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エンゾと鉱脈 

エンゾという名の男がいた。

エンゾはワラを編んでムシロを作ったり、竹籠などを作る仕事していた。自分でその仕事を決めたわけではなく、物心ついた時から、親の仕事を手伝っているうちに、そのまま自分の仕事になった。

エンゾは満足していなかった。生活は豊かではなく、商品が売れないときはひもじい思いをした。

自分はワラを編むために生まれてきたのだろうか? よくそんなことを考えたりもした。

行商へ街へ行く時に、寂れた古寺の前を通りかかる。

寺には一人、老人が暮らしている。僧侶には見えないが、かといって物乞いではなく、いつもにこやかに寺の門の前の石に座り、エンゾや人々が往来するのを眺めていたり、石畳にムシロを敷いて、昼寝していることも多かった。

ある日の行商の帰りに、エンゾは寺の門の前で背負っていた荷物を下ろし、緩んだ紐を結ば直していた。

老人は今日も同じ格好をして、石の上に座って、ニコニコと通りを眺めている。

「おい、じいさん」エンゾは荷物を結びながら、その老人に話しかけた。「いつもそうやってニコニコしてるが、一体どうやって暮らしているんだね?こちとら朝から晩まで働き通しで、そんな呑気にしてられないというのに」

多少、皮肉めいて言ったが、老人は悪びれることもなく、

「自分が食う分くらいどうにでもなる。この年になると量も必要ない。そもそも太陽や大地、そして山の水がたんと生命を分けてくださるのじゃ。だからいつも心は平和じゃ」

エンゾには老人の言ってる意味がよくわからなかった。

「太陽は食えんし、水じゃ腹は膨れん。野菜を作っても、この辺じゃ穀物もよく育たんから、草や根っこばかりだろ? よくそんな生活で満足できるもんだ。心の平和なんてありえんよ」

エンゾは半分呆れながら、荷物を背負いました。

「俺はこれを作って、売って、またワラを集めて作って…。それで食うだけで精一杯だ。稼がないとならんからな。あんたみたいに一日中ゴロゴロしている身分じゃないよ。まったく、教えてほしいもんだ。もっと稼ぎたいってのに、今日はあまり売れなんだ」

「ほう、稼ぎたいのなら、もっと別のものを売ればいい」

老人は言いました。

「この山奥の洞窟を掘れば、銀の鉱石が出る。それを売ればいいのだ」

エンゾは近くで銀が取れるなんて聞いたこともありませんし、そもそも銀なんてほとんど見たことありません。

「し、しかし、そんな簡単には…」

「そんな難しくない。ただ掘ればいいのだ」

エンゾは半信半疑でしたが、翌日、一人で山に行きました。そして岩場を持ってきたスコップで掘ると、なんと本当に銀が出てきたのです。

エンゾはその銀を売り、今まで1ヶ月間働いて得たお金を、たった数日で稼ぎました。

きっとあの老人も、銀で一山当てて、それでこんなのんびりした暮らしができてるのだろうとエンゾは思いました。

「じいさん!」エンゾは老人に会いにきました。老人は変わらず、古寺におりました。「あなたの言った通りです。銀のことを教えてくれてありがとうございます!」

「おお、よかったの、金が稼げて楽できるだろ」

老人はエンゾが幸せそうなのを見て喜んでいる様子でした。

「はい、あなたのおかげです。ありがとうございます!」

エンゾはこれまでできなかった豊かな暮らしになりました。貧しい家を出て、街の大きな家に引っ越しました。そして嫁をもらい、子供が生まれました。

しかし、妻と子供も養いながら、今の暮らしを続けるのは、銀の採掘だけではぎりぎりでした。そして、鉱山からの産出は、この頃量が減ってきて、不安に駆られました。鉱脈は無限ではないのです。

エンゾはまた老人を訪ねました。

「じいさん、やっぱり世の中難しいもんですね。銀だけでは、街で家族を養って、使用人に給料払うのは難しいです。そして、鉱山もいつ掘り尽くすかわからないし」

エンゾがそう悩みを打ち明けると、

「さらに山の奥に川があるじゃろ?そこでザルをもって半日も待っていれば金が取れるぞ。川の上流の湧水には、地下鉱脈から金が流れ出すんじゃ」

「そうなんですか!」

エンゾは翌日には、銀の鉱山のさらに奥へ行き、言われた通りに竹で編んだザルをもって川を救いました。するとどうでしょう。金色に輝く大粒の砂金がわんさかと取れるのです。

