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File.13 「生音」と「オンライン」の違いは? あらたに発見した打楽器×配信の親和性 上原なな江さん(打楽器奏者)

ミュージカルやオーケストラでの演奏を中心に活動する打楽器奏者の上原なな江さん。全力で音が出せないコロナ禍を通じて、音は耳だけで聴いているのではないことを実感したという。「自分の身体全体が振動し、目が覚めるような」音。オンラインで聴ける音との本質的な違いを考える一方で、配信との親和性の中で新たに開かれた打楽器の楽しみ方について聞いた。
取材・文=鉢村 優(音楽評論)

——昨日(2020年12月6日)、出演されていたミュージカル『フリムンシスターズ』(作・演出 松尾スズキ、音楽 渡邊崇)が千秋楽を迎えましたね。以前からミュージカルのお仕事は多いそうですが、今回の公演にはどのような印象を持たれましたか。

今年の3月、参加していたミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー Season2』が感染症拡大防止のため会期途中で中止となりました。それ以来初のミュージカル参加でしたが、PCR検査に加えて、稽古場や劇場に到着次第、服の着替えが必要でした。普段ミュージカルでは初日前に御祓をするのですが、今回は人が集まることを避けるため割愛されました。ケータリングもなく、イレギュラーなことが多く、少し戸惑いました。
開幕してから(自分の出番ではない日に)客席で観劇したのですが、お客様の熱量が非常に大きく、自分自身はもちろん、お客様も舞台を待ちわびていたことをひしひしと感じました。

——言葉にしなくても伝わってくるものがあったのですね。

お客様には個人情報の登録や時間差での退場など、これまでに比べご面倒をおかけすることが多いのですが、それでも集まってくださる方々からは芸術を必要としてくださる思いが感じられました。とてもありがたいです。

——演奏家の方々からは、「ライブでなければ、生音でなければできないことがある」という意見が多く聞かれますね。とは言えこのご時世ではライブだけに絞ることも難しく、しばらくは両立の道が続きそうですね……。

「ライブでなければ」という意見、その通りだと思います。配信では環境によってクオリティの差が生じてしまったり、空間を共有できなかったりと難しい点がありますね。ただ、配信ならではの良さもあると思います。手元の動きなど、客席から見えづらい部分にクローズアップすることもできます。特にわれわれ打楽器は演奏の動きも観て楽しめるので、親和性が高いと思います。会場を訪れずに遠方からでもLIVEを観ることができますし、チャット機能を利用すれば、リアルタイムで演奏者⇆聴き手のやり取りができるという面白さもあります。

音については、この自粛期間中に気づいたことがあります。2月末からバタバタと仕事がキャンセルになり、自粛明けで初めてオーケストラのお仕事に行ったのが6月なのですが、リハーサルで自分が叩いたシンバルの音にびっくりしてしまいました(笑) 自粛期間中に配信で耳にしていた色々な音とは全く別物だったからです。自分の身体全体が振動し、目が覚めるような音でした。そしてオーケストラが鳴り始めると、床が振動し、また身体に響いてきました。「音」は耳だけで聴いているのではないのだなと実感した瞬間です。

——オンラインで聴ける音との本質的な違い、音は耳だけで聴いているのではないこと……こうした事柄は、打楽器がご専門だからこそ気づくことでもあったのではないでしょうか。音の小さな楽器は家でもある程度弾いたり配信したりできますが、フルパワーのシンバルはホールやスタジオでないと叩けませんね。

おっしゃる通りで、自宅では大きな音が出せないのでバンドスタジオが休業してしまったときは困りました……。状況を逆手に取り、自宅にある日用品(炊飯釜やザル、洗濯のピンチハンガーなど小さな音のもの)を使用して「アートにエールを!」で配信したりもしました。この状況でなければ思いつかなかったアイデア(苦肉の……)だと思います。

