Q19 サンプリング楽曲
エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行
より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク
Question
CDやレコードから、ほんのごくわずかの音源を抜き出して使用するサンプリングの方法で、第三者の音源を自分の楽曲に使用した場合、これをライブやCDで公開しても問題ないか。
Point
① サンプリングとは
② 楽曲および歌詞の著作権との関係
③ レコード製作者の権利との関係
④ 実演家の権利との関係
Answer
1.サンプリングとは
音楽分野におけるサンプリングとは、既存の楽曲や音源からその一部を抜き出し、あるいは自然界の音や生活音などを録音し、それらを再構築して新たな楽曲の制作に用いる音楽制作手法のことをいう。当初、ヒップホップやクラブ・ミュージックなどの音楽ジャンルにおいて広く利用され、現在ではさらにさまざまな音楽ジャンルにおいても用いられている。
2.著作権との関係
一口にサンプリングといっても、楽曲や音源の利用形態はさまざまであり、中には、既存の楽曲や音源の大部分ないし極めて特徴的な部分が、それとわかる形で用いられることもある。そのような場合には、サンプリングにより制作された新たな楽曲において、元となった楽曲や歌詞の創作的な表現部分が直接感得できることとなるため、元となった楽曲や歌詞に関する複製権(著作権法21条)や翻案権(同法27条)の侵害ともなり得る(また、態様次第では、同一性保持権(同法20条1項)の侵害となる可能性もある)。
しかし、わずか数秒など、ほんのごくわずかな部分だけを抜き出して利用した場合(サンプリング手法の中には、マイクロサンプリングなどといい、元の音源を細かく切断し、断片的に用いる手法も存在する)や、あるいは頻繁に用いられるありふれたフレーズやリズム部分だけが利用された場合には、新たな作品において、元となった楽曲等の創作的な表現部分を直接感得することは困難であるため、著作権侵害の問題は生じないこととなる。
3.レコード製作者の権利との関係
⑴ レコード製作者の権利とは
実演家の生演奏から最初にマスターレコード(いわゆる原盤)を作成した者は、著作権法上、レコードに最初に音を固定した者として、レコード製作者の権利(著作権法96条~97条の3)を有することとなる(なお、実務上は原盤権ともよばれることがあるが、多義的な表現でもあり、本問では一貫してレコード製作者の権利という)。
レコード製作者の権利には、複製権(著作権法96条)が含まれているが、これはレコードの複製に対する禁止権を意味するため、同じ楽曲や同じ実演家であったとしても、別途行われた演奏を録音する行為は、複製権侵害とはならない。しかし、第三者が演奏を固定した音源を複製し、他のCDを作成したり、ライブで使用するための音源を作成する行為は、レコード製作者の権利のうち複製権の侵害となり得る。
⑵ サンプリングにおける問題
著作権法上、レコード製作者の権利はあらゆる音の固定行為そのものに対して与えられるものであり、当該音が著作物であるか否かは問われていない。すなわち、条文上は、著作権とは異なり、創作性の有無は要求されていない。そのため、サンプリングにより用いられた部分から、元となった楽曲等の創作的な表現部分を直接感得し得なかったとしても、形式的に、固定された音そのものが利用されているのであれば、複製権侵害となってしまうのではないか、との点が問題となる。
⑶ 国外における議論
この点について、これまで日本において争われた裁判例は見当たらないものの、米国ではこの点についていくつかの裁判例が存在している。
このうち、注目を集めた事件として、まず、Bridgeport事件があげられる。4秒程度のギターソロ部分から2秒を抜き出し、音を低くして16ビートに変更するなどしたうえで利用したことが問題となったが、1審では、サンプリング箇所は元となった曲において重要な部分かもしれないが、当該曲に慣れ親しんでいるリスナーですらそれを認識することができないため、両者間に実質的類似性はない、などとして侵害が否定されている。これに対し、第6巡回区連邦控訴裁判所は、米国著作権法の条文解釈に基づき、サンプリング箇所がいかに少なくとも、元となった音源を利用した以上は侵害となる、として非常に明確な基準の下で侵害を肯定した。
当該判断に対しては批判も多かったところ、第9巡回区連邦控訴裁判所は、VMG Salsoul事件において、Bridgeport事件における米国著作権法の条文解釈を正面から否定している。ホーンセクションの3発のヒット音がサンプリングされたのではないか、として争われたものであったが、サンプリング箇所は重要な部分ではなく、平均的な聴衆において認識することもできない、などとして侵害が否定された。
また、欧州においても、ドイツ国内で2秒ほどのドラムビートを無断でサンプリング使用した行為がレコード製作者の権利侵害となるか否かが争われていたKraftwerk事件において、欧州裁判所が2019年7月に、大前提として、既存音源のサンプリングによる複製についてはたとえ短いものであっても許諾が必要である、との判断を示しており、注目を集めている。ただし、耳で識別できないほどに変えられていた場合には複製とはみなされない、との判断も併せてなされており、具体的にはどの程度が分水嶺となるのか、との点が今後の議論の焦点となるように思われる。
