The Last Beatles Song −はじまりと終わり−
日航機のタラップに降り立ったはっぴ姿の四人の若者たち。 深夜にもかかわらずカメラフラッシュの中、TV画面に映し出された晴れやかな
彼らの笑顔を忘れない。武道館公演のチケットが手に入ったと言って、上京した
知り合いを羨ましく思いながら、ぼくはTVの前に釘付けになっていた。
パトカーに先導されて、彼らを乗せた車が夜明け前の首都高速を疾走してゆく。
突然画面から音が消えた。その時だった。天を突き刺すようなレノンの雄叫びから始まる「Mr. Moonlight」が流れ出した。あまりのカッコ良さに、少年だったぼくの魂はブルブルと震えが止まらなかった。
レノンが撃たれたとニュースで知ったのは冬のことだった。 ちょうど横須賀の特殊教育総合研究所(現国立特別支援教育総合研究所)で研修中だった。心の中の大切な物語の一つを一瞬にして奪われたようで大きな衝撃を受けた。なかなか部屋に戻れなくて、誰もいない電気の消えた大食堂の椅子にもたれて腑抜けのようになっていた。
そのレノンが蘇った。ジョージの髭面の笑顔も。
初来日のあの日から57年。2023年11月2日(日本時間同夜11時)、ビートルズの新曲「Now And Then」が世界同時配信された。
PC画面から流れてきたのは、マイナーコードのピアノの音だった。 バックギターとドラムスのリズムに乗って、スローなAマイナー(?)の音色が繰り返される。レノンのヴォーカルが始まるまでのそのわずかな時間に、ぼくの魂は肉体から離れてスーッと70年代にタイムスリップしてしまった。
不思議な体験だった。
懐かしさと切なさで優しく包み込まれながら、光の届かない深い安らぎの海の底にゆっくりゆっくりと沈んでゆくような感覚だった。
AIが拾い集めたレノンの魂のかけら。
愛の歌だった。ぼくの中の途切れた大切な物語をもう一度繋ぎ合わせてくれた。みんな寝静まってひとりぽっちの深夜のラジオ放送を聴いていたあの頃が蘇ってきた。ぼくの魂は心地よさに浸りながら、長い時の流れの時空を駆け巡った。「The Beatles Last Song」とタイプされた文字列をぼんやり眺めていたら、じわーっとあの頃の涙と今の涙が混ざり合って溢れ出てきた。
「はじまり」と「終わり」 「Now And Then」の片面は「Love Me Do」だった。「Love Me Do」といえば、1962年イギリスでのデビューシングル曲である。なんとドラマティックなんだろう。小さなディスクの中に、四人の若者たちの「はじまり」と「終わり」が詰まっている。多感な時代に魂を揺さぶられ、ぼくの前を駆け抜けた美しいハーモニーの物語が、いまここに終わろうとしている——そう思うと無性に悲しくなってきた。
「はじまり」も「終わり」もないもの
いまのぼくは、いろんな出来事や物事が「終わる」「終わってしまう」ということに些かセンチメンタルになっている。すべてが終わっても、ビートルズはぼくの心の中に生き続ける、四人の魂は必ず次の世代に受け継がれてゆく、そう思えばいいんだ、”I know it’s true”だと自分に言い聞かせてみる。友は「だいじょうぶ、だいじょうぶ。いずれ時間が解決してくれるよ」と慰めてくれるかも知れない。
けれど受け止めるのはなかなかむずかしい。むずかしいかも知れない。だから、余計に「はじまりも終わりもないもの」「永遠なるもの」に憧れを持ち続けるのかも知れない。
いずれ、ぼくにも命の終わりが来るだろう。
果たして、ぼくが口ずさむラストソングはどんなハーモニーを奏でるだろう。
雷 無良寿(かんなり むらじゅ)
私の青春時代にハーモニーの美しさを教えてくれたビートルズに敬意を込めて。最後までお読みいただきありがとうございま す。
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