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Q27 アーティストの芸名/バンド名

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

⑴ 所属の芸能事務所がアーティストの芸名を商標登録した場
合、アーティストが当該芸能事務所を辞めた後も、芸名を使用し続けることはできるか(芸能事務所との関係)。

⑵ バンドが仲違い等によって分裂する場合、従来からのバンド名は誰が使用できるか(バンド内の関係)。

Point

① アーティストの芸名はどのような権利で保護されるか
② 商標登録されたアーティストの氏名の帰すう
③ バンドの法的性質
④ バンド名に関する権利
⑤ バンドが分裂した場合のバンド名の帰すう


Answer

1.契約終了後の芸名の使用

 ⑴ アーティストの芸名に関する権利
 アーティストが芸能事務所と契約を締結すると、アーティストとして活動する際の氏名、すなわち芸名を決めることになる。その芸名は、本名であったり、本名とは異なる氏名や名称であったりする。こうしてアーティストとしての芸名が決まると、芸能事務所は、その芸名を商標登録することがある。アーティストの芸名の商標登録にあたっては、アーティスト本人の同意を得ることで可能となる(商標法4条1項8号参照)。アーティストの芸名が商標登録されることで商標権が生じる。この場合の商標権者は、商標を出願した者、すなわち、多くの場合、芸能事務所である。
 芸名は人格の象徴として人格権で保護され、かつ人格権に由来するパブリシティ権で保護されると解されている(最判昭和63・2・16民集42巻2号27頁、最判平成24・2・2判夕1367号97頁)。
 ⑵ 芸能事務所との契約が終了した場合のアーティストの芸名の扱い
 まず、人格権としての氏名権およびこれに由来するパブリシティ権は、アーティストの人格から分離することはできず、アーティストに帰属したままになると解される。
 これに対して、財産権である商標権は、当然にアーティストに帰属することにはならない。そうだとすると、契約終了後、アーティストが活動する場合、商標権が働く範囲では自己の芸名を使用すると商標権侵害という事態になりかねない。この場合、アーティストとしては、次のような対応が考えられる。
 ① 商標権を有している芸能事務所から自己の芸名使用についてライセン
  スを受ける。
 ② 商標法26条1項1号の主張
   同条項は商標権の効力が及ばない場合として、「自己の肖像又は自己
  の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこ
  れらの著名な略称を普通に用いられる方法で表示する商標」を掲げてい
  る。
   アーティストが自己の芸名をアーティスト活動に普通に用いられる方
  法で使用する場合には、商標権侵害にはあたらない。ただし、「普通に
  用いられる方法で使用」と制限がついていることから、たとえばアーテ
  ィストの芸名を大きく使用して宣伝広告をするなどした場合には、これ
  に該当せず、商標権侵害となる可能性がある。
 ③ 独占禁止法違反の主張
   近時、公正取引委員会は、芸能事務所による契約終了後の芸能活動の
  不当な制限を独占禁止法違反と解している。この点、契約終了後に芸名   
  を使用させないとすることは芸能活動の制限の一手段と解され、かかる
  制限を定める契約条項は独占禁止法違反として無効(民法90条)とされ
  る可能性がある。
 ④ 権利濫用の主張の芸能
   アーティストの芸名については、本名はもとより本名とは異なる氏名
  や名称であっても、アーティスト個人を表すものとして人格と結びつき
  が強いといえる。そうすると、その芸名を表示したり呼称したりできな
  いことで人格が毀損されることになりかねない。それゆえ、アーティス
  トが自身の芸名の使用について商標権侵害を主張された場合でも、それ
  自体が権利濫用(民法1条3項)になる可能性はあると思われる。
 ⑤ パブリシティ権の主張
   バンド名についてであるが、マネジメントを受けていた芸能事務所か
  らバンド名の使用を禁止された事案(バンド名の商標は出願中)で、バ
  ンド側にバンド名についてパブリシティ権が帰属しており、当該芸能事
  務所との契約上、人格的権利について定めがないことから、当該バンド
  は、特段の制約なくバンド名を使用できるとした(東京高決令和2・7・
  10ウエストロー・ジャパン登載)。
 以上みてきたとおり、アーティスト以外の者がアーティストの芸名を商標登録した場合、その関係を解消した後に、アーティストがその芸名を使用すると商標権との関係でその使用が制限され、それを解消するために紛争が生じるおそれが高いと思われる。これを防止するためには、最初の契約あるいは芸名の商標登録に同意をする際に、商標登録された自己の芸名の取扱いについて合意しておくことが必要になると思われる。

