊」奈良県立万葉文化館 展望ロビー展示
撮影:ヤマダユウジ

―絵を描くプロセスに興味があるということで、自作の道具で制作するスタイルですが、そのきっかけは?

大学時代は油絵専攻で、油絵具の扱いやすさと扱いにくさの両面など、油絵の魅力を今も感じています。描く過程の言葉で表せない曖昧さにも興味があり、制作のきっかけにもなっています。大学ではモチーフを描くという課題が、なんでも描いて良いという課題に徐々に変わっていくのですが、その時に「なにを描くか」ということから「どう描くか」ということに意識が変化していきました。線をどう描くか考えたときに、画材屋さんで雲形定規を見て、これは人がつくった線で自分が描きたい線にはならないと思い、道具自体から既製品ではなく自作の物を使ったら描きたいことが明確になるのではと考え、シンプルな線だけに絞った雲形定規を作りました。
大学の卒業制作では、自作の定規を家族が使って絵を描き、同じ道具で違う人が絵を描いたらどうなるかということを試したり、大学院の修了制作ではモチーフ自体を他人から集め、その輪郭を検出しパソコンで組み合わせ、それを元に他者とのコミュニケーションも含めた作品を制作しました。

5_大学院修了作品大学院修了作品《Unpredictable -working title-》油性ペン、紙、ガムテープ、その他 / サイズ:可変、インスタレーション/ 2013 京都市立芸術大学アトリエ棟

―道具のうち雲形定規のようなアクリル製の型が特徴的ですが、どういうものなのですか?

例えば2009年と2017年にそれぞれの年バージョンで制作した御道筋定規があります。大阪の御堂筋沿いを歩いて集めた線を組み合わせています。看板や歩いている人の写真などを撮影し、写真をトレースして拡大縮小し組み合わせて一つの形を作り出します。それを最終的にアクリル屋さんにレーザーカッターで切り出してもらい制作しています。定規のように線を引いたり、くり抜いた跡の部分を使ってステンシルのように面を描いたりするため、作品に繰り返し同じ線や形が登場する部分も見てもらうことができます。

4_御道筋定規《御道筋定規 #1 》アクリル板 / 28.0×22.0㎝ / 2009

―そういった道具を使って、一人ではなく協働制作にも絵画を発展させ、サイズも関わる人も拡大していっていますね。

はい。作品に必要な工程に関わっている場合は協働制作と呼んでいます。参加者は実は自由に制作ができるわけではなく、私がこういう風に書いて欲しいと指示をしています。同じ道筋を辿ってもらうことで、参加者が絵描きの考えや方法も体感し、絵画の作り方を知ることで絵画の見方も広がるきっかけになればと思っています。

―現在滞在中のACACではどんな作品をどのようなプロセスで制作していますか。

2018年に訪れたインドのデリーにある世界遺産クトゥブ・ミナールという塔を実際に見たときの経験から制作しています。1200年頃に建てられた塔で、イスラム教ではない他宗教の寺院の石材を転用して積み上げられており、情報が複雑なのに美しく整頓されていて、自分の絵を描く方法と近いものを感じました。石積みでつくられたこの塔と同じように、サイズの異なるパネルを組み合わせるようなスタイルで、下地の色はクトゥブ・ミナールから抽出し一人で制作を始め、東京のgallery TOWEDというところで今年発表しました。

6_クトゥブ・ミナールクトゥブ・ミナール(写真:野原万里絵)

現在はACACで、この作品を協働制作によってさらに拡大させています。既に私が作成したパネルも加え、約220枚のパネルの組み合わせにして発表する予定です。協働制作では青森に来て私が集めた石から好きな石を選んでもらい、参加者がその石から色や形、テクスチャーなどの要素を抽出しながらパネルの下地・背景部分を作成していきます。例えば石のザラザラした表面を描きたいという人には、その表情を出すためにどんな工程が必要か、かなり細かく提案しています。絵の具を一旦水で拭き取りましょうとか、このスポンジで叩きましょうなど、具体的な指示に戸惑いながら参加者は描くのですが、描き進めていくうちに、その効果に驚くような瞬間があります。参加者が画家に近づき、私の足跡を辿るような感覚だと思うのですが、そのことで他の人が描いた絵の工程にも思いを巡らせたり、絵を鑑賞する視点を今までよりも広げられたらと思っています。

差し替え写真ACAC制作風景(写真:野原万里絵)

8_AC制作風景2ACAC協働制作風景(写真:野原万里絵)

―下地の上に描かれている黒い形はどんなものなのでしょうか?

