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Q25 著作者人格権

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 作詞した歌詞を譲渡したところ、無断で歌詞の一部を変えられたうえ、他の人の名前を作詞家として表示され、予定されていた時期より早く公表されてしまった。作詞の対価は受け取っているし、契約書を見直してみたら、「一切の著作者人格権は行使しない」という条項が含まれていた。どうすることもできないのか。

Point

① 著作者人格権
② 著作者人格権の放棄・不行使特約
③ 著作者人格権の侵害に対してとりうる行為


Answer

1.著作者人格権

 ⑴ 著作者人格権の特徴
 著作者人格権は、著作権と同様、著作物を創作することにより、何らの手続を経ずとも発生し、著作者が原始的に取得する権利である(著作権法17条)。著作者人格権は、著作物に対する著作者の人格的利益を保護する権利であり、「社会的評価としての名誉や自己決定としての個人的なこだわりなどといった精神的利益を広く含むもの」ととらえられている(島並良=上野達弘=横山久芳『著作権法入門〔第2版〕」118頁)。その法的性質が、一般的な人格権と同質か否かには争いがあるものの、人格権の一種であることから、著作者の一身専属権であり、譲渡できないものとされている(著作権法59条)。
 ⑵ 著作者人格権の種類
  🄐 公表権、氏名表示権、同一性保持権
 著作者は著作物を公表するかしないか、公表するとして、いつどのように公表するかを決める公表権を有する(著作権法18条1項)。また、著作者は、著作物に著作者名を表示するかしないか、表示するとして、どのような名前を表示するかを決める氏名表示権を有する(同法19条1項)。さらに著作者は、著作物の内容やその題号を勝手に改変されない同一性保持権を有する(同法20条1項)。同一性保持権を侵害する行為とは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいい、他人の著作物を素材として利用しても、その表現形式上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は、原著作物の同一性保持権を侵害しない(最判昭和55・3・28民集34巻3号244頁〔パロディ事件〕)。
 これらの著作者人格権についてはそれぞれ制限規定や例外規定等が設けられている(著作権法18条2項~4項、19条2項~4項、20条2項)。
  🄑 その他の著作者人格権
 歌手等の実演家にも、一定の範囲で氏名表示権(著作権法90条の2)および同一性保持権(同法90条の3)が認められる。
 出版権を設定した場合、出版物の増刷や再販などあらためて複製が行われるときや、電子書籍化など公衆送信が行われるときに、著作者は正当な範囲内で、その著作物に修正・増減を加えることができ(著作権法82条1項)、著作者は、著作物の内容が自己の確信に適合しなくなったときには、出版権者に通常生ずべき損害をあらかじめ賠償したうえで、出版権者に通知してその出版権を消滅させることができるとされており(同法84条3項)、著作者の人格的利益を担保する趣旨の規定が設けられている。
 また、著作者の名誉または声望を害する方法により著作物を利用する行為は、著作者人格権の侵害行為とみなされる(著作権法113条7項)。