エンゾは今度は、銀を掘って1年分の収入を、1ヶ月で稼ぎました。

また同じように老人に俺を言いに行くと、老人は、

「よかったよかった」と喜んでくれました。

エンゾとその家族は、金のおかげで手広く商売を始め、もっと大きな街で豊かな暮らしを何年も何年も続けました。

しかし、そんなある日、国中で飢饉が起こりました。

「食べ物が…」

お金はあります。しかし食べるものがないのです。

農家や漁師は、自分達が食べるだけで精一杯で、エンゾがいくら金を積んでも食べ物を売ってくれません。

そうです。この世には、お金では解決しないことがあるのです。

ある時、古寺の老人を訪ねました。もうあれから10年以上経ってますが、老人はあの時とまったく変わらない姿で、門の前に座って、ニコニコとしていました。

「じいさん、わたしのこと覚えていますか?」

エンゾは当時より体も少し肥え、服装もきらびやかでした。ただ、肥えたといっても、この飢饉で、これでも痩せたほうです。

「おお、覚えとる覚えとる」

「あなたのおかげで豊かな暮らしをしていました。しかし、今はお金があっても食べ物がないのです。食べるものがなければ、私も家族も飢え死にしてしまいます。どうすればいいでしょう?」

「自分の力でやればいいんじゃ。自分にはその力があるんじゃ」

「しかし、私は農業も、狩りも、魚も釣ったことがありません。ワラを編んで、あとは銀やら金やらを掘って売ることしかしてなかったのです」

「教えてもらうんじゃ。知ってる者に。頭を下げて」

エンゾは街一番のお金持ちで、名士になってましたから、それはなかなかプライドが許せません。

しかし、確かに老人の言う通り、誰も食べ物を分けてくれない以上、せめて自分で食べ物を得る方法を知らないと死んでしまう。

エンゾは街の近郊の村の農家や、港町の漁師などを訪ね、頭を下げて農業や魚釣りを教えてもらいました。皆、快く教えてくれました。そしてどうにか食べ物を得ることができました。

自分でもやればできるんだ! エンゾは自分が頑張ればこうして生きていけると言うことに喜びを感じました。

そもそも、エンゾは銀や金の鉱脈から得たお金のおかげで、豊かな暮らしをしていましたが、なんだか物足りない生活でもありました。

「自分はなんのために生きているのだろう?」

いつもそれが頭の中にありました。

便利な生活。たくさんの友人たちとの交流。美味しい食事、きらびやかな音楽。初めは楽しくても、エンゾは心からそれを求めていたわけでなかったのです。

それが今やどうでしょう。自分で畑を耕し、種を蒔き、収穫する。森に行き、キノコや山菜を集める。海に行き、釣り竿を下げて魚を待つ。

夕方には仕事を終えて家族とのんびりと過ごし、天気の悪い日や海が荒れてる日は家で読書をしたり、友人とお茶を飲んで過ごす。とても充実した暮らしでした。

エンゾは気付きました。銀や金の鉱脈を探し、それを得て豊かになったと思っていたが、それは幻だったのです。

飢饉や災害になると、それらは何一つ役に立たない。そもそも、人は飯を食わなければならないのだ。そして、生きるための「食」という鉱脈は、こんなにも身近にあったのだ。

「じいさん!私は気付きました!本当に大切なことは、こんなにも近くにあったのですね!」

エンゾはまた老人を訪ね、お礼を述べました。

「おお、よかったよかった」

老人はエンゾの気付きに、一緒に喜んでくれました。

そこでエンゾは尋ねました。

「じいさん。あなたはここでいつもいて、のんびりとしてなさっているが、あなたも自分の生きるための食べる鉱脈を見つけていたのですね? どこかに行かなくても、身近にある豊かさにとっくに気づいていらした。だからあなたは幸せなんですね?」

