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Q6 テレビ番組と映り込み

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 テレビ番組で視聴者投稿の映像を使用したいと考えている。投稿者が、渋谷のスクランブル交差点で面白いパフォーマンスをする動画であるが、投稿者のパフォーマンスの背景に、不特定多数の通行人や、広告・ポスターなどが映り込んでいる。このような場合、どのようなことに留意すべきか。

Point

① 視聴者投稿映像をめぐる権利関係
②  「映り込み」と肖像権
③  「映り込み」と著作権
④  「映り込み」と商標権等


Answer

1.視聴者投稿映像をめぐる権利関係

 最近、視聴者撮影の映像が一部に利用されたニュース映像をみかけることが多くなった。また、視聴者が投稿した映像をメインに構成される番組なども登場している。スマートフォンの普及などで、誰でも手軽に映像を撮影できるようになったことなどが背景にあるとみられるが、こうした投稿映像を放送で使用する際には、適切な権利処理をすることが求められる(こうした映像を放送以外の媒体で使用する場合も基本的に同様である)。
 視聴者が映像を撮影した場合、その映像は、その視聴者が撮影対象や画面構成を創意工夫して創作されたものであり、原則として当該視聴者が著作者であり著作権者である。
 したがって、そのような映像を放送に利用することは、当該視聴者の許諾を得るか、当該視聴者から著作権の譲渡を受ける必要があり、同時に、(黙示の同意があるとみて差し支えない場合も多いと思われるが)当該使用者の肖像の使用に関しても合意しておくことが望ましい。
 実務的には、たとえば、視聴者撮影映像をニュース番組で使用する場合、そのつど許諾を得るか、重要な内容であるとか使用頻度が高い場合には買い取るという運用が行われているようであるが、後日のトラブルを避けるためには、契約書を作成しておくことが望ましいことはいうまでもない。

2.「映り込み」と肖像権

 人は、みだりに自己の容貌や姿態を撮影されたり、撮影された肖像を公表されたりしない人格的利益を有しており、これは肖像権として法的に保護されると解されているが(最判昭和44・12・24刑集23巻12号1625頁、最判平成17・11・10民集59巻9号2428頁ほか)、上記1のように、映像を投稿した視聴者自身の著作権や肖像については適切に権利処理が行われたとしても、本問のように、背景に通行人が映り込んでいる場合に、当該通行人の肖像権侵害となる可能性はないだろうか。
 結論からいえば、屋外などの公開された場所で、顔などがはっきりと識別できない不特定多数の通行人が映り込んでいるにすぎない場合や、特定の人の顔が識別できるようなサイズであっても、たまたまカメラレンズの前を一瞬横切ったにすぎないような場合には、肖像権侵害が成立するケースは少ないと考えられる(東京地判平成17・9・27判時1917号101頁は、銀座を歩く特定の女性の写真をウェブサイトに掲載した事案で、結論として肖像権侵害を認めたが、「撮影した写真の一部にたまたま特定の個人が写り込んだ場合や不特定多数の者の姿を全体的に撮影した場合」は肖像権侵害に該当しないとする理解に立っていると解される)。
 これに対し、撮影した視聴者以外の特定の個人が明確に識別できる画像が大写しである程度の時間含まれている場合には、当該個人の承諾が必要となる可能性がある。
 なお、本問とは状況が異なるが、屋内で撮影された映像の場合には、被写体となった人物のプライバシーの問題は別途考慮する必要がある。
 いずれにしても、映像の内容、撮影方法、演出も千差万別であるので、個別具体的な検討は欠かせないといってよい。