2.バンド名の帰属

 ⑴ バンド名に関する権利
 バンド名も個人の芸名と同様、商標として登録可能である。また、バンド名はバンドの構成員各自の人格権に基づくパブリシティ権により保護される。
 ⑵ バンドの法的性質
 バンドは、個人で活動するアーティストと異なり、複数のアーティストの集合体である。この集合体としてのバンドは、楽曲の創作、演奏等によって収益を得るなどの目的をもって結成されることから、メンバーが共同して事業を行うことを目的とする組合契約(民法667条以下)に該当すると考える。
 バンドの法的性質を共同事業体である組合(任意組合)としてとらえると、バンド名は共同事業体を表す屋号となるものと考える。屋号も組合の財産の1つとなる。かかる組合財産は、メンバー全員の共有となる(民法668条)が、一般的な共有(同法249条以下)と異なり、その持分は組合の清算による以外は分割できないのが特徴である。
 したがって、財産権である商標権についてはバンドの共有財産となる。
 ⑶ 商標権
  🄐 バンドが分裂した場合のバンド名の帰すう
 バンドが共同事業体としての組合であると考えると、組合が存続しているか否かで法的に異なる取扱いになると解される。
 組合は次のような場合に終了し、清算をして消滅する。
 ①    目的である事業の成功または成功不能
 ②    やむを得ない事由による解散
 ③    組合契約で定めた解散事由の発生の可
 ④    存続期間の満了
 ⑤    組合員全員の合意
 ⑥    組合員が1人になったこと
   ⒜ バンドが組合として存続している場合
 たとえば5人組のバンドで、メンバーが1人、2人脱退した場合、組合の終了事由に該当せず、残った3人のメンバーで組合が存続することになる。この場合、組合財産であるバンド名は残った3人のメンバーの共有財産のままになる。したがって、脱退したメンバーは、脱退前のバンド名を使用できなくなると思われる。
   ⒝ バンドが組合として存続していない場合
 5人組バンドの例で、メンバーが4人脱退した場合、残った組合のメンバーは1人になるので、組合の終了事由に該当することになる。あるいは、メンバー全員の合意でバンドを解散する場合も組合の終了事由に該当する。この場合、共同事業体としてのバンドは清算されることになる。この清算段階で、組合財産としてのバンド名を処分することになり、メンバー間で協議して、その帰すうを決定することになると考える。もっとも、バンド名が有名であるほど、この協議は難しく、金銭的な評価も困難になると思われる。
  🄑 バンド間においてバンド名の使用に争いがある事案
 裁判や特許庁の審判で争われた事案として、クリスタルキング事件と
 HOUND DOG事件がある。
   ⒜ クリスタルキング事件(東京地判平成22・3・26裁判所ウェブサ
    イト(平成21年(ワ)1992号))
 クリスタルキングを脱退したメンバーの1人が出演するコンサートの新聞広告に「クリスタルキング」と掲載したこと等に対し、クリスタルキングの権利を有する会社(リーダーが社長)が脱退したメンバーを商標権侵害等で訴えた事案である。
 裁判所は、脱退したメンバーが行った新聞広告は形式的には商標の使用に該当するが、コンサートの態様(クリスタルキングが活躍した1970年代から1990年代の楽曲を演奏)や脱退メンバーがヒット曲を出した当時のボーカリストであったこと、需要者層も当時の年代の楽曲を懐かしむ層であることなどから、脱退メンバーが「クリスタルキング」を用いたことは、当時のクリスタルキングのヒット曲を脱退メンバーが歌唱することの説明にすぎず、商標的な使用ではないとして商標権侵害を認めなかった。
 前述のバンドを組合と解してそのバンド名の帰すうを考えると、メンバーの1人が脱退しただけでは、組合は消滅しない。このため、クリスタルキングの屋号・商標はクリスタルキングのメンバーの共有となり、脱退したメンバーには帰属しない。それゆえ、組合理論から、クリスタルキング側が脱退したメンバーの名称の使用を商標権侵害として提訴する権限を有していたことは間違いないであろう。もっとも、本件に関しては、その使用態様から商標権侵害が認定されなかったものと理解できる。
  ⒝ HOUND DOGの商標登録拒絶査定の不服審査事案(商標審決公報不
   服2006-24560)
 著名なロックバンドHOUND DOGは6人のメンバーで活動していたが、メンバー間で争いが生じ、1人がHOUND DOGを名乗って活動するようになり、当該メンバーがバンド名を商標登録しようとしたが、登録が拒絶されたため、不服審判を提起した事案である。この不服審判において、特許庁は、HOUND DOGは残りのメンバーを加えた6人で構成されたロックバンドとして需用者間に広く認識されているとして、他の5人の承諾を得ないで商標登録はできないと判断している。
 前述のバンドを組合としてそのバンド名の帰すうを考えると、組合としてのHOUND DOGが解散したか否かが明らかでなく、存続しているものと推測される。そうだとすれば、バンド名であるHOUND DOGはメンバー6人の共有となるのであり、1人では登録できないとした判断は、組合理論からも是認できる。
 ⑷ パブリシティ権
 パブリシティ権については人格権に基づくものと理解されており、バンドの構成員各人に専属し、譲渡できるものではないから、組合の共有財産として処理することは適当でないと考える。この点、複数人が共通の人格権を有する場合として共同著作物の著作者人格権がある。複数人がバンド名のパブリシティを保有する場合も共同著作物の著作者人格権に関する規定(著作権法64条)を類推適用すべきと解する。すなわち、バンド名のパブリシティ権の行使には、構成員全員の合意によらなければならないが、構成員は信義に反して合意の成立を妨げることはできない。また、構成員はパブリシティ権を代表して行使する者を定めることができる。

執筆者:大橋卓生


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