クトゥブ・ミナールでは石に彫られた部分が、遠くから見ると描かれた装飾のようになっています。そんな印象を思い出して、協働制作で作られた下地の上に私が形を描いています。なにを描いているかよく質問されますが、描きながら絶対に残したい形だけど名前はないものを選んで描いています。これまでの作品でも、ドローイングノートを作っていて、移動中、旅先で描いたドローイングを組み合わせ、年代がバラバラだったり、行く先々で描いたものの中からランダムにピックアップして形を作品にしてきました。その形が顔や動物に見えたりすると、鑑賞者は安心すると思いますが、名前のない形の美しさは共有しずらい。自分で価値判断をして見ないといけない、一定の見方があるようなものではなく、見過ごされているものや、取りこぼされているところを絵画で残すことに可能性があると思っています。

9_AC展示作品《Drawing -計測01-》 紙にインク、色鉛筆、額装 / 45.2×57.2.×3.2cm / 2020年 撮影:増田好郎

―これから挑戦してみたいことはありますか。

他者を巻き込んだ制作方法や、サイズの拡大縮小や組み合わせなど、まだ試したことのない方法を実践していきたいです。ACACでは、時間と空間の最大のサイズで220枚と決めてパネルを制作中ですが、この作品はライフワークのようにパネルをどんどん増やして、さまざまな組み合わせで展示したいです。また、先人が作ったクトゥブ・ミナールや、巨大壁画、洞窟壁画などがどのようにつくられ、描かれていたかということを、もう少し作り手の目線で調べてみたいということはあります。どんな風に描き方を伝達されていたのかとか、石の組み合わせは誰がどう決定し、積んだのか、など。細かい工程や方法についてリサーチしてみたいです。

野原さんの作品を前に、まずはどう見たらいいかわからず戸惑う。だからこそ魅力的で、絵画とはなんなのかという真摯な疑問に鑑賞者も協働制作者も巻き込まれていく。絵画を描くプロセスとは、どこからどこまでなのだろう。野原さんの絵画の拡張方法に触れると、絵画を見ること、街を歩くことも、絵画の工程に含まれているのだと気付かされ、その拡がりに動揺し同時に楽しくもなる。ぜひ実際に作品を目撃して、自分の引き出しにない絵画のあじわいに出会って欲しい。

野原万里絵 展覧会
会期 2020年11月21日(土)-12月20日(日)10:00ー18:00
会場 国際芸術センター青森 展示棟、ギャラリーA
http://www.acac-aomori.jp/event/2020-2/

「アトリエ美術館 vol.24 途中は案外美しい 野原万里絵展」
展覧会開催期間:2020年11月13日(金)~12月13日(日)
会場:御殿山生涯学習美術センター1階、御殿山渚商店会
http://www.hira-manatsuna.jp/gotenyama/attelier2020local.html

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野原万里絵(のはら・まりえ)
2012年Royal College of Art (London) 交換留学、2013年京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻修了。おおさか創造千島財団が企画運営する共同スタジオSuper Studio Kitakagayaを拠点に、画家として活動、自ら制作した定規や型紙などの道具を用いた絵画作品を制作・発表している。また、子どもたちを対象にしたワークショップも日本各地で開催。さまざまな土地で出会った人々と協働で巨大な絵画作品を制作し、展覧会で発表している。近年の活動に「飛鳥アートヴィレッジ2019 回遊」(奈良県立万葉文化館 展望ロビー /ワークショップ・展示)、「いろんな道具で描く、どこまでも長く、ずっと続く絵」(トーキョーアーツアンドスペースレジデンシー )、「ゆいぽーと アーティスト・イン・レジデンス 招聘プログラム2019春季」成果展(新潟市芸術創造村・国際青少年センター)など。
http://marienohara.info/

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