芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023|レポートVol.01:“アートに縁がない異分子”山元圭太さんによる第1回講座「ヴィジョン・ミッションを磨く&ファンドレイジング力を磨く」
「芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座」は、社会と芸術文化の関係性を広い視野で捉えながら、芸術文化創造活動を継続するための活動基盤、推進力、深い思考力などを多面的に磨くことを目的とした連続講座です。
6年目となる今年度はこれまで実施してきた【対話型ゼミ】に加え、一部の講座を【オンライン公開講座】としても開講しています。今年度の【対話側ゼミ】には、12名の受講生が公募と選考を経て集まりました。受講生それぞれの創造の現場を軸にもちながら、課題解決や新たな価値創造、そして目標達成のための力を、ファシリテーター/アドバイザーの伴走支援と多様な領域の第一線で活躍する各回の講師とともに、受講生が互いに学び合い、磨いていきます。
2023年9月25日、事業/活動の根本であるヴィジョン・ミッションを明確化し、それをかなえるためのファンドレイジングの本質的な考え方を学ぶ第1回が開催されました。
開始30分前から受講生が集まり始めました。教室内は大学の講義室のよう。みな、少し緊張した面持ちです。
はじめにファシリテーター/アドバイザーの小川智紀(おがわ・とものり)さん、若林朋子(わかばやし・ともこ)さんからのアイスブレイクがありました。若林さんから「この講座をスタートして6年。受講生同士、横と縦のつながりができるのが特徴です。仲間として来年の2月までどうぞよろしく」と挨拶があり、場の雰囲気が和みます。
続いて、受講生からの自己紹介。「わたしは何者で、10年先にどうなっていたいか?」というテーマに基づき、それぞれの思いを共有していきます。受講生の専門領域は映画・映像、音楽、人形劇、民謡、現代美術など多種多様。それでも「芸術文化に携わり、その担い手の活動基盤を安定させたい」という目標は同じ。「身銭を切っている現状を立て直したい」、「将来のファンをつくりたい」と課題意識をそれぞれに語りました。
自己紹介後の昼休憩では、連れ立って昼食に向かう姿も。お互いに交流のきっかけとなったようです。
前半:ヴィジョン・ミッションを磨く〜組織使命の再確認・探究〜
山元圭太(やまもと・けいた)さんによる講座が12時30分からスタート。山元さんは「非営利組織の経営のプロ」として、NPO法人などの経営コンサルティングを担ってきました。前半は「ヴィジョン・ミッションを磨く」。後半は「ファンドレイジング力を磨く」の2本立てです。
山元さんは「アートに縁がない異分子」と自身を形容し、違う世界観に触れて欲しいと切り出しました。前半の講義の目的は「今、自分は事業/活動を通して何をしたいのか」を整理すること。山元さんは手始めに「エコノミック(経済)」、「ソーシャル(社会)」、「ライフ(生業)」という事業/活動を大分する3類型を掲示しました。
1つ目は「エコノミック(経済)」。利益の最大化を目的とした、最も一般的なビジネスモデルです。
2つ目の「ソーシャル(社会)」は社会課題の解決や、社会をよりよくする新しい価値の創造を目的とした事業/活動。営利組織でないが故に、目的達成のためには「資金調達計画」を立て、後半で話す「ファンドレイジング」を行う必要があります。
3つ目の「ライフ(生業)」は自己実現を目的とした事業/活動です。「ライフ(生業)」は、時にソーシャルビジネス的な顔を見せることもあると言います。
しかし、どれも明確に切り分けられないため、「場面によっては使い分けてもよい」と山元さん。その場合でも「自分の芯だけは忘れないで」とアドバイスを添えました。
ややこしいのは、目的がまったく違うこれらを一言で「事業/活動」と呼ぶ現状です。「ソーシャルビジネスの担い手がエコノミックビジネスのコンサルタントの助言を援用しようとしても、話が合わずにお互いが不幸なだけ」と山元さんは言います。だからこそ、自分のやりたい事業/活動がどんな性質か理解しないといけません。
続けて、「この3類型の中でどれに重きを置くか、◯:◯:◯の割合を考えて欲しい」と受講生に問いました。ソーシャルの割合が最も高かったと答える人が8人。受講生のほとんどが、ある社会的なヴィジョン・ミッションの実現を求めていると言えます。
事業/活動の性質を理解したうえで、どのようにヴィジョン・ミッションを明確化すればいいのでしょうか? 山元さんは続けて「ソーシャル」の中でも、明確なゴールをもつ課題解決型と、誰も見たことがないゴールを目指す価値創造型の2タイプを提示しました。
前者は山元さんが活動していた「NPO法人かものはしプロジェクト」がよい例です。「NPO法人かものはしプロジェクト」は子どもの人身売買をなくすための活動に取り組んでいる、まさに社会課題解決のための団体です。「マイナスからスタートして、ニュートラルな社会に戻すイメージだ」と山元さんは噛み砕きます。