なお、米国においては、レコード製作に関しても、サウンドレコーディングの著作権として、著作隣接権ではなく著作権が付与される、との制度になっていることから、米国における議論をそのまま日本法に置き換えることはできず、また欧州における議論も、同じ著作隣接権であるとはいえ、同様の解釈がなされるべきということにはならないが、いずれも、日本における議論にも参考となるものと考えられる。
⑷ 日本法における検討
わが国においても、サンプリングに用いられた部分がわずかな長さや箇所であり、またリスナーにおいて気づくことが非常に困難であっても、元となる音源の一部を利用する以上は、レコード製作者の権利としての複製権侵害となる、とする考え方があり得る。このような考え方は、日本法において、条文上明示的にはレコード製作者の権利保護には創作性が要求されていないこととも親和性が認められる。
他方で、上記とは異なり、「原レコード製作者等の正当な利益の確保及び新たな音楽創造の調和の観点から、‥‥‥複製権や翻案権などが働くか否かは、サンプリングの結果、作出された音において、元のレコードや実演(又は楽曲)の本質的な特徴を感得し得るか否か、元のレコードや実演(又は楽曲)のどの程度の割合のものが利用されているか等の観点から判断されるものと思われる」(作花文雄『詳解著作権法〔第5版〕』499頁)との見解や、「サンプリングしたフレーズが元のレコードを識別できる程度に再現されている場合は、たとえそのフレーズに創作性がなかったとしても、著作隣接権レコード製作者の複製権)の侵害となり、反対に、もはや元のレコードが識別できないほどに変容している場合は、著作隣接権の侵害とならないと解すべきである」(安藤和宏「アメリカにおけるミュージック・サンプリング訴訟に関する一考察⑵」知的財産法政策学研究23号278頁、279頁)など、一定の場合にはレコード製作者の権利としての複製権侵害とはならないとの考え方もある。
また、著作隣接権制度の正当化根拠(準創作説ないしインセンティブ説など)からも、誰も気づき得ないような態様でサンプリングされた場合にまで、レコード製作者の権利の保護を及ぼすことを認める趣旨と解釈することは難しいのではないか、との考えもあり得るところである。
なお、マスターテープからの新たなミキシング行為によりレコード製作者の権利を原始取得することができるか、との点が争点の1つとなった大阪地判平成30・4・19裁判所ウェブサイト〔ジャコ音源事件判決〕では、「ある固定された音を加工する場合であっても、加工された音が元の音を識別し得るものである限り、なお元の音と同一性を有する音として、元の音の『複製』であるにとどまり、加工後の音が、別個の音として、元の音とは別個のレコード製作者の権利の対象となるものではないと解される」と述べられている。当該判示部分は新たな音の「固定」たりうるか否かを述べた箇所ではあるものの(また、当該争点との関係では当該判示部分の内容には疑義もあるが)、当該裁判所としては、元の音が識別し得ない態様での利用の場合には、元の音に関するレコード製作者の権利としての複製権侵害とはならない、との立場をとっているものと評価しうる。
⑸ 実務上の対応
しかし、実務上は、将来紛争となった場合に、前記の大阪地裁判決を踏まえても、なお裁判所においていかなる判断がなされるか判然としないこともあり、慎重に対応せざるを得ないのではないかと思われる。そのため、第三者の制作した音源のサンプリング利用を検討するに際して、少なくとも、リスナーにおいて元の音源の利用であることがわかるような態様でのサンプリング利用に関しては、レコード製作者の権利としての複製権に対する侵害となり得るとの解釈の下、権利者からの許諾を得るか、あるいは利用を差し控えるか(なお、当然ながら、あらためて演奏をするなどして、サンプリング利用を検討していた元音源と同様の音を録り直すのであれば、レコード製作者としての権利侵害の問題は生じないこととなる)、などの対応をすべきではないかと考えられる。
4.実演家の権利との関係
以上のほか、実演家においても、その実演を録音する権利(録音権)を有しており(著作権法91条1項)、レコード製作者の権利と同様に、保護される実演に関しても創作性が要求されていないことから、元となる音源を用いたサンプリングをする際には、どんなに短い利用態様であっても、実演家の権利としての録音権侵害が生じ得ることとなる。
そのため、レコード製作者の権利と同様に、第三者の制作した音源のサンプリング利用を検討するに際して、少なくとも、リスナーにおいて元の音源の利用であることがわかるような態様でのサンプリング利用に関しては、レコード製作者の権利と同様に、実演家の権利としての録音権に対する侵害となり得るとの解釈の下、権利者からの許諾を得るか、あるいは利用を差し控えるか、などの対応をすべきではないかと考えられる。
執筆者:川野智弘
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
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