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ハシゴ物語。

本当に大切なものは何か?そんなお話です。

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リズは木の上に登りたいと思っていた。

実際多くの者たちが、リズよりも先へ進んでいた。リズはそれを下から眺め、自分も上に登ることを夢見た。

その木は太く、大きく、根は深く地中に入り、大地を支え、大きく広げた枝葉は、空から降り注ぐ風雪からも守ってくれた。人々は木に守られ、木と共に暮らしていた。

木は繁栄と豊かさの象徴の『生命の果実』が年中実っていた。人々はその果実を食すことで、生きる糧と、豊かさを得ることができた。果実には、生命活動に必要なあらゆる養分が入っていた。手のひらに収まる程度の大きさだが、1日に何個か食するだけで、エネルギーは十分に受け取ることができた。

木の高いところ。つまり上に行けば行くほど、果実がたくさん実っていた。下の方にはあまり実らなかった。だから誰もが上を目指した。

リズはもっとお腹いっぱい食べたかったので、上に登りたかったのだ。

豊かな木がある聞き、世界中からその生命の果実を求めて人々がやって来た。

屈強な男たちが、体力と技術を駆使してよじ登った。村一番の木登りの名人より、遠い西の国からやってきた『マクベス』というたくましい男が誰よりも高く登れた。マクベスは木の下からは目視できないほどの高さまで登ることができた。

しかし、皆がマクベスのように上手にできるわけではなく、身に手を伸ばそうとして落下する者や、体力を失ってしまう者も多かった。

それを見かねた、その地方で一番賢い賢者の『ジャクス』が、「ハシゴ」という道具を発明した。

ハシゴを使えば、両手が自由になるし、何より素手で登るよりもずっと早く登れたし、事故も少なくなった。

ジャクスは惜しみなくハシゴの作り方を教えたので、素手で登れない者たちはハシゴ作り、高いところに実る果実を収穫し始めた。

ジャクスはハシゴの発明への感謝で、木から降りて来た者から一つ受け取ることで、いつもお腹いっぱいに食べることができた。

しかし、ある者がジャクスの作ったハシゴより、もっと大きなハシゴを作った。一人がそれを始めると、もっと長いハシゴ、太くて丈夫で、巨大なハシゴを作り、どんどん高いところへ登り始めた。

さらに高いところへ行った者たちは、抱えれないほどの果実を収穫してきた。豊かさと繁栄の証を手にして戻り、再びまたハシゴで上を目指す。

しかし、自分ではハシゴを作れない者が多かった。ハシゴ作りには、器用さと丁寧さと正確さが求められたし、材料を運ぶ腕力も必要だった。

リズはそんな器用さも腕力もなかったので、相変わらず、手の届く範囲で実を採るしかできなかったが、多くの人がリズと同じように、自力で登る技術や体力もなく、ハシゴを作る器用さもなかった。

だから、自分でハシゴを作れない人のために、代わりにハシゴを作ってあげて、生命の果実を対価としてもらい、ハシゴを手渡す、「ハシゴ屋」なる者が現れた。

ジャクスがそうだったように、ハシゴ屋は大きなハシゴを作れない者の代わりに、命の実を対価として登った者から受け取ることで、ハシゴ屋は自分で木に登らずとも、大いに腹を満たせた。

ハシゴを開発したジャクスもどんどん新型を改良し、ハシゴ屋を始めた。しかしハシゴは上に登るための道具なので、他のハシゴや差別化が図れず、多くの実を受け取ることはなかった。どのハシゴも大差がなかったからだ。

そこで「ハシゴ問屋」なる者たちが現れた。

彼らは皆が作る似たり寄ったりのハシゴを、たくさん売ることができた。

例えばジャクスは『元祖ハシゴ職人』というキャッチコピーをつけて、それを目立つように往来に貼り出した。その他にも「信頼と実績」「ハシゴ創始者」「伝統の一品」などの言葉をつけて、ハシゴ問屋たちは、ハシゴを求める人たちにアピールした。

そのおかげでジャクスのハシゴは、木を登る者たちから人気のハシゴになった。ジャクスはハシゴ問屋に、対価としてたくさんの果実を支払った。

他にも「軽くて丈夫」「登りやすいハシゴ」などの機能性の宣伝や、「落下事故過去0件のハシゴ」「収穫量20%アップのハシゴ」など、あやふやなデータを謳うものも増えたが、人々はそのわかりやすく、親しみやすいフレーズに惹きつけられた。