一方の価値創造型は「ゼロからプラスにしていく感じ」。例えば「アートがあふれるまちをつくり、地域をもっと豊かにする……」などをヴィジョン・ミッションに掲げた団体がそうだと言います。こちらは、明確なゴールを描きづらいため、事業/活動内容は試行錯誤の積み重ね。それゆえに、他者からは「なにをしているのか分からない」とも見られやすく、資金調達に苦戦しがちと言います。
そこで、「ソーシャル活動の経営戦略の入口である組織使命(ヴィジョン・ミッション)を明確化しよう」と山元さんは提案します。
ヴィジョンはあるべき社会の状態で、ミッションは組織が果たす役割だと山元さんは定義します。それでは、ファンドレイジングの成功につながるよい組織使命の条件とはなんでしょうか。1つ目は「入魂度」。平たく言えば本気かどうか。2つ目は「共有度」。山元さんは切り込みます。
「あなたの事業/活動の組織使命(ヴィジョン・ミッション)を覚えていますか?」
非営利組織が定款に組織使命を定めていても、メンバーが忘れていることを多く見かけると言います。山元さんは「普段使い用の短い組織使命のショートステートメントがあるとよい」とアドバイス。
そこでそれぞれのショートステートメントを書き出す3分の時間が受講生に与えられました。ガリガリと書き出す人もいれば、手が止まってしまう人も。記入の後に受講生同士で3人のグループをつくり、ショートステートメントと講義の感想を共有します。
民謡などの郷土芸能の振興に取り組んでいる小池梨沙(こいけ・りさ)さんは「子どもたちや若者が日常生活上で郷土の文化や民謡を傍受できる地域をつくる」というショートステートメントを発表しました。
事業/活動の類型の見直しや、ヴィジョン・ミッションを話し合う受講生からは、こんな吐露が聞こえてきます。
「今までエコノミックな考え方に引っ張られすぎていた。利益至上主義な社会で、そうでなければ存在してはいけない、といった価値観に捉われていたかもしれない」
感想の共有が終わると、山元さんは講義前半を総括します。
「講義前半の役割は『呪いからの解放』。多くの人は事業/活動をビジネスとしてエコノミックの観点で考えないといけないと思いがちだし、組織運営を型にはめてしまう。だけど、形式や観念に捉われる必要はありません。事業/活動を通して何をしたいのかが重要なのであってそれに合わせてヴィジョン・ミッションも更新していくことが大切です」
後半:ファンドレイジング力を磨く〜活動に必要な資金調達力を磨く〜
前半で各自が事業/活動でやりたいことを整理しました。次は、やりたいことを実現するための資金を調達しなければなりません。後半は戦略的に資金を集め、財務基盤を固める「ファンドレイジング」の考え方を学びます。
山元さんは「ファンドレイジング5W1H理論(why, what, when, who, where, how)」を提示しました。
Whyは「何のために資金が必要なのか」を明確化すること。前半で組織使命を磨いたのはこのためです。ソーシャルな活動において、組織使命は経営資源。それが明確であればあるほど、助成金の情報提供や事業提携の声かけが集まりやすいと言います。
Whatは「何を集めるのか」。お金はもちろんのこと、「一緒に活動する仲間」も非営利組織には必要です。ボランティアやインターン、会員、職員……。ファンドレイジングはフレンド・レイジング(仲間づくり)と言い換え可能だそう。山元さん曰く「WhyとWhatが整うとファンドレイジングは半分成功」。この2つが最重要項目だと言います。
次に重要なのは資金源の多様性です。
「持続可能な財務基盤は、どれか1つに頼りすぎることなく、重層的に5つがある状態」と山元さん。多くの非営利組織は入手しやすい助成金や委託金に依存しがち。しかし、これらは制約もつきまとい、自由度がありません。一方、自由度が高いのは会費や寄付といった信頼と共感に基づく資金。不安定のように見えても、支援者がお金を払うことに価値を感じられるようなコミュニケーションを欠かさなければ、高確率で継続寄付が見込めると言います。
より共感をもってお金を出してもらうには支援者のペルソナの分析とマーケティングが必要です。「Where」や「How」にあたるのがこの部分。新しく支援者になってくれそうな人の年齢、性別、職業などを洗い出し、接触を図ります。講義では「30代・男性・お金に余裕のあるビジネスエリート」を対象とした具体的なファンドレイジングマーケティング成功事例が共有されました。
ファンドレイジングの考え方やマーケティング事例を聞いて、悩みが解きほぐされたように感じた人が多いようです。ある受講生は「芸術文化の価値を感じていてもうまく説明できず、資金支援を求められなかった。臆病になっていたかも」と感想を話していました。
ダイアログ・セッション:ファシリテーター/アドバイザー・小川智紀、若林朋子、講師・山元圭太
