伝わらない、でいい。伝わらない、がいい。
最近は平面作品より立体に興味が湧いてきていて、実験をいろいろしています。
(添付のミュウとか海とかトゲトゲの額縁など)
ここからはちょっと飛躍しますが、言葉とアートについて!アートの何が好きなんだろう?を考えながら見ていました。
飽き性な織田が唯一ぐらいにずっとやり続けてるアート創作活動!
■人間の、言葉の扱いはまだ未熟?
宇宙は138億年?地球は36億年とかの歴史があったかと思います。
自然界はその中でトライアンドエラーを繰り返して今の形になっていて、
その反面"言葉"は楔形文字かエジプトのヒエログリフが最古と言われててまだ5000年前ぐらい!
多分、言葉はまだまだ途上で未熟で、人間は言葉を扱いきれていないのだと思っています。
この数十年でそれがどうこうなるわけではないけど、
人は言葉を扱い切れてなくて、
解釈のフィルターが挟まり、
言語で伝えられないものがあり、
だから言葉だけでは認識には常にずれが生じる。
とはいえ、アートの感性も、「具体性」が少ないから、認識にずれが生じる。
100が100伝わる、って難しいんだなーと感じながら、同時に、「幸せに生きる」上で、
そんなにかっちりを伝わる必要って、実は必要ってないのかもなーとも思います。(思想の話ですが)
いずれにせよコロナでリアルコミュニケーションが減った今だから、
コミュニケーション(間合い、付き合い方、言葉の使い方、などなど)を再度意識すべきだなーと思っています!
■言葉で表せないもの
"感性"はいつから存在してるかわからないけど、
少なくとも言葉よりはかなり歴史があると思っています。
それがDNAで多様な方法で受け継がれて枝分かれして、今があり、
具体性はないけど、意外と十分なのかもしれないと思っています。
(イルカが会話をしたり、木と木が通信をしているという話も聞きますが、どれぐらいの具体度で会話してるんでしょね!)
自然(社会的、都会的な営みの対義語としての自然)の方が、人の営みよりずっと先輩だから、トライアンドエラー回数も多く、自然の方が理に近いと思っています!
そして、アートのように感性で伝え合うものも、そういう意味では、
言葉には表現できないを表現できるツールなんだと思っています。
アートを言葉で説明しようとすることも現代社会ではそれを積極的にすべきだと(目的によりますが)と思うけど、
結局言葉で全ては伝わらないから、言葉での説明はある一種の切り取りで、
結局は受け取り手が自分フィルター通して認識したものが、
その人にとっての絶対になる。
個人的には、「伝わっていないけど成り立つ」ぐらい余白がある方が
生きやすくて好きなのかもなーと思いました!
アート、教育、探究、子育て、生き方。アーティストとして、スクール長として、本音しか書きません!