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この社会はまだインストールの途中だ|まちづくり会社ドラマチック代表 今村ひろゆき

《テキスト・アーカイブ》
日時:2021年10月13日18:30~
場所:インストールの途中だビル(〒142-0041 東京都品川区戸越6丁目23−21)
HP:https://www.drmt.info/

都営地下鉄と東急電鉄の「中延駅」から徒歩1分の場所に、築55年6階建てのビルがある。ここが今回の取材場所で、まちづくり会社「ドラマチック」によって運営されているシェアアトリエの「インストールの途中だビル」だ。2012年に誕生し、現代美術家やファッションデザイナー・演劇団体などさまざまな活動を行うアーティスト25組、 約40名が入居し活動の拠点として日夜制作を行っている。取材の途中もほかの部屋から会話や笑い声が聞こえ、単なる作業場としての機能だけではなく異分野のアーティスト同士が交流できる場としての役割も果たしていた。

入居者の様子 写真提供:ドラマチック

今回話を伺うのは、場の運営を通して街の活動人口を増やし、ワクワクする街の実現を目指す会社 ドラマチックの代表社員 今村ひろゆきさん。台東区入谷のコワーキング&シェアアトリエ「reboot」や同じく台東区のコミュニティスペース「SOOO dramatic!」、千葉県の公共施設「プラッツ習志野」に併設された情報交換や学びの場「フューチャーセンターならしの」や高知県宿毛市にある観光と交流の拠点「宿毛まちのえき 林邸」など、今村さんは民・官両分野で場づくりを行なってきた。直近では2021年の7月に府中駅近くにオープンしたシェアキッチン併設型のコワーキングスペース「LIGHT UP LOBBY(ライトアップロビー)」の運営にも参画し、コロナ禍でも新たな場のあり方を模索し続けている。

夏の暑さが未だ残る10月13日にインストールの途中だビルを訪れ、今村さんのこれまでの活動やまちづくりにかける思い、コロナ禍での変化やそこから見えてきたものなどを聞いた。

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今村さん 2021年10月撮影

ピザ屋店員が水鉄砲片手に追いかけっこする街

数々の場の運営を行う今村さんにその活動の原体験を伺うと、学生時代にバックパック1つで世界中を旅した時に見た活気ある街の姿を振り返った。長期休みを利用して合計100日で10カ国ほど旅する中で特に印象に残っているのが、ドイツの街の風景だという。ピザ屋の店員が水鉄砲片手に追いかけっこをしている情景を思い返し、「日本だったら『ぶつかったら危ないじゃないか!』となるところを、この場所では許容されていた」と説明。ドイツの街の寛容さに衝撃を受けたことが、日本の街に介入する現在の活動につながっているという。しかし卒業後の進路を考える際、まちづくりの求人を探してみても「どこにも出てこなかった」と話し、まちづくりという業界が2003年頃の日本では未開拓だったと説明した。

閉塞感の漂う日本で社会を変えようと考えていた今村さんは、当時インターネット技術が社会を変えるのではないかという思いもあり、2004年大手電機メーカーへ就職。しかし、まちづくりへの情熱は消えることなく06年に商業施設のコンサルティング会社へ移る。ここが、現在まで続くまちづくりの活動のスタート地点だった。

手探りでまちづくりを開始

コンサルティング会社でさまざまな商業施設のプロデュースを手がける傍ら、今村さんは2010年に「MaGaRi」というサービスを個人で開始する。これは街なかの使われていない空間・時間帯と、それを使いたい人をマッチングするというもの。例えば夜営業のバーを昼の時間帯だけ貸し出すことで、飲食業に興味がある人が気軽に店を始めることができる。

また浅草の履物問屋街にある築53年の建物をリノベーションし、イベントスペースやシェアオフィスとして利用できる空間「LwP asakusa(ループ浅草)」もオープン。ここは浅草周辺でユニークな活動をする人同士をつなげることで新しいコラボレーションの誕生を狙った場所で、毎月開かれる「浅草ジャンクション」というトークイベントでは、さまざまなゲストが招かれ活発な交流が行われてきた。今村さんは浅草という地域を選んだ理由について、「(新宿・渋谷などの)東京の西側と比べ、東側は家賃が安い。また、下町の雰囲気が残り人のつながりが強そうだった」と説明し、家賃のメリットと地域の持つ潜在能力を指摘した。