そのようなさまざまな広告とキャッチコピーで、まったくハシゴの売れ行きは左右されるので、ハシゴ屋は、ハシゴ問屋に、自分の受け取った果実の多くの渡し、自分の作ったハシゴを売ってもらった。おかげで生命の果実を一番多く所有するのは、木に登り命をかけて果実を集める者たちよりも、ハシゴ問屋たちになった。

リズはハシゴが欲しかった。

しかし、ハシゴ屋に対価を支払うだけの収穫がなかった。リズと同じような人たちはたくさんいて、彼らはやはり木の麓で、細々と収穫をし続けるしかなかった。

リズたちのようなハシゴ屋からハシゴを買えない人たちのために、「立て替え屋」が現れた。

立て替え屋は元は問屋だったが、問屋業も増えて来たので、個々の収益が減り、新しい事業を始めたのだった。

収穫量が足りなくてハシゴを買えない人たちの代わりに、立て替え屋がハシゴ屋に命の実の対価を払い、ハシゴを買い、求める人たちに手渡す。

そしてその後に、ハシゴを手にした人から、分割して果実を支払ってもらうという仕組みだ。

ただし、そこには「利息」というものがついた。

例えばアンジーの場合はこうだ。

50個の対価分の、中程度の大きさのハシゴがあった。かつては木登り名人だったアンジーは50個の命の実を持っていない。彼の収穫はせいぜい1日に10個程度だ。アンジーは2年前に木から落ちて大怪我をしたのだ。今は朝から晩まで働き収穫したが、家族を食べさせるのに精一杯の量しか採れなかった。

しかしアンジーは立て替え屋に頼むと、立て替え屋は50個を一括で払ってくれる。

そしてハシゴが欲しい人は、ハシゴを手に入れることができる。ハシゴを手に入れたアンジーは、これから立て替え屋に毎日5個、立て替えもらった分を払う。

アンジーは1日5個を、12日間で払う約束をした。つまり、最終的には合計60個が、立て替え屋に手に入るという仕組みだ。だが、アンジーはハシゴのおかげで、毎日20個以上の収穫を得ることができた。

立て替え屋の登場により、多くの人がハシゴを手にした。ますます人は増えて、賑やかになり、村は豊かになった。

リズも小さいハシゴをようやく手にした。高いところに登って収穫するので、リズの収穫量は倍に増えた。

しかし、その収穫量に初めは嬉しかったが。今までは1日5個で生きていたのに、今は1日12個とっても、立て替え屋に毎日5個支払うので、支払いが終わるまでは、忙しくなっただけで、食べる量はあまり変わらなかった。

そして、そろそろ支払いが終わるという頃にハシゴが故障してしまい、修理が必要になり、また立て替え屋に対価を支払ってもらったので、まだまだリズは立て替え屋に、収穫した命の果実を払わねばならなかった。

疲れていても、病気になっても、立て替え屋への支払いは止めては行けない。止めるとますます利息が増えるし、もし支払えなくなると、ハシゴが奪われ、皆からつまはじきにされて、木の側にも近寄れなくなる。

今までは病気なら休んで、1日や2日は食べないで我慢したのだが(そもそも病気の時は食べない方がいい)、今ではリズや多くの人々は、病気の時も無理して働くか、また休んだ分を立て替え屋にお願いするという状況になっていった。

さて、一方高いところへ登る者たちは、もちろん果実の収穫の多さを競い合った。そこで多く果実を採ったものは豊かになるし、何より名声と尊敬が得られるようになっていた。

ただ、食べる分はもう十分だったので、彼らはそれよりも名声や尊敬を求めるようになった。

だからただ普通に腕を伸ばして取るよりも、体を回転させながら収穫したり、長いナイフを使って綺麗に切断面を作ったりして、自身の収穫方法をアピールした。難しかったり、派手だったりすればするほど、名声が得られた。

ある時、ルックスという若者が、ハシゴに装飾を飾り出した。

それまでは、ハシゴには機能性しかなかった。ハシゴ屋のエンブレムが入ってるものはあったが、機能や丈夫さと関係のない装飾ハシゴは初めてだったので、初めは多くのものがルックスをバカにした。

