見出し画像

10987K1D−1

パパのアウトドア好きにも困ったよ。
いったいもうこれで何度目なんだろう。
もう30分も経たないうちに日が落ちるだろう夕暮れの空を見上げながら、僕は5メートルくらい先にある太いアカマツの木に石を投げつけた。

…また外れた。
もう20個も30個も投げたのに一度も当たらない。
まだ陽が出てて明るかった1個目で全然当たらなかったのに、こうして少しずつ暗くなっていく空の下でこんな小さな小石が木に当たるわけがない。
もうほとんど真っ暗、パパはアウトドアチェアで仰け反って寝ている。
大きなイビキをかいて、いい気なもんだ。
僕が一人でこんなに退屈な思いをしているとも知らないで。

「よし、今日はお父さんが楽しいとこに連れてってやる」

そんなこと、よく言えたもんだ。
だいいち、僕は家の中にいる方が好きなんだ。
本を読んだりプラモデルのロボットを作ったり、テレビを見たりしてるのが一番楽しいんだ。
暑くもないし寒くもない。
疲れたら何も気にせずベッドに入って眠ればいいし、まあ目に入る宿題はいちいち邪魔だけど…。
でも危険もないし家の中の方が一番いい。

なのにパパはそんな風にしている僕を退屈してると思ってるみたいで、いつもことあるごとにこうして外に連れ出す。
よくわからないけど仕事の関係でアウトドアには慣れているらしくて、外に僕を連れ出す口実としては自分にとっても一番都合がいいんだと思う。
何度も行きたくないと言ったんだけど、仕事で忙しい自分に遠慮しているとでも勘違いしてるみたいだ。

今日はこんなに暗くなってもまだ暑いし、虫もいっぱいいるし、気になってシュラフに入っても眠れない。
漫画もないテレビもないプラモデルもない。
唯一相手してくれるはずのパパもご覧の通り。
もう本当に最悪だ、何としてでも抵抗して来なければよかった。
そんな念を込めてパパを睨みつけてみたけど、本人は気づかない、むしろイビキの音量はさっきより大きくなったくらいだ。

夜も深まって時計を覗き込むともう22時。
テントの周りだけはランタンの灯りで薄く照らされているけど、その外側は真っ暗闇。
パパは相変わらずイビキをかいて寝ているけど、僕は相変わらず山の環境で気持ちが落ち着かず、眠ることができないでいる。
間を埋めるように飲んでいた大きいコーラも炭酸が抜けてしまって、飲むのもなんだか飽きてきてしまった。
石を投げて遊ぼうにも5メートル先の木も見えないし、これからどうすればいいんだろう。

藁を掴むような思いでコソコソとキャンピングカーに戻る僕。
キャンピングカーにはパパの仕事道具も入っているから、パパに許可をもらうかパパが見ているところでしか乗ることはできない。
もし一人でコソコソ乗り込んでいるのがバレたら怒られてしまうけど、僕は一人で寂しかったのにずっと静かに我慢していたんだ、もう知るもんか。
それに、そうやってパパが隠すように持っているってことは、僕に秘密の何か面白いものがあるのに決まっている。


僕はキャンピングカーに入り込むと静かにそっと扉を閉めた。
ここで大きな音を出したら出落ちもいいところだ。
物音を立てないよう、慎重に運転席と助手席のある方とは逆、左の方に進んで行く。
ソファとテーブルを過ぎてキッチンのもう少し先にベッドがある。
ベッドは2段ベッドになっていて、上が僕の場所。
僕が上がいいって言ったのもあるけど、パパは昔ベッドから落ちて怪我をしたことがあるらしくて快く僕にベッドの上を譲ってくれた。
さらにその奥にもスペースがあって、そこは黒いカーテンで仕切られており、パパの仕事道具が詰まっている。
僕はパパがなんの仕事をしているのかも知らないので、ここに何が入っているか見当が付かない。
少しの罪悪感を覚えながら、でも開けたことのない黒いカーテンを引くことにはワクワクもしている。
恐る恐る手をかけ、カーテンを開ける時の「シャーッ」という音にも気をつけながらゆっくり引いていく。

そこには見たこともない機械が綺麗に山積みになっていた。
黒かったり白かったり銀色だったり。
これはアンテナ?この長いコードはどこに繋がってるんだ?
一つ一つ物色しているうちに奥にある比較的小さな、でもツマミやダイヤルがたくさんついた四角い機械が目に入った。
マイクのようなものがついていて、英語がたくさん書いてあってよくわからないけど、最後のところに数字で897と書いてある。
家にある古いラジカセに似てるから同じようなものかもしれない。


僕は恐る恐る電源ボタンらしいスイッチを押した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?