2.著作者人格権の放棄・不行使特約

 ⑴ 実務上の要請
 わが国の著作者の著作者人格権は、著作者の名誉声望を害する改変だけでなく(ベルヌ条約6条の2第1項、著作権法90条の3第1項参照)、意に反する改変を禁止するなど、世界有数の強い内容の権利として定められている。強い著作者人格権は、著作者の創作意欲の向上に資する一方、著作物の利用者にとっては、著作物をどこまで利用してよいのか予測可能性が担保されない不安定な立場におかれることにつながる。そのため著作者人格権には、その権利ごとにさまざまな制限規定が設けられているものの、実務上、「著作者人格権を放棄する」、「著作者人格権を行使しない」等という特約(以下、「不行使特約」という)が契約書に盛り込まれることが多い。文言の差異はあれど、問題の本質は同じであり、人格権の放棄や不行使を内容とする不行使特約は、公序良俗(民法90条)に反し無効ではないか、有効であるとしても第三者に対しても拘束力を有するのかという議論があり、いまだ判例学説上も決着がみられないところである。
 ⑵ 著作者人格権不行使特約の有効性と限界
 学説上、将来的に一切の著作者人格権を行使しないとする包括的不行使特約については、公序良俗違反により無効とする見解が多いが、著作者人格権を不行使とする利用態様を特定した不行使特約については、何らかの形で有効性を肯定する学説が有力である。
 この点、公表権については、著作権法18条2項柱書からすれば、著作者の同意があれば公表権侵害が成立しないものと解され、同一性保持権については、同法20条1項からすれば、同一性保持権侵害の成否は著作者の意思に委ねられているものと解されることから、公表や改変の具体的な内容につき著作者が同意した場合には、不行使特約の有効性と拘束力を認め、同意の範囲内で利用者が著作物の公表や改変を行っても著作者人格権の侵害の成立を否定してよいように思われる。ただし、名誉・声望を害する改変についての同一性保持権の不行使特約については、なお公序良俗違反と考える余地があろう。
 これに対して氏名表示権についても、著作者は著作者名を表示しないこととする権利を有することから(著作権法19条1項)、著作者の同意に基づく氏名表示権の不行使特約は認められよう。もっとも、知財高判平成18・2・27裁判所ウェブサイト(平成17年(ネ)10100号・平成17年(ネ)10116号)〔ジョン万次郎像事件〕は、傍論ではあるが、著作権法には、著作者が他人名義で表示することを許容する規定が設けられていないのみならず、著作者ではない者の実名等を表示した著作物の複製物を頒布する氏名表示権侵害行為については、公衆を欺くものとして刑事罰の対象となり得ることが定めていること(著作権法121条)からすると、氏名表示権は、著作者の自由な処分にすべて委ねられているわけではなく、著作物等に、真の著作者名を表示することが、公益上の理由からも求められているものと解すべきである旨判示した。
 上記のように一定の場合に不行使特約が有効であると解するとしても、その有効性には議論があるところであり、紛争を予防するためには、不行使とする著作者人格権の対象、すなわち公表の有無・方法や、氏名表示の有無・方法、改変の有無・態様について、事前にできる限り具体的に定めておくことが望ましい。また、不行使特約によらず、信義則や権利濫用によって、解決を図ることも考えられるところである。
 裁判例においては、正面から不行使特約の有効性につき判断をするのではなく、著作者人格権の侵害行為につき、著作者が合意していたといえるか、不行使特約の存在を一事情としつつ、契約締結の経緯や条件等を踏まえた個別的判断が行われているように見受けられる。
 たとえば東京地判平成16・11・12裁判所ウェブサイト(平成16年(ワ)12686号)〔知的財産権入門事件〕は、弁理士が勤務する事務所の名義で出版する法律書の一部分を執筆したが、当該法律書に執筆者として氏名を表示されなかったところ、当該弁理士と事務所の間では、「著作人格権〔ママ〕を行使しない」と記載された覚書が交わされていたという事案において、このような覚書が存在するとしても、従前当該事務所の出版物には執筆担当者の氏名が執筆者として記載されていたことや、当該書籍においても他の執筆者名は表示されていたことからすれば、当該覚書により原告が氏名表示権の不行使を約したと認めることはできないとして、氏名表示権不行使の合意を認めず、氏名表示権侵害を肯定した。
 他方で、東京地判平成13・7・2裁判所ウェブサイト(平成11年(ワ)17262号)〔宇宙戦艦ヤマト事件〕は、「宇宙戦艦ヤマト」に係る映画の著作物の著作者であると主張する原告が、被告に対し、「対象作品に対する著作権および対象作品の全部又は一部のあらゆる利用を可能にする一切の権利」を、4億5000万円で譲渡したにもかかわらず、被告が当該著作物を利用してゲームソフトを製作等する行為が、原告の氏名表示権および同一性保持権を侵害すると主張した事案において、「原告は、本件譲渡契約によって、原告の有する著作者人格権に基づく権利を行使しない旨を約した(原告が同被告に対して許諾した、あるいは、請求権を放棄する旨約した。)と解するのが合理的である」と判示したうえで、当該譲渡契約の締結の経緯に照らせば、原告が、著作者人格権に基づく権利行使をすることは、信義則に照らして許されないとして、原告の請求を棄却した。ただし、被告による当該著作物の利用行為が、通常の利用形態に著しく反し、原告の著作人格権が著しく害される特段の事情の存在する場合については、異なる判断がされ得る余地が留保されている。

3.著作者人格権の侵害に対してとりうる措置

 著作者人格権の侵害に対しては、差止め(著作権法112条)、損害賠償(民法709条)、謝罪広告等による名誉回復措置(著作権法115条)を請求できるほか、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金またはその両方という罰則も用意されている(同法119条2項1号)。
 著作者人格権は相続の対象にはならず(民法896条ただし書)、著作者の死亡により消滅するが、著作者の死後も、著作者が生存していたら著作者人格権侵害になったであろう行為は原則として禁止され(著作権法60条)、こうした行為に対しては、遺族等が差止めや名誉回復措置を請求することができる(同法116条)。
 また、著作権法15条は、法人が著作者となることを認めており、法人も著作者人格権を原始的に取得する。裁判例の中には、法人の著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求を認めた裁判例も少なくないが、著作者人格権侵害を認めながら、著作者である原告の出版社らはいずれも法人であり格別の精神的損害を被ったとは認められないことを理由の1つとして損害賠償請求を否定した裁判例もある(東京地判平成10・10・29知裁集30巻4号812頁〔SMAPインタビュー記事事件〕)。

執筆者:若松 牧


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