何も解決しようとしないアラサーゲイの知恵袋

最近、僕がゲイであるかどうかというのは、僕がアラサーであるという事実と変わらぬ重さにな…

何も解決しようとしないアラサーゲイの知恵袋

最近、僕がゲイであるかどうかというのは、僕がアラサーであるという事実と変わらぬ重さになりました。でも、僕のセクシュアリティを起点に、苦悩と葛藤を経て、こういう言葉が紡がれているのも事実。その軌跡を「真剣にふざけながら」綴っていきます。

最近の記事

シーズン1 -同性愛を生きられない-

Tsutaya派?それともGEO?まさかDORAMA派? Netflixやアマプラ、Huluを皮切りに、今では続々と映像配信系のサブスクが主流化して、レンタルビデオ屋に行くことなどめっきり減ってしまった。 懐かしい記憶を掘り起こしてみると、僕は断然GEO派でした。幼き頃からハリポタの新作を借りにいく場所はここと決まっていた。僕は下手をすると、選ぶのに1時間ぐらいかかる子どもだった。せっかくの休日を邪魔される両親には、いまさらになって申し訳なさが込み上げてこないわけでもない。

    • ぼくの生きる理由

      山登りしたことある? 僕は東京都の多摩地区出身ですから、高尾山なんてお手のもの(嘘です。2回しか登ったことありません)。東青梅の方に散歩に出かけた時なんかは、トボトボと歩いていたらすれ違う人が「こんにちは〜」と挨拶してくれて、なんて温かい地域なんだろうって思って感動し散らかしていたら、そこ山道でした。 その時の格好はジーパンにTシャツ、おまけにサンダルときたもんで。どおりでさっきすれ違った人たちは真夏なのに重装備だったわけだ。だって山道なんだもん。その時の写真がこちら💁🏻‍

      • 「人の気持ちがわかる」と考えたことある人、とりあえず集合して

        「しみず、あのね」から始まった 高校2年生の教室での話だと思う。仲の良い3人ぐらいでくっちゃべってた。 誰かを待っていたのか、放課後だったのか、クラスの違う3人がなぜそこに集結していたのか全く記憶にない。雑談ってそういうものよね。 その時、僕は何かの拍子にこういった。 「僕は他人が何を考えているかがわかる」 どんな文脈で出てきた言葉だったのだろう。しかし、これは当時の僕が明確に意識していたことであった。それに対して今でも仲の良い友人はこう言いきった。 「しみず、あのね。この

        • そもそもこのnoteって何のためよ?

          時代の変化と見えづらくなったこと 今年、華々しく三十路イヤーを迎えたわけです。そうです。この世界にしみずが生まれた30周年記念なわけです。 そんな僕は、男性ジェンダーをあてがわれ、この人生を生きる過程で「男性」として接せられることに対し、現在のところは違和が生じていない同性愛者でございます。詰まるところ、ゲイです✌️ 最近は、カミングアウトというよりも、自分の自己紹介の中で「好きな野菜はなすです。あ、男性のパートナーがいます。」ぐらいの感覚です。そんな自己紹介をすると、たま