浅草ジャンクションの様子 写真提供:ドラマチック

ループ浅草での経験もドイツの街で受けたの衝撃と同様に、現在の活動の原動力になっているそう。さまざまな生き方や考え方を持った人々と出会い、また活動を手伝いたいと申し出てくれる人たちにも出会い協働したことで、街に住む人々の多様性と可能性を実感。地域の多様な人々の活動を支援してその可能性を拓くことが、街の活動人口を増やすことにつながると考えるようになったという。またループ浅草は多少入りづらい外見だったため、来場者は入り口のハードルを越えられる「ユニークな人」が多かったといい、それがアーティストとの出会いの頻度を高めたと分析した。これまでは場の「シェア」を起点にサービスを展開していた今村さんだったが、ここで多くのアーティストと出会ったことがのちのシェア「アトリエ」につながるそう。

インストールの途中だビルとの出会い

「MaGaRi」や「ループ浅草」のほか今回取材を行なっている「インストールの途中だビル」も同時期に運営を始めた施設だが、この建物との出会いは突然だったという。2010年、運営するサービスやシェアオフィスが数多くのメディアに掲載された時、今村さんは「駅前にビルを持っています。なんとかなりませんか」という短い文章が書かれたメールを受け取ったという。多少警戒しながらも内部の見学に向かうと、以前のテナントの真っ赤な内装やタバコのヤニが長年蓄積して黄色くなった壁紙を目の当たりにする。あまり綺麗とは言えない物件を眺めた今村さんはしかし、内見したその日のうちにこの場所の運営をに携わろうと腹を決めたそう。品川区内の駅前という好立地のビル型物件が持つ可能性に確信を持ち、「奇跡的だ!」とさえ感じたという。

インストールの途中だビルの外観 写真提供:ドラマチック

ビルオーナーとの話し合いの結果、まずは1年間を条件に利益が出るかどうか確かめるために実験的にシェアアトリエをオープンすることになった。都内の高い賃料がアーティストなどのユニークな活動の継続を妨げている、という問題意識を持っていた今村さんは、賃料を抑えるためにビルの改装や運営費を最小限に抑え、入居者各自が必要なものを自身で「インストール」してもらうというコンセプトで募集を開始。すると20組以上の内見応募があり、建物のコンセプトや1年間の条件について丁寧に説明した結果、15組の入居が決まったそう。「こんな変な場所に好んで入居する人たちは良い意味でぶっ飛んでいる」と話し、そんな人たちだったからこそ1年目の条件達成に向けて協力し合うことができたという。屋上でビアガーデンを開催して得た収益を改装費に回したというエピソードを挙げ、「なんとか条件を乗り越えられた」と笑顔で振り返った。

商業施設の常識を反転

この施設のコンセプトには、商業施設のコンサルティングを行う過程で今村さんの中に蓄積したモヤモヤがぶつけられている。商業施設の業界では、施設はオープン初日に最も価値の高い状態を迎え、時間が経つにつれて老朽化し競合が現れ飽きられることで価値が下がっていく、という常識があるそう。大規模リニューアルを行うことで再び価値を高めることはできるが、基本的には時間が経つにつれて場所の価値は下り坂。そこに今村さんは疑問を感じていた。

このインストールの途中だビルの名前やコンセプトには、その問題に対する応答としての意味が込められている。商業施設の運営における常識を反転させ、時間が経つにつれて価値も高まる場を作ろうと今村さんは考えたのだ。この場所に集まった人々がそれぞれにとって必要なものを徐々にインストールすることによって、設備は充実する。また、この場を共有する入居者同士が知り合い、有機的につながりあうことでコミュニティが成熟し、価値ある場が生まれてくる。このビルは今村さんが抱えていた疑問に対する答えを見つけ出すための、一つの実験場でもあったのだ。