最後はファシリテーター/アドバイザーと山元さんのダイアログ・セッションです。小川さんはファンドレイジングの一例として現在進行中の国立科学博物館のクラウドファンディングを挙げました。山元さんはこれをポジティブに評価。「外国の博物館や美術館を見れば、珍しいことではない。日本の人口減少と公助の衰退を考えれば、前向きな検討材料のひとつになりえる」と言います。
「ファンドレイジングは点ではなく、線、面で計画を策定すべき。“ファンドレイザー”は『より深く社会参加したい』と思う人が気持ちよくお金を出せる機会設計をするのが役割。NPO法人ファンドレイジング協会の『寄付白書 Giving Japan』では寄付をしない人たちの理由で最も多いのは『お願いされないから』と結果が出ています。『なにかを提供していないからお金くださいって言えない』って皆は言うけれど、頼られたい人もいるんです」
若林さんからもそれを証明するような事例が挙がります。1つ目は芸術団体・芸術家が企業からどれだけ資金支援を受けたかを「社団法人 企業メセナ協議会」がまとめた「メセナ活動実態調査」[1]です。そこで最も支援を集めていたのが音楽分野でした。企業は直接支援要請を受けたものから支援を検討するといいます。「自ら求めることによって支援につながるという事実は、当然ながらも衝撃だった」と若林さんは話します。
2つ目は2011年7月にニューヨークで開催された助成団体による東日本大震災復興支援会議(日本国際交流センターほか主催)[2]。震災支援に心を寄せる全米各地の支援団体に対して、被災地支援の現状や日本国内の寄付状況をプレゼンし、米国からの円滑な寄付方法を話し合う内容でした。若林さんは芸術文化分野の被災状況を説明しましたが、米国の支援者に言われた言葉は「それでいくら必要なのか?」。具体的な必要額が示されないと資金を出しようがないわけで、寄付を求める準備が足りなかったと若林さんは振り返ります。
「10年前のあれって山元さんが言っていることそのもの」と若林さん。会場からも共感の声が上がりました。その後も、3人から次々とファンドレイジングの先例が提示され、活発な雰囲気のまま講義は終わりました。
次回は源由理子(みなもと・ゆりこ)さんによる「活動の意義を伝える評価軸を磨く〜ロジックモデルを活用した評価の考え方、その方法論を学ぶ~」です。事業/活動の社会的価値が測りやすいとは言い難い芸術文化活動。どのように活動の価値を引き出す評価軸を持ち、事業/活動の強化につなげればよいのでしょうか。オンライン公開講座で一緒に探っていきます。
※文中のスライド画像の著作権は講師に帰属します。
講師プロフィール
山元圭太(やまもと・けいた)
1982年滋賀県出身。地元の商業高校で近江商人を学び、大学で国際協力のNPO/NGO活動に参加。より良い世界/社会をつくろうとする「現場のプロ」の人たちが活躍できる環境を整えることができる非営利組織の「経営のプロ」になりたいと考え、経営コンサルティング会社で5年、国際協力NPOで5年、組織開発・人材育成・ファンドレイジング・計画立案などの経験を経て2014年に独立。合同会社喜代七代表/Community Nurse Company株式会社執行役員/NPO法人日本ファンドレイジング協会副代表理事/NPO法人ソーシャルバリュージャパン理事。社会的な願いに寄り添い、その成就のために新たな視点・知恵を提供する、多様なコミュニティをまたいで活動し、風を運び、風を起こし、移ろいでいく人。
執筆:中尾江利(voids)
記録写真:古屋和臣
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)
[1] 社団法人 企業メセナ協議会(1999)『メセナ白書1999』, ダイヤモンド社
[2] 一般社団法人 自治体国際化協会 松田耕一(2016)「CLAIR REPORT 第438号 東日本大震災におけるアメリカからの支援」, p. 54-55
事業詳細
芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023
~創造し続けていくために。芸術文化創造活動のための道すじを“磨く”~
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
アーティスト等の持続的な活動をサポートし、新たな活動につなげていくため、2023年10月に総合オープンしました。オンラインを中心に、弁護士や税理士といった外部の専門家等と連携しながら、相談窓口、情報提供、スクールの3つの機能によりアーティストや芸術文化の担い手を総合的にサポートします(アートノトは東京都とアーツカウンシル東京の共催事業です)。
アーツカウンシル東京
世界的な芸術文化都市東京として、芸術文化の創造・発信を推進し、東京の魅力を高める多様な事業を展開しています。新たな芸術文化創造の基盤整備をはじめ、東京の独自性・多様性を追求したプログラムの展開、多様な芸術文化活動を支える人材の育成や国際的な芸術文化交流の推進等に取り組みます。