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簡単な自分史、書いてみた⑥

1.小学校までは優等生??
2.無気力な中高生時代
3.なんだか楽しくなってきた大学時代
4.落ちこぼれがまさかの大学院へ
5.初就職は地元を離れて派遣社員から
6.まさかの結婚?
7.妊娠ってこんなに難しい?
8.次男出産後、どん底を味わう…
9.自分がこんな働き方するなんて!
10.大器晩成型?? 今が1番楽しいかも!

5.初就職は地元を離れて派遣社員から

自分史を書いてみて気づいたことがある。

それは自分がかなり運がいい人生を送ってきたということ。
ずっと自分は運が悪い人間だととんでもない勘違いをしていた。

書いてみてよかったと思う。

私は左手が見事な?ますかけ線があるのだが、
それは才能があるとか、天下を取るとかではなく・・・
運がいいという意味でのますかけ線なのかもしれない。


さて思いのほか長い学生生活となったが、なんせ卒業できるかどうかの
方が大事だったので就職活動どころではなかった。

秋頃、ある地方の学会で私は発表をした。
その後話しかけてくださったある企業の方と研究内容について色々と
お話しさせていただいた後、あまり深く考えてなかった私は

「就職先を探しておりましてもし何か良いところがありましたら
ご紹介ください」と。

なんて図々しい小娘でしょう笑

その時どうやって連絡先を交換したのか?覚えてないのだが
確か1ヶ月くらい経った頃、その時お話しした方からお電話が。

「上司にきっちょむさんのことをお話しさせていただいたのですが、
派遣社員という形であれば是非来年4月からきていただいて
研究のお手伝いをしていただけたら嬉しいのですが・・・」

私は当時は東京に住んでいたが、その研究所の場所は大阪だった。

派遣社員というものがどういうものか、その企業がどんな研究をしているのか、そんなこともよくわからなかったが・・・
就職活動どころじゃなかった私はすぐにお願いします!と返事をした。

不安よりもワクワクの方が大きかった。
私の父の実家が姫路(兵庫)だったのもあるかもしれないが、関西で一人暮らしをすることにもほぼ不安はなかった。

関西に引っ越すときはとにかく「京都に住みたい」という強い希望があった。

通うことになった研究所は大阪と京都の府境にあったので私は
研究所から自転車で30分くらいのギリギリ京都の田舎で一人暮らしを
始めた。

最初の就職先では5年弱くらい働いたが、自分が勉強したいことがあると
講習に行かせてもらったり、学会に行かせてもらったり・・・
また研究のために大阪市内の医学部の研究室で半年の研修をさせて
もらったり・・・と

恵まれ過ぎるぐらい恵まれた環境だった。

恵まれていた環境だったけどやめようと思ったのはやはりいつかは正社員として就職したい願望があったからだと思う。



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