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コロナ禍でも前へ進めるのは、強い核があるから

数々の場を運営する今村さんにとって新型コロナウイルスの感染拡大はどのような影響をもたらしたのか。活動の変化を伺うと、意外な答えが返ってきた。国内で感染が拡大し始めた2020年3月ごろは全ての活動がオンラインに切り替わったが、 2ヶ月後の5月には「感染対策を十分に行えば平気だろう」と判断。行政から委託を受けた千葉県の公共施設では市民の交流を止めないためにオンラインの場を使いつつも、リアルの場でのイベントを再開したという。街の人たちの反応はさまざまあったが、大々的な宣伝を控えるなどの工夫もあって、気をつければ大丈夫だろうという雰囲気で市民に受け入れられたそう。

他方、高知県の宿毛市で運営を行なっている観光と交流の拠点「林邸」では、感染拡大によって来場者数が激減。併設しているカフェの1日の売り上げがコーヒー1杯だけだったこともあり、「心が折れそうになったこともあった」と振り返る。しかし、そんな状況下でもできることを模索したところ、これまでフードコーディネーターに委託していた新商品の開発を内製化することに成功したそう。行政担当者が地域で収穫した直七という柑橘を持ち込み「何か作れませんか」と相談に訪れた際には、パフェを開発し販売にまで至ったという。単にカフェを運営したいという思いではなく、活動の根本には地域の持つ可能性を拓き賑やかにしたいという核となる思いがあったからこそ、コロナ禍という厳しい時期を再開後のための準備期間として捉え、前向きに行動できたという。

カフェの様子 写真提供:ドラマチック

アイデンティティを模索する場をつくりたい

まちづくり会社ドラマチックは、コロナ禍でも活動の手を緩めない。今年7月にオープンしたばかりの「ライトアップロビー」では、施設のいたるところに今村さんの思いが込められている。コワーキングスペースのほかに、「食」の事業にチャレンジしたい人が気軽にお店を始められるシェアキッチン・棚の一つを貸し切って自分のおすすめの本を販売できる「ヒトハコ書店」などが併設され、主体的に活動しようとする地域住民が最初の一歩を踏み出しやすい環境を整備している。そこには今村さんがこれまで模索してきた「自分のアイデンティティを得られる場所を作りたい」という思いがあった。

ライトアップロビー ヒトハコ書店 写真提供:ドラマチック

今村さんは過去を振り返り、「会社員時代にアイデンティティがないと感じていてそれがコンプレックスだった」と明かした。「迷ってる人が自分自身を信じられる場所・機会を作りたい 」と話し、そのためには前向きに自分の活動を行える場所が必要だ、と力強く語る。今村さんはこれまでの経験から、地域の中には何か活動したいという思いを持った市民が多く存在すると知っていた。だからこそその人たちが踏み出す一歩を支援することが街の賑わいにつながり、加えてアイデンティティ獲得の後押しにもなると考えている。

今村さんに今後の活動や挑戦について伺うと、関東と高知の2拠点生活で気づいた発見について話を始めた。高知の大自然の中で川の冷たさに触れた瞬間の「五感が冴えきる」感覚に衝撃を覚えた今村さんは、これまでの人と人とのつながりを生み出す場の運営に加え、人と自然とのつながりを生み出す活動も進めていきたいと考えるようになったそう。自然とつながる機会を増やすことは、自分とつながる機会を増やすことにもなるという。そこにも、アイデンティティを模索し続けた今村さんならではの視点が込められていた。

まとめ

場の運営を通して志を持って行動する人々の存在を知り、街の多様性や可能性に確信を持った今村さんだからこそ、さまざまな地域で住民の活動を支援し続けてきたのだと感じた。

個人化が進み人々のつながりが希薄になっている現在、その流れに立ち向かうように地域の人々に関わって活動を支援していくことは、街の多様性を担保することにもなり、また変化し続ける街の環境に必要なものをその都度インストールし改善していくことにもつながるのではないか。そうすることで、時間の経過で価値が低下するという商業施設の常識とは反対の、街の成熟と価値の高まりを促せるのではないか。今村さんの視点には、市民一人ひとりがこれからのコミュニティを考えていくうえで、重要なヒントが含まれているように感じた。

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(文:久永)

ART ROUND EAST(ARE:アール)とは?
東東京圏などでアート関連活動を行う団体・個人同士のつながりを生み出す連携団体です。新たな連携を生み出すことで、各団体・個人の発信力強化や地域の活性化、アーティストが成長できる場の創出などを目指しています。HP:https://artroundeast.net/
Twitter:https://twitter.com/ARTROUNDEAST

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