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自由という牢獄

ある男がいた。彼は過去に犯罪を犯し、長い間服役していた。窃盗が数件と、強盗など、重犯罪はしてないが、積み重なった分や、周りがうまく逃げおせた分、罪をかぶった事もあり、彼の実刑判決は長かった。

しかし、彼自身はとても実直で、真面目な気質もあった。自分が若い頃に犯した罪を心底後悔していたし、もう二度と、バカなことはやらないと、固く心に誓っていた。

実直な態度が認められ、刑期は軽減され、いよいよ釈放となった。憧れた、広い空!塀も鉄条網もない世界で、時間は自由に使える。

おとなしい人柄も評価されていたことで、彼は出所後すぐに仕事にありつけた。工場の仕事だった。金属を加工する工場だったが、比較的自由な職場で、仕事は自分のペースで行えた。

しかし、彼は有り余る自由の中で、落ち着きを無くし、息がつまりそうだった。

自由に、慣れていなかった。なぜなら、ずっと不自由さの中で生きることに慣れきってしまっていたから。

これまではすべて、時間で管理され、コントロールされ、看守の言いつけが絶対であり、食事するのも、トイレへ行くのも、すべて彼らの許可が下りないとできないことだった。

仕事中も、つい癖で「トイレへ行って良いですか?」「食事をとってもいいですか?」と、自分より年下の上司に何かと許可を得ようと、尋ねてしまう。

「あのねー、この前も言いましたけど、トイレくらい好きな時に行ってくださいよ。ダメなんて言うわけないでしょう?」3回目にはさすがに怪訝な顔をされたが、(自分は、上がダメだと言ったら、絶対ダメな世界にいたんだ)と、言い返す事もできなかった。

仕事中はまだいい。彼はやる“べき”事さえあれば、その何かやっていればいいのだ。やる内容はどうでもよかった。彼には、「やれ」と指示があり、それを「やる」ということが重要だったのだ。しかし、仕事を終え、工場から少し離れた独身寮に一人で戻ると、途端に彼は心の置く場所を失った。

(俺は、何をやればいいのだ?)

誰も、彼に命令してくれなかった。誰も、彼に任務を与えなかった。彼は、自分の欲求を、誰に申請していいのかわからなかった。誰の許可を貰えばいいのかわからなかった。

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前編終わり。 続きは後半へ。

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後半…

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