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“読も” 2022年6月度 第23回|ShakeFreaks

アートハウスと私
 
 
 
大変お世話になったアートハウスが閉店すると伺い大変恐縮ではあるのですがブログにてお礼を少しでも伝えられたらとポツポツとタイピングを始めた次第です。
現在5/31 22:30。
入稿締め切りは5/29 20:00。
twitterのDMに本日気付き、震える手で今想いを文章にしたためています。

申し遅れました、ShakeFreaks Vo&Gtの成富と申します。
遅れて申し訳ありません、昇平さん、のりおさん。

私がアートハウスに初めて出演させて頂いたのは2016年7月31日だったかと記憶しています。
当時、現在のShakeFreaks(シェイクフリークス)の前進バンドであるShakeFreaks(シャケフレークス)で出演させていただきました。

私は2016年4月まで福岡県で暮らしていて兵庫県には行ったこともありませんでした。
本当に右も左もわからない中、5月にシャケフレークスを結成し、当時のドラムが昔懇意にさせてもらった箱として紹介され、アートハウスの門を叩いたという流れになります。7月の真夏でした。

出演希望の旨を伝え音源の受け渡しの為、ベースの河田と三宮で待ち合わせした日の事をよく覚えています。彼は真夏の革ジャンでした。

当時のブッキングマネージャーはゼンさんで、音源らしい音源も制作できていなかった状況にありスタジオで一発録りした音源を持っていき目の前で聞いて頂いたこと、そして僕の脇汗がやばかったこと、よく覚えています。

あの日から6年も経ったのかと思うと感慨深い。本当に。

アートハウスを通して色々な経験をさせてもらったし、色々な方々に会うことができました。
当時ライブハウスで鳴かず飛ばずのうちのバンドの音楽性を考えてアートが主催しているハーバーランドストリートに推してくれた昇平さん、バンドについて色々アドバイスをくれたのりおさん、現在のドラムの利根を紹介してくれたのぶさん、関わってくれたアートハウスのスタッフの方々、本当にありがとうございました。

あの日あの時、新しい土地で新しいバンドを結成し、ライブハウスと繋がることができてよかった。
それがアートハウスで本当に良かったと思います。

末筆になりますが今後の皆さんの御健康とご多幸をお祈り申し上げ、締めの言葉とさせて頂きます。

サンキューアートハウス!

以上。

ShakeFreaksより。

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