3.「映り込み」と著作権

 次に、本問にあるように、広告やポスターが背景に映り込んでいる場合について検討する。広告やポスターも、これまた内容は千差万別であり、すべての場合についてここで述べることは困難であるが、よく問題となるのが広告やポスターに含まれる文章(キャッチフレーズ)や図柄、キャラクターなどである。これらは著作物に該当する可能性があり、著作物であるとすると、撮影した視聴者が適切な権利処理を行っていない限り(現実的には期待できないことが多いと思われる)、複製権および公衆送信権の侵害が問題となり得る。
 この点、著作権法の平成24年改正により、本問のように背景に映り込んでいるような場合に著作権が働かないとする規定(同法30条の2)が新設された。この規定は写真撮影、録音または録画の場合に、「映り込み(写り込み)」を適法化する趣旨であったが、令和2年の著作権法改正(同年10月1日施行)により、さらに対象範囲が拡大された。同改正後の同法30条の2によれば、
 ① 写真の撮影、録音、録画、放送その他これらと同様に事物の影像また
  は音を複製し、または複製を伴うことなく伝達する行為(複製伝達行
  為)を行う場合に、
 ② 複製伝達行為により作成され、または伝達されるもの(作成伝達物)
  に含まれる著作物のうち、当該著作物の占める割合、当該作成伝達物に
  おける当該著作物の再製の精度その他の要素に照らし当該作成伝達物に
  おいて当該著作物が軽微な構成部分となるもの(付随対象著作物)は、
 ③ 当該付随対象著作物の利用により利益を得る目的の有無、当該付随対
  象事物等の当該複製伝達対象事物等からの分離の困難性の程度、当該作
  成伝達物において当該付随対象著作物が果たす役割その他の要素に照ら
  し正当な範囲内において、
 ④ 複製伝達行為に伴い、いずれの方法によるかを問わず、利用すること
  ができ、
 ⑤ 作成伝達物の利用に伴い、いずれの方法によるかを問わず、利用する
  ことができる。
 ⑥ ただし、④、⑤ともに、当該付随対象著作物の種類および用途並びに
  当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合
  は例外。
とされている。非常に読みにくい規定であるが、順番に検討すると、まず①について、平成24年当時と比して、「写真の撮影、録音又は録画」以外の方法よりも幅広い概念である「複製伝達行為」が導入されており、たとえばスクリーンショットやインターネット配信における映り込みなど、従前は対象でなかった行為にまで範囲が拡大されていることがわかる。なお、この複製伝達行為は、著作物を創作する行為でなくともよく、著作物性がない防犯カメラの画像などにも適用される。
 ②については、複製伝達行為において生成された「作成伝達物」において、その著作物が占める割合、作成伝達物における当該著作物の再製の精度その他の要素により軽微な構成部分となるものが「付随対象著作物」とされた。この点、平成24年当時は、撮影等をする際に、その撮影等の対象になる物や音から分離することが困難であることが要求されていたが、この分離困難性の要件は撤廃されている。これに伴って、Tシャツのプリントのように、人物を撮影等すると不可避的に映り込んでしまうもの(分離困難なもの)だけでなく、人物が抱いているぬいぐるみのように、分離しようと思えば分離可能ではあり、その意味において「映り込み」というよりは、「映し込み」とされるような類型についても、著作権法30条の2の要件を満たす限りは、適法であることが明確化されたことになる。
 次に③であるが、①と②により対象範囲等が拡大された反面、権利者の保護の観点から、③に記載の各要素に照らして「正当な範囲」に限って利用を認める趣旨の文言である(ここにおいて、分離困難性の問題は、要素として考慮されることとなった)。
 そして、このように制作された映像は、④、⑤のように、複製伝達行為に伴って、あるいはその結果生成された作成伝達物の利用に伴って「いずれの方法によるかを問わず」利用できるとされている。ただし、⑥のように、例外として、「著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には適用がないとされている。
 以上のように、「軽微な構成部分」であるかどうか、「正当な範囲内」であるかどうかといった点に留意する必要はあるものの、令和2年改正後の著作権法30条の2により、多くの「映り込み」(映し込み)が救済できるようになったと思われる。
 なお、「映り込み」については、著作権法30条の2ほか、思想または感情の享受を目的としない利用(著作権法30条の4)にあたるとして救済することが考えられる。映り込みが問題となるシーンにおいて、制作側が視聴者に伝えようとするのは、通常、中心的な撮影対象であって、背景に映り込んだ著作物ではないと考えられるが、言い換えれば、背景に映り込んだ著作物に表現された思想や感情を享受させることは目的とされていないと考えられるからである。このほか、「引用」(同法32条)等が適用されるか、あるいはそもそも著作物の利用といえる態様であるのかを検討することも重要である(Q7参照)。
 なお、建築の著作物に関しては、他の著作物と異なり、「建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合」を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができるとされており、原則として自由に利用できる(著作権法46条2号)ため、上記のような場合に該当しない限りは、付随対象著作物に該当するかどうかを検討するまでもなく、許諾不要で利用できる(Q32参照)。

4.「映り込み」と商標権等

 最後に、商標法と不正競争防止法に関してごく簡単に触れる。
 まず、商標に関して、単に映像の背景に映り込んでいるにすぎない場合に、商標法上の「使用」(商標法2条3項各号)に該当することは考えにくく、仮に該当するようなケースであっても、出所を識別(自他商品を識別)する表示として使用されているとされることはまずないと思われる(いわゆる「商標的使用」。詳細はQ66を参照されたい)。
 同様に、不正競争防止法上の不正競争(不正競争防止法2条1項1号~3号22号)に該当するかについても、映像の背景に映り込んでいるにすぎない場合に、これに該当するようなケースは考えがたい。

執筆者:上村 剛


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