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File.25 マジカルで奥深い”触れ合い”を つくる 野崎夏世さん(パフォーマー)

演劇を始めたころ、小劇場で自分なりに精一杯の表現で演じていた。ある日天啓のように、イギリスのカンパニー「テアトル・ドゥ・ラ・ コンプリシテ」のサイモン・マクバーニーと、スイスの演出家、リュック・ボンディ演出のフランス古典悲劇と出逢ってしまう。衝撃を抱えたまま、二人がともにフランスの「ジャック・ルコック国際演劇学校」出身であることを知り、若き野崎夏世は、いてもたってもいられずフランスに飛び、この学校の門戸を叩く——
いまや、大道芸、舞台ファンから引っ張りだこの「to R mansion」の顔として有名な夏世さんのキャリアは、演劇への破天荒な情熱から始まっていた。
取材・文=田中未知子(瀬戸内サーカスファクトリー代表)

——夏世さんといえば、大道芸ファンなら知らない人はいない「to R mansion」のメインキャラクターの一人で、上ノ空はなびさんと共に、創立者でもあります。今回、夏世さんのインタビューにあたり、とてもレアな?!フランスのジャック・ルコック国際演劇学校での夏世さんの卒業制作舞台映像を拝見しました。率直に、すごく面白かったです。

ジャック・ルコック国際演劇学校では、卒業年度に先生が生徒一人ひとりにお題を出します。先生は完成するまで一切口を出さず、生徒は、コンセプトから演出まで自ら担当し、生徒同士で出演し合って発表するのです。
私の作品を見て、先生や友達からは「社会派だね」と言われました(笑)。

——公衆電話で恋人に愛を告白しようとした男性が突然暴徒に襲われ瀕死の状況。そこにクラウンの赤鼻をつけた夏世さんが現れ、彼から愛の告白を受けていると勘違いして、客席の困惑と笑いを誘います。最後は彼の恋人と警官が現場に駆けつけ、夏世さんが犯人と間違われてしまうという悲喜劇。ストーリーも演出も、すべて夏世さんによるものなのですね。

はい。「悲劇と喜劇は隣り合わせ」という感覚は、今も20年前も変わっていません。ものごとにはいろんな見方があり、誰かにとっての薬は誰かにとっての毒、誰かにとっての喜びは誰かにとっての悲しみかもしれないと感じます。人生には常に矛盾があり、全てを知ることはできない、という感覚ですね。

——ジャック・ルコックの学びの中で、特に印象に残っていることはなんですか。

学校では、週や期ごとに異なるテーマに取り組んでいきます。たとえば、「道化」にもたくさんの種類がありますから、初年度は皮製の、顔全面を覆うマスクを渡されて演じ、その後「ブッフォン」という、言葉を駆使して社会の権力者を滑稽にこき下ろす役柄にもチャレンジしました。ジャック・ルコックは国際色豊かな学校なので、言葉の問題もあって、自分も含めてブッフォンは苦手な人も多かったです。さまざまな表現を学んだ後に、いよいよこの学校の十八番ともいえる「クラウン」芸の赤い鼻を渡され、みんな息巻きます。
学校では常に「表現者と表現する対象には距離感がなければならない。感情で芝居を組み立てるのは最低」と教えられます。最後に来るのがクラウンなわけですが、クラウンは、静けさ、孤独から生まれるものであり、自分の内側を突きつけられました。

フランス演劇では一般的に台詞が中心軸に置かれることが多く、いわゆるコンセルバトワールでは古典の優れた台詞劇を学びます。一方ジャック・ルコックでは、身体表現に重きが置かれ、2年間、1週間に1つ課題を与えられて自由創作を行います。合う人とも合わない人とも、文化背景が異なる人とも「一緒に作る」ことを続けるわけです。
この経験は、いまのto R mansionの活動にもつながっていると思います。

野崎夏世4

——to R mansionといえば、最近、舞台で「テアトル・ノワール(闇の演劇)」という手法に取り組まれていて注目されていますね。

始まりは2014年、フランスのアヴィニヨン演劇祭で『マジカルミステリーツアー』という作品を公演した時。忘れもしない楽日、祭りも終わりでラストショーはやめて撤収してしまうカンパニーも多い中、私たちは、それでも1公演やればご飯代になるよね、と、最後のショーを行いました。そこに観にきていた数少ない観客の中に、南米ギアナの児童演劇祭のディレクターがいて、ショーを気に入り、彼らの演劇祭に呼んでくれることになったのです!