「最も身近な場所にある。おぬしも銀や金を掘りに行かんでも、土や森や海や川といった、近くにあると気づき始めた。よかったのう」

老人は半分答えになっていないようなことを言って、またニコニコとして通りを眺めていました。

とにかく、エンゾも金や銀の仕事に追われることもなく、かと言って贅沢をするわけでもなく、街を離れ、質素でつつましく暮らしながら、いつもにこやかにしていました。あの老人の気持ちがわかった気になりました。

それからまた数十年の時が流れました。

エンゾの子供たちも巣立ち、少し離れた街に暮らしています。孫もいて、時々会いにきます。しかし、エンゾの妻が病気で亡くなりました。エンゾは一人ぼっちになりました。

「俺もそろそろ、お前のところ行くよ」

一人で暮らしながら、エンゾは沈黙に耽る時間が増えました。一人分の生活なので、以前のように頻繁に収穫や漁をしないでよかったのです。

エンゾは自分の人生に満足はしていましたが、やはり「自分は何のために生まれたのだろう?」という疑問は残っていました。妻がいなくなってから、そういうことばかり考えるようになりました。

そこでエンゾは、もういるはずないと思いつつ、懐かしの古寺へ足を運びました。すると、エンゾが若い頃に見た姿とまったく同じように、老人がいるではありませんか。

「ご老人、あなたは一体…」

自分自身も年老いてきたので、周りから見ると老人同士の会話に見えるのだろうなとエンゾは思った。

「今度は何を見つけたんだね?」

「え?」

初めて老人の方から質問をされました。

「いえ、お恥ずかしながら、今は何も見つけておりません。身近な幸せをずっと生きてきましたが、私もすっかり年老いました」

「おお、そうかそうか」

エンゾは続けました。

「一度聞きたかったのですが、あなたはどうしていつもそんなに幸せそうなのですか?」

「お主、いつか言っとったじゃろ? 身近なところに鉱脈があったと」

「ええ」

「わしは、最も身近なところに鉱脈を見つけただけじゃよ。その鉱脈からは、あらゆる豊かさと至福が溢れていて、それは途切れることはないんじゃ」

「最も身近なところ。それは土や水の恵のことではないのですか?」

エンゾがそう尋ねると、老人は自分の胸を指差した。

「自分の中に、天と地をつなぐ鉱脈があるんじゃ。わしはそれを共におる。だからいつも満ち足りておる」

「自分の中に?」エンゾは思わぬ答えに驚いてしまった。「その、自分の中の鉱脈とつながると、どうなるのですか?」

「内なる鉱脈とつながりし者には、もう何も必要としない。ただ太陽や大地、そして山と同じじゃ。そこに在るだけじゃ。そこに在るだけで、生命はめぐる。必要な時に、必要な分な。それで十分じゃ。そして心はいつも平和じゃ」

いつか若い頃にも、そんな話を老人から聞いたことがあるとエンゾは思い出したが、やはり今でも意味はわからない。しかしそれはエンゾがこれまで求めてきたものの中で最も大きなものだと確信した。

「ご老人!そんな素晴らしい事を、なぜ私に教えてくれなかったんですか!」

エンゾがそう言うと、

「なぜって? お主はそれを訊かなかったじゃろ?」

確かにそうだ。お金のことや、食べ物のことを訊いた、そして確かに彼は教えてくれたが、自分は老人その人のことは何も訊かなかったし、そもそも、お金や、豊かさや、食べること、充実した生活よりも、もっと大きなものがあるなんて考えもしなかった。

「求めよ。求めれば、導かれる。求めなければ、何も起こらん。人が求め、切り開くと、そこに道ができる」

老人はエンゾの顔を見ながら話す。

「しかし、お前にはその経験が必要だったのじゃ。金を追いかけることも、生きる上で本当に大切なことを知ることも、全部必要じゃった。そして今じゃ。何を求める?何を切り開く?」

「内なる鉱脈を知りたいです」

「うむ。ではまず隣に座れ。ただ座れ そこに在れ。そして自分の中を切り開け」

終わり


☆ ワークショップ

つながるからだ、つながるこころ  

こちらのアメーバブログも参考に

聖音瞑想会 大阪 2月24日

歩く! 山を歩き、五感を開く

癒しと調律。ボイスヒーリング「調う」 2月18日(日)

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