予期せぬ提案

予期せぬ提案

仕事から帰宅したその夜、絵里子がいつもと違う様子で俺を待っていた。リビングに座り、何かを決心したかのような表情で、「話があるの」と静かに口を開いた。

俺たちの会話は、ここしばらく表面的なものばかりだった。娘の美奈のことか、家事の分担くらい。結婚してから数年、家族としてはうまくやってきたが、夫婦としての関係は徐々に冷えていったのを感じていた。仕事が忙しく、家に帰っても疲れ果て、ただ休むだけの日々。絵里子との関係を修復する時間なんて、もうとっくに失っていたのかもしれない。

「私たち、このままじゃいけないと思うの。話し合いたい」と彼女は言った。

その瞬間、俺は嫌な予感がした。実際、彼女が話し始めたのは「離婚」のことだった。彼女は、自分の中でずっと悩んできたことを、落ち着いた声で伝えてきた。俺も、何かを言い返す余裕もなく、ただ聞くしかなかった。

「離婚したい」と彼女がはっきり言った瞬間、胸に重いものがのしかかった。いつかこの瞬間が来ることを予感していたが、実際にその言葉を聞くと、何とも言えない虚無感が押し寄せた。

俺も何も感じていなかったわけじゃない。絵里子との関係は、このままでは続けられないとわかっていたし、彼女が幸せじゃないことも理解していた。だが、現実に離婚を口にする勇気はなかった。

「そうか…」それだけしか言葉が出てこなかった。

夜が更けるにつれて、離婚後のことが現実的に頭をよぎった。美奈の親権は?養育費は?今の仕事を続けながら、新しい生活をどう築いていけばいいのか?頭の中で混乱が渦巻いていた。

話し合いと新たな責任

ここから先は

1,478字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?