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超能力・難関②

富士宮ルートは一番距離が短く、山小屋が要所要所にあるが、標高は一番高い位置からスタートとなる。

『最近の道は随分と多くなったのじゃな。私達が生きていた時は道なんてなかったからな。』
『そうですね。富士山での事故は少なくなったとはいえ、高山病のリスクが減った訳ではないですからね。』
『高山病?』
『高くなればなるほど酸素が少なくなって身体の中の酸素が欠乏しちゃう山ならではの病気です。』
『恐ろしいな…じゃが…』
『私達は行かないといけない、そういうリスクを回避するには私と麻也は単独で動く事にした訳です。いざとなったらどちらかが試練を受けて…という最悪の事態も考えてますけどね。』
『うーん…微妙じゃな。』

私はせかせかと装備を確認しながら話していた。麻姫様はじっと鍵を見ながら…

『しかし、この鍵…無駄にデカいし、重い…私も体力には自信があるのじゃが…』
『姫様、持ち方を工夫してみると良いかもしれませんよ。』
『わかった。』

“…ピピッ。富士宮ルート検索完了。ルート情報ヲ収集中…案内ヲ開始、登山届ヲ担当施設ヘ送付致シマシタ。ルート案内ヲ開始シマス。”

『姫様、行きますよ!麻也達はすでにポイントに着いてるみたいですので。』
『うむ。』

“AB-01(1号機)ヨリメッセージヲ受信…『了解!私達モ登山ヲ始メルネ、頂上デ待ッテル 麻也』”

富士宮ルートは麻也達が選んだ吉田ルートの次に一番距離が短いが標高が高い位置からのスタートになり高山病のリスクが高くそのためペース配分が要求される岩場道だ。

『美月、ここからは自分の体力を考えて行動するのじゃぞ。ここはどうやら休むところが沢山ある。無理に行動せず、休む事も考える事じゃな。』
『わかりました、麻姫様。』

富士宮ルート…私はハッキリ言って甘く見ていた。距離は短いが岩場ばっかり、整備されているとはいえかなり難所だった。

五合目〜六合目は比較的楽なルートではあるが、山なので勾配が激しい。

私の足は確実に富士の大地に刻んでいる感覚を感じる。ザッザッ…としっかりと足をつけ一歩を踏み出す。今のところ、体調に問題ない。確実に前に進んでいる…といった感触は伝わっている。

『姫様…ついて来れていますか?』
『何とか…って感じじゃな。あかがねの干渉が強くてな、普段よりも疲れ方が違う…』

麻姫様強がってはいるが、疲労感は思った以上に蓄積しているのがわかる。何とか六合目まで登り切った私達…七合目を見た途端唖然とした。

七合目は完全な岩場…

岩に挟まれた道を強引に道にしたような感じで歩きづらい感じがわかる…

『大丈夫だよ、ここを初めて見た人はびっくりするけど、ここを越えれば比較的楽になるから。そこの女の人…そうだなぁ、持ち方を変えて輪の中に手を入れて持ってみるといいよ。』

私の後ろにいた女性が話しかけてきた。私と同じくらい…いや、少し年上のお姉さんみたいな感じだった。彼女は“頑張って”と言いながら軽快な足取りでスタスタと歩いていった。

“そこの女の人”…?普通の人なら麻姫様の事は見えていない…一人で来た女性クライマーにしか見えないはず。だけどその人には二人に見えた…つまり…

『美月、今の女の人…私の事が見えている?』
『姫様も同じ事を考えてました?』
『うむ…どうやらあの女の人には私の姿が見えていたのじゃろうな。』
『あの人…何処かで見たような気がする…』

私達は不思議に思っていた…
綺麗なお姉さんの助言通り、最初はゴツゴツとした岩場が段々と少なくなり、傾斜こそあるが歩きやすくなってきた。

『美月、美月!』

私を麻姫様が呼び止める。彼女は鍵を持ちながらニコニコしている。

『あの人の言う通りじゃった!鍵の柄の部分に腕を通して先端を手で掴むと楽になったんじゃよ。力の加え方も手全体で出すのではなく肩の部分から少なく細く出すとあかがねの干渉を最小限に抑える事ができるんじゃよ。』

松葉杖突いてるみたい!と笑ったが本当に楽らしい。

宝永火口!江戸時代に噴火した山の火口を見る事ができる。

私達のペースは一気に上がったので新七合目…七合目、と過ぎ、あともう少しで八合目!というポイントまで来たのだが、雲行きが怪しくなってきた。

“ピピッ…発達シタ一過性ノ低気圧ガ迫ッテ来テマス。間モ無ク雨ガ降ル予想デス”

クライムドローンが突然警告を出してきた。確かに雲が出てきて今でも降りそうだ。

『美月!このままでは不味いぞ。一旦ここで“びばーく”をすべきじゃ。』
『ビバーク?姫様、いつの間にそんな単語を?』
『そんな事はどうでもええ!』
『ダメですよ、姫様。こんな開けた場所で雨宿りするのはかえって危ないです!ドローンが提示した地図の先に山小屋がありますし、ドローンのバッテリーも残り少ない…ドローンがないと私達は確実に遭難しますし、一気に小屋を目指した方が危険を回避できます。』
『しかし、美月…』
『姫様、私なら大丈夫。今のところ高山病とかの症状もない…急ぎましょう!』

