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エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 CM出演の約束をし、海外撮影のためにタレントやスタッフのスケジュールをおさえていたところ、CM出演そのものがなくなってしまった場合、損害賠償は可能か。出演の約束が書面でなされているか否かによって、損害賠償について扱いは異なるか。

Point

① 出演契約の成立
② 損害の範囲
③ 契約締結上の過失


Answer

1.CM出演契約の性質

 CM出演契約は、タレントなどがある広告に出演し、広告制作会社等によって制作された広告における出演を一定期間許諾するものと考えられる。広告の制作のために一定の労務を提供するという労務提供契約、自らの氏名、容貌等が有する顧客吸引力を広告主に利用させるという肖像財産権(パブリシティ権)の利用許諾契約、広告期間中当該広告主・その製品またはサービスに対しその信用を害することを行わないという義務を負う契約、といったいくつかの性質を有する契約であるといえる。
 一般に、CM出演契約においては、制作のための出演、広告における出演期間、広告媒体(テレビ、ラジオ、ポスター、電車広告、インターネット広告、SNSなど)、対象となる地域(特定の都道府県・地域、日本国内、特定の国、全世界など)、競合企業・製品・サービスの広告への出演禁止(「競合」のしばり)などについて、後述のようなさまざまな合意がなされる。

2.広告制作の現場

 ある企業が広告を制作しようとする場合、企業としては、広告すべき製品・サービスに適した広告内容を考え、広告代理店・広告制作会社等と広告の中身について吟味することになる。
 多くの視聴者が知っているタレントなどを起用する場合には、当該タレントのイメージやターゲット層からの好感度とともにスキャンダルの可能性や競業する企業の広告への出演等についても確認を行う。当該タレントの所属事務所などと出演の可否、出演のスケジュールなどについても調整を行い、絵コンテなどによって出演予定の広告のイメージをタレントおよびその所属事務所に伝え、出演についての承諾をとっていくことになる。

3.タレント・タレント所属事務所の対応

 タレントは、広告に起用されることによって、出演の義務のみならず、企業や製品・サービスにあったイメージの保持や競合企業等の広告や「冠イベント」への出演禁止などさまざまな義務を負うが、当該タレントの知名度やイメージが高ければ高いほど、多額の契約料、出演料が支払われることになる。
 タレントや所属事務所にとって、広告への出演は大きな収入源の一つであり、広告への出演に向けて契約締結前からスケジュールの確保や、ほかからの広告出演依頼への辞退など、起用される広告出演に向けた準備を行うことが通常である。

4.CM出演契約の締結

 広告代理店やキャスティング会社が、希望のタレントの所属する芸能事務所に出演の打診を行い、所属事務所から出演について承諾された場合、広告主、広告代理店、キャスティング会社、タレントの所属事務所などを当事者として、CM出演契約が締結される(なお、日本の実務においてはタレントが当事者になることはまれである)。
 CM出演契約において定められる内容としては、一般的な契約条項のほかに、以下のようなものがある。
 ① 出演期間
 ② 広告の使用期間
 ③ 広告の媒体
 ④ 広告使用の地域
 ⑤ 契約料、出演料、諸費用
 ⑥ タレントのために必要となるスタッフについての取決め
 ⑦ 海外ロケなどの場合にはホテルのランク、飛行機のクラス
 ⑧ 広告主のイメージの保持
 ⑨ 広告する商品やサービスの利用
 ⑩ SNS等での発信
 ⑪ 競合について(競合の企業・製品・サービス、競合禁止期間など)
 ⑫ 解除事由
 ⑬ 損害賠償
 ⑭ タレントの事務所移籍に関する条項
 ⑮ 秘密保持条項
 ⑯ 中途解約の場合の支払い等
 CM出演契約が締結されると、広告主は、直接または代理店などを通じて、タレントが所属する事務所に契約料を支払い、タレントは当該契約に従って、広告の撮影に応じ、制作された広告の使用を一定期間許諾し、広告主のイメージや広告する製品・サービスなどのイメージを崩さないよう注意する義務を負う。また、タレントは、出演した広告の製品やサービスと競合する広告には一定期間出演することができないという義務を負うのが一般である。

