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エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 大量殺人を犯して死刑宣告を受けた受刑者の半生を映画化しようと考え、受刑者に手記を書いてもらい、これを元に映画化する場合、どのような問題があるか。

Point

① 事実の利用
② Life Story Rights


Answer

1.考えられる問題

 現実に起きた事件などの事実それ自体は、著作権が及ばない(著作権法10条)。しかし、事実であるからといって無制限に利用できるわけではない。
 社会的に問題となった大きな事件をテーマに映画化する過程では、加害者や被害者などの当事者や関係者しか知り得ない事実や心理描写が必要となり、当事者や関係者を取材するなど事件を深掘りしていくことになる。この過程で当事者や関係者しか知り得ない事実を得ることもある。これを映画として公表する場合にはプライバシー権侵害が問題となり得る。また、その事件の扱い方によっては、当事者や関係者の名誉を毀損する場合もある。さらに、被害者の二次的被害といった問題も生じうる。その犯した犯罪の映画化などへの協力を求めるために犯罪者に執筆料や執筆した手記のライセンス料などの対価を支払う場合、特に被害者への賠償が済んでいないときには道義的な問題が生じうる。

2.事実の保護

 次のような場合に事実は法的に保護され、自由に利用することはできない(なお、詳しくはQ35を参照されたい)。
 ⑴ プライバシー権画
 プライバシー権は私生活をみだりに公開されない権利である。プライバシー権に関するリーディングケースである宴のあと事件(東京高決昭和45・4・13判時587号31頁)では、プライバシー権侵害要件を次のとおり判断している。
 ① 私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあ
  る事柄であること
 ② 一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲
  しないであろうと認められる事柄であること
 ③ 一般の人々にいまだ知られていない事柄であること
 ④ 公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたこと
 ⑵ 名誉毀損
 名誉とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価をいうと解されている。
 事実を示して人の社会的評価を低下させた場合に名誉毀損が成立し、刑事(刑法230条)・民事(民法709条)で問題となる。
 ただし、次のすべてを満たす場合には免責される。
 ① 表現行為が、公共の利害に関する事実についてのものであること
 ② 表現行為の目的が、もっぱら公益を図る目的であること
 ③   事実が真実であること、または事実が真実であると信じるにつき相当
  の理由があること

3.Life Story Rights

 プライバシー権侵害や名誉毀損の問題を避けるには、本人しか知り得ない事実などの利用やその表現について本人から同意を得る必要がある。米国ではこうした本人の同意や権利侵害で提訴しないこと等をLife Story Rightsとしてパッケージ化して権利処理することが実務的に行われている。

4.犯罪を映画化等することによって犯罪者が得る利益の扱い

 犯罪者に手記の執筆を依頼したり、その半生の映画化について同意を得る対価として相応の金銭を支払う場合がある。しかし、被害者やその遺族に二次的な被害が生じたり、犯罪の損害賠償が未了である一方で、犯罪者が自己の犯罪を利用して利益を得ることには批判がある。わが国でも、神戸連続児童殺傷事件の加害者が『絶歌』を出版した際に大きな議論となった。
 米国においては、1976年から1977年にかけて、ニューヨーク州で起きた連続殺傷事件の犯人の体験を多くの出版社が高額で買おうとしたことがきっかけで、犯人が犯罪を使って利益を得ることが問題視された。これを防止するために制定されたニューヨーク州の法律が "Son of Sam Law"(サムの息子法)である。これを契機に多数の州で同種の法律が制定されている。
 基本的な内容としては、犯罪者がその犯した犯罪について書籍や映画化などすることにより得る利益を犯罪被害者への損害賠償にあてるというものである。具体的には、当該利益が犯罪者に入る前の段階で、支払者から一定の割合の金額を徴収し、被害者への賠償のための基金をつくるというものである。
 日本の刑法には没収という制度がある(刑法19条)が、この制度の一つとして、「犯罪行為によって生じ、若しくはこれによって得た物又は犯罪行為の報酬として得た物」を没収することが可能である。しかし、この没収制度は、窃盗や強盗で盗んだ金品や殺人をすることの報酬などのように犯罪行為と直接的に関連するものに限定され、犯罪者がその体験を出版したり、映画化を許諾することで得る利益には適用されない。
 凶悪犯罪など稀な体験は、エンターテインメントとなりうる素地があり、実際に利用されている例も多数ある。しかし、当該犯罪被害者の救済という視点を置き去りにせず、何らかの対策を講じる必要があるように思われる。

執筆者:大橋卓生


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