韓国語にハマった話。【vol.1】
はじめまして。hrkと申します。
ふと自分が韓国語にハマってから今に至るまでをなんとなく書いてみようとおもって、パソコンカタカタしてます。執筆のお供は『슬기로운 의사생활(賢い医師生活)』。
興味もっていただけたら嬉しいです。
願わくは、誰かのきっかけにもなればなぁ、とも。
1.わたしのこと
わたしが入った大学・学部では第一言語を英語・中国語・韓国語の3つから選択することができました。
そこで韓国語を選択したのが始まりです。理由はのちほど。
その後すっかり韓国語にハマり、勉強し始めて2年後、留学を決意。
1年間、ソウル・東国大学校の語学堂に通いました。毎日過ごす中で、将来は韓国語講師になりたい、そのためにも現地の大学院もしくは教員養成課程に行きたいと思うようもになりました。
帰国したのが3回生にあがる4月だったので、卒論の準備が始まります。テーマはまわりまわって「江戸後期の対馬における朝鮮語教育」。留学経験がこの卒論準備にもおおいに役に立ちました。
卒業後は大学院留学の資金を貯めるために、一旦バイト先で正社員に。同7月からまさかの非常勤の韓国語講師に。
2021年4月からは前職場を辞め、講師としての勤務時間が増えて日々どうやったらもっとうまいこと伝わるか研究してます。
とまぁこんな感じ。韓国語を始めて今春で6年になりました。
じゃあなぜ韓国語を選んだのか。
2.きっかけ
ずばりお伝えしましょう、母です。
母はドラマやK-popが好きで、家の中では何かしら韓国語が流れてました。
ちなみに2PMのテギョンペン。
独学で勉強しているのを横で見ていて、ふーんと思っていましたが、大学で第一言語を選べると、しかも選択肢に韓国語があるじゃないか。
わいが大学でお母さんの代わりに授業をうけて、それを家で教えたら、お母さんも韓国語わかるようになって、より楽しいんじゃね?
ゼミの先生「韓国語選択する人~」
わたし「はーい」
韓国語学習の幕開けです。
3.読める、、、読めるぞ、、、!!!
一番初めのゼミで先生が言っていたこと。
「英語は中学・高校でみんなやってきたから求められる水準は高いよ。逆に中国語・韓国語はみんな1からのスタートやから簡単やろね」
言葉の通り、文字の読み方、日本語でいうとこの「あいうえお」から始まりました。そこから「あかさたな・・・」、簡単な単語、助詞、文法、、、
韓国語の先生が単語に力を入れている先生だったので、単語カードのようなもので学生の語彙力をアップさせようと、毎時間毎時間フラッシュ暗算みたく、「はいこれ」「これは?」「じゃあこれは?」と。おかげさまで初級の単語はあっという間に覚えました。
授業中、先生は何度も留学のことについても話をしてくれましたが、まさか自分が2年後行くとは全く、思いもしませんでした。
とにかく韓国語が楽しくて楽しくて。
4.留学決心
バイトやったか習い事後やったか。
バス停に韓国からお越しの3人家族。大学のクラスでは5名中わたしが一番できてる自信あったので、「おっしゃお手伝いや!」と、
「어디 가고 싶으세요?(どこ行きたいんですか?)」
決まった~~~~~~~(内心)
お相手は「ほら、案内してもらおうよ」みたいな雰囲気。地図を見せてもらうと、「河原町」だそうな。帰宅途中やったんですけど、そっち周りでも帰れるので「じゃあ一緒に行きましょう」と、お供することに。
バスの中で旦那さんが「~~~~~?」と何か質問されたんですが、ここでわたし、全く理解できず。
2回ぐらい聞きなおしたんですが、やはりわからず。
「아니,괜찮아요^_^」(訳:や、大丈夫です)
・・・・・・。
分からなかった。聞き取れなかった。
あれ、授業ではスラスラやん。聞き取れてるやん。喋れてるやん。
今・・・何言ってるか、まったくわからなかった。
韓国語じゃなくて、外国語だった。
例えるなら、伸びまくってた鼻がパコーーーーーーンッッ!!と折れた瞬間でした。
一発決心。
「そうだ、留学いこう。ネイティブになりたい。」
5.一旦短期、からの長期
そもそも韓国に興味なくて、行ったこともない国にいきなり1年とかそれはさすがにリスキーすぎると考え、まずは2週間の短期語学研修に参加。
授業はもちろんすべて韓国語。まるでわからん。
幸い一番上のクラスには入れたものの、同じクラスには他大学で専門的に韓国語を学んでいる学生が9割。その子らは韓国語既にペラッペラ。
対してわたしはついていくのに精いっぱい。見知らぬ単語と文法たち。
でも毎日が刺激的でした。現地で学ぶの楽しすぎん????????と。
この語学研修では勉強だけでなく文化体験もあったりしたので、そこまで堅苦しい雰囲気ではなかったです。
グループごとに体験だとか一緒にいろんなとこまわったりしたんですが、その時同じグループになった友達とは今でも遊んだりしてます。
最終日、大学から直接バスで空港に向かうんですが、そのバスの中から大学を眺めつつ、「絶対ここに戻ってくる」と誓いました。
それが2016年8月のこと。
その後、親に1年留学考えつつあるこというと、父に軽く反対されました。
が、行きたい気持ちに変わりはなかったので、一旦黙って留学の先行試験を受けることに。
無事筆記も面接も通り、第一希望の大学に交換留学が決まりました。そう、空港へ向かうバスの中から「絶対戻ってくる」と誓ったあの大学。
合格通知を親に見せ、「受かってん、留学の試験」
我ながらよーやったなと思います。まるで諦めたかのようにみせかけて、実は裏では選考試験を受け、受かり、事後報告。
それをしてでも行きたいと思いました。
6.1年間の交換留学生活
なわけで、2017年2月24日~2018年3月9日まで留学。
交換留学とはいえ、日本の大学は休学しなければならなかったのと、単位互換できるのがなかったので(単位取り終わってたので)、現地の大学の授業は聞かずに、ずっと語学堂に通っていました。
と、続きを書こうと思ったんですが、想像以上に長くなってしまったので、一旦ここまでを前半としようと思います。(笑)
後半は、留学生活、帰国後の卒論準備、韓国語講師になった話などをつらつら徒然なるままにカタカタしようと思いますので、次回も読んでいただけるとありがたいです(^^)
ここまで読んでくださった方、いらっしゃったら、本当にありがとうございました😊🌱
2021.5.21 はる翔
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