5.CM出演がなくなった場合の法律関係

 ⑴ 出演契約締結後
 タレントや所属事務所がCM出演契約に違反していないにもかかわらず、広告主の事情などでCM出演がなくなった場合、タレントや所属事務所は、CM出演契約に従い、広告主等に対し、契約上の義務違反を理由に、損害賠償の請求を行うことができる。タレントからの解除や損害賠償の規定が存在しないCM出演契約もあるが、タレントらとしては、民法の規定(民法415条)によって、広告主に対して損害賠償を求めることが可能である。
 ⑵ CM出演契約締結前
 まず、出演の打診があったのみで、広告への起用が決定される前においては、当該出演がなくなったとしても、タレントや所属事務所が広告主らに対し、損害賠償を求めることは難しい。契約自由の原則から、広告主らは契約を締結するか否かの自由を有し、タレント側にも損害賠償請求をなしうるだけの広告出演への具体的な期待があったとはいえないからである。
 ⑶ 契約締結上の過失
 他方、広告への起用が決まり、双方がCM出演契約の具体的な内容について交渉をしていたような場合においては、信義則(民法1条2項)の原則が支配し、広告主らには、「相手方の人格、財産等を害しないよう配慮すべき信義則上の注意義務、相手に損害を与えないように配慮すべき信義則上の注意義務」(配慮義務)および「契約締結を妨げる事情を開示・説明し、適切な情報提供・報告をなし、専門的事項につき、調査・解明し相手方の誤信に対し警告・注意をなす等各場合に応じ相互信頼を裏切らない行為をなすべき信義則上の注意義務」(開示義務)が生じていると考えることができる。判例上も「契約締結上の過失」として、交渉当事者が単なる接触の段階を超えて具体的な交渉の段階に入り相互間に特別の信頼関係が生じた後は、信義誠実の原則に支配され、信義則上要求される注意義務に違反して交渉を打ち切った者に損害賠償の責任が認められている。たとえCM出演契約締結前であっても、タレントがその広告のためにスケジュールをおさえ、競合企業などからの問合せに対して(具体名を出さないとしても)広告主の広告への起用を理由として出演を断っていたような場合には、タレントらから広告主らに対して損害賠償を求めることはできると考える。
 この場合の損害の範囲としては、契約が成立していない段階での契約の成立を信頼して支出した費用等(契約締結準備費用、履行準備費用等)の信頼利益の賠償のみが認められるにすぎないと解されるのが一般である。ただし、損害額の算定において、信頼利益と履行利益とを区別する意味はないとする見解も有力であり、特に、当該出演のためのスケジュール調整上断った仕事がある場合や競合の可能性のある仕事を断ったような場合にはその仕事から得られる一定の利益なども「通常生ずべき損害」(民法416条)として対象にすることも考えられる。

6.紛争解決

 上記のとおり、CM出演がなくなった場合に、タレントやタレントが所属する芸能事務所は、広告主らに対して、損害賠償の請求を行うことができるが、日本において、そのような請求を裁判所に対して行うことはほとんどなく、多くは当事者間の交渉によって解決されているものと思われる。これはひとえに、裁判所という公の場で自らの権利を主張することは、一般に知られていないCM出演中止の事実やCM出演に関するさまざまな条件(出演料など)、広告主が中止に至った経緯などを公開するリスクを伴うものであり、CM出演がなくなったことにより損害を被ったタレントやその事務所が自らの顧客吸引力やイメージの低下、将来の広告主や広告代理店との関係悪化を恐れるためであると考えられる。また、広告主や広告代理店にとっても、タレントを相手に争うことに一定のリスクがある。したがって、CM出演が中止されたような場合には、双方が誠意をもって話合いによって解決するのが一般であるといえよう。

執筆者:笠原智恵


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