自分の絵を描く道筋 (下)
普段は画集の解説すら読むことのない私も日本美術に関する本をずいぶん読みました。その中でも東京大学出版の日本美術史の全集は、収録論文も多岐にわたり色々と参考になりました。そもそも「美術」と言う言葉自体が明治期の造語だったのです。飛鳥・白鳳の仏像から江戸の浮世絵まで既に多様で長い伝統を持った「美術」があったにもかかわらず。問題は西欧的美術の観点からいかに解放されるかでした。
私的趣味を保留し日本の伝統に従って物語や和歌から主題を採ることにした私は、次にどのような絵画スタイルが可能かと考えました。最初に参考にしたのは日本の絵画でした。そして、昔の日本絵画の引用と西欧絵画様式の組み合わせに至ったのです。
しかし、それは程なく行き詰まりとなりました。理由はネタ切れです。引用として自分のテーマに使える日本絵画が足りないのです。その時、西欧美術で思い込まされたカテゴリーに気が付きました。日本絵画という縛りから放れて広く日本の伝統文化から自分の絵画様式を創れば良い。
若い頃から興味の中心が欧米文化の私でしたが、例外的に能楽に惹かれNHKの「祝日の能」などは欠かさず録画し、一時遠ざかることがあっても機会があれば公演にも行きました。能舞台の背景はどんな演目であっても松で一定です。そこで主役のシテ方は、演目に合わせて衣装を変え、その着物の文様に情景を語らせます。
日本の古典文学を日本の伝統文様で表現する絵画様式を創る。西欧絵画を離れた絵の輪郭が徐々に見えてきました。文様に観点を移すと創作のヒントは自然と広がって行きます。染織・漆芸等、「工芸」と分類して視野から外してきたものもドンドン入って来ます。また、能のワンパターンを恐れない表現様式は、日の丸構図と揶揄される構成も拘り無く使い回す勇気を与えてくれました。絵の中心を囲む背景を白く光る雲母で覆ったのは、能舞台の下にひかれた白い玉砂利も意識しています。
文様を表現の主役とし背景を光る雲母にすると、絵はイリュージョン的な立体感を否定した平面的なものとなります。人物の黒髪は絵画的描写を避け、油彩のソリッドな筆跡で絵具そのものが髪の流れとなる、人形作りで髪を植え込むような感覚で表現しました。これも絵画カテゴリーからの解放によります。
絵は何かを眺める窓ではなくなり、いわゆる額縁には入らなくなりました。私は絵を描くと言うよりも、平らな何かの物を造っているのです。造られた物は額縁ではなく箱に収められることになります。錯覚を少なくし現実的な物を提示する意識は、暈かし・グラデーション表現で使う技法にも現れています。普通、グラデーションは段階的に絵具を混色して塗っていきますが、平面性の減退を少なくするために線描の変化で描いていきます。これは染織の織りで糸をチェンジする技法から採りました。この他、螺鈿を模して青貝や金も使っています。
私の絵画技法には別に新しいアイデアはなく、絵画の枠を越えた日本の伝統的物作りからの借用です。物珍しい独創性を狙わず、西欧絵画の先入観を捨てて、身の回りにある日本の伝統文化を探れば、新しい絵画のヒントは幾らでもあるのです。
独創性は逆説的に得られました。主題の選択では主体性を捨てて日本人が表現して来たことを採り、様式や技法は新設することなく日本の伝統文化の借用と組み合わせです。また、モチーフは万葉集のシリーズでは女性、源氏物語のシリーズでは花です。花や女は西欧絵画のモチーフとしてステレオタイプの烙印を押されるものです。しかし、私の絵では能の持つ象徴的表現を引き継いで、女性は万葉集の歌を表し、花は源氏物語の人物の化身となっています。
自分の絵を切り開くための日本回帰でしたが、今にして思えば西欧を忌避する必要もないでしょう。また、表現の主軸は能楽の象徴性・抽象性とその衣装に見られる文様にしても、主題を古典文学からシフトしたり、絵画的なニュアンスを加えたり、もっと自在であって良いです。これまで、自分は日本の伝統文化のひとつの出口、蛇口に過ぎないと考え、自分を抑えて制作をして来ました。しかし、頼まれてもいない大袈裟な使命に従うよりも、私自身が楽しむことが大切な時期にもう入ったと思います。
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