見出し画像

超能力・難関①

富士山のルートは四つある。

『…つまり、妾と其方と麻と美月は別々のルートから山頂を目指すのじゃな?』
『そうなんです。どのルートも五合目からのスタートにはなるのですがルートの選定はそれぞれに任されてはいます。私達は吉田ルートを、美月達は富士宮ルートを使います。』
『短い距離なら楽ができる…ってことじゃろうか。』

『月姫様…他のルートと違い距離が短い分、アップダウンの勾配があって思ったよりもハードなんですよ。しかも地図でもわかるようにポイントの間隔が長くなってますよね。ですからペース配分は大事って事になる訳です。姫様の力の持久力を試される、っことですよ。』
『なるほどな…妾は櫛ではあるが、鍵を持つ麻は体力はあるが、力の加減が下手じゃから心配じゃな…』
『月姫様、ひょっとして麻姫様の事が心配?』
『そ、そ、そんな訳じゃなくて…』

可愛いらしい姫様だ…

“ピピッ…富士吉田ルート検索完了、登山届ヲ所轄施設ニ届出ヲ送付致シマシタ。ルート案内ヲ開始シマス…”

クライムドローンが喋り出す。

『今の世の中、便利な時代になったんじゃな。』
『姫様、これは高山用のクライムドローンで一人で登山をする場合は装備義務があるんですよ。大学が貸してくれたんです。行きますよ、月姫様。』
『うむっ!』

“ピピッ…AB-02(2号機)カラメッセージヲ受信…『只今カラ登山ヲ開始…頂上デ会イマショウ…美月』…読ミ上ゲ終了…”

『美月からだ!私達もいざ出陣!』

五合目の天気は快晴…天気が崩れる様子なし。私のコンディションも良好。月姫様もフワフワとついてくる。彼女も問題ない。私は自分のペースをキープし、歩いていく…吉田ルートは勾配こそキツくはないが、地面は結構凸凹していて歩きづらい。途中、何人かの登山客とすれ違い、挨拶を交わす…私と同じような若い子達や年配の方…様々だ。後から聞いた話だが、吉田ルートは古くから使われる道で人気のあるルートで富士山登山の初心者は吉田ルートを使うのがよいのだとか。

『姫様、大丈夫ですか?』
『なんとかな…力を抑えて動くのがこんなにキツイとはな…一歩歩く度にじわじわと吸い取られている感じはあるぞ。』

六合〜七合目は比較的平坦な道が続く。

体力には自信がある…と思っていた私。だけどこんなにハードとは思ってもみなかった。

『メジャーなルートでも結構ハード!私でさえヘトヘトだから美月は…心配だな…』
『ほう!其方…美月の事が心配なのじゃな?』
『べ、べ、別にそんな訳じゃ…!』
『隠さんでもええ…妾にはわかっておる…ただな、この登山を成就させる事が出来れば、其方らはもっと親密な関係になるかと思うぞ。』

流石、年の項だ…私達は再び歩き出した。

七合目を過ぎると一気に険しい道となる。

八合目…

ここからは一気にハードになる。凸凹とした悪路に加えて急激な勾配の坂、ジグザグとした蛇のような道になる…容赦なく私達の体力を奪う。

“ピピッ…コノ先ニ中継ポイントガアリマス。天候ハコノ後崩レル可能性ガアリマス。”

クライムドローンが中継ポイントと天気を喋り出した。

『姫様、この後天気が崩れると言ってます。山の天気は変わりやすく、晴れていても急に雨が降り出したり…無理はせず、今日はここで一泊しましょう。』
『わかった!』

“ピピッ…天候ハ優レズ、発達シタ低気圧ガ通過シマス。AB-2カラメッセージヲ受信…”

山小屋に飛び込んだ途端に雲りだし、雨が降り出した。

『こんにちは、いらっしゃいませ!これはこれは…雨に降られなくてよかったですね。今日はお一人で?』
『富士山登山を一度は経験してみたくて。晴れの日を狙ったんですけど…』
『山の天気は気まぐれですからねぇ…晴れと言っていても雨が降り出したりとかね。そのドローン、最新鋭機ですね。ドローンのバッテリーチャージをしておきましょうかね。』

山小屋の主人は初老の男性で山の魅力に魅せられて山小屋の仕事を始めたのだとか。

『一過性の低気圧の通過ですから明日の朝は問題ないでしょう。タイミングが良ければ“富士のご来光”が見れますよ。』

そんな時、スマホが着信を告げる…美月からだ。

『…美月?、麻也だけど、今八合目をちょっと過ぎた山小屋にいるよ。』
『流石麻也!早いよね。私達も八合目手前にいるよ。ただ…雨が降ってきてさ、近くの山小屋まであともう少しだから。』
『了解!気をつけてね!』