——「誰でも気軽に音が出せる打楽器を通して参加型のコンサートや教室を」とお考えだそうですね。構想を聞かせていただけますでしょうか。

このアイデアは、わたしの2つの活動が元になっています。まず、国立音楽院で13年ほど受け持っているレッスン。さまざまな年代の方が音楽に関する授業や楽器のレッスンを受けることができるのですが、30〜50代の方々の熱意は凄いです。音楽の道を一度諦めたけれどそれでもやはり学びたい、楽器に触れたいという気持ちが全面に出ている方が多いです。

次に、ここ10年ほど、ゴールデンウィークに夢の島熱帯植物館(東京都)で公演をさせていただいています。その中で打楽器を作ったり、リズムで参加するワークショップを行っています。植物館に遊びに来た方がその場で気軽に参加できる内容です。特に、コンサートホールは敷居が高いお子さまに上質な演奏を楽しんでいただき、即興で参加することでその一部となる体験をして欲しいと思っています。

この2つの活動を通して、「音楽や打楽器が大好きだけれど、楽器に触れる場所や機会がなかなか見つからない」という方に気軽に楽しんでいただける場所を提供できるようになりたい、と思うようになりました。前者のようにレッスンを行う教室もいいですし、後者のように地域で行うワークショップ、音楽イベントの中でのひとコーナーなど、いろいろな形があると思います。

——最後に上原さんが所属されている「天音トリオ」のライブ(12月27日15時開演・加賀町ホール/ライブ配信)について伺えれば幸いです。どんな曲を取り上げられる予定でしょうか。

天音トリオは、6月に予定していたライブが中止となって以来久しぶりの公演です。今年2月末からバタバタと仕事が中止になり不安が募る中、明るい春への希望を持って作曲した自作曲『花咲く庭』や、先日初めて天音トリオでレコーディングに臨んだオリジナル曲も演奏します。また、今年にちなんだ映画音楽のカバー曲も演奏する予定です。たくさんの方々が自粛、我慢、不安で苦しい思いをされたこの一年だったと思うので、透明感のある曲、エネルギーのある曲で束の間ほっとし、前向きな気持ちになっていただけるような公演にしたいです。

レコーディング風景レコーディング風景

ライブフライヤー

——先ほど伺った「配信のメリット」に関連して、今回のライブ配信で何か特別な試みなどありましたら教えてください。

今回の配信では4台のカメラを使用します。その為に機材やノウハウが充実している加賀町ホールを選びました。メンバーの手元や表情をご覧いただきやすいように工夫する予定です。また、ホール自体がよく響くので、楽器それぞれにマイクをセットするのではなく舞台上の吊りマイクで集音し配信します。本日ちょうどテスト配信をしてみたのですが、映像もきれいで安定していました。ホールならではの広がり、奥行きをお楽しみいただけると思います。

——その他のスケジュールもありましたらぜひお願いします。

年末には、私が参加しているズーラシアンブラスのコンサートがあります(配信も予定)。未来を担う子どもたちにこそ上質な演奏や芸術をお届けしたいので、大切にし、関わり続けたい活動のひとつです。
この記事をご覧になった保護者の皆様には、子どもたちに「上原さんが応援している打楽器のナマケモノさんが12月30、31日のコンサートに出演するよ」とお伝え頂き、ぜひご一緒にコンサートへお越し頂けたら幸いです。

突然一変した環境の中で、音楽や打楽器の可能性、そして自身のミッションについて粘り強く考えを深める上原さん。配信動画やライブの鑑賞を通じて聴き手もその道のりを応援し、共有し、音楽の未来をともに考えていきたい。

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上原なな江(うえはら・ななえ)
東京藝術大学打楽器科を卒業後、オーケストラ、吹奏楽の客演やミュージカル(劇団四季、東宝、フジテレビ、TBSなど)で演奏活動を行う。2009年ブルガリア国際打楽器コンクールにて第3位を受賞。ドラマ『あまちゃん』『過保護のカホコ』『いだてん』のほか、椎名林檎、藤原さくらなどのアーティストの楽曲、CMレコーディングにも多数参加。大友良英スペシャルビッグバンド、ズーラシアンブラスメンバー。国立音楽院講師。

公式サイト https://ameblo.jp/narco7/

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