しかし、ハシゴの取手部分に動物の彫刻を施し、一番高い部分に美しい女性の顔の像をつけたルックスのハシゴは一際目立った。そしてルックス自身も美しい着物を来て、踊るようにハシゴを登り、収穫をした。

ルックスは高い場所に行けるわけでも、多い収穫量でもなかったが、その装飾された美しいハシゴと、ハシゴに見合った華麗で雅な動作で、名誉と栄光が与えられた。初めはバカにしていた者たちも、ルックスの装飾ハシゴや、彼の雅な服装に憧れるようになった。

ルックスの影響力によって、ハシゴ屋たちはこぞって派手な装飾のハシゴを作るようになり、皆、飾り立てたハシゴを求めるようになった。

機能性よりも、さらにその装飾に神話の神々や、龍や鳳凰のような神獣を彫刻し、それが「お守りになる」とか「置いておくだけで幸運になれるハシゴ」「英雄マクベスモデルで、マクベスのエネルギーが降りてくる」など、根拠のないキャッチコピーと共に、付加価値がつけられるたびにハシゴの価格は高騰した。

しかし、多くのものがそのハシゴを求め、ハシゴ屋もハシゴ問屋も、そして立て替え屋の仕事はどんどん忙しくなった。

さらにハシゴの装飾も、彫刻屋、色付け屋、飾り付け屋と分業され、細かい修繕に対応する修理屋もいて、人々は命の実を採っても採っても、されらの分業のものや、立て替え屋に払い続けた。

リズは使っていたハシゴが修理不可能と言われ、「買い換えなさい」と勧められ、立て替え屋に出かけるところだった。

「ほら!俺のハシゴはこんなに美しく鮮やかだ!」

「私のハシゴは天女のお守りのお札が貼ってあるのよ!」

「僕のハシゴは持ってるだけで怪我をしにくくなる幸運のハシゴ!」

「龍の装飾を施したハシゴは、龍のように高いところまでいけるんだ!」

街にはそんな会話が溢れていた。しかし、一見それらは煌びやかで見た目を惹くのだが、当の本人たちは、立て替え屋や修理屋、装飾屋に果実を支払うために、一日中収穫に追われ、自分は少量だけ食べてという生活だった。

リズは改めて、木の麓へ行き、手の届く場所で命の果実を集めた。4つしか収穫できなかった。しかし、お腹いっぱいではないけど、4つあれば十分に満たされた。

実際、1日100個収穫したって、せいぜい大食いの人でも食べ切れるのは20個程度だ。残りの余った果実は今度食べようと採っておくのだが、果実は腐りやすく、乾いた種ではほとんど腹の足しにはならなかった。立て替え屋たちも大量のタネを貯蔵しているけど、命の実はいくらでもあるのだから、タネを食べることはなかった。タネを溜め込んでいてもあまり意味はない。そもそも種は蒔くためにあるのだ。

リズはただ、実を食べられれば良かった。それだけだったのに、もっと欲しいと思ったから、上に行きたくなった。上に行ってたくさん採る人を見て、自分もそうなりたいと思った。

しかし、上に行く必要はなかったし、自分には1日4つか5つで十分だと気づいた。

ある人々はハシゴを飾り立てることに夢中になった。
またある者は高さを競い、体力を競い、技巧を競い合った。
そしてまたある人々は彼らの要求を満たすべく、分業してさまざまな事業を行い、食べきれないほどの果実を集めることに夢中になった。

とにかく皆、忙しくしていた。以前は木陰の涼しいところで昼寝をする人がたくさんいたのに、今ではほとんどそんな人を見かけなくなったし、もしそんなことをしてたら「なまけもの!」と、責められてしまうからだ。

リズは、いくつかのタネを持って村を出た。タネを植えて、小さな木を育て、そこでまた実を取ればいいと思った。ありがたいことに、大地はいつも種を実らせるし、命の木は枯れることはない。

リズが本当に求めていること。それは、大量の果実でもないし、派手できらびやかな持ち物や衣装でもないし、人々からの名声でもなかった。

のんびりと、心地よい木の下で昼寝をして、微笑んでいたい。それで十分だった。


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イベントのお知らせ。

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