美月達は少し遅れているようだが、何とか山小屋に入れそうだ。

『月姫様…大丈夫ですか?』
『何とかな…じゃがな、あかがねと付き合うコツとかはわかってきたぞ。一気に力を出すよりも少しずつ絞って力を加えると楽なんじゃよ。』
『へぇ…』

月姫は得意気に笑ってみせた。

『さて、月姫様。私達はこのままここで一泊して早朝にここを出発し、美月達と頂上の“浅間神社の奥宮”を目指す…ついさっき美月達も私達と同じ位置くらいの山小屋に着いたみたいだけど、美月達は私達よりも先に山小屋を出ます。美月達は体力的なハンデがあるから休憩を挟みながら登頂をするけど、私達はあまり休憩が取れない計算になりますが、月姫様は大丈夫ですか?』
『妾の事なら心配ご無用じゃよ。それに美月には麻が傍にいるから心配はしとらんよ。』
『わかりました。姫様だって疲労はありますからね、無理は禁物ですよ。』

私と月姫様はいつの間にか深い眠りについていた…。

“麻也…麻也…”

私を呼ぶ声がする…美月だ…美月、なんで裸?私も裸だ…なんで?

“麻也…アンタと私は…もう決して会う事はない…二度と、永遠にな!”

私と対峙している美月は、様子が変だ…彼女、美月じゃない!何か…幻?夢の中の私は必死で叫んだ。

『美月…アンタは美月じゃない!美月はそんな事言わないし、私達には愛という絆がある!そんな事で私は挫けたりは…しない!』

私は美月に向かって叫んだ。美月の幻影は…

『ふふっ…山頂で待っておるぞ…』

…と、言うとスッと消えた。

『…也、麻也…起きるんじゃ!出発の刻じゃ。』
『…あれ?美月は…?私、裸じゃない!服着てる…』
『…何寝呆けとるんじゃ。裸?其方は露出狂か?』

…夢か。しかもタチの悪い!私は急いで支度をした。

『お早う御座います、お客様。今は午前5時…雨は止みましたが、少し強い風が吹いて降りますが、陽が登る頃には弱くなるそうですよ。風に飛ばされないよう気をつけてくださいね。』

山小屋の主人は言う。私はクライムドローンとリュックにガイドワイヤーを取り付けた。

『ピピッ…オ早ウ御座イマス。現在ノ天気ハ晴レ…風ハ強シ。ナイトビジョンモードノミ作動中…ルート検索後ナビゲーションヲ開始シマス…』

ドローンは強風では自走できないためガイドワイヤーで身体に固定するのだが、

『文明の力もやはり自然の力にだけは勝てんようじゃの…』 
『そうですね、姫様の仰る通りですよ。こういう時ってテクノロジーは無力ですね。さて…月姫様!行きますよ!』
『うむっ。』

私は暗闇の中、再び歩きだした。

『しかし、其方は物凄く寝相が悪いのう…鼾もすごかったし。時々拳が飛んでくるし、アレは痛かったぞ。母上の尻叩きに匹敵するくらいじゃな。』
『月姫様…申し訳ありません!折角の睡眠を邪魔してしまいまして。』
『気にするな…妾はそのくらい慣れとるし、返って子守唄のようじゃったよ。』

八合目まで来れば山頂までもう少し。昨日と同じくグネグネと道は蛇行しながら階段の作りの道が多くなってきた。しかも空気が少しずつ薄くなっているのを感じる。空はうっすらと明るくなりだした。私はひたすら足を前に出した…

八合目は緩やかな蛇行する道ではあるが段々と勾配がつく坂のような感じになる。

九合目になると先程の道とは違い一気に開けた場所に出る。私の視界の中にはうっすらと何かが見える…私はせかせかと歩き出した。

『やった!私は頂上まで登ったんだ!』
『やったの、麻也!』

富士山頂上!

『長かった…』

私達は頂上から下界を見下ろしてみた。小さい…米粒のようだ。私達はあの場所から遥々登ってきたんだ!

“ピピッ…頂上ニ到着致シマシタ…ナビゲーションヲ終了致シマス…オ疲レ様デジタ…”

チュイイィン…とモーター音が頂上に響き渡り、ドローンの電源が落ちた。

『美月…大丈夫かな…』
『麻…』

私はあの悪夢を思い出した。いや、決してそんな事は起こらない!美月は…必ず来る!私は美月を信じる。空はもう少しで陽が登ろうとしている…が、私は落ち着かなかった。

“…い、おーい…也…麻也…”

微かに私の背中の方から声がする…しかも段々と声がハッキリと聞こえる。振り返ると…

『麻也!遅くなってごめん。何とか間に合ったみたい。』

美月だ!その後ろには麻姫もいる!私と月姫は彼女達の元へ走り出した。私と美月は抱き合い…お互いの唇を近づけた…

こういうシチュエーション…神秘的。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?