私達は危険を顧みず早いペースで歩き出した。

富士山八合目 白雲荘

『着いた!』

私達は安堵した。ドローンのバッテリーもギリギリ…危なかった!私達が館内に入った途端外ではザーッ!と雨が降ってきた。

『お客様、いらっしゃいませ。危なかったですね。』
『はい、あのままいたら間違いなくずぶ濡れで低体温症になっていたかもしれませんね。』

客は私達以外誰もいなく、思いっきり寛ぐ事ができる。私はドローンのバッテリーを充電を小屋の主人にお願いした。

『お客さんの他に客?若い女の人?私は見ておりませんが、多分先の山小屋に着いて休まれているのでは?あ、そうそう。お客さん、“長篠麻也”って方をご存知ですか?先程、向こうの小屋に着いたから、って連絡がありましたよ?』

私は麻也に電話した。結構長い間話していたかと思う。

『んで、向こうは何て?』
『私達と同じ時間に山小屋に着いたみたい。とりあえず、私達が着いて安心したみたい。』
『全く…心配性じゃな。』

『さて麻姫様。明日は早くここを出ますが、麻也達は私達よりも遅く向こうを出ます。それは私達が麻也達よりもハンデがあるからで、距離は同じくらいでも私達がいるルートの方がハードで体力的にも難があるからです。但し、その分休憩ポイントが多いので自分のペースをキープできますし。』
『うむ、わかった。』
『さて、麻姫様…まだまだ早いですが寝ますよ!』

私達はいつの間にか眠りについていた…

“…せ。…えせ。引き返せ…”

私を呼ぶ者がいる。あたりを見渡しても誰もいない。しかも服を着ていない…下着も。私は何故か裸でいる。思わずバッと手で隠した。

“引き返せ、美月…お前はここに来るべきではない…”
『ふざけないで!貴方は誰?私達の事は誰にも邪魔はさせない。麻也は私が守る!』

姿なき人の声がピタっと止んだ。ただまた声がする…

『…き。美月、起きるのじゃ!出発の時間じゃよ。』

…麻姫だ。さっきのは、夢?だったらしい。

『酷く魘されておったぞ?』
『うーん、何か夢を見たんです、“来るな、引き返せ!”って。』
『そうか…きっと私達の事を邪魔しようとする輩の嫌がらせじゃな。』

きっとそうだろう。 

『しかし、其方の張り手は結構キツいな…母上の尻叩きにも匹敵するぞ。』

そういうと麻姫様は頬を見せてきた。私は必死になって彼女に謝った。

『お客様、これからご出発で?今は雨が止んでおりますが、風が吹いています。今から出て陽が昇る頃には雲一つない快晴と予報が出ています。ドローンのチャージもできています。お気をつけて、いってらっしゃいませ!ご武運を。』

私はドローンのスイッチを入れて起動した。チュイイィン…とモーター音を響かせてドローンが喋りだす。

“オ早ウ御座イマス…天候ハ晴レ。風速ハ…ヤヤ強シ。ガイドワイヤーヲ使用シ、固定シテクダサイ…ナビモード及ビサーチモードノミ作動シマス。”

『麻姫様、準備はいいですか?』
『勿論じゃ!いつでも動けるぞ!』

『行きますよ、姫様!』

私は小屋の主人に見送られながら小屋をたった。風は思ったよりも強いが何とか歩けそうだ。

私は麻也と違って明らかに体力面では劣るし、私のバディ…麻姫様も大きな鍵を持っている為かなり八合目以降の勾配はキツい。しかも周りは開けていて強い風をモロに受けてしまう。時には飛ばされるんじゃないか、ってくらいの突風が私達パーティーを襲う。何とか九合目に着いた時には空が明るくなり出した頃だ。

九合目。間に合うだろうか…空は明るくなりだしている。

九合目を越え、九合五勺と呼ばれたポイントに着いたのだが、このポイントを過ぎるとあれだけ吹いていた風が一気に弱くなった。

『姫様!あれは!』
『アレが私達が目指す場所じゃ!』

うっすらと鳥居らしき物が見える…そして陽は半分近く昇ってきている。私はひたすら歩いた。

日の出まであと少し!ゴールは近い。

私達は急いだ。私は無我夢中で歩いた。こんな時、自分の足取りが早くなっているのがわかる。ラストスパート…私は登頂した!やり遂げた感が半端ない…私の後ろから、声が聞こえる。幻聴ではない…ハッキリと聞こえる。

麻也だ!そして、月姫様もいる!
私達は走り出した。麻也達も走ってくる…

『麻也!』
『美月!』

私達はギュッと抱きしめ合った…

“ピピッ…目的地ノ座標確認…富士山頂上ニ到着シマシタ。ナビゲートヲ終了致シマス。最後ニ…”

二機のドローンから突然音楽が流れ出した。

“Such a feeling’s coming over me
There is wonder in most everything I see…
Not a cloud in the sky, got the sun in my eyes
And I won’t be surprised if it’s a dream
Everything I want the world to be
Is now coming true especially for me
And the reason is clear, it’s because you are here
You’re the nearest thing to heaven that I’ve seen Everything I want the world to be
Is now coming true especially for me
And the reason is clear, it’s because you are here
You’re the nearest thing to heaven that I’ve seen I’m on the top of the world looking down on creation
And the only explanation I can find
Is the love that I’ve found ever since you’ve been around
Your love’s put me at the top of the world”

『これは?』

私は問う。

『遥か昔に流行った、曲でCarpentersって兄妹が歌う“Top of the World”って曲だよ。』

麻也が言う。

『私達にはわからない曲じゃが、今の雰囲気に合う曲じゃな。』
『そうじゃな、妾にも気持ちが伝わってくるようじゃ。』

私達は姫様達に構わずお互いの唇をそっと合わせた…。

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