——素晴らしい。楽日までやった甲斐がありましたね! ギアナはどうでしたか。

ギアナの演劇祭会場はもと牢獄だった場所で、演劇学校と劇場に改装されました。滞在中、演劇学校の学生発表会を見て欲しいと誘われ、皆で見にいきました。そこで生徒たちが発表していた作品が、テアトル・ノワール技術を使ったオブジェクトシアター。流木で作られた鳥や人間に見立てたモップなど、日用品をパペットとして使っていて、舞台の奥行きはたった2〜3m。ところが、その暗闇が、無限の奥深さに見えたのです! われわれはみな、驚愕しました。

普通、光は拡散しますから、カーテンのようにバッツリ光を切ることなんかできません。照明家はフランス人のパスカル・ラージリ。食堂などでよく顔を合わせ雑談する中で、パスカルが、敬愛するフィリップ・ジャンティ(編集注:舞台の魔術師と呼ばれる演出家)のチームの舞台監督だったことがわかり驚きました。パスカルは、ジャンティとの創作経験から、テアトル・ノワールの研究を重ね、オリジナルの発明を加えて独自のテアトル・ノワールを開発しました。

翌年、パスカルが私たちのパリ公演を観にきてくれて、その際に演出の上ノ空はなびから、一緒に日本で新作を作りたいと熱意を伝えたところ、喜んでコラボレーションを引き受けてくれたのです。こうして実現したのがパスカルとの合作『The Wonderful Parade』で、パスカルがこの技術の仕組みとベースの作り方を照明家・丸山武彦さんに伝え、技術的に日本での再現が可能になりました。その後、to R mansionのオリジナルとしてテアトル・ノワールを使った新作『にんぎょひめ』を実現することになったのです。

——いつも夏世さんの、to R mansionの仲間に対する信頼やリスペクトを感じます。上ノ空はなびさんや、丸本すぱじろうさんは夏世さんにとってどんな存在ですか。

自分は複雑に考えてしまいがちな性格ですが、はなびは一刀両断(笑)。シンプルに「それってこういうことなのでは? それでいいじゃん」と言ってくれる。彼女の意志の強さ、諦めない気持ちにいつも救われます。
丸本は、切れ物。芸事を磨いていく姿勢は謙虚で真面目なのにアイデアが突飛! 何にも染まっていないから、いつも風穴を開けてくれる存在です。

——これから、どんなことをやってみたいですか。

コロナ禍で取り組んだ映像配信はこれからもやっていきますが、だからこそ、生でやれる時は、生でしか体験できないことをやりたい。手触りや匂いなどの情報の効果にもっと敏感でありたいし、お客様の体の状態に対して、明確にこちらから「こうあってほしい」という提案をしていくもの面白いと思う。舞台と客席の境目を取り払って「劇場で何を体験してもらいたいか」という視点でも色々探ってみたいです。

舞台上では圧倒的なオーラと存在感を放ち、素顔は謙虚で温かい夏世さん。ジャック・ルコック国際演劇学校時代の、ひたむきで捨て身な彼女を知るにつけ、彼女には、本人すら気づかない秘密の引き出しがあって、まだまだ私たちを驚かせてくれる予感がして仕方ないのだ!

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野崎夏世(のざき・かよ)
2003年ジャック・ルコック国際演劇学校(フランス・パリ)卒業。2007年to R mansion結成。以後同カンパニー全公演の創作、パフォーマンスを担当。同年、神戸ビエンナーレ大道芸コンペティショングランプリ受賞を機に国内の大道芸フェスティバルやイベントなどに出演。2010年アヴィニヨン演劇祭で上演した舞台作品が話題となり、海外に進出。国内外の演劇フェスティバル、劇場から招聘され、現在15ヵ国81都市で上演。

公式サイト http://tormansion.com/
公式Twitter https://twitter.com/tormansion
YouTubeチャンネル https://www.youtube.com/user/toRmansion

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