マガジンのカバー画像

東京アダージョ - ゆるいプロット

31
東京アダージョ - Tokyo Adagio 東京に住んでもう長い。というより、そこから、出たことがないのだ。ごく狭い世界だが、、それでも、多様な出来事を避けては通れない。もう、…
運営しているクリエイター

#イメージと文化

東京アダージョ 「るみこのピストル」

プロット:東京アダージョ 「るみこのピストル」 東京に住んでもう長い。というより、そこか…

30

東京アダージョ-日本画家-佐藤土筆の奇妙な話

東京アダージョ-日本画家-佐藤土筆の奇妙な夢の話 その画家のアトリエの先には、アカンサスが…

76

東京アダージョ-幼稚園の砂場の親子

世の中には、どう考えても、どうあぐねても、どうしょうもない事がある。真直ぐな子供の心は、…

74

東京アダージョ - 痛い立ち蕎麦

「痛い立ち蕎麦」-通の食 もう、十数年は以前のことであるが、渋谷駅地下のお蕎麦屋さんで、次…

74

歌人窪田空穂、些事を詠む

窪田空穂(くぼたうつぼ、1877-1967):歌人・国文学者(早大文学部教授)。(本名は窪田通治…

73

東京アダージョ「あれですから」最終回

#1 )「喪中だから、仕方ないよねぇ」 「喪中だから、仕方ないよねぇ・・・」 道で急に、知ら…

74

東京アダージョ:病院抜け出した涙(自動車ショー歌)

東京アダージョ:世の中には、どう考えても、どうあぐねても、どうしょうもない事がある。それでも、幸、不幸を背負った時間の動きは止まらない。 もう、何年前だろう、 私が、交通事故で、入院した病床は、なぜか、空きのベットの関係で内科病床であった。 そこで、隣同士の鈴木さんと出会った。 自分より、親子ほど異なる年上の鈴木さんは、何度目かの脳梗塞で、長期に入院されていた。 当時は、プライバシーの配慮もなく、カーテンは開けっ放しが常識で、そして、毎日が暗い話ばかりだった。 ある時、話

東京アダージョ:端渓硯(たんけいすずり)

護国寺の骨董市で、硯を買う羽目になった。 骨董屋さんのご夫婦が、「絶対に良い物だから」と…

60

東京アダージョ「だから、おじさんだよ・・」高度成長を支えた人々

下町にある総合病院に入院した。 それは、救急車が、そこへ送り込んでくれたからだった。 集中…

56

「もりください」-東京アダージョ

#東京アダージョ - Tokyo Adagio 「もりください」-東京アダージョ(私的な・・) もう、十…

33