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アートは虚構の中に

私たちが芸術鑑賞する際、どのような基準で作品の良し悪しを判断しているでしょう?

信仰を伝える為、物語が描かれた壁画。

まだ見たことのない荘厳な景色を描きあげている風景画。

有名な人物を伝える為、その人の表情、性格を正確に表している肖像画。

これらはどのような基準があり、多くの人が支持し、後世に残ってきたのでしょうか?

それは、時代の象徴だったり、その時代における新しさを提示してきた作品なのかも知れません。

その中で、これらの傑作が傑作であるという見方をなぜ”いま”に生きる私たちができるのでしょうか。
私たちは、自分の目で傑作たるその作品に触れたわけではないのに傑作と言われるものが存在し、それを傑作として認めているのです。

人々が伝聞で得た情報を信じられる理由が、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリの著書『サピエンス全史』にありました。

著書の中で、”集合的想像”という言葉が用いられます。

私たちヒト(ホモ・サピエンス)はいくつもの”虚構”を信じ続け、それが個人間だけでなく、何万、何億の単位で同じ虚構を信じられる為(集合的想像)、地球で繁栄できたのだと書かれております。

例えば、財布の中にある一万円札、これに1万円の価値があると皆が信じているから、取引が成立するんです。

この集合的想像の中にアートもあるのではないでしょうか?

ヒトは作品の物語を紡ぎ、伝え続け、そしてそれを”信じる”ことができるため、アートが発展してきたのだと。

「効力を持つような物語を語るのは楽ではない。難しいのは、物語を語ること自体ではなく、あらゆる人を納得させ、誰からも信じてもらえるようにすることだ。」
ユヴァル・ノア・ハラリ